「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㊷〜両利きの経営
一度成功を収めた企業がさらに発展を遂げ、長く経営を維持するために必要な経営手法である「両利きの経営」が近年、注目を集めています。
TOMORUBAの【「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く】第42弾では、この「両利きの経営」を取り上げ、注目される背景や社内に採り入れいくための方法、そして成功事例などを詳しく紹介していきます。
「両利きの経営」とは?
チャールズ・A・オライリーとマイケル・L・タッシュマンは提唱した「両利きの経営」とは、深化と探索の活動を自在に、バランスよく高い次元で行うという経営論。ひとつの企業内で、「探索」を担う組織と、「深化」を担う組織という2種類の組織をもち、それぞれに既存事業と新規事業を担わせることで、既存事業への悪影響を無くしつつ、新規事業すなわちイノベーションを起こすための力を社内に取り戻すというものです。
■知の探索
自社から離れたところにある知(=新規事業)を広く探索して持ち帰り、新しく組み合わせていく
■知の深化
自社の持つ知(=既存事業)を徹底的に深掘りしつつ、改善を続けていく
「両利きの経営」が重視される背景
近年、注目を集めるようになった「両利きの経営」ですが、その背景にあるのは”経営環境の変化”にあると言えるでしょう。インターネットが普及し、ビジネスに実用的なAIも登場した今、新しいサービスやプロダクトが次々と生み出されています。
「ある事業で成功した企業が、その事業の改善に特化した結果、市場の急速な変化に対応できなくなる」という現象がありますが、既存の事業だけにこだわっていてはいずれ衰退する可能性があり、対策を取っていく必要があるのです。「両利きの経営」では、すでに確立されたビジネスモデルだけではなく、他の新しい可能性を探索していくことが重視されています。
「サクセストラップ」を回避しながら、「両利きの経営」を採り入れる
実際に、「両利きの経営」を採り入れようとすると、これまでの成功体験に引きずられてしまい、困難が生じることがあります。それが「サクセストラップ」というものです。
企業は、成功した取り組みを継続し、失敗した取り組みから手を引きます。健全な企業は、過去の成功体験を積み上げて事業の形をつくることになります。これが、全く環境の違う事業領域や、新しい事業を立ち上げるときに邪魔になってしまうのです。人材や組織、管理制度、成功のためのセオリーまで、すべて既存事業のものが強く働いてしまいます。
「両利きの経営」を採り入れ、機能させるためには、いかにして「知の探索」(=新規事業)を社内で擁護し、育てていくことができるかにかかっています。そのポイントを次に紹介していきます。
「両利きの経営」を機能させるためのポイント
「両利きの経営」を機能させるための4つのポイントを解説します。
■「探索」と「深化」で組織をしっかりと分ける
まずは、「探索」と「深化」の2つの組織を別組織、別管理系統で分けましょう。兼任などにしても、良いことはありません。深化のほうの組織の影響を引きずってしまうからです。新しい考え方で仕事に臨めるよう、探索を担う組織は深化の組織から切り離すことが大事になります。
■「探索」と「深化」でルール・評価基準を分けて管理する
新規事業がうまく育たない理由の一つ。それが、同じ管理の基準や、同じ人材の評価基準を新規事業のほうにも適用してしまうこと。同じだけの成果を求められては、立ち上がったばかりの新規事業の評価が悪くなってしまいます。全く別の評価基準や、ルールを用意する必要があります。
■「探索」の組織に、挑戦を後押しする仕組みを採り入れる
「探索」を担う組織には、自由な挑戦や試行錯誤を可能とするような仕組みや文化を整えることも大切になります。「深化」を担う組織では、失敗して多くの従業員を路頭に迷わせないためにも、失敗しないためのチェック機構が求められることも自然です。しかし、同じ管理統制を敷いたならば、新規事業はのびのびと育てない可能性もあるのでしょう。探索組織のメンバーが自由に動けるようにするためには、それに応えられるような組織としての仕組みも整える必要があります。
■既存事業のリソースを活用する
上記に提示したポイントを実施しただけでは「新しい会社を創った」にすぎません。成熟企業としての強みを上手に新規事業に融通する必要があります。新規事業の成長に必要な資源があれば、それを既存事業側から動かしてこれるような体制を整えることも大切です。
「両利きの経営」の成功事例
それでは最後に、「両利きの経営」の成功事例を見ていきます。
■AGC
「両利きの経営」を実践している企業として注目されているAGCですが、2015年に島村琢哉氏がCEOに就任した当時は、成熟事業に依存。「サクセストラップ」にハマっている状況でした。そうした状況を打破するために策定されたのが中期戦略ビジョン「2025年のありたい姿」です。それには、『コア事業が確固たる収益基盤となり、戦略事業が成長エンジンとして一層の収益拡大を牽引する、高収益のグローバルな優良素材メーカーでありたい』と記されています。
「コア事業」にはガラス事業など安定収益が見込める事業、「戦略事業」にはライフサイエンスなど新規事業が含まれ、それぞれ「知の深化」・「知の探索」に対応しています。
また、上記のビジョンを実現する具体的な取り組みとして、AGCではコア事業と戦略事業の組織を分割するとともに、研究開発で得られたネタを事業に育てる役割をもつ「事業開拓部」を設置しました。
新規事業のアイデアは、事業開拓部により「面白そうか」「売れそうか」「勝てそうか」などの評価基準で選別・育成され、量産化の目途が立ったものは卒業し、既存事業のカンパニー内で事業化。また、卒業した事業が自立できない場合は本社コーポレート部門がサポートするなど、卒業後のフォローアップの仕組みも構築されています。
■Amazon
典型的な「両利きの経営」の成功事例として知られる、Amazon。同社はオンライン書店として事業をスタートしましたが、顧客満足度を高めるために、物流能力とオンラインプラットフォームの競争力を徹底的に高めていました。
このリソースを共有しながら、Amazonは新規事業を立ち上げます。自社で販売する本だけでなく、このオンラインプラットフォームと物流を使えば、他者も同様にeコマースをすることができる、と考えたのです。こうしてマーケットプレイス事業が立ち上がります。すでに成長したオンライン書店事業と、これから立ち上がるマーケットプレイス事業では、評価基準を分ける必要があるだろうと考えたAmazonは、マーケットプレイス事業を完全別系統の組織とし、異なる管理システム・管理基準のもとで育てていきました。
次に同社が育てたのはクラウドコンピューティングシステム「AWS」(アマゾン・ウェブ・サービス)です。同社がオンライン書店とマーケットプレイス事業で共通で使っていたクラウドコンピューティングの仕組みを、他社にも自由に使わせてしまえばよいではないかというアイデアで、AWSの事業が立ち上げられました。こちらも別組織、別の管理システムのもとで育成され、世界最大級のクラウドコンピューティングサービスとなっています。
(TOMORUBA編集部)
■連載一覧
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く①〜ポーターの『5フォース分析』
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く②〜ランチェスター戦略
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く③〜アンゾフの成長マトリクス
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く④〜チャンドラーの「組織は戦略に従う」
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑤〜孫子の兵法
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑥〜VRIO分析
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑦〜学習する組織
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑧〜SWOT分析
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑨〜アドバンテージ・マトリクス
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