「科学技術・イノベーション白書」から読み解く。今後巨額の投資が見込まれる産学官連携分野と、オープンイノベーションの成功事例とは【後編】
文部科学省は6月20日、政府で閣議決定された『科学技術・イノベーション白書』の令和5年度版をホームページで公開しました。本白書は科学技術・イノベーション基本法に基づき、政府が科学技術・イノベーション創出の振興に関して講じた施策を報告するものです。
例年どおり、年度ごとの話題を特集する第1部、そして年次報告の第2部からなる2部構成となっています。後編となる本記事では、本白書の第2部の概要をまとめ、TOMORUBA読者にとって関心が高いであろう政府が注力する投資領域や枠組み、またオープンイノベーションに対する取り組みについてピックアップして解説していきます。
参照記事:地域のビジョンからどのようにイノベーションが生まれるのか?『科学技術・イノベーション白書』を読み解く【前編】
科学技術・イノベーション基本計画の第6期ではSociety 5.0を具現化する
国内の科学技術・イノベーション政策の起源は平成7年(1995年)に制定された「科学技術・イノベーション基本法」にさかのぼります。1期5年のスパンで運用され、現在は第6期(令和3年度〜7年度)運用の最中となっています。
第6期の本丸はSociety 5.0を具現化することです。本白書第2部の冒頭では、Society 5.0を具現化するための取り組みを3つ挙げています。
1.国民の安全と安心を確保する持続可能で強靱な社会への変革
2.知のフロンティアを開拓し価値創造の源泉となる研究力の強化
3.一人ひとりの多様な幸せ(well-being)と課題への挑戦を実現する教育・人材育成
参照ページ:Society 5.0 - 科学技術政策 - 内閣府
第2部ではこれらの取り組みを成功させるための施策が事細かに報告されています。次章からはその中でも巨額の投資が見込まれる分野と、オープンイノベーションを加速させる分野をピックアップしていきます。
大学ファンド、研究開発など巨額の投資が見込まれる分野
第2部では、政府が積極的に投資をしていくことを名言している分野・領域がいくつかあります。
前章でSciety 5.0を実現するための取り組みとして「知のフロンティアを開拓し価値創造の源泉となる研究力の強化」を紹介しましたが、そのなかで「知」の基盤として大学の強みの多様化、研究力、学生の自己実現の後押しが重要だとしています。
特に、世界最高水準の研究大学の実現に向けた10兆円規模の大学ファンドによる国際卓越研究大学への支援を推進して研究力の底上げを図るとしています。10兆円規模の大学ファンド創設を契機に「大学改革や薬師学生支援、地域大学振興、STEAM教育をさらに推進し、イノベーションと価値創造の源泉となる知を持続的に創出」するとして、血の基盤と人材育成を強化する戦略を掲げています。
参照ページ:国際卓越研究大学制度について:文部科学省
参照ページ:STEAM教育等の各教科等横断的な学習の推進:文部科学省
同じく、Society 5.0実現の取り組み「一人ひとりの多様な幸せ(well-being)と課題への挑戦を実現する教育・人材育成」の方針として、初等中等教育段階のSTEAM教育の推進、教育分野のDXの推進、大学等における学び続ける姿勢を強化する環境整備を進めるとしています。
これらを実現するために第6期基本計画の期間中に政府の研究開発投資の総額として約30兆円を確保する計画です。さらに、官民合わせた研究開発投資総額を120兆円とすることを目標に掲げています。
加速している産学官連携かつ国際的なオープンイノベーション
政府は、国内の大学・国立研究開発法人と外国企業との共同研究等の産学官連携体制に関し、安全保障貿易管理等に配慮した外国企業との連携に係るガイドラインの検討を開始しています。
また、文部科学省及び経済産業省は、企業から大学・国立研究開発法人への投資を今後10年間で3倍に増やす政府目標を立てており、それを達成するために産業界から見た大学・国立研究開発法人が産学官連携機能を強化する上での課題と処方箋をとりまとめた「産学官連携による共同研究強化のためのガイドライン」を策定済みです。
さらに、平成30年度から「オープンイノベーション機構の整備」を開始し、企業の事業戦略に深く関わる大型共同研究を集中的にマネジメントする体制を整備し、大型共同研究の推進により民間投資の促進を図っています。
参照ページ:オープンイノベーション機構の整備
こうした体制の整備の成果として白書では、
・⺠間企業との共同研究の実施件数及び研究費受入額の推移
・⺠間企業との共同研究費受入額1,000万円以上の実施件数及び研究費受入額の推移
・特許権実施等件数及び収入額の推移
といった実績を参照して、オープンイノベーションの促進に一定の効果が出始めていることをアピールしています。
科学技術・イノベーション政策の成果となっているオープンイノベーション事例
白書では、科学技術・イノベーション政策の成果として、いくつかのオープンイノベーション事例が紹介されています。
・産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム『OPERA』
科学技術振興機構が平成28年度より実施している産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム『OPERA』は、非競争領域における大型共同研究と博士課程学生等の人材育成、大学の産学連携システム改革等とを一体的に推進することにより、オープンイノベーションの本格的駆動を図っている事例です。
参照ページ:マルチモーダルセンシング共創コンソーシアム(OPERA)
・産業技術総合研究所によるオープンイノベーションハブ『TIA』
産業技術総合研究所は、産業技術に関する産業界や社会からの多様なニーズを捉えながら、技術シーズの発掘や研究開発プロジェクトの推進を行っています。具体的な取り組みとして、オープンイノベーションハブ『TIA』の活動を推進し、共創の場の形成の一環として16の技術研究組合に参画しています。
参照ページ:産総研:TIA推進センター
・オープンイノベーション都市の形成
都市型のオープンイノベーションの拠点として、「筑波研究学園都市」と「関西文化学術研究都市」の事例が紹介されています。
筑波研究学園都市は国内の高水準の試験研究・教育の拠点形成と、東京の過密緩和への寄与を目的として建設されています。29の国等の試験研究・教育機関をはじめ、民間の研究機関・企業等が立地しており、研究交流の促進や国際的研究交流機能の整備等といった施策が推進されています。
参照ページ:筑波研究学園都市とは/つくば市公式ウェブサイト
また、関西文化学術研究都市では、国内及び世界の文化・学術・研究の発展並びに国民経済の発展に資するため、その拠点となる都市の建設が推進されています。令和4年度時点で150を超える施設が立地しており、多様な研究活動が展開されています。
参照ページ:関西文化学術研究都市(愛称:けいはんな学研都市)/京都府ホームページ
編集後記
科学技術・イノベーション政策は平成7年(1995年)から動き出していますが、先進国と比較すると日本はイノベーションの創出においてトップを走っているとは言い難い状況です。そういった意味では、事例が出始めている今がまさに佳境です。本文でも触れたように、巨額の投資も複数のラインで動いていますし、岸田内閣が2022年を「スタートアップ創出元年」と位置付けるなど、準備は整ったと言えそうです。
(TOMORUBA編集部 久野太一)