「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㉘〜ダイナミックプライシング
「価格」は商品の印象を決める重要ポイント。高すぎれば手が出しづらいですし、安すぎれば品質が低いという印象を与えてしまいます。事業に携わる人にとって、価格を決めるのは最も頭を悩ませる問題と言えるでしょう。需要が低い時は価格を下げ、需要が高くなったら値上げしたいと思った方も少なくないのではないでしょうか。
TOMORUBAの【「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く】第28弾で紹介する「ダイナミックプライシング」は、まさに需要に合わせて価格を変動する魔法の仕組み。かつては限られた業界でしか用いられていませんでしたが、現在は様々なシーンで見かけるようになりました。その仕組みやメリット・デメリットについて紹介していきます。
ダイナミックプライシングとは
ダイナミックプライシングとは、商品やサービスの価格を需要を供給の変動に合わせて調整する価格戦略のこと。「ダイナミック」とは「動的」を意味し、時間とともに変動する状態のことを指します。
需要が高まったときや供給が不足している時には価格を上げて利益を最大化し、逆に需要が小さくなったときや供給過多の場合は価格を下げて販売数を増やすのです。また、場合によって競合の価格を参考に自社の価格も変動したり、供給する商品の価値の変化を価格に反映するなど様々なバリエーションがあります。
プライシングの歴史
ダイナミックプライシングが生まれた背景を知るために、プライシングの歴史についても学んでいきましょう。
・原始的なプライシング
現在でこそ、価格は固定されているのが一般的ですが、原始的なビジネスにおける価格は店主と消費者による価格交渉で決まっていました。需要や在庫を見ながら価格を調整し、利益の最大化を図っていたのです。時にはお客の様子を見て、お金を持っている人には価格を高めに設定していたこともあるそう。
原始的なダイナミックプライシングは、勘による手動で行われていたということです。
・固定価格制の誕生
今のように価格が固定されるようになったのは、1870年代ごろと言われています。毎回価格交渉をするのは利益を最大化するには有用ですが、非効率なためたくさんの商品を売るには向いていません。企業が大規模化するにつれて、取引ごとに価格を決めるのは難しくなっていきました。
そうして生まれたのが、予め決めた価格をタグに書いておき、一度決めた価格で販売する方式。これにより店主は価格を決める作業を大幅に減らすことができ、大量の商品を販売できるようになったのです。
・ダイナミックプライシングの復活
再びダイナミックプライシングが使われるようになったのは、技術革新や法律改正が盛んに行われた1980年代。アメリカの飛行機業界で、航空会社が座席の価格を自由に決めれるようになったのです。それを契機に数百万ドルの投資により、季節などの座席需要に影響を与える要素に基づいて、価格を自動調整するコンピュータープログラムが開発されました。
情報技術を使った新しいダイナミックプライシングは、航空業界に留まらず、ホテルやクルーズ、その他の旅行業界でも導入され始めました。
・小売業界におけるダイナミックプライシングの発展
2000年代になるとECの隆盛により、ネット上には同じ商品が乱立する状況が起きました。商品が同じなら、少しでも安い商品を選ぶのが当たり前。小売業者は他社の価格を見ながら、1日に何度も価格を調整するようになります。
しかし、手動によるダイナミックプライシングは手間がかかる上に、最適な判断とは到底言い難いもの。そこで生まれたのが価格調整を自動化するダイナミックプライシングツール。しかし、当時は競合価格をもとに値段を変更するだけの単純なもので、これまた最適と言えるソリューションではなかったのです。
時は流れ、今では商品ごとの受給の変化を予測するSaaS形式のツールに進化しました。小売業界だけでなく、需要変動が予測しにくいスポーツ業界ですら使われるツールも開発されています。その背景にあるのがAIの発達。これまで扱えなかった複雑な条件を需要予測に加味することで、ダイナミックプライシングを利用できるシーンが大幅に広がったのです。
ダイナミックプライシングのメリット
ダイナミックプライシングを取り入れることで、企業にどのようなメリットがあるのか見ていきましょう。
❶収益の最大化
ダイナミックプライシングの最大のメリットは収益の最大化にあります。なぜ価格が固定されている場合に比べて、収益を最大化できるのでしょうか。
商品の価格をA円に固定した場合、その価格で商品を欲しいと思う度合い(=需要)から商品が最大でB個売れるとします。その場合、A円×B個が実現可能な最大売上となります。
しかし、実際には需要は一定ではなく変動するもの。需要が小さくなればAの価格では売れなくなりますし、需要が高くなれば本来もっと高くても買ってもらえるのに、その差額を逃してしまいます。もしも商品の在庫が不足した場合、もっと買ってもらえたかもしれないのに、取引の機会を逃してしまうことにも。
一方でダイナミックプライシングの場合は価格をA円だけなく、CやDにも自在に調整できます。需要が大きい、もしくは供給が足りない場合は価格を上げて購入する層からより多くの利益を得ます。
逆に需要が小さい、もしくは供給が多すぎる場合に価格を下げ、元の値段では購入しなかった層にも購入してもらい販売数を増やします。これにはA円では商品に見向きもしなかった顧客に対するマーケティングの効果もあるのです。
つまりダイナミックプライシングにより、価格が固定されていては失っていた「定価より高価での販売機会」「価格を下げれば獲得できたであろう販売機会」を逃さずにすみ、収益を最大化できるのです。
❷より深い顧客の理解
ダイナミックプライシングで商品の価格を変動する過程で、顧客に理解につながる重要な情報も得ることができます。それは「価格弾力性」「価格感度」「閾値」の3つ。
価格弾力性とは、価格の変動によって、ある製品の需要や供給が変化する度合いを示す数値。需要の価格弾力性の場合は、需要の変化率/価格の変化率の絶対値で表されます。ある製品の価格を10%値上げした時に、需要が5%減少した場合の価格弾力性は0.5となります。
価格感度とは、製品の価格の変動に対する消費者の反応のこと。価格感度が高い場合、その消費者の価格に対する反応が大きく、価格の上昇が消費の抑制につながるケースを指します。一方で価格感度が低い場合は価格の変化に対して鈍感であり、価格が変動しても消費量に大きな変化が生じないことを意味します。
閾値とは、「ある反応を起こさせる刺激の最小値」のこと。この場合は価格閾値のことで、製品やサービスの価格によって消費者が感じる満足と不満足の堺値、あるいは損失と利得の堺値を表す価格のことです。たとえば、価格がある値(閾値)を超えると消費者の満足度が下がり、ある値(閾値)から下がると消費者の満足度が上がるなど、消費者の反応が変わる境目の値として設定されます。
これら3つのデータは、価格が固定されている場合は得るのが難しく、稀にある価格改定の結果を分析するか専門的な調査を行うしかありません。しかし、ダイナミックプライシングなら、高頻度に行われる価格変更からデータを収集し、既存商品や新商品のプライシングに活用できるのです。
ダイナミックプライシングの注意点
利益を最大化させるなど、大きなメリットがあるダイナミックプライシングですが、一方で注意点もあるので見ていきましょう。
・不信による顧客離れ
ダイナミックプライシングが浸透していない業界では、導入したことにより消費者からの信頼を失うリスクがあります。ダイナミックプライシングにより大幅な値上げがあった際に「儲けばかり追求している」と思われる可能性があるのです。もちろん値下げも行いますが、顧客の心理としては値下げよりも値上げのほうが印象が強いもの。
逆に自分が買ってから値下げされた場合は、損をした気分となり不信感を抱くかもしれません。特にダイナミックプライシングに馴染みのない領域では、導入の理由を納得感のあるように伝える努力が必要です。
例えば価格を左右させる要因とその公正さを伝えた航空業界は、ダイナミックプライシングの導入の成功事例です。残席数などを価格決定の要因として顧客に伝えることで、ダイナミックプライシングが受け入れられ、不満なく顧客にサービスを利用されています。
このようにダイナミックプライシングを導入する企業は、価格を決める要因を説明し、アルゴリズムのブラックボックス化を防がなければなりません。
・高騰した価格による顧客離れ
ダイナミックプライシングにより値上げした場合、価格そのものに不信感を抱き顧客が離れるリスクもあります。
例えば繁忙期のホテルでは、宿泊料が何倍にも高騰することがありますが、提供されるサービスの質に違いがあるわけではありません。そのため、顧客からすれば価格に対してサービスの質が低いと判断されかねません。
また、ダイナミックプライシングを導入していることを顧客が知らない場合、高騰した価格がスタンダードな価格だと思われてしまうこともあります。価格を見て購入を断念した顧客は二度と戻ってきませんし、仮に購入したとしても価格に見合ったサービスと思われなければ二度目の購入もないでしょう。
このような事態を防ぐためにも、ダイナミックプライシングを導入する際には、導入する理由とその仕組に納得してもらうよう説明することが重要です。
ダイナミックプライシングを導入するには
これまでの説明を見て「ダイナミックプライシングを導入したいけど、どうすればいいの」と思う方もいるのではないでしょうか。ダイナミックプライシングを導入するには主に2つの方法があります。
一つは自社でダイナミックプライシングの仕組みを開発するケース。AmazonやUber、OYOといった企業は自社で仕組みを開発することで業界に革新を起こしました。
しかし、自社で仕組みを開発するには自社にリソースやビッグデータがあるのが前提。そうでない企業は外部ベンダーに開発を依頼する方法や、最近ではPraaS(プライシング・アズ・ア・サービス)と呼ばれるサービスを利用するケースも増えています。
海外では、英・ブラックカーブ社が、価格決定のためのプライシングエンジンから価格設定や管理のノウハウまでを一貫して企業に提供しています。
日本でも、ダイナミックプライシングサービスを提供する「メトロエンジン」、ホテルに特化した「MagicPrice」、EC向けの「throough(スルー)」など、SaaS型で自動価格決定ツールを提供する企業が現れはじめています。自分の業界でもツールを提供している企業がないか調べてみましょう。
ダイナミックプライシングを取り入れた事例
実際にダイナミックプライシングを取り入れた事例を見ていきましょう。
ビックカメラ
家電量販店のビックカメラが2020年より、全店舗を対象に電子棚札とダイナミックプライシングを導入しました。それまではダイナミックプライシングで頻繁に価格変更を行うECサイトに対抗すべく、数千もの商品の価格を人力で張り替えていたのです。
その背景には、お店に来店してもスマホでECとの価格比較を行い、値段によってはその場で購入せずにECで購入するケースが増えており、ECとの競争に疲弊していた過去があります。価格の張替え業務は全体の3割も占めており、その結果本来オフラインの強みである接客業務が疎かになってしまうことに。
電子棚札を導入したことで本部から直接商品価格の一括変更が可能になりました。これにより、価格変更の頻度も向上させられ価格面での競争力も向上でき、これまで2〜3時間かけて行なっていた値札の差し替えの作業時間はほぼゼロに。
その分店員が接客に集中できるようになり、オフラインの店舗をもつからこその強みである接客の質が向上したと思われます。導入店舗の担当者の方によれば、実際に商品を買わずに帰る客を減らすことができたそうです。
横浜Fマリノス
急速にダイナミックプライシングの導入が進められているスポーツ業界。その目的は人気のない試合を満席にすること。なぜならスタジアムのコストは固定費が大きく占めており、満席だろうとスカスカだろうとコストはさほど変わらないため。加えて一度会場に足を運べばグッズやフードなどチケット以外の収益源を獲得できるため、安くしてでも席を売り切るほうが有益なのです。
しかし、スポーツ業界は航空業界に比べて需要予測が難しく、2009年までダイナミックプライシングが導入されることはありませんでした。気候やチームの状態、チームの順位など、需要に影響する変数が多いうえ、それぞれの変数は毎年同様のパターンを繰り返すわけではないため、需要予測が困難なのです。しかし、近年のAIの発達により多くの変数を元にした需要予測が可能になり盛んに導入されるようになりました。
サッカーチームは横浜Fマリノスは2018年にダイナミックプライシングを導入。試合1ヶ月ほど前は早割価格で販売し、その後は通常価格として値段を高めていきます。リーグでの優勝が見えてくると需要が高まるため、価格も高騰。その結果利益が増加し、チームの収益を大きく拡大したのです。
編集後記
私たちは「価格は固定されているもの」という概念が強く根付いていますが、飛行機やホテル以外にも、ダイナミックプライシングは私たちの身近にあります。例えばスーパーで閉店が近づくと惣菜や弁当が割引になるのも一つのダイナミックプライシング。何時にどれくらい値引くかは、担当者の経験とノウハウによるもの。
今後、AIが発達すれば普段行くスーパーでも本格的なダイナミックプライシングが行われるでしょう。値引きをしながらもより多くの人に買ってもらうことで、利益率を挙げるだけでなくフードロスの解決にも繋がります。
ダイナミックプライシングの普及は、利益だけでなく様々な問題解決の糸口になるもの。今はまだ特定の業界でしか使われていないものの、一刻も早くあらゆる業界に取り入れられるのが楽しみです。
(TOMORUBA編集部 鈴木光平)
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