「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑩〜ビジネスモデルキャンバス(BMC)
新しいビジネスを考えるにしても、既存ビジネスで他社との差別化を考えるにしても、ビジネスモデルの正しい把握が求められます。しかし、一口にビジネスモデルといっても、様々な要素で構築されている全体像を、正確に把握するのは容易ではありません。
TOMORUBAの【「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く】第10弾で取り上げる「ビジネスモデルキャンバス(BMC)」は、そんなビジネスモデルを一枚の紙で可視化させるフレームワーク。自社のビジネスモデルを把握する上でも有用ですが、競合のビジネスモデルを分析する上でも大変有用です。
新規事業を立ち上げたい、既存のビジネスをブラッシュアップしたいという方はぜひ活用してみてください。
ビジネスモデル・キャンバス(BMC)とは
ビジネスモデル・キャンバス(BMC)とは、書籍『ビジネスモデルジェネレーション』にて紹介された、ビジネスモデルを理解するためのフレームワークです。
ビジネスモデルを構成する9つの要素と、その関係を図に落とし込むことでビジネスの収益構造の理解を深めてくれます。ビジネスモデルについて、書籍の中ではこう定義されています。
”ビジネスモデルとは、どのような価値を想像し、顧客に届けるかを論理的に記述したもの。”
引用元:ビジネスモデル・ジェネレーション
ビジネスモデルを構成する要素とは次の9つで、大きく「マーケティング」「体制・マネジメント」「収益・コスト構造」の3つに分類されます。
【マーケティング】
・顧客(CS)
・価値提案(VP)
・顧客との関係(CR)
・チャネル(CH)
【体制・マネジメント】
・キーリソース(KR)
・主要活動(KA)
・キーパートナー(KP)
【収益・コスト構造】
・収入の流れ(RS)
・コスト構造(CS)
マーケティングを構成する4つの要素
BMCの右上に位置する4つの項目は、「マーケティング」に関連する項目です。誰にどのような価値を届けるのか考えましょう。
顧客(Customer Segment)
まずは、誰が「顧客」になるのか考えましょう。個人であれば性別や年齢層、ライフスタイルや「どのような困りごとを持っているか」などを考えます。法人の場合では業界や規模、担当部署やニーズについて洗い出してみましょう。
ビジネスによっては、顧客は1種類だけでなく細分化して複数設置する場合もあります。ニーズが異なる顧客をセグメント化することを「多角化」といいます。また広告ビジネスなど「マルチサイドプラットフォームビジネス」の場合は、「サービスを享受する顧客」と「お金を支払う顧客」という異なる顧客が存在します。いずれも価値を届ける相手には変わりませんが、届ける価値が異なるためそれぞれ考えましょう。
価値提案(Value Propositions)
フレームワークの真ん中には、顧客に提供している価値を書きます。プロダクトやサービスの種類ではなく、その事業が「顧客のどんな悩みを解決するのか」「どんな願望を叶えるのか」を考えます。この時、自社の「USP(消費者への独自的で強力な提案)」は何かを考えましょう。競合も提供しているありきたりな価値や、下位互換になる価値では意味がありません。
また、自分たちは価値だと思っていたことが、実は顧客にとっては無価値であるケースも珍しくありません。ニーズのズレをなくすためには、「バリュー・プロポジションキャンバス」というフレームワークを活用するのもおすすめです。
チャネル(Channels)
チャネルとは、顧客に対して価値を届けるルートや、価値を告知する様々な手法のことを指します。価値を届ける方法には店舗で販売する方法やECを活用する方法もありますし、告知の方法にもビラを配ったりSNSを活用する方法があります。
チャネルを考える時は、ターゲットとの相性を考えなければいけません。高齢者をターゲットにしているのに、SNSに広告を打ってもあまり意味がありません。逆に若者をターゲットにしているのに新聞に広告を打っても効果は薄いです。ターゲットに適切に価値を届けられるチャネルを選んでいるか検討しましょう。
また、チャネルはフェーズに分けて考えると、より整理できます。顧客に価値を届けるには「認知→評価→購入→提供→アフターサービス」の5段階のフェーズがあり、全て同じチャネルである必要はありません。「SNS広告で認知してもらい、自社HPで評価、購入した後、自社アプリを使ってアフターサービスをする」など、フェーズごとに適したチャネルを設計しましょう。
顧客との関係性(Customer Relationships)
顧客との関係をどのように構築し、維持、展開していくのかを設計します。例えばカスタマーサポートを充実することで、スタッフが購入後の不安を解消して、関係を構築していく方法などが挙げられます。方法を考えるだけでなく、「新規顧客を増やすか、既存顧客に育成してアップセルを狙うか」など、事業の方向性を明確にすることも重要です。
数年前から「サブスクリプション」というモデルが流行していますが、ただ定額制を導入しただけでは顧客の心を繋ぎ止めておくことはできません。顧客の購入データをもとに別の商品を提案したり、コミュニティを醸成して顧客の居場所を作るなど、顧客との関係を続けられる設計が必要です。
組織・マネジメントを構成する3つの要素
BMCの左上に位置する3つの項目は、価値提案を実現するための組織体制やマネジメントなどのバックエンドのしくみを表します。どんなに優れたサービスも、組織体制がしっかりしていなければ事業を継続できません。ビジネスを継続できる組織体制になっているチェックしましょう。
キーリソース(Key Resources)
ビジネスを推進していくなかで必要になる「リソースの量」を書き出します。会社のリソースは大きく分けてヒト、モノ、カネ、情報の4つに分類され、それぞれ最適な量に設定しなければなりません。リソースが足りなければビジネスがうまく機能しませんし、多すぎれば無駄になってしまいます。適切なリソースを確保することで、無駄なく安定したマネジメントが可能です。
特許や著作権などの知的財産も、重要なリソースの一つです。ビジネスを唯一無二なものにし、会社に大きな利益を生み出します。また経済的なリソースを考える時は、保有しているキャッシュはもちろんのこと、融資限度額もリソースとして考えましょう。
主要活動(Key Activities)
顧客に提供する価値を作り出すために必要な価値を書き出しましょう。サービスの開発はもちろんのこと、顧客に届けるためのマーケティングや営業なども欠かせません。チャネルの構築やパートナーとの関係づくり、リソースを生み出すために必要な活動も全て洗い出します。
キーパートナー(Key Partners)
ビジネスモデルを構築する上で必要になるパートナーの存在を書き出します。昨今はビジネスの多角化が進んでいるため、自前主義でビジネスを完結するのは難しく、他社との共創が盛んに行われています。業務提携はもちろん、外注も含めてビジネスを加速させるために必要なパートナーを洗い出します。
今の時代はビジネスを拡大するのに他社との連携が不可欠です。どのようなパートナーと協力するのが効果的か明確に定めましょう。
収益・コスト構造を構築する2要素
どんなに優れた価値を提供しようにも、コスト構造がしっかりしていなければビジネスは成り立ちません。収益とコストのバランスを見て、本当に利益の出るビジネスになっているのか確認しましょう。
収益の流れ(Revenue Streams)
顧客へ提供する価値に対して「いくらの報酬を、どのように支払ってもらうのか」を表します。収益を上げる方法には大きく物販や利用料、仲介料、ライセンス料、会員費などがあげられます。利益率や継続性など、収益の特徴についても分析しましょう。
例えば同じ物販でも、売り切りモデルでは継続性がありませんが、定期購入のプランを作れば継続率が高まります。この時考えたいのが顧客一人が生涯にもたらしてくれる利益「LTV(顧客生涯価値)」という考え方です。例えば「定期購入なら○○%OFF」という売り方は、一回の購入における利益率は下がります。しかし、それにより長期間購入し続けてもらえらば、LTVは増加するのです。目先の利益だけでなく、どうすればLTVを最大化できるか考えなが収益モデルを考えましょう。
コスト構造(Cost Structure)
顧客に価値を届けるまでに発生するコストを考えます。パートナーに委託する費用や事業をするための人件費、チャネルを構築するための販管費など、あらゆるコストを考えましょう。どんなに売上が高くとも、多額のコストがかかっていては利益は出ません。いかにコストを抑えられるかは、強いビジネスモデルを作る上で必須です。
コストは大きく2つに分けられ、プロダクトの生産量に関係なく発生する「固定費」と、生産量によって変動する「変動費」があります。一般的には固定費を抑えることで利益の上げやすいビジネスモデルが作れます。例えば正社員を増やさず、業務委託することで固定費を抑えることが可能です。
BMCの使い方
実際にBMCをどのように使っていくのか見ていきましょう。
9つの項目を埋める
既存事業を見直すにしても、新規事業を立案するにしても、まずはBMCの項目を全て埋めましょう。BMCはビジネスに必要な要素を全て網羅しているため、9つの項目を全て埋めればビジネスの全体像を俯瞰できます。
新規事業を立案するには、ゼロから考えてもいいですが、まずは参入する市場の一般的なビジネスモデルや競合のビジネスモデルをBMCに落とし込んでみましょう。参入する市場の理解度が深まるため、ゼロから考えるよりも近道になるはずです。
この工程では正確性や完全性にこだわる必要はありませんが、全てのブロックを埋めることを心がけましょう。可能性のあるものはどんどん書き出していきます。複数人で行う場合には、付箋を使うと便利です。
もしも、それぞれのブロックをより深く分析したい場合には、他のフレームワークと併用するのもおすすめです。例えば顧客セグメントと価値提案をより分析したいのであれば、バリュープロポジションキャンバスを利用するといいでしょう。BMCの生みの親であるオスターワルダー&ピニュールにより提唱したフレームワークなので相性がいいです。
変数を考える
全ての項目を埋められたら、全体像を見渡して改良できるブロックがないか検討してみます。例えば既存モデルの「コスト構造」や「収益モデル」を変更するだけで、利益率が改善されることは珍しくありません。既存事業の「顧客セグメント」だけを変えて、新規事業を生み出すこともできます。
ゼロから新規事業を生み出す時も、競合のビジネスモデルから変更できる点がないか考えてみましょう。例えば業界で当たり前になっている「コスト構造」を変えるだけで差別化となり、ビジネスチャンスが生まれることもあります。
もしくは他の業界で成功しているビジネスモデルを、そのまま別の業界に持ってくるのもおすすめです。参入しようとしている市場と業界構造が似ている市場があれば、成功しているビジネスモデルを参考にしましょう。
ビジネスにおいて「模倣」することは決して悪いことではありません。革新的と言われるビジネスでも、蓋を明けてみると既存のビジネスモデルの1部を改良しただけのビジネスも多く存在します。ゼロから新しいものを生み出すことにこだわりすぎるよりも、既に成功しているビジネスモデルを参考にして、効率的にビジネスを考えてみてはいかがでしょうか。
参考にしたいビジネスモデル
BMCでビジネスの全体像を把握したら、どのブロックを改良できるか検討してみましょう。ちょっとした変化が革新的なビジネスを生み出すこともあり得ます。ビジネスを工夫する際に、参考にしやすいビジネスモデルをいくつか紹介するので参考にしてください。
ジレット
ヒゲを剃る男性ならご存知だと思いますが、現在売られている男性カミソリは柄と刃が別々になっており、刃だけを買い換える仕組みになっています。この販売方法を生み出したのが、アメリカのジレット社。それまで柄と刃が一体となっているカミソリが一般的でしたが、刃だけを買い換えるようになったことで買い替えが安く済むようになったのです。
BMCで言えば「収入の流れ」に工夫をもたらした一例と言えます。それまで「売り切り」だった収益モデルを、継続購入するモデルにシフトさせました。ジレットは柄の部分をおまけとして無料にする代わりに、消耗品の替刃で利益を獲得したのです。このビジネスモデルは「ジレットモデル」「レーザーブレード」とも呼ばれ、様々なビジネスに応用されています。
例えばコピー機業界にはゼロックス社がこのジレットモデルを持ち込みました。コピー機本体は低価格で導入できるようにし、コピー枚数に応じた月々の使用料金やインクトナーの交換によって利益を上げています。また個人宅で使うウォーターサーバーも、本体は無料で提供し、毎月の水の料金で利益を獲得しています。
本体を無料または安価で提供し、消耗品で利益を獲得するジレットモデルは、ビジネスモデルに組み込みやすく様々な業界で応用されています。収益モデルで差別化を図りたい場合はぜひ活用してください。
西松屋
「コスト構造」で参考にしたいのが子供服を販売する「西松屋」です。西松屋は子供服業界の「当たり前」を廃止することで、徹底したローコスト戦略により成長しました。例えば店頭のワゴンセールの廃止。ワゴンセールは集客に有効だと思われていたため、どの店でも行われてきましたが、子どもの世話をする親にとってワゴンの中から服を漁るのは大変でした。またマネキンやPOPも壁面陳列にすることで廃止し、子どもがぶつかる危険を減らしたのです。
そして西松屋が廃止した最も大きなものが「接客」です。小売業で接客を行わないのは非常識と言うしかありませんが、ゆっくり子どもの服を選びたいという親にとっては接客は邪魔でしかありません。それに加えてオペレーション管理を徹底することで、西松屋では一つの店舗を2人で運用できる体制を整えました。
ここで注目したいのはBMCで言う「主要活動」です。主要活動で差別化を図る際には、つい「加える」ことを考えがちですが、実は「減らす」ことも立派な差別化です。西松屋は接客をはじめワゴンやマネキンの準備といった仕事を減らすことで、コスト削減に成功したのです。これを「マイナスの差別化」と言います。
同じようにマイナスの差別化で成功した企業に「QBハウス」があります。「1時間かけて調髪やひげ剃りまで行う」のが一般的な理髪業界で、「10分でカットだけを行う」ことで差別化し成功しました。ビジネスモデルを工夫する際には、足すだけでなく減らすことも考えましょう。
「俺の」シリーズ
「俺のイタリアン」や「俺のフレンチ」をはじめとした俺のシリーズは、一流の料理を立席かつ低価格で食べられる飲食店です。一般的にイタリアンやフレンチの顧客セグメントは「静かな空間でゆっくり食事を楽しみたい人」が当てはまります。
それに対し俺のシリーズの店が顧客ターゲットにしているのは、「立食でもいいから低価格で本格的な料理を食べたい人」たちです。俺のシリーズで出される料理の質は、一般的な店で出される料理と遜色ありません。しかし、同じ商品を提供していても「顧客」と「価値提案」がによって差別化を図っているのです。
また、俺のシリーズには収益構造にも秘密があります。高級食材を使いながらもリーズナブルな価格て料理を提供しているため、飲食業界では異例の「原価率60%」を超えています。しかし、立食により収容人数を高めるのと同時に、回転を早めることで利益を生み出すビジネスモデルを実現しているのです。
オフィスグリコ
オフィスにお菓子専用のボックスを置き、100円均一でお菓子が買える「オフィスグリコ」は「チャネル」に注目したいビジネス。お菓子の購入者の男女比は「圧倒的に女性優位」が定説であり、コンビニのデータを見ても菓子を買う客の7割は女性でした。
しかし、オフィスグリコでお菓子を買うのは7割が男性という結果になったのです。その理由は、お菓子を買いにコンビニにまではいかない男性たちが、オフィスグリコだったらお菓子を買ったからです。既存チャネルとのカニバリゼーションも懸念されていたオフィスグリコは、新しいチャネルによって新規顧客層を獲得しました。
チャネルを変えることで成功した事例は他にもあります。お店で買うのが恥ずかしい下着などの商品が、オンラインでよく売れる事例は少なくありません。同じ顧客と同じ商品でも、チャネルが違うだけで売れ行きは大きく変わります。今のチャネルが本当に適切か見直してみましょう。
編集後記
優れたビジネスを作るには、優れたビジネスから学ぶのが一番です。いいビジネスを作りたいなら、成功したビジネスがなぜ成功できたのか分析してみましょう。そして、それを手助けしてくるのがBMCです。成功しているビジネスと、その競合のBMCを見比べればなぜ成功したのかがひと目で分かるでしょう。
一つのビジネスを9つもの要素に分解するBMCは、最初は空欄を埋めるだけでも大変かもしれません。しかし、何回か続けていくうちに、空欄を埋めるのが楽になっていくはずです。一回分析して終わりではなく、競合のビジネスや、興味のあるビジネスを分析して、ぜひ理解を深めていってください。
(TOMORUBA編集部 鈴木光平)
■連載一覧
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く①〜ポーターの『5フォース分析』
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く②〜ランチェスター戦略
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く③〜アンゾフの成長マトリクス
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く④〜チャンドラーの「組織は戦略に従う」
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑤〜孫子の兵法
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑥〜VRIO分析
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑦〜学習する組織