「精密農業」で需要増加・人手不足・環境問題を解決できるか?スマート農業との違いや国内外の事例を解説
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今回は農業分野で注目される「精密農業」について解説します。
先端技術を活用し、生産資源を最適に投入する「精密農業」
精密農業(Precision Agriculture)は、センサー、ドローン、衛星データ、AI解析といった先端技術を活用し、農地や作物ごとの状態を細かく把握しながら、生産資源(肥料・水・農薬など)を最適に投入する農業の形態を指します。
従来の農業が「農地全体を同じように管理する」ことを前提としてきたのに対し、精密農業は「区画ごとの違いを把握し、必要な場所に必要な量だけ資源を投入する」ことが大きな特徴です。
この考え方は、農地をひとつの均一な対象としてではなく、微細な条件差を持つ“モザイク”として捉える発想に近いと言えます。例えば、ある農地の一部は窒素不足で、別の一部は水分過多かもしれません。
精密農業では、こうした違いをデータとして把握し、それぞれに応じた処置を施すことが可能になります。結果として、収量の最大化とコスト削減を同時に実現し、さらに環境負荷を軽減できるのです。
精密農業とスマート農業との違い
精密農業はしばしば「スマート農業」と混同されますが、両者は異なる概念です。
・スマート農業:農業のあらゆる領域をデジタル化・自動化する包括的な取り組みを指します。ロボットトラクターや自動収穫機の導入、クラウドベースの農業経営支援、遠隔監視システムなど、幅広い技術を包含しています。
・精密農業:その中でも「データに基づく資源投入の最適化」を中心に据えた領域を指します。圃場の状態をセンサーやドローンで可視化し、最小限の資源で最大の成果を得ることに特化しています。
言い換えれば、スマート農業が「農業のあり方をトータルに変革するアプローチ」だとすれば、精密農業は「その一部として特に効率性と環境対応を重視するアプローチ」と位置づけられます。
参照ページ:スマート農業について教えてください。:農林水産省
精密農業が注目される背景にある需要、環境、人材不足などの社会課題
精密農業が注目される背景には、農業と社会を取り巻く複数の構造的課題があります。
ひとつは、世界的な食料需要の増加です。国連の推計によれば、2050年までに世界人口は約97億人に達するとされ、現在より約3割多い食料が必要になると見込まれています。限られた農地で効率的に収穫量を増やすには、データ活用による高度な生産管理が不可欠です。
ふたつめは、環境規制とサステナビリティ要求の高まりです。過剰な農薬や肥料の使用は地下水汚染や温室効果ガス排出を引き起こすため、国際的に規制が強まっています。欧州では「Farm to Fork戦略」の下、持続可能な農業への転換が求められており、日本でも環境負荷低減は重要な政策課題となっています。
最後に、先進国における農業人材不足です。日本では農業従事者の平均年齢が68歳を超えており、担い手不足が深刻です。労働力を補うためには、自動化やデータ活用によって省力化を進める必要があります。精密農業はその有効な解決策として注目されています。
「データ収集と分析」を軸にした精密農業の仕組み
精密農業の中心は「データ収集と分析」にあります。土壌センサーや気象センサー、ドローンによる空撮、衛星リモートセンシングなど、多様な手段で農地の状態を把握します。これにより、土壌の水分量、養分バランス、作物の生育ステージ、病害リスクなどをリアルタイムで取得できます。
収集されたデータはクラウド上でAIが解析し、具体的なアクションにつなげます。たとえば、「この区画は窒素が不足しているため肥料を追加」「この場所は過剰な水分があるので水の供給を停止」といった指示を自動的に生成します。GPSを搭載した農機がその指示に基づき、ピンポイントで施肥や散水を行うのです。
従来であれば農家が経験と勘に頼っていた判断を、データドリブンに置き換える点が大きな革新です。これにより資源投入のムダが省かれ、収量・品質の安定化が可能になります。
精密農業のメリットは効率化、収穫の安定、環境負荷の軽減
精密農業の導入によって得られるメリットは、コスト削減、収量・品質向上、そして環境対応という三つの観点に整理できます。
まず、資源投入の効率化によって肥料や農薬、水の使用量を減らすことができ、結果として総保有コストを抑制できます。実際、米国の大規模農場では精密農業を導入することで肥料使用量を最大30%削減した事例も報告されています。
さらに、作物ごとに最適な条件を提供できるため収穫量が安定するだけでなく、果物の糖度やワイン用ブドウの風味といった品質面でも付加価値を高めることが可能になります。
そして、資源投入量を最小限に抑えることは環境負荷の軽減につながり、持続可能な農業への転換を求められる企業にとってガバナンスやESG投資の観点からも大きな意味を持ちます。こうした効果が組み合わさることで、精密農業は単なる生産性向上の手段にとどまらず、経営戦略や社会的責任に直結するアプローチとして注目されているのです。
精密農業の国内外の事例
精密農業はすでに世界各地で導入が進んでいます。
・日本での活用状況
日本においても精密農業を含むスマート農業の導入は着実に広がっています。例えば、水稲栽培ではスマート水管理システムによって圃場ごとの水位や水温をセンサーで常時監視し、自動的に調整する取り組みが進んでいます。
果樹や野菜の分野でも、複合環境制御装置や農業クラウドを活用し、温度・湿度・CO₂濃度を最適に管理するケースが増えています。さらに、GPSガイダンスや自動操舵機能を搭載したトラクター、ロボット田植え機の普及により、省力化と作業精度の向上が実現されています。
加えて、農薬や肥料散布においてはドローンを活用したモニタリングやピンポイント散布が導入され、労働負担の軽減と資材コストの削減が両立されつつあります。
参照ページ:スマート農業に関する調査を実施(2024年) | 市場調査とマーケティングの矢野経済研究所
・オランダの取り組み
オランダは「世界一の精密農業先進国」と呼ばれることもあります。国土は日本の九州ほどの規模ですが、農産物輸出額はアメリカに次ぐ世界第2位を誇ります。その背景にあるのが精密農業です。
温室栽培でのセンサー活用、作物ごとに最適化された水耕栽培システム、AIによる収穫時期予測などを徹底し、限られた土地から最大限の収量を引き出しています。特にトマトやパプリカといった園芸作物は、最小限の資源で高品質を実現するモデルケースとして国際的に注目されています。
・クボタの事例
日本企業の代表的プレイヤーがクボタです。同社はGPSや自動操舵機能を搭載したトラクターや、ドローンによるリモートセンシング技術を開発・提供しています。また、「KSAS(クボタスマートアグリシステム)」と呼ばれるクラウドプラットフォームを展開し、農作業や収量データを一元管理。分析結果をもとに施肥・播種の精度を高めることで、農業経営の効率化と可視化を支援しています。
こうした取り組みは国内外の農業生産者に広がりつつあり、日本発の精密農業ソリューションとして注目されています。
参照ページ:02.クボタが考える精密農業の姿~スマート農業の実践~ | 精密農業への挑戦 | GLOBAL INDEX
編集後記
精密農業は、農業そのものを「データ産業」へと変えていく可能性を秘めています。これまで人の経験に依存していた領域に、センサーやAIが入り込むことで、効率化と環境対応を両立し、同時に新しいビジネスチャンスを生み出しています。
スマート農業という大きな枠組みの中で、精密農業は特に実装が進んでいる分野のひとつです。オランダのような先進国のモデルケースや、日本企業でもクボタのような具体事例を参考にすることで、国内外の産業プレイヤーが学ぶべきポイントは多いはずです。今後、日本の農業や食品産業が国際競争力を高める上でも、精密農業の普及は欠かせない鍵となるでしょう。