性差をイノベーションに繋げる「ジェンダードイノベーション」に集まる期待と、科学・技術分野の構造が抱える問題
新規事業やオープンイノベーションのプレイヤーやそれらを実践・検討する企業の経営者はTOMORUBAの主な読者層ですが、こうした人々は常に最新トレンドをキャッチしておかなければなりません。そんなビジネスパーソンが知っておきたいトレンドキーワードをサクッと理解できる連載が「5分で知るビジネストレンド」です。キーワードを「雑学」としてではなく、今日から使える「知識」としてお届けしていきます。
今回のテーマは『ジェンダードイノベーション』です。昨今、ジェンダーという概念は浸透し続けており、性差による格差が社会課題として取り上げられることが増えました。ジェンダードイノベーションは性差に着目してイノベーションを創出することを指しますが、いったいどのようなアプローチなのでしょうか。解説していきます。
ジェンダードイノベーションは欧米で広まる、性差を考慮して研究開発をするアプローチ
ジェンダードイノベーションとは、研究開発において性差を考慮し、男性中心の視点に偏らないアプローチを取ることを指す概念です。お茶の水女子大学のジェンダード・イノベーション研究所によると、この概念は2005年に米スタンフォード大学のロンダ・シービンガー教授が提唱したとされています。
特に欧米諸国を中心に広まりつつあるこの考え方は、医療や製品・技術開発において、従来の研究が主に男性を対象としてきた方法や目的を見直し、女性や性別の多様性にも焦点を当てることを目的としています。これによって、性別特有のニーズや体験に基づいた革新を促進し、より包括的かつ効果的な解決策を提供します。
加えて、ジェンダードイノベーションは新しい視点からのイノベーションを生み出す戦略としても重要視されています。性差(生物学的だけでなく社会学的な側面も含む)を考慮することにより、新しい医療アプローチ、製品設計、プロセス開発、サービス提供方法が生まれる可能性があります。
このようにジェンダーの多様性を重視することで、新市場の開拓や未開のビジネスチャンスを創出する可能性を広げます。このアプローチは社会全体の利益に寄与し、より公平で包括的なイノベーションを推進する力となることが期待されています。
科学・技術分野で性差が考慮されにくかった背景と課題
なぜこれまで、科学・技術分野において性差に基づいた研究開発が行われにくい状況だったのか、その背景には3つのポイントがあります。
一つは、女性研究者の「数」が少なかったことが挙げられます。二つ目に、ワークライフバランスの問題から女性リーダー少なかった「組織」の問題があります。そしてこれら二つの問題の先に、三つ目のポイントとして研究開発の現場で性差が考慮されないなどの「知識」の問題がありました。この三つ目の部分がまさにジェンダードイノベーションのコアになります。
出典:ジェンダード・イノベーションGendered Innovations
経済産業省の運営するメディア『METI Journal』がジェンダードイノベーションの特集記事を掲載した際にも、日本国内での女性研究者の少なさには触れられており、「日本の研究職・技術職に占める女性の割合も16.9%(2020年)で、OECD(経済協力開発機構)加盟国で最下位」と紹介されています。
出典:多様な人材・知見により、包括的なイノベーションの創出へ
このような統計からもわかるように、これまでの研究開発の現場ではそもそも女性研究者の数が少ないこと、女性のリーダーが少ないことなどが研究開発の結果に影響を与えていました。例えば「生物の実験でオスばかり使う」といったように偏った研究が行われていた経緯があります。
そのため、女性に適した投薬量、検査法、治療法にスポットがあたりにくい、または女性の体や病気に関する知識が不足している状況があったのです。
成功事例と実践的アプローチ
ジェンダードイノベーションの成功事例はいくつも出てきています。なかでも急成長しているのは「フェムテック」の分野で、2025年にはグローバルで5兆円超(500億ドル)にまで成長する見込みです。
関連記事:フェムテックで先行する欧米と追従する日本。市場が活気づいている背景とは?
ジェンダードイノベーションの典型例として、自動車のシートベルトが挙げられます。これまで自動車の衝突実験では男性の人形のみが使われてきたため、女性が重傷を負う確率や胎児の死亡率が高くなっていました。
スウェーデンの自動車メーカーのボルボでは、すべての乗員の安全を等しく確保するプロジェクト『E.V.Aプロジェクト』を推進しています。プロジェクトでは40年以上にわたる研究結果を公開し、女性の方が負傷しやすい傾向があったことを認め、蓄積した研究データからすべての乗員の安全性を考慮した自動車づくりを実現しました。
参照ページ:E.V.A. プロジェクト | すべての人に安全なクルマを - 日本
また、新型コロナウィルスにもジェンダードイノベーションのアプローチが用いられています。男性の方が感染後の銃消化率や死亡率が高い傾向がある一方で、女性はワクチン接種後の副反応が出やすいことが報告されています。
国立感染症学会によると、これは男性の方がウイルス感染に関わるレセプターの発言が多いことや肥満・糖尿などの持病が多いこと、また女性の方がウイルスに対する免疫反応が高いことなど、さまざまな性差が起因していることがわかっています。治療や薬の開発にこれらの性差による特徴がいかされていく期待が寄せられています。
参照ページ:ジェンダード・イノベーションが、私たちの生活にもたらすこと | アナリストeyes | ニュース・トピックス | 市場調査とマーケティングの矢野経済研究所
編集後記
性差を考慮して研究開発に取り組むことで新たなイノベーションを創出するアプローチがジェンダードイノベーションです。しかしジェンダードイノベーションというアプローチができた背景を辿ってみると、女性の研究職が少ないことやリーダーが少ないことがわかっています。ジェンダードイノベーションを加速させるためにも、こうした構造的な問題を解消するところから始めることが重要でしょう。
(TOMORUBA編集部 久野太一)
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