「気象制御」はどこまで現実に?内閣府肝いりの「ムーンショット」や海外での実用化例を解説
新規事業やオープンイノベーションのプレイヤーや、それらを実践・検討する企業の経営者はTOMORUBAの主な読者層ですが、こうした人々は常に最新トレンドをキャッチしておかなければなりません。そんなビジネスパーソンが知っておきたいトレンドキーワードをサクッと理解できる連載が「5分で知るビジネストレンド」です。キーワードを「雑学」としてではなく、今日から使える「知識」としてお届けしていきます。
今回のテーマは「気象制御」です。近年、地球温暖化の進行とともに台風や線状降水帯による大規模水害が増える中、「気象を制御する」という壮大なテーマが、現実的な研究領域として再び注目されています。
日本では内閣府のムーンショット型研究開発制度で「2050年までに台風や豪雨を制御し、極端風水害から解放された社会を実現」という目標が掲げられ、国を挙げた研究プロジェクトが本格化しました。
さらに世界ではすでに「人工的に雨を降らせる」クラウドシーディングが実用段階に入っており、メキシコやUAEなどが国家プロジェクトとして導入しています。
本記事では、気象制御の基本概念、ムーンショットで描かれる未来像、そして海外の事例までをまとめ、「天気をコントロールする」という挑戦について読み解いていきます。
気象制御とは、「災害の根源予防」が目的
気象制御(Weather Control / Weather Modification)とは、台風・豪雨などの強度やタイミング、発生範囲を変化させ、人間にとって有利な気象状況を作り出す取り組みを指します。
これまでの防災策は「堤防・避難・気象予測」など被害を前提とするものが中心でした。しかし温暖化が進む現在、災害規模は過去と比較にならないレベルになっています。
・1998〜2017年の世界自然災害による被害額は2兆2,450億ドル(前20年比2.5倍)
・日本では台風被害による保険金支払いが1兆円超に達するケースもある
出典:激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の 脅威から解放|内閣府
こうした状況を踏まえ、単なる「備え」ではなく、災害そのものの発生条件を操作するというアプローチが世界的に再び議論され始めています。
とはいえ、実現の難度は極めて高く、20世紀にアメリカで行われたハリケーン制御実験「Project Stormfury」は、自然現象と人為的操作の区別がつかず中断したという背景もあります。しかし近年、気象レーダー、データ同化、スーパーコンピュータなどの進歩により、「ほんの小さな介入で気象現象が大きく変わるメカニズム」を計算機上で再現できる段階に入っています。
参照ページ:激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の 脅威から解放|内閣府
参照ページ:【ムーンショット目標8】 「2050 年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し 極端風水害|内閣府
2050年までに台風・豪雨を操作する「ムーンショット目標」
日本でも気象制御プロジェクトが進行しています。内閣府が旗振り役となって掲げるのが、「ムーンショット目標8」というプロジェクトです。公式文書では以下のように明記されています。
「2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し、極端風水害の脅威から解放された社会を実現する」
引用:ムーンショット目標8 2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現- 科学技術・イノベーション - 内閣府
出典:目標8 2050年の社会像(イラストレーション)|プログラム紹介|ムーンショット型研究開発事業
ここでは3つの要素が重視されています。
① 極端気象の精密観測・モデリング
ムーンショットでは、まず極端気象の内部構造をできる限り正確に把握するため、観測技術と数値モデルの高度化が基盤になります。日本はフェーズドアレイレーダーや二周波降水レーダーなど世界最先端の観測機器を有しており、これらを活用することで台風や豪雨の内部で起きている物理過程を高精度で捉えることを目指しています。
さらに、こうした観測データを数値モデルに反映させ、全球規模と地域規模のシミュレーションを統合しながら予測精度を高めていくことが、制御に向けた大前提となります。
② 気象制御理論の構築
次の柱となるのが、気象現象に“どのような小さな介入を加えれば、大きな変化を誘発できるのか”という制御理論の確立です。気象モデルの高度化と併せて、介入によって効果が得られるメカニズムを数学的・物理的に説明し、どのタイミングでどこに擾乱を加えることが最も効果的なのかを導き出す研究が進められています。これにより、台風の勢力弱体化や豪雨帯の分布変更といった、現実的に達成可能な気象介入シナリオを具体的に描けるようにしていきます。
③ ELSI(倫理・法・社会)
気象制御を社会へ実装するためには、倫理的・法的・社会的課題への対応が欠かせません。台風や豪雨の制御は広範囲に影響を及ぼす可能性があり、国内の法制度整備はもちろん、国際的なルールや条約の議論も必要となります。
また、気象制御によって生じる経済効果や潜在的リスクを客観的に評価し、国民が理解し受け入れられる形にしていくことも不可欠です。そのため技術開発と並行して、社会受容性の向上や合意形成プロセスを慎重に進めていくことが求められます。
メキシコやUAEでは「クラウドシーディング」が実用段階に
気象制御は、日本ではまだ研究段階ですが、「人工雨」クラウドシーディングは、すでにメキシコなどで実用化されています。
・メキシコ:国家プロジェクトとして人工降雨を実施
日経新聞の取材によると、メキシコ政府は2020年から人工降雨計画を国家事業として推進しており、航空機で雲へヨウ化銀を散布する作戦が行われています。その成果として、2021年の対象6州では降雨量が平均45%増加したとのことです。
干ばつが深刻であるメキシコでは、水源確保の有力な選択肢のひとつとして位置づけられています。しかしながら、この技術が用いられるのは雨季のみで、「すでに降る予定だった雨の雨量を増やすこと」しかできないなど、課題も残っています。
・UAE:年間350回以上の人工降雨
メキシコと同様に年間の雨量が100mm以下と少ないUAEでも、人工降雨は生活インフラとして機能しています。UAEでは年350回以上、ほぼ毎日のように結露剤を雲へ散布し、人工的に雨を降らせることでダムを満水にし、農業・飲料水に活用しています。1回あたりの散布費用は3,000ドル程度とのことです。
ただ、現在の技術だと快晴の状態から雨を降らせることはできず、雨を降らせる雲が必要になるため、気象操作が万能とは言えるレベルには達していません。
参照ページ:人工の雨降らす「雲の種まき」 メキシコ航空機に同乗 - 日本経済新聞
気象制御が切り開く未来の「天気産業」
気象制御が実現へ向け進むにつれ、新しいビジネス領域が立ち上がる可能性が高まっています。
① 気象制御オペレーション産業
気象制御技術が成熟すれば、台風の弱体化や豪雨の事前緩和といった“気象操作の実行”自体が、新しい産業として成立する可能性があります。
たとえば、都市の防災計画に合わせて気象介入のタイミングを最適化したり、重要インフラ周辺のリスクを低減させるための運用サービスを提供したりするなど、行政や企業が必要に応じてオペレーションを委託できるような仕組みが生まれると考えられます。
② 海洋・大気観測インフラの巨大市場化
気象制御を実現するためには、広域かつ高精度の観測ネットワークが欠かせず、その整備が大規模な市場を形成する可能性があります。
レーダーシステム、衛星観測機器、洋上ブイ、気象ドローンなど、多様なセンサー群がリアルタイムでデータを収集するインフラが必要になるため、観測機器メーカーや関連企業にとって大きな成長機会が生まれるとみられます。また、これらのデータを統合・解析するプラットフォーム開発など、ソフトウェア領域への波及も期待できます。
③ 国際的な気象制御ルールと保険産業
気象制御が広く運用されるようになれば、その影響が国境を越える場面も増え、国際的な合意形成が必須になります。
たとえば、台風の進路や降水量の変化によって他国の水資源や農業生産に影響が及ぶ場合、補償や調整をどう行うかといったルール作りが求められます。その過程で、新しいタイプの気象リスク保険や、制御によって得られる便益と影響を調整する仕組みが必要になり、保険・金融分野でも新たな市場が生まれる可能性があります。
編集後記
気象制御は、科学、技術、倫理、国際政治、経済といった分野が複雑に絡み合う総合技術です。日本は観測技術・気象モデル・スーパーコンピュータの分野で世界トップ水準の強みを持ち、ムーンショット目標8の達成可能性に高い期待が集まっています。
一方で、実現には国民的議論と国際的合意が不可欠であり、「本当に天気を操作してよいのか?」という深い問いへの向き合いも求められます。世界で水不足が深刻化し、災害が頻発する今日、気象制御の挑戦は、近未来のビジネストレンドとして無視できないテーマになりつつあります。
(TOMORUBA編集部 久野太一)
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