「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く(51)〜ファンダムマーケティング
近年、消費者の趣味嗜好は多様化しており、その情報収集行動も多岐にわたります。企業が一方的にマーケティングを行っても、消費者に的確にリーチするのは難しく、的外れなプロモーションはユーザーとの距離を作りかねません。そのような現代において、注目を集めているのがファンと共創していくマーケティングです。
TOMORUBAの【「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く】第51弾では、この「ファンダムマーケティング」について紹介します。どのようなメリットが期待できるのか、どのような注意点があるのか紹介するので参考にしてください。
ファンダムマーケティングとは
ファンダムマーケティングは、従来のマーケティングとは異なり、熱狂的なファン層である「ファンダム」の力を使って、企業のブランド認知度や商品・サービスの販売促進を図る手法です。
従来のマーケティングは、一方的な広告宣伝で商品やサービスを訴求する手法が主流でした。しかし、近年では消費者の情報収集行動が多様化しており、従来の広告宣伝だけでは効果が薄れてきていると言われています。
ファンダムマーケティングは一方的な広告宣伝ではなく、ファンダムと共創することで、より深いエンゲージメントと信頼関係を築くことを目的としています。その実用性から、近年多くの企業が導入しています。
近年のファンダムの特徴
近年、よく耳にするようになった「ファンダム」という言葉ですが、実はその歴史は19世紀にまで遡ります。SF小説や雑誌の愛好家が集まって同人誌や手紙を通して交流を始めたのがファンダムの起源と言われています。その後、様々な変遷を経て今や多大な影響力を持つようになった現代のファンダムには次のような特徴があります。
1.グローバル化
インターネットの普及により、ファンダムは国境を越えてつながっています。以前は、同じ地域に住むファン同士が交流するケースがほとんどでしたが、近年は世界中のファンがオンラインでつながり、交流できるようになりました。
たとえば、K-POPファンダムは、世界中に熱狂的なファンを抱えており、BTSやBLACKPINKなどのグループは、韓国だけでなく世界中で人気を集めています。また、アニメや漫画のファンダムも、世界中に広がっており、日本の作品だけでなく欧米作品の人気も高まっています。
2.多様化
現代は様々なジャンルの作品に熱狂的なファンが存在します。かつてはSFや漫画、アニメなどの作品がファンダムの中心でしたが、近年ではゲーム、映画、音楽、スポーツなど、様々なジャンルに熱狂的なファンが存在するようになりました。
たとえば、ゲームファンダムは、近年急速に成長しています。eスポーツの盛り上がりと共に、ゲームファンの熱狂も高まっているのです。また、映画ファンダムも根強い人気を持っており、マーベル・シネマティック・ユニバースやスター・ウォーズなどの作品には、熱狂的なファンが多数存在します。
3.組織化
現代のファングループは組織化されており、ソーシャルメディアなどで積極的に活動しています。以前は、ファングループはゆるやかな組織でしたが、近年では、リーダーを中心に組織化され、ソーシャルメディアなどで積極的に活動するファングループが増えています。
ファングループは、作品に関する情報を共有したり、イベントを開催したり、募金活動を行うなど、その活動も多岐にわたります。また、ソーシャルメディア上で作品に関する議論をしたり、感想を共有したりするのも現代のファンダムの特徴と言えるでしょう。
4.創作活動
現代はファンが作品に関する創作活動に積極的に参加しています。以前は、ファンが作品に関する創作活動を行うことは珍しかったのですが、近年では、ファンがイラストや小説、動画などを制作し、インターネット上で公開するのは一般的です。
ファンによる創作活動は、作品への愛着を表現する一つの方法であり、他のファンとの交流を深めるツールとしても活用されています。
5.経済力
現代のファンダムは大きな経済力を持っています。作品を購入したり、イベントに参加したり、グッズを購入したりすることで、多額のお金を使っているのです。それこそが、近年企業が積極的にファンダムマーケティングを行い、ファンの購買意欲を高めている背景と言えるでしょう。
ファンダムマーケティングの特徴
ファンダムマーケティングの大きな特徴は、ファンダムの熱意や創造性を生かしたマーケティングを活動を行えること。ファンダムと共にマーケティングを行うことで、より自然な形で商品やサービスが訴求できます。
また、一方的なマーケティング活動と違い、企業とファンの間で双方向のコミュニケーションを図れるため、マーケティングを通してより深い関係性を築けるのも特徴です。ファン同士が交流できる場を意図的に提供することで、既にファンの方たちの愛着も高められます。
ファンダムマーケティングのメリット
ファンダムマーケティングには、従来のマーケティングにはない7つのメリットがあります。
1.高いエンゲージメント
ファンの熱意が高いことから、従来のマーケティングよりも高いエンゲージメントを得ることができます。たとえばイベントへの参加率が上がったり、積極的に口コミによる拡散などを行ってくれるようになるでしょう。
また、ファンが自ら商品やサービスに関する投稿をSNSやブログ等で発信してくれるケースも多く見られます。
2.口コミ効果
ファンが自発的に商品やサービスをSNSなどで拡散することで、口コミ効果を期待できます。口コミは、企業が発信する情報よりも信頼性が高いため、より多くの顧客を獲得できるでしょう。
特に近年は、SNSなどの口コミ情報を見て意思決定する人が増えているため、口コミの量はマーケティングに大きな影響を及ぼしているのです。
3.ブランドロイヤリティの向上
ファンとの深い関係性により、ブランドロイヤリティの向上を期待できます。ブランドロイヤリティとは、対象のブランドへの「愛着」のこと。
ブランドロイヤリティの高い顧客は、リピート率が高く、新商品も積極的に購入してくれる傾向があります。
4.新規顧客獲得
ファンの拡散力によって、より効果的に新規顧客を獲得できます。特に、ファンダムは特定の属性に偏っていることが多いので、ターゲットマーケティングに効果的です。企業のマーケティングではリーチできなかったユーザーにもリーチできるため、新しい市場の開拓も期待できるでしょう。
5.商品・サービスの開発
ファンからの意見を取り入れることで、より顧客ニーズに合致した商品・サービスを開発できます。熱狂的なファンほど、商品やサービスに対して厳しい意見も言ってくれるため、よりよいサービス開発ができるでしょう。
6.コスト削減
従来の広告宣伝に比べて、コストを抑えられます。ファンの熱意を活かしたマーケティング活動は、比較的低コストで実施できるのも特徴です。ファンによる口コミは、それ自体に高いマーケティング効果がありますし、それらを低コストまたはコストをかけずに拡散してもらえます。
また熱狂的なファンの中には、自発的に広告を作って展開するケースもあり、企業がコストをかけずとも広告効果が期待できます。
7.リスク軽減
炎上などのリスクを軽減することができます。ファンダムマーケティングは、ファンと共創することで行うため、企業の独善的なメッセージになりにくく、炎上などのリスクを軽減できます。
ファンダムマーケティングの成功事例
ファンダムマーケティングは、様々な企業で成功事例が生まれています。以下、いくつか例を挙げます。
1.ワークマン:公式アンバサダー制度で作業着をファッションアイテムに
ワークマンは、「ワークマン公式アンバサダー」制度を導入し、作業着をファッションアイテムとして認知させ、売上を飛躍的に向上させました。熱心なワークマンユーザーの中から、公式アンバサダーを選定し、作業着を着用した写真をSNSで投稿してもらい、商品の魅力をアピールしてもらったのです。
アンバサダーを巻き込んだ商品開発やイベントを開催することによって、よりファンの心を掴んだ事例と言えます。
2.コーセーコスメポート:声優ファンの熱狂的な支持を獲得し、売上150%増
コーセーコスメポートは、声優ファンの熱狂的な支持を獲得し、ヘアケア商品「ジュレーム リラックス」の売上を150%増に。声優を起用したオリジナルWeb動画を制作・公開したり、イベントにブース出展してもらう際に商品サンプルを配布しました。
ターゲットである声優ファンの心を掴むような企画を展開し、商品の魅力を効果的に伝えるコンテンツを作成することで、熱狂的なコミュニティを活用した事例です。
ファンダムマーケティングの注意点:詳細解説
従来のマーケティングとは異なり、高いエンゲージメントや口コミ効果、ブランドロイヤリティ向上など、多くのメリットをもたらす一方で、成功するためにはいくつかの注意点も存在します。どんな注意が必要なのか一つずつ見ていきましょう。
1.ファンダムへの理解不足
ファンダムマーケティングにおいて最も重要なポイントは、ターゲットとなるファンダムを深く理解することです。ファンの間で共有されている文化や価値観を理解していないと、的外れな施策を実施してしまい、炎上などのリスクにつながる可能性があります。
また、ファンのニーズを正確に把握していないと、ファンにとって魅力的な商品やサービスを提供できず、せっかくの熱意を活かせません。ファンダムを効果的に理解するには、ファンダム内におけるインフルエンサーを特定し、関係性を構築することが重要です。インフルエンサーを巻き込むことで、より効果的なマーケティング活動を実施できるでしょう。
2.短期的な成果を求める姿勢
ファンダムマーケティングは、短期的な成果を求めるものではありません。ファンとの信頼関係を築くには、時間と労力が必要です。短期的な成果を求めて焦ってしまうと、ファンの反感を買ってしまう可能性があります。
ファンと共にコミュニティを育てていくことで、持続的な成果を生み出していきましょう。
3.倫理的な配慮の欠如
ファンダムマーケティングにおいては、倫理的な配慮を欠いた行動は絶対に避けなければなりません。たとえばファンの熱意を悪用して金儲けをしようとする行為は許されません。
ファンを欺いたり、誤解させたりするような行為は、ファンの信頼を損ない、関係を悪化させてしまいます。また、特定のグループを差別したり、偏見を持ったりするような表現は、ファンの反感を買ってしまう可能性があるので注意しましょう。
4.コミュニケーション不足
ファンダムマーケティングは、企業とファンの双方向のコミュニケーションが不可欠です。商品やサービスに関する情報だけでなく、ファンの興味関心事に合わせた情報発信を行いましょう。
そのためには、ファンからの意見を積極的に収集し、商品やサービスの開発に活かす必要があります。また、ファンからの質問や要望には迅速に対応することで、より強い信頼関係を築けるでしょう。
5.関係構築の怠慢
ファンダムマーケティングは、単にファンを利用するのではなく、ファンと真摯な関係を築いていくことが重要です。たとえば、ファン同士が交流できるイベントを開催することで、コミュニティを活性化できます。
また、企業自らファンコミュニティに参加することで、ファンとの距離を縮めることができます。ファンの活動や創作活動をサポートすることで、ファンとの信頼関係を深められるでしょう。
編集後記
ファンダムマーケティングは、従来のマーケティングとは異なり、より深い顧客との関係性を築ける手法です。しかし、成功するためには、ファンダムへの理解と長期的な視点が欠かせません。ファンダムマーケティングを検討している企業は、まずターゲットとなるファンダムを理解し、そのファンダムに共感してもらえるようなマーケティング活動を行うことが重要です。また、ファンダムとの長期的な関係性を築くために、継続的にコミュニケーションを図っていきましょう。
(TOMORUBA編集部)
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