「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く④〜チャンドラーの「組織は戦略に従う」
企業が成長していくためには優れた戦略はもちろんのこと、戦略を実行するための組織が必要であることは、多くの方が肌で感じているはず。いくら「人・モノ・金」を投資したとしても、戦略と組織に整合性がなければ経営がうまくいくはずもありません。そんな戦略と組織の関係性を表すのに、アメリカの経営史学者アルフレッド・チャンドラーが残した「組織は戦略に従う」という有名な言葉があります。
今となっては当たり前のように行われている「事業部制」が普及したのも、彼の功績と言っても過言ではありません。TOMORUBAの【「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く】第四弾は、アルフレッド・チャンドラーを取り上げます。成長するための組織戦略とはどのようなものか、事業部制にどのようなメリット・デメリットがあるのか紹介していきます。
チャンドラーが「組織は戦略に従う」を提唱した背景
「組織は戦略に従う」はチャンドラーが提言した言葉であると同時に、彼が発表した「Strategy and Structure」の邦題でもあります。当時のアメリカは1953年に休戦した朝鮮戦争が終わり、空前の好景気を迎えていました。チャンドラーはこの時期に組織的イノベーションを起こしたと考えられる4社の経営史を本にまとめたのです。
その4社とは化学企業のデュポン、自動車企業のGM、石油企業のスタンダード・オイル、小売業のシアーズ・ローバックと、アメリカを代表するトップ企業が並びます。
彼は4社がどのように多角化、国際化を果たし大企業に至ったのか、その過程で組織がどのように変化したのか実証的に研究しました。その結果、多角化・国際化を成功させるためには事業部制が必要だという結論に至ったのです。
しかし、事業部ごとに組織を編成しただけでは企業は成長しません。事業部制を機能させるためには、組織のトップが変化する環境に対応するための戦略を策定し、その戦略を実行するために必要な組織を作らなければいけないのです。つまり、「組織は戦略に従う」とは、事業部制を適切に機能させるための言葉だともとれます。
「死の商人」から世界的化学メーカーへと変貌を遂げたデュポン
世界で初めて事業部制を取り入れたのは、200年以上の歴史を持つ世界的な化学品メーカーであり、アメリカ三大財閥にも数えられる「デュポン」です。デュポンは創業から100年はアメリカ1位の火薬メーカーであり、戦争で使う武器を販売する「死の商人」という顔を持っていました。
しかし、戦争が下火になるのに合わせて、ナイロンストッキングやナイロン袋を製造販売する化学メーカーへとシフトしていきます。そのタイミングに取り入れたのが「事業部制」組織です。
戦争が下火になることで、人々のニーズは火薬から日用品に変わっていきました(経営環境の変化)。デュポンはニーズの変化に合わせ、多角化戦略をとります(経営戦略の変化)。そして、多角化戦略を成功させるために、事業部制を取り入れたのです(経営組織の変化)。環境の変化に合わせて、経営戦略を変え、戦略を成功させるために組織改革を行った好例と言えるでしょう。
ちなみに日本で初めて事業部制を取り入れたのは松下電器です。事業部制を取り入れたことに関して、松下幸之助は後年次のような言葉を残しています。
「事業部制の導入には2つの狙いがあった。1つは事業部制にすることで成果がはっきり分かり、責任が明確になって、『自主責任経営』が徹底できること。もう1つは、一切の責任を持って経営にあたることが、経営幹部にとっての本当の試練の場となり、経営者の育成がはかれるということだ」
機能別組織と3つの事業部制組織
事業部制組織と対称的な組織が機能別組織です。「製造」や「営業」、「財務」など機能ごとに組織が細分化されています。今でも単一事業を狭い範囲で行う、中小企業などで多く採用されています。
それぞれの機能で専門性を発揮しやすく、生産性の向上や独自の強みを確立しやすいというメリットがあります。しかし、事業を多角化し、商圏を広げていく過程には、事業部制へのシフトが求められるでしょう。
事業部制は機能別組織とは対称的に、事業部単位で構成されている組織体系です。各事業部ごとに事業を行う上で必須となる機能をすべて持っているため、事業部の運営権限のほとんどを事業部長に委託されることも珍しくありません。そのため、事業部制組織のことを「権利が分散している組織」と表現することもあります。
会社によって事業部の分け方は様々で、主に3つのパターンがあります。
①製品ごとに事業部を分ける
複数の商品、サービスを扱っている企業において、製品ごとに事業部を分ける方法です。製品についての知識や技術など、専門性の高い人材を集めることができるので、よりその製品に特化させられます。優れた製品を生み出しつつ、製品に関する問い合わせや営業も部署ごとに行えるので、効率的に利益を上げられるようになります。
②地域別に事業部を分ける
例えば東京に本社を置く会社が関西に商圏を広げる際や、海外進出をする際に現地に事業部を置く方法です。地域ごとに事業部を分けて権限を与えることで、その地域ならではの課題にも素早く対応することができます。
③顧客別に事業部を分ける
同じ製品の中でも、顧客をセグメントし事業部を分ける方法です。例えば同じ製品でも法人と個人では売り方が全く違いますし、同じ法人でも大企業と中小企業でも売り方が違います。セグメントされた顧客特有の課題やニーズを理解することで、より深い提案が可能になります。
事業部制組織のメリット
今では当たり前のように行われている事業部制ですが、その意味やメリットをしっかり理解しているでしょうか。形だけを取り入れても、うまくメリットが発揮されないケースもあるため、どのような恩恵を受けられるか考えて取り入れましょう。
●現場におけるスピーディかつ柔軟な意思決定が可能になる
事業部制では、事業部に必要な機能をすべて持たせているため、環境変化に対応するために事業部内で意思決定できます。経営陣にわざわざ確認する時間や手間を省けるため、より迅速で柔軟な意思決定が可能です。
逆に言えば、事業部制にしても十分な権限を与えていなければ、事業部制の恩恵を受けているとは言えないでしょう。それぞれの事業部にどこまで権限を与えるかが、事業部制を成功させるためのポイントとも言えます。
●経営視点を持った人材が育ちやすい
事業部制での各事業部のトップは、製造や営業、経理などあらゆる機能を考慮した上で意思決定を行わなければいけないため、自然と経営感覚が磨かれていきます。機能別組織ではこうもいきません。
各機能に特化した人材は育ちやすいものの、総合的な判断をする機会がないため経営視点を持った人材が育ちにくくなります。育成するコストと時間はかかるものの、全体最適の視点で事業を管理できる人材を育てられることは、長期的に見れば会社の大きな資産になるはずです。
●経営陣が全社的な経営に集中しやすい
事業部制組織では、各事業部に運営の権限を委託しているため、各事業部で自己完結的に事業が行われています。そのため、経営陣に意思決定の権限が集中する機能的組織に比べて、経営陣への負担は軽くなると言えるでしょう。目先の意思決定を行わずに済むため、新規事業への進出や事業撤退などの、全社的な意思決定に集中しやすくなります。
事業部制組織のデメリット
様々なメリットのある事業部制組織ですが、もちろんデメリットも孕んでいます。適切な対応をしなければ、事業部制が事業の成長を阻害することにもなりかねません。事業部制を取り入れるのであれば、そのデメリットも正しく把握しておきましょう。
●事業部ごとに壁ができやすい
事業部制を取り入れることで、それぞれの事業部の業績が明確に表されるようになります。そのため、それぞれのメンバーも自分の事業部の業績向上に躍起になるのは自然の流れです。
メンバーがやる気になる事自体はいいことですが、それによりほかの事業部に意識が向かわなくなることは大きなデメリットです。部分最適を追うあまり、全体最適が考えられなくなるのです。
例えば事業部間でのコミュニケーションが希薄になることにより、隣の事業部に眠るチャンスに気づかないこともあります。隣の事業部が開発した新しいシステムや研究が、その事業部でしか使われないことも珍しくありません。
また、Aの事業部では価値のない情報が、Bの部署では価値ある情報であることもよくあります。事業部制を取り入れる際は、事業部感のコミュニケーションが希薄にならないよう工夫し、全体最適で考えられる体制を整えましょう。
●短期的な思考に陥りやすい
事業部制組織では、一ヶ月(もしくは一年)ごとに、各事業部の業績がクリアになります。業績が低迷したり他の事業部と比べて業績が悪いと、その事業部自体の責任が浮き彫りになりますし、最悪の場合は事業撤退にもなりかねません。
そのため、各事業部は長期的には必要である人材育成や設備投資の実行に躊躇し、短期的に利益を得られる施策ばかり行なってしまう可能性があるのです。特に事業部を任された経験が浅いリーダーほど陥りやすいので、権限を与えつつもフォローを忘れないようにしましょう。
●リソースに無駄が生まれやすい
事業部制ではそれぞれの事業部に事業を完結できる機能が必要なため、機能が重複して無駄が生じやすくなります。例えばAとBのサービスを開発するのに10人のエンジニアが必要だったとします。それがAとBを事業部に分けることでAに7人、Bに8人のエンジニアが必要になり、計15人必要になることがあるのです。
同じようなことが人材だけでなく、土地や施設など、さまざまなリソースで起こります。そのため、事業部制にしても一部のリソースを共有できるようにするなど、柔軟に組織を編成することが重要です。
2度目の事業部制の導入でV字回復を果たしたパナソニック
日本で初めて事業部制を導入したのは松下電器(現パナソニック)だと先述しましたが、事業部制の悪い面が目立ったことにより、一度は事業部制を廃止した過去があります。各事業部の規模の拡大に伴い競争意識が強くなり過ぎてしまい、同時に複数の事業部で商品を展開するなどの現象を招いてしまうのです。
また、材料の調達や人材管理も事業部ごとに行なっていたので、同じ材料なのに事業部ごとで仕入れ値が違ったり、ある事業部では人員が余っているのに別の事業部では臨時募集するという事態まで起きていました。
そのような状況を見かねて事業部制が廃止されたのが2001年のこと。縦割りだった事業部制に代わり、企画・開発や生産、営業などの業務内容ごとで横割りされた「事業ドメイン別組織経営管理」へと組織を再編しました。
これにより経営資源の浪費と無駄なコストが削減され、収益面でプラスの結果を生み出し業績回復を果たします。しかし、その一方で今度は技術と営業が分離されたことによる「職能別組織のデメリット」が現れます。
象徴的な出来事となったのはプラズマディスプレイの失敗に代表される市場ニーズの取り違えです。営業部門が集めた「消費者はデザイン性などを求めている」という声が開発部門に伝わらず、プラズマテレビは高精細な画面などの技術力を重視した商品となり、販売成績の低迷を招きました。事業としての一貫性が希薄となり、パナソニックはお客さまの声が届かない集合体となってしまったのです。
プラズマテレビの失敗から、2013年に再び事業部制を復活させたのは2012年に社長に就任した津賀一宏氏。プラズマテレビや個人向けスマートフォンなど不採算事業から撤退。事業構成の組み換えを進め、自動車、住宅、BtoBに経営資源を投入した結果、見事V字回復を果たします。
津賀氏は単純に創業者が始めた事業部制に立ち返っただけではありません。事業部制の浪費や無駄をチェックする「コーポレート戦略本社」という部署を、事業部制復活前の2012年に本社内へ設置していました。それによって事業部制を本社で統制しながら、経営の本質である「お客さまの声が届く」組織へと立ち返ったのです。
パナソニックの歴史を見て、事業部制はメリットとデメリットを併せ持つ諸刃の剣であることが理解できるはずです。形だけに囚われて取り入れてしまうと、成長を阻害するだけでなく業績悪化を引き起こす劇薬でもあるのです。事業部制を取り入れる際には、自社の戦略に合わせて適切に導入してください。
編集後記
今回はチャンドラーの著書をもとに、事業部制について紹介してきました。現在は様々な組織戦略が生み出され、取り入れられていますが、事業部制組織は今でもポピュラーかつ基本となる組織戦略です。既に事業部制組織を取り入れている企業でも、メリットを最大限得られているか、デメリットが生じていないか見直してみましょう。そして、組織を見直す際にはまず、組織が従うべき戦略から見直してください。
<関連記事>
●連載第1回:「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く①〜ポーターの『5フォース分析』