「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㉓~MVP戦略
重厚長大なビジネスで世界に君臨していた日本が、アメリカを始めとするIT大国に追い抜かれた原因の一つは「スピード」にあります。最初から完璧なプロダクトを目指す日本の企業は、細かくスピーディにPDCAを回す海外の企業に追いつけませんでした。
TOMORUBAの【「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く】第23弾では、事業開発のスピードを上げる「MVP戦略」を取り上げます。
MVPとは
MVPとは、Minimum Viable Productの略で「実用最小限の製品」を意味し、顧客に価値を提供できる最小の製品や、それを使ったアプローチのことを言います。限られた時間の中で顧客ニーズに基づくサービスを構築できるため、無駄なコストの削減に繋がる手法として注目を集めています。
はじめてMVPという言葉が使われたのは、起業家Steve Blankの著書「リーンスタートアップ(Lean Startup)」です。シリコンバレーにおける起業の成功手法として知られるリーンスタートアップは、2011年に出版されてから世界中の多くの起業家に愛読されてきました。
そのリーンスタートアップの中で重要だとされているのが、MVPを活用した事業開発。技術や市場ニーズの変化が激しいスタートアップ界隈では、実際に市場に製品を出すまで市場に受け入れられるか判断できません。
そこで、MVPによって市場から得たフィードバックを製品の改良に役立てることで、無駄なく確実に市場に受けられれる製品に近づけていくことが重要となります。
MVP戦略のメリット
MVPを活用することで、どのようなメリットがあるのか見ていきましょう。
市場ニーズが本当にあるのか分かる
長い時間と大きな手間をかけてプロダクトを完成させたものの、いざ市場に投入してみると鳴かず飛ばず、ということも珍しくありません。その場合、プロダクトにかけた費用はおろか時間も手間もすべて無駄になることに。
MVPなら最低限の時間と手間しかかからないため、仮に市場に見向きもされなかったとしてもダメージを最小限に抑えられます。
市場ニーズを把握できる
MVPによって市場ニーズにマッチしたからといって、それでプロダクトが完成するわけではありません。お金を出してでも使いたいプロダクトに成長させるためには、顧客ニーズを把握しプロダクトを改善していく必要があります。
MVPを活用すれば、フォードバックを参考に最小限の改善を施してリリースできます。「MVPを作ってリリース→フィードバックをもとに改善」のサイクルを高速で回すことで、早く無駄なくプロダクトを磨いていけるでしょう。
また、最初から機能やデザインが盛り込まれていると、顧客の反応がいまいちだった際に理由が特定しずらくなります。MVPなら、機能もシンプルなので改善ポイントも見つけやすくなるのです。
早く収益化できる
MVPのアプローチを使えば、収益化できるプロダクトに成長させる期間も短くできます。収益化が早いということは、出資を受けやすくなりますし、事業投資の目処も経つのでより早く成長させられます。特に市場の変化が早い領域では、早く収益化することで有利なポジションを得られでしょう。
MVPの効率的な作り方(MVPキャンバス)
「必要最低限のプロダクト」だからといって、とりあえず何でも作って出せばいいというものではありません。MVPに重要なのは、仮説を立てた上でMVPから何を学ぶか決めデータを集めること。ここを決めずにMVPを作っても、その後のPDCAに活かせないため結局は無駄足となってしまいます。
質の高いMVPの検証をするために作られたのが「MVPキャンバス」です。仮説検証の内容を明確化するためのフレームワークで、「仮説検証から何を学ぶのか」「MVP後にどのようなプロダクトを作るのか」が明らかになっていきます。
MVPキャンバスには10個の項目があり、それらを埋めてることで質の高いMVPを作れるでしょう。
1.仮説
構想中のビジネスの中で最も優先度の高い仮説を記載しましょう。ビジネスを考えていく上では、様々な仮説を立てることになりますが、それぞれの仮説に優先順位をつけることで、どの仮説から着手すべきかが明確になります。
2.何を学ぶか
先に立てた仮説において、検証する目的や理由を明確にしておきます。何を学ぶためにMVPを作るのか明確にすることで、プロジェクトチーム内での意識を共有できるでしょう。
3.どのように検証するか
仮説を検証するために、どのような方法をとるのかできるだけ具体的に書きます。複数のアイディアがある場合には、アイディアごとにMVPキャンバスを作りましょう。
4.必要なデータ・条件
仮説検証を進める上で必要なデータや条件を設定します。この要素が適切でないと、仮説を正確に評価できなくなり、検証の質を下げることになるのでしっかり検討してください。
5.何をつくるのか
上記で考えてきた目的や条件をもとに、実際にどのようなMVPを作るのか考えます。よくある間違いは、先にMVPを作ってから「何を検証するか」を考えてしまうパターン。そうではなく、最適な検証をするためにどのようなMVPが必要になるのか考えましょう。
6.MVPを作るのに必要なコスト
MVPを作るのに、どれほどのコストがかかるのか算出しましょう。内部リソースだけで完結しない場合には、外部に委託する費用も算出します。MVPのアイディアが複数ある場合には、全てのアイディアに対してコストと得られるアイディアの費用対効果を比較しましょう。最も費用対効果の高いアイディアから着手すると無駄が少なくなります。
7.実証に必要な期間
どれくらいの期間で実証を行うのか目安を記載します。期間を設けていないと、ダラダラと検証を続けてしまうことになり結果的にクオリティを落としてしまうことに。具体的に期間を設けることでチーム全体の生産性が上げられます。
8.回避できる/発生するリスク
仮説を検証することで、どのようなリスクが発生するのか、また未然に回避できないか考えてみましょう。検討することでリスクを回避する方法、もしくはリスクが発生した時の対処法も考えられて、いざという時に被害を小さくできます。結果的に安心して検証できるはずです。
9.結果
実際に検証を行ったら、その結果について記載します。ここで重要なのは、もともと立てた仮説と比べてどうだったか。細かく記載するよりも、ポイントを押さえて簡潔にまとめましょう。
10.得た学び
検証を結果を得て終わりではありません。結果から学びを得て、次の検証に活かしましょう。具体的に次はどのようなアクションを起こすのかまで落とし込むことで、より検証の効果を高められます。
MVPの種類と事例
一口にMVPと言っても、その種類は多岐にわたります。どのような種類があるのか、事例とともに見ていきましょう。
プロトタイプ
試験やデモ用に制作された実験機をプロトタイプと呼びます。有形の製品で使われることが多く、MVPの手法の中でも割とコストのかかる手法です。
例えば写真共有サービスのインスタグラムは、もともと「Burbn」という位置情報アプリとしてスタートしました。しかし、リリースしたものの思った以上の人気が出ず、アイディアの構築・計測・学習を繰り返すことで「写真の共有機能が最も人気」と結論に至ったのです。
その結果、Burbnは写真投稿をメインにしたSNSに方向転換し、コメントやいいねの機能も盛り込んだInstagramが完成しました。
カスタマーリサーチ
顧客調査も立派なMVP手法の一つ。アイディアが固まっていなくても実践でき、特別な製作物を用意する必要もありません。紙ペラ一枚から実践できるので、最もハードルの低い手法とも言えるでしょう。
グロースハックの一般化を目指すAppSociallyは「検証結果が出るまではコードを一行も書くな」という教えから、PDF一枚をもって見込み顧客を回りました。タイトル、タブライン、機能説明などを詰め込んだPDFを、ニーズを探りながら更新し続け、商品の機能に関する詳細を詰めていったのです。見込み客の声が直に届き、最終的にはコードを一行も書く前にいくつかの契約をとっていました。
スモークテスト
顧客がプロダクトのアイディアに興味を示しているか調べるためのMVP手法。主にサービス紹介ビデオとプレオーダーの2種類があります。スモークテストをサポートしてくれるサービスの存在により、アイディアが浮かんだ段階ですぐに実践できるのが最大の利点です。
ファイル共有ツールのDropboxは、サービスを開始する前に3分間のサービスビデオをつくり、スモークテストを実践しました。ビデオは多くの反響を呼び、βテストの希望者はビデオが公表されてから一晩で5,000人から75,000人にまで増えたと言われています。
オズの魔法使い
童話「オズの魔法使い」から名付けられたMVP手法。本来はシステム化されるはずのウェブサイトなどを、人力で操ることによって、開発初期にかかる大掛かりなシステム化のリスクを避けられます。
Amazonに買収された靴通販の「Zapos」は、当初注文が来た時に創業者が自ら商品を買いに行って発送していました。本格的にシステムを構築し始めたのは、サービスの需要を確かめた後です。
コンシェルジュ
あらゆる要望に対してマニュアルで対応するのがコンシェルジュ。顧客の意見を直接吸い上げることができ、直接フィードバックをもらって其の場で改善するのが特徴です。
民泊仲介事業のAirbnbは、プロの写真家に民泊の写真を撮ってもらった方が成約率が高いという仮説をたてて、実際に写真家をつかってMVPを実施しました。予約数が2-3倍に増えたという結果から、写真撮影サービスを導入し成長の起爆剤にしました。
編集後記
社会の変化が激しい現代では、いち早くサービスを作るのはもちろん、ニーズの変化に合わせた改善も求められます。始めから完璧なプロダクトを目指すのは、リスクも多く無駄も多くなりがちです。限られた時間とリソースの中で確実に質の高いプロダクトを作れるのがMVP戦略と言えるでしょう。
新規事業はもちろん、既存事業のリニューアルなど、さまざまな場面で役立つ概念なので、知識として知っているだけでなく、実践できるようにノウハウを見につけましょう。
(TOMORUBA編集部 鈴木光平)
■連載一覧
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く①〜ポーターの『5フォース分析』
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く②〜ランチェスター戦略
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く③〜アンゾフの成長マトリクス
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く④〜チャンドラーの「組織は戦略に従う」
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑤〜孫子の兵法
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑥〜VRIO分析
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑦〜学習する組織
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑧〜SWOT分析
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑨〜アドバンテージ・マトリクス
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑩〜ビジネスモデルキャンバス(BMC)
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑪〜PEST分析
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑫〜PMF(プロダクト・マーケット・フィット)
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑬〜ブルーオーシャン戦略
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑭〜組織の7S
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑮〜バリューチェーン
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑯〜ゲーム理論
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑰〜イノベーター理論
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑱〜STP分析
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑲〜規模の経済