
食料危機を救う持続可能な農業「アクアポニックス」とは?仕組みから市場動向、国内外の事例まで徹底解説
新規事業やオープンイノベーションのプレイヤーやそれらを実践・検討する企業の経営者はTOMORUBAの主な読者層ですが、こうした人々は常に最新トレンドをキャッチしておかなければなりません。そんなビジネスパーソンが知っておきたいトレンドキーワードをサクッと理解できる連載が「5分で知るビジネストレンド」です。キーワードを「雑学」としてではなく、今日から使える「知識」としてお届けしていきます。
今回取り上げるテーマは「アクアポニックス」です。水耕栽培と水産養殖を組み合わせた新たな農業モデルであり、世界各地で注目が高まっています。持続可能な食料生産を実現する手段として、都市農業や地方創生の文脈でも導入が進みつつあります。この記事では、アクアポニックスの仕組みと可能性について詳しく解説していきます。
アクアポニックスの概要と仕組み
アクアポニックスとは、魚の養殖(アクアカルチャー)と植物の水耕栽培(ハイドロポニックス)を組 み合わせた、循環型農業システムです。 魚の排泄物をバクテリアが分解し、その過程で生成された栄養素を植物が吸収します。
植物はさらに水を浄化する役割を担うことで、水を循環させながら魚と植物の双方を育てる仕組みとなっ ています。このサイクルにより、従来の農業と比べて最大90%もの水使用量削減が可能になります。
また、農薬や化学肥料を使用せずに栽培できるため、環境負荷も大幅に低減できます。 アクアポニックスは1970年代、アメリカで開発が進められたのが起源とされていますが、近年、気 候変動リスクや食料安全保障への関心の高まりを背景に、再び脚光を浴びています。
大阪万博ではアクアポニックスの生産システムが展示されており、その特性から、宇宙空間で生鮮品を食べるための技術としても、さらなる期待が寄せられています。
参照ページ:“地球見ながら刺身を食べたい”「月面養殖」への挑戦 | NHK | WEB特集
高い成長が見込まれるアクアポニックス市場
持続可能な農業への関心と有機農産物需要の増加を背景に、アクアポニックス市場は成長を続けています。

Mordor Intelligenceの調査によると、世界市場規模は2024年に約13億3000万米ドル、2029年には約21億米ドルに達すると予測されています。 2024年から2029年の年平均成長率(CAGR)は9.6%と高い成長が見込まれています。
成長の要因として、以下の点が挙げられます。
・有機農産物への需要拡大:農薬や化学肥料を使わないアクアポニックスは、有機食品市場の拡大に対応しています。
・水資源の有効活用:水使用量を大幅に削減できるため、水資源に課題を抱える地域で評価されています。
・持続可能な農業技術のニーズ:都市農業や地域再生において、環境負荷の少ない栽培技術として期待されています。
地域別では、北米市場が最大のシェアを占めています。アメリカでは、教育・研究機関と民間企業の連携により普及が進み、社会的認知度も高まっています。アジア太平洋地域でも、都市型農業ニーズの増加に伴い、市場拡大が期待されています。
アクアポニックスがもたらす可能性
アクアポニックスは、農業技術の進化にとどまらず、社会に多方面へのインパクトをもたらす可能性を秘めています。
・食料自給率の向上:都市部・地方を問わず、安定した食料供給源となります。
・環境負荷の低減:水資源の節約、農薬・化学肥料による環境汚染防止に貢献します。
・地域創生・雇用創出:地方に新たな産業を生み出し、雇用機会を創出します。
・教育・福祉分野への活用:学校や福祉施設での導入により、教育・社会福祉にも貢献します。
食料安全保障や持続可能な開発目標(SDGs)への貢献が期待され、今後の発展が注目される分野です。
国内外の注目事例
国内事例:株式会社アクポニ(Akponi)
2014年設立の日本初のアクアポニックス専門企業で、神奈川県横浜市に本社を構えています。「アクアポニックスで人と地球をHAPPYに」をビジョンに掲げ、持続可能な循環型農業の普及に取り組んでいます。

出典:株式会社アクポニ
神奈川県藤沢市には自社農園「ふじさわアクポニビレッジ」を運営し、最新技術の実証実験や研修を行っています。海水を利用したアクアポニックスの商業化モデルの研究も進めており、バナメイエビやシーアスパラガス、海ぶどうなどを栽培しています。
海外事例:Superior Fresh(米国・ウィスコンシン州)
米国ウィスコンシン州ヒクストンにあるSuperior Freshは、世界最大級のアクアポニックス施設として知られています。 アトランティックサーモンの陸上養殖と、有機認証を受けた葉物野菜の水耕栽培を組み合わせた循環型農業を実践しています。

出典:Sustainable Agriculture — Superior Fresh
施設内では、魚の排泄物をバクテリアが分解し、植物の栄養素として利用することで、水をほぼ完全に再利用するシステムを構築しています。 この閉鎖循環型の仕組みにより、水使用量を従来農業と比較して95%削減し、環境への負荷を大幅に低減しています。
年間生産量は、サーモンが約150万ポンド(約68万kg)、葉物野菜が約300万ポンド(約136万kg)に達し、地元のスーパーマーケットやレストランに供給されています。同社のサーモンは、モントレーベイ水族館の「Seafood Watch」プログラムで、最も持続可能な選択肢として「Best Choice」の評価を受けています。
編集後記
アクアポニックスは、食料自給率向上、新たな産業基盤づくり、教育・福祉との連携など、多様な可能性を秘めた「新しい農業技術」です。
サステナビリティを重視する企業や自治体にとって、地域資源を活かした未来型の食料生産モデルを構築できる絶好のチャンスと言えるでしょう。今後、よりスケール可能で経済合理性に優れたモデルが登場すれば、アクアポニックスは世界中に広がっていくはずです。
(TOMORUBA編集部 久野太一)
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