「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㉒〜IPO
多くのスタートアップが目標とするIPO。企業の大きなステータスとなり、資金調達や採用の上で大きなメリットをもたらしてくれます。しかし、本来であれば企業が成長するための手段であるはずが、時に経営の目的になっていることも否めません。
TOMORUBAの【「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く】第22弾では、IPOに関する具体的なメリット・デメリットから、株式市場の種類などを解説しています。IPOを目指す起業家はもちろん、スタートアップに関わる方はぜひ参考にしてください。
IPOとは
IPOとはInitial Public Offeringの略で、日本語で「新規上場」のこと。未上場企業が株式を証券取引所に新規上場させることをいいます。
株式会社の株式は、創業当初は創業者などが保有していますが、上場することで広く一般の投資家に購入してもらえるようになります。多くの投資家に株式を取得してもらうには、厳しい審査を受けて株式を公開する必要があり、初めて証券取引所で株式を公開することを特にIPOというのです。今ではスタートアップの一つの目標としても認識されています。
では次に、IPOのメリットとデメリットを詳しく見ていきます。
IPOのメリット
多くのスタートアップがIPOを目指すのは、IPOによるメリットが大きいからです。どのようなメリットがあるのか見ていきましょう。
①多額の資金調達が可能
IPOの最も大きなメリットの一つが多額の資金調達が容易になること。株式を発行して一般の投資家に購入してもらえるので、資金調達力が向上します。
未上場の企業の場合、資金調達の手段といえば金融機関から借り入れをするか、VCなど専門の投資家から投資してもらうしかありません。上場することで資金調達の手段が増えます。
また、上場するには厳しい審査を通過するため、社会的な信用力も向上します。金融機関や機関投資家から資金調達する際にも、より大きな金額を調達できるでしょう。事業を成長させるには設備投資などまとまった資金が必要になる場合が必ずあります。IPOによって資金調達が容易になれば、ビジネスを拡大するにもいい影響があるのは確かです。
②知名度の向上と信用力アップ
IPOをすることで社会的信用力が大幅にアップします。信用力が高まれば、従来の取引先もより良い条件で取引に応じてくれるほか、今まで取引に前向きでなかった企業も商談に応じてくれることもあります。
個人向けのビジネスでも、上場企業というステータスが安心感に繋がり、顧客獲得もしやすくなるでしょう。また、上場することでメディアに取り上げられやすくもなり、知名度アップにも繋がります。
③人材採用力とモチベーションアップ
上場企業というステータスがあることで、採用力もアップします。就活市場、転職市場において上場企業か否かは企業を選ぶ上でのバロメーターにもなるからです。採用が難しくなっていくこれからの時代、採用に強いことは会社の大きな強みとなります。
新しく人が増えるだけでなく、既存の社員にとってもモチベーションを上げる効果があります。上場して会社の知名度や信用があることで、やりがいや働きやすさを感じられるからです。
④内部管理体制の整備
上場時の審査はもちろん、上場後も内部統制の整備が必要です。上場準備を進めていく過程から、必然的に組織構成の整備や内部管理体制の構築をしなければならず、未上場の段階とくらべて優良な組織体制になっていきます。
具体的には業務の円滑化のために、重要意思決定経路や各職位の職務権限と責任の明確化、職務分掌規程や職務権限規程、稟議規定の作成・整備などが必要です。組織における機能の重複や不要な機能を洗いだすこと、業績の低迷や不祥事を予防する効果が期待できます。
⑤株主とストックオプション保有者の利益確保
上場をすることで、既に株を保有している方やストックオプションを付与した社員の利益も確保できます。ストックオプションとは、会社の株式を予め定めた価額(権利行使価額)で将来取得する権利を付与するインセンティブ制度のこと。
上場することで従業員の大きな利益になるため、チーム一丸でIPOを目指す大きなモチベーションになります。ストックオプションを付与することで、高額な給与を出せなくても優秀な人材を確保できることもあります。
IPOのデメリット
様々なメリットがある一方で、IPOにはデメリットも存在します。リスクを把握しないままIPOをしてしまうと、経営に大きな打撃を与えかねません。どのようなリスクがあるのかみていきましょう。
①経営権の希薄化
非上場企業であれば、株主を自分たちで選ぶことができます。そのため、比較的自分たちの意思で経営ができるでしょう。しかし、上場企業となると株主を選べません。短期的な利益を望む株主もいれば、中長期的な利益を望む株主もいるため、それぞれの意向を汲み取る必要が出てきます。
このように経営の自由度を奪われることを嫌い、一同上場した後に経営陣が株式を買い戻し(MBO)、非上場化を選ぶケースもあります。
②IPOにかかる労力とコスト
IPOを成功させるにはコストがかかります。一般的に上場準備費用は、外部に支払う費用だけでも概ね5,000万円程度はかかると言われています。他にも社内の体制整備やディスクロージャー対応などの社内人件費もかかるため、決して金銭的なコストは小さくありません。
社外取締役や社外監査役等を選任する場合は、「役員報酬」がかかりますし、優秀なCFOを採用するのにもお金はかかります。それらは固定費なので、上場が長引けばそれだけコストもかさみます。他にも上場審査料や新規上場料、書類の印刷費用などが数百万円ずつ発生するので、大きなコスト負担になるでしょう。
加えて、上場準備には最低2年はかかり、その間外部からの協力も得ながら社内体制を整えていきます。上場しなければ発生しなかった仕事が増えるのも大きなコストと言えます。
③IRのための情報開示の義務
上場企業には、機関投資家や個人投資家に向けて、企業の経営・財務状況など、投資判断に必要な情報を提供する「IR活動」が法律で義務付けられています。例えば、企業説明会や決算説明会などを開催し、株主や投資家に向けて、自社の経営理念や方針を説明することも、IR活動の一種。
IRを行うことで、投資家から経営陣に有益なフィードバックをもらえたり、投資家のファン形成ができるなどのメリットはあるものの、その業務量は決して少なくありません。上場していなければ発生しない業務とコストが発生することはデメリットと言えるでしょう。
④敵対的買収のリスク
上場をすることで不特定多数の人が株主になります。その中には企業の乗っ取りを考えている企業が紛れ込んでいる可能性もゼロではありません。株式を一定数以上獲得されれば、実質経営権を奪われたことになります。
経営権が奪われれば旧経営陣の追い出しや、経営方針の変更など様々なリスクがあります。上場するということは株式で資金調達するのと同時に、株式を買われすぎないよう注意を払わなければいけないのです。
株式市場の種類
上場する株式市場はいくつか種類があります。どの市場で上場するかで、そのハードルの高さや信頼性は段違いです。今回はスタートアップと関連の深い、主な株式市場を紹介します。
東証一部
正しくは東京証券取引所の「市場第一部」のこと。上場時に見込みベースで流通額が250億円以上であること、連結純資産の額が10億円以上であること、直近2年間の利益額が総額5億円以上であることなど、上場するには厳しい壁があります。
有価証券報告書などに虚偽記載が過去2年間で無いことなども条件とされ、東証一部に上場することは大企業に仲間入りしたと言えるでしょう。信頼性の高い企業として広く認知されるため、ブランド力も一気に高まります。
東証マザーズ
東京証券取引所が1999年11月に開設した株式市場。継続性や収益性に審査のウエートを置く東証一部や二部に比べて、企業の成長性に重きをおいて上場審査が行われます。つまり、将来有望なベンチャーなどの新興企業が中心の株式市場です。
上場審査の形式要件としては、上場時の見込みベースで時価総額が10億円以上であることなどが挙げられます。実際の審査の際には、事業を不正なく公正に遂行しているか、リスク情報などについて適切に開示が行える状況かどうかなどが厳しくみられます。
JASDAQ(ジャスダック)
JASDAQは「スタンダード市場」と「グロース市場」に分かれており、スタンダード市場では実績、グロース市場ではその企業の将来性に重きを置いた上場審査が行われます。上場審査の形式要件としては、上場時の見込みベースで純資産の額が2億円以上、流通株式の時価総額が5億円以上であることなどが挙げられています。
ニューヨーク証券取引所(NYSE)
最近はグローバル進出を視野に入れ、海外の市場に上場するケースもみられます。ニューヨーク証券取引所に上場している企業は約2,400社で、世界的なグローバル企業が多く上場しています。各国の取引所別の時価総額ではニューヨーク証券取引所がトップで、ニューヨーク証券取引所に上場していることは世界に認められた証であるともいえます。
ナスダック(NASDAQ)証券取引所
米国を代表する株式市場で、米国国内における取引所別の時価総額はニューヨーク証券取引所に続き2位、世界でも2位となっています。
ニューヨーク証券取引所とは異なり、ナスダックはベンチャー企業や新興企業向けという性質があります。
東京証券取引所の再編成
2022年4月より、東京証券取引所は市場再編されます。現在「1部」、「2部」、「ジャスダック(スタンダード、グロース)」、「マザーズ」の計5つの市場が、「プライム(プレミアム)」、「スタンダード」、「グロース(エントリー)」の3市場に変わる見込みです。
出典:JPX「新市場区分への移行に向けて」
その背景にあるのは、東証一部上場企業の数が増えすぎて、日本最上位市場としての質の低下が起きていること。東京証券取引所が公表した資料でも「国内外の多様な投資者から高い支持を得られる魅力的な現物市場を提供することを目的として、3つの市場区分に見直す」と記載されています。
新しく作られる「プライム市場」は、基本的に東証一部にいる企業がそのまま上場しますが、一部プライム市場から降格する企業も出てくるでしょう。「スタンダード」市場は、東証2部とジャスダックに上場している企業が上場。最後の「グロース」市場は、東証マザーズに上場している企業と、これから新たに上場する新興企業が上場する予定です。
他にもルールが見直されており、例えば現在東証一部では原則認められていない赤字上場が全市場で認められます。他にも、上場廃止の基準も見直されており、これまでよりも厳しくなる可能性も高いです。
編集後記
以前はスタートアップのIPOと言えば、「マザーズ→東証一部」という流れが一般的でした。しかし、最近ではグローバル市場を見据えて海外の市場にするスタートアップも現れるなど、一口にIPOといってもその形は様々。それぞれの目的にあったIPO戦略を立てなければなりません。
多くの投資家も、「これからはIPOをするかどうかではなく、どんなIPOをするかが問われる」と口を揃えて言います。スタートアップだからといって安易にIPOを目指すのではなく、長期的な目標から逆算して、本当にIPOが得策なのか、どんなIPOをすればいいのか考えましょう。
(TOMORUBA編集部 鈴木光平)
■連載一覧
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く①〜ポーターの『5フォース分析』
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く②〜ランチェスター戦略
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く③〜アンゾフの成長マトリクス
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く④〜チャンドラーの「組織は戦略に従う」
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑤〜孫子の兵法
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑥〜VRIO分析
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑦〜学習する組織
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑧〜SWOT分析
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑨〜アドバンテージ・マトリクス
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑩〜ビジネスモデルキャンバス(BMC)
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑪〜PEST分析
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑫〜PMF(プロダクト・マーケット・フィット)
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑬〜ブルーオーシャン戦略
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑭〜組織の7S
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑮〜バリューチェーン
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑯〜ゲーム理論
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑰〜イノベーター理論
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑱〜STP分析
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑲〜規模の経済