「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く(56)〜PoC
ビジネスには不確定要素が多く、実際に事業を始めてみないと分からないことがたくさんあります。しかし、不確定要素が多いままでは成功するまでに遠回りする可能性も高く、事業が失敗してしまうリスクも高いです。
TOMORUBAの【「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く】第56弾では、事前に事業のリスクを把握するための「PoC」について紹介します。PoCをすることでどんなメリットがあるのか、どんなことを注意して進めなければいけないのか紹介するので参考にしてください。
PoC(Proof of Concept)とは
PoCは「Proof of Concept」の略で、日本語では「概念実証」と訳されます。新しいアイデアや技術、手法が実現可能かどうか検証する一連の作業のことを指します。新しいサービスを立ち上げる際に、本格的な開発や導入の前に小規模な試作や実験を行い、本当に実現可能なのか、期待通りの効果を得られるかなどを検証することが目的です。
特にAIやIoTなど、最先端の技術を導入する際に必要不可欠であり、近年大きな注目を集めています。ただし、PoCは決してIT業界の専門用語ではなく、医薬品や航空機、映画製作などの場面でも実施されるものです。複雑な技術を机上の空論のみでプロジェクトを進めるのはリスクが高いため、本格的に開発を始める前の検証が欠かせません。
プロトタイピング、パイロットテストの違い
新しいアイデアや技術を検証するための手法には、PoC以外にもプロトタイピングやパイロットテストなどもあります。いずれも商品やサービスのローンチに向けた検証であることに変わりはないものの、その目的や規模が異なるため、うまく使い分ける必要があります。
たとえばプロトタイピングは、具体的な製品やサービスの設計や機能を検証するものです。実際の製品に近い試作品を作成し、ユーザーテストなどを実施することで、使い勝手やデザインなどを検証していきます。
また、パイロットテストは、実際の運用環境で製品やサービスを検証するもの。限られた範囲のユーザーに利用してもらい、性能や安定性、問題点などを検証していきます。
それぞれの違いを、以下の表にまとめたので参考にしてください。
PoC、プロトタイピング、パイロットテストの3つの手法を組み合わせることで、より効果的に新しいアイデアや技術を検証できます。
PoCで検証する内容
PoCでは主に以下のような内容を検証していきます。
1. 技術的な実現可能性
PoCで最も検証すべきは、新しい技術が想定通りに動作するかどうかです。どんなに優れた技術であっても、思ったように動作しなければリスクが高く本格的な開発や導入には至りません。
また、新たな技術を既存の技術やシステムを連携させる場合は、うまく連携するかどうかも大事な検証ポイントです。想定通りに連携した上で、必要な性能を満たしているかどうかも検証していきましょう。
2. 経済的な実現可能性
技術的な実現可能性と並んで重要になるのは、開発コストと収益性のバランスです。想定通りに技術が動作しても、開発コストがかさむ、もしくは思ったような収益が見込めなければビジネスとしては成立しません。
開発コストを想定内に収められるか、十分な市場規模が見込めるかどうか検証し、ビジネスとして成立するかどうかを見極めましょう。また、どんなサービスが競合になり得るのか、競合製品との差別化が可能かどうかも検証が必要になります。
3. 運用上の実現可能性
PoCでは、新しい技術やサービスを導入した後の運用も問題なくできるか検証していきます。特に運用にあたって専門的な知識やスキルが求められる場合、それを有している人材を確保できるかが重要になってきます。
加えて、適切な運用体制を構築できるかも重要な検証ポイントです。どのチームがどの作業を担当するのか具体的にシミュレーションしておきましょう。規制が強い業界であれば、法的な問題をクリアしているのか、倫理的な問題がないかも重要な検証ポイントになってきます。
4. ユーザーの満足度
新しい技術が必ずしもユーザーに受け入れられるとは限りません。むしろ、新しい技術ほど世の中に浸透するハードルは高いものです。実際にサービスをリリースした際に、ユーザーのニーズを満たせるかどうかも事前に検証しておきましょう。
PoCを行うメリット
PoCを実施することで、様々なメリットを得られます。
開発リスクの低減
PoCの最大のメリットは、開発リスクを低減できることです。PoCをすることで「技術的に実現可能なのか」「採算がとれるのか」「市場がどれくらいあるか」を事前に確認できます。仮に問題があれば、本格的な開発に入る前に解消することもできますし、解消が難しい場合も大きなコストを払う前に撤退できるでしょう。
本格的に開発が始まってしまうと撤退するにも大きな勇気が必要になります。それまでに払ったコストを回収しようと合理的な判断がしづらくなるからです。PoCの段階であれば、冷静に判断できるため適切な判断が下せるでしょう。
開発費用の節約
PoCを行うことで、開発費用の節約にもつながります。PoCで問題点が発見できれば、開発を中止したり方向転換できます。これにより、不要な開発コストを削減でき、結果的に収益性も高められるでしょう。
また、PoCで得られた知見は、その後の開発に役立てられます。これにより、開発効率を上げ、開発期間を短縮できるのも大きなメリットです。
関係者の合意形成
PoCを行うことで、関係者の合意形成をスムーズに進められます。PoCの結果を関係者に示すことで、アイデアや技術に対する理解を深め、合意を得やすくなるのです。
プロジェクトの成功確率を高めるためには、関係者の意識を統一しておくことが重要になります。どんなに言葉で説明するよりも、PoCの結果を見せたほうが説得力がありますし、技術への理解度も格段に上げやすくなるはずです。
市場ニーズを把握できる
PoCで実際に製品やサービスをユーザーに試してもらうことで、市場ニーズも把握できます。市場の解像度が高ければ高いほど、よりニーズに刺さるサービスが作れますし、効果的なマーケティング戦略が立案できます。
逆に市場の解像度が低いままで開発に移ってしまうと、時間とお金を無駄にしてしまう可能性が高まり、結果的にプロジェクトを中止せざるを得なくなるでしょう。プロジェクトを成功に導くためにも、開発前のPoCで市場ニーズを明確に把握しておくことが重要です。
投資家や顧客の理解を得られやすくなる
PoCの結果を投資家や顧客に示すことで、アイデアや技術に対する理解を得やすくなります。新しい技術やサービスは必ず「本当に効果があるのか」「リスクはないのか」という疑問を投げかけられるでしょう。
PoCのデータを使えば、それらの疑問に対して説得力のある返答ができるはずです。投資家からの資金調達をする際などに、事業の実現可能性を示す重要な武器になるでしょう。
PoCのデメリット
今や事業立ち上げに欠かせないPoCですが、いくつかのデメリットもあるため注意しましょう。
コストと時間がかかる
PoCを実施するには人件費や研究開発費、設備投資などのコストがかかります。検証の回数が増えれば、それだけコストも増えることになります。PoCが成功して実際にサービスのローンチまで実現できれば、それらのコストも回収できますが、もしもプロジェクトが中止になった場合はPoCのコストは回収できません。
また、お金だけでなく時間というコストも発生します。新しい技術や市場では、スピードが求められるケースも少なくありません。あまりPoCに時間をかけていると、競合が激化して成功確率が下がるリスクもあるため、どこまで時間をPoCに時間がかけられるのか予測しておく必要があります。
プロジェクトが失敗する可能性がある
PoCで実現可能性が確認されても、製品開発やサービス導入が成功するとは限りません。PoCのやり方が適切でなかった可能性もありますし、PoCが終わってから市場環境が変化する可能性も十分に考えられます。
PoCで成功したからといって慢心せず、常に市場の動向に目を向けながら開発やマーケティングを行いましょう。
ユーザーの反応が得られるとは限らない
PoCでは、実際にローンチするサービスとは異なる試作品で検証を行うため、ユーザーの本質的な反応を得られない可能性もあります。より正確な反応を得るためにはMVP(Minimum Viable Product)を開発して検証するのがおすすめです。
また、アンケートの内容が適切でなければユーザーから正確な反応を得られない可能性があります。検証する目的に合わせて、どのような設問を用意するのが適切か考えましょう。
PoCの結果に固執してしまう
PoCで一定の成果が出た場合、当初の目的から逸脱して開発に固執してしまう可能性があります。本来なら、より成功確率が高い手段があっても、PoCのデータに囚われてしまうことで視野が狭くなってしまうのです。
PoCはあくまでも検証のための手段であり、常に目的を再確認しながら進めることが重要です。
情報漏洩のリスクがある
PoCには情報漏えいのリスクがつきまといます。特に業務提携をしているパートナーとPoCをする場合は、自社の技術や守り、知見を巡るトラブルに発展しないようPoC契約や秘密保持契約(NDA)を結びましょう。
また、PoCパートナーを選ぶ段階から、トラブルに発展するリスクがなさそうか、柔軟に進められるか注意して選ぶのがポイントです。
PoCのステップと注意点
PoCは以下のステップで進めていきます。
目的を明確にする
PoCを行う前に、何を検証したいのかを明確にすることが重要です。目的が曖昧なままでは、適切な検証方法を選択できず、有益な結果が得られない可能性があります。
PoCの目的を設定する際には、SMARTというフレームワークを活用すると良いでしょう。SMARTとは、Specific(具体的)、Measurable(測定可能)、Achievable(達成可能)、Relevant(関連性がある)、Time-bound(期限がある)の頭文字を取ったものです。
規模とスケジュールを決める
PoCは、本格的な開発とは異なるため、小規模かつ短期間で実施する必要があります。PoCに時間をかけすぎると、開発コストが膨らんだり、市場機会を逃したりする可能性があります。
PoCの規模やスケジュールは、検証する内容や目的によって異なりますが、一般的には数週間から数ヶ月程度で行うことが多いようです。どのように検証を行うのか要件定義し、事前に関係者に共有しておきましょう
試作・実験を行う
要件定義に基づいて、実際に試作・実験を行います。試作・実験では、検証対象を実際に作成・動作させて、検証方法に基づいて評価指標を測定します。検証結果は後に活用するため、記録しておくのはもちろん、分かりやすくまとめておくと便利です。
検証結果を客観的に評価する
PoCの結果は、定量的なデータに基づいて客観的に評価します。主観的な判断だけで評価してしまうと、誤った判断に繋がる可能性があります。
PoCで検証する項目については、事前に評価指標を定めておくことが重要です。評価指標は、SMARTの原則に基づいて設定しましょう。
関係者とコミュニケーションを図る
PoCの進捗状況や結果を関係者に共有し、コミュニケーションを密にとりましょう。関係者とのコミュニケーション不足は、誤解や問題を招きやすくなります。
PoCの進捗状況を定期的に報告したり、関係者をPoCの検証に参加させたりすることで、共通認識を形成でき、スムーズにプロジェクトを進められるでしょう。
PoCの結果に基づいて適切な判断を行う
PoCの結果に基づいて、アイデアや技術の開発を継続するか、中止するかを判断する必要があります。PoCの結果が良好であれば、本格的な開発を進められます。一方、PoCの結果が悪ければ中止の判断を下す勇気も必要です。
仮にいい結果が出たとしても、PoCの結果を過信しないようにしましょう。PoCはあくまで検証であり、プロジェクトを進めていくうちに考えを改めないといけない場面もくるかもしれません。しっかりと準備をしながらも、柔軟な対応が求められるでしょう。
編集後記
今や大企業でもスタートアップでも欠かせないPoCですが、いつまでもPoCばかり繰り返し「PoC疲れ」になっているケースも少なくありません。いつまでもプロジェクトが始まらないままコストだけが膨れ上がっていきます。
そのような事態を防ぐためにも、PoCを始める前には明確なゴールとルールを設定しましょう。どんな結果が得られたらプロジェクトを走り始めるのか、どうなったら撤退の決断を下すのか。事前にルールを定めておくことで、無駄なPoCを減らし事業の成功に繋げられるでしょう。
(TOMORUBA編集部)
■連載一覧
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く①〜ポーターの『5フォース分析』
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く②〜ランチェスター戦略
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く③〜アンゾフの成長マトリクス
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く④〜チャンドラーの「組織は戦略に従う」
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑤〜孫子の兵法
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑥〜VRIO分析
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑦〜学習する組織
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑧〜SWOT分析
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑨〜アドバンテージ・マトリクス
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑩〜ビジネスモデルキャンバス(BMC)
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑪〜PEST分析
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑫〜PMF(プロダクト・マーケット・フィット)
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑬〜ブルーオーシャン戦略
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑭〜組織の7S
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑮〜バリューチェーン
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑯〜ゲーム理論
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑰〜イノベーター理論
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑱〜STP分析
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑲〜規模の経済
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑳〜ドミナント戦略
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㉓~MVP戦略
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㉔〜プラットフォーム戦略
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㉕〜ジレットモデル
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㉖〜フリーミアムモデル
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㉗~フリー戦略
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㉘〜ダイナミックプライシング
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㉙~ストックオプション
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㉚~コア・コンピタンス経営
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㉛~コストリーダーシップ戦略
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㉜~マーケティング近視眼
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㉝~ロングテール戦略
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㉞~ファブレス経営
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㉟~マーケティングファネル
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㊱〜RFM分析
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㊲〜IPビジネス
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㊳~キャッシュマシン
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㊵〜PPM分析
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㊶〜コンテンツマーケティング
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㊷〜両利きの経営
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㊸〜バランススコアカード
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㊺〜ファンベースマーケティング
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㊻〜パーソナライゼーション
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㊼〜人的資本経営
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㊽〜AISAS
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㊾〜タレントマネジメント
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㊿〜ウェルビーイング経営
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く(51)〜ファンダムマーケティング
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く(52)〜インパクト投資
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く(53)〜資本業務提携