GI基金も支援する水素サプライチェーン・プラットフォーム。化石燃料の代替として期待がかかる水素技術の未来とは
パリ協定で定められた「世界の気温上昇を産業革命前に比べ1.5度までに抑える」を達成するための指標として、先進国では「2050年までにCO2排出量をゼロにする」ことが目標になっています。これがいわゆるカーボンニュートラルですが、日本でも段階的な目標として2030年までにCO2排出量を46%削減することを目指しています。TOMORUBAの連載「カーボンニュートラル達成への道」では、各業界がどのように脱炭素に向けた取り組みをしているのか追いかけていきます。
今回のテーマは「水素サプライチェーン・プラットフォーム」です。水素はクリーンな燃料として、ながらく化石燃料の代替として注目されています。そんな水素を本格的に利活用するために、政府は水素サプライチェーン・プラットフォームを構築しようと様々な取り組みを推進しています。
水素サプライチェーン・プラットフォームとはどのような構想で、どんなメリットがあり、どう社会実装されようとしているのか、解説していきます。
水素サプライチェーン・プラットフォームは脱炭素に向けて「つくる、ためる・はこぶ、つかう」をトータルで管理すること
水素サプライチェーン・プラットフォームとは、水素を「つくる」ところからはじまって、いかにして「ためる・はこぶ」か、そしてどう「つかう」か、これらをトータルで管理する構想です。
出典:ホーム|環境省_脱炭素化にむけた水素サプライチェーン・プラットフォームについて
冒頭でも述べたように、水素は利用時にCO2を排出しないクリーンな燃料です。さらに化石燃料よりも発電効率が良いこと、燃料電池で発電するため災害時などにも利用しやすいこと、作りやすいことなど、多くのメリットを持っています。
こうした利点があるにも関わらず水素がいまだに普及していない理由として、いくつかの課題が挙げられます。経産省のホームページではその課題を以下のように説明しています。
今後の本格普及に向けては、水素利用の用途拡大(船、列車、物流トラックなど)や、社会全体の自律的なエコシステムの構築が必要であり、また、そこに必要となる安価な水素の確保に向けては、グローバルサプライチェーンの構築に加え、国内オンサイトでの貯蔵を含めたシステム構築と水素製造実証が重要になる。さらに、水素は長期戦略となるがゆえに、人材の戦略的育成を含めた研究開発の足腰の強化も必要である。
引用:水素への期待と課題 | METI Ministry of Economy, Trade and Industry
つまり、水素エネルギーを本格的に社会実装するためにはエコシステムとサプライチェーンの構築が目下の課題というわけです。
水素サプライチェーン・プラットフォームは2兆円の予算からなる「GI基金」を活用した事業
水素サプライチェーン・プラットフォームが本格始動した背景として、エネルギー・産業部門の構造転換や、大胆な投資によるイノベーションといった現行の取組を大幅に加速することを目的に政府が「グリーンイノベーション基金(GI基金)」を創設したことがあります。
GI基金は約2兆円規模の基金を造成しており、野心的な20のプロジェクトに対してこの予算を使って支援する計画です。
水素サプライチェーン・プラットフォームはこの20のプロジェクトに選定されていることから、大きな支援を受けて開発が加速していくことが予想されます。この20のプロジェクトには水素サプライチェーン・プラットフォーム以外にも「洋上風力発電の低コスト化」「次世代型太陽電池の開発」「燃料アンモニアサプライチェーンの構築」などといった先端技術が含まれています。
関連記事:カーボンニュートラル必達を掲げ『GI基金』に2兆円を造成。支援する分野や採択されたプロジェクトとは
水素サプライチェーン・プラットフォーム構築のため、4つのプロジェクトを推進中
前述のように、国内ではGI基金の支援を受けて水素サプライチェーン・プラットフォームの構築を目指しています。現在、サプライチェーン構築のために、具体的に4つのプロジェクトが進行しています。
1.MCH(メチルシクロヘキサン)サプライチェーン実証:2030年に30円/Nm3の水素供給コストを達成するための商用化実証
2.Direct-MCH(直接MCH電解合成)技術開発:水素コスト提言(2050年20円/Nm3以下)に資する技術開発
3.CO2フリー水素発電実証:大規模需要を創出する水素ガスタービン発電技術の商用化実証
4.液化水素方式サプライチェーンの商用化実証:2030年に30円/Nm3の水素供給コストを達成するための商用化実証および岩谷産業株式会社との共同提案
4つのプロジェクトによって、大規模需要を満たす供給力を備えること、そして消費者の選択肢になりうるコストを実現することを目指しています。
地方が水素サプライチェーン・プラットフォームを構築するには
環境省は地方公共団体が主体となって水素事業を進めていくための手引きとして「事業実施マニュアル」を準備しています。水素事業の検討から実行は大まかに以下のような段階に分かれています。
・上位計画への位置付け
・情報発信・協議する場の設立
・地域の詳細分析
・FS(フィージビリティスタディ)~設備導入
出典:環境省_地方公共団体・企業の皆様へ_脱炭素化にむけた水素サプライチェーン・プラットフォーム
また、水素事業への着手を検討している自治体に向けてQ&Aリストや、水素に関する基礎資料「水素関連基礎情報資料」も整理されています。
さらに、前述の事業実施マニュアルに加えて、検討から実行までの各段階ごとに活用できる支援ツールも充実しています。
参照ページ:環境省_地方公共団体・企業の皆様へ_脱炭素化にむけた水素サプライチェーン・プラットフォーム
水素サプライチェーン・プラットフォーム計画と連動する民間企業
GI基金による支援などの後押しもあり、民間企業が水素サプライチェーン・プラットフォームのソリューションを開発・提供しています。
エネルギー大手のENEOSは水素事業を展開しており、その一環として水素サプライチェーン構築事業に注力しています。海外からの水素調達から運用、国内での受け入れ、製造、利用、供給といったサプライチェーンを構築しており、水素大量消費社会を見据えています。
参照ページ:水素サプライチェーン構築事業
同様に、日立は「水素マルチリソースプラットフォーム構想」を立ち上げて、再生可能エネルギーを活用したプラットフォームの構築を目指しています。太陽光や風力といった再エネを利用して水素を製造し、都市のビル・住宅や鉄道・物流などのモビリティへグリーン水素を安価に供給する計画です。
参照ページ:脱炭素社会に向けたサステナブルな水素バリューチェーン:日立評論
【編集後記】イノベーティブな技術へ手厚い支援
2兆円規模のGI基金は水素サプライチェーン・プラットフォームだけでなく、幅広い新技術を支援することで脱炭素を目指しています。仮に他の支援先の新技術がイノベーションを起こせなかったとしても、他の新技術でイノベーションを起こせれば、カーボンニュートラル達成に対するインパクトは十分あるでしょう。多方面への支援が成果につながることを期待したいです。
(TOMORUBA編集部 久野太一)
■連載一覧
第1回:地球の持続可能性を占うカーボンニュートラル達成への道。各国の目標や関連分野などの基礎知識
第2回:カーボンニュートラルに「全力チャレンジ」する自動車業界のマイルストーンとイノベーションの種
第3回:もう改善余地がない?カーボンニュートラル達成のために産業部門に課された高いハードルとは
第4回:カーボンニュートラル実現のために、家庭や業務はどう変わる?キーワードは省エネ・エネルギー転換・データ駆動型社会
第5回:圧倒的なCO2排出量かつ電力構成比トップの火力発電。カーボンニュートラルに向けた戦略とは
第6回:カーボンニュートラルに向けた原子力をめぐる政策と、日本独自の事情を加味した落とし所とは
第7回:カーボンニュートラルに欠かせない再生可能エネルギー。国内で主軸になる二つの発電方法
第8回:必ずCO2を排出してしまうコンクリート・セメントを代替する「カーボンネガティブコンクリート」とは?
第9回:ポテンシャルの高い洋上風力発電がヨーロッパで主流でも日本で出遅れている理由は?
第10回:成長スピードが課題。太陽光・風力発電の効果を最大化する「蓄電池」の現状とは
第11回:ロシアのエネルギー資源と経済制裁はカーボンニュートラルにどのような影響を与えるか?
第12回:水素燃料電池車(FCV)は“失敗”ではなく急成長中!水素バス・水素電車はどのように社会実装が進んでいる?
第13回:国内CO2排出量の14%を占める鉄鋼業。カーボンニュートラル実現に向けた課題と期待の新技術「COURSE50」とは
第14回:プラスチックのリサイクルで出遅れる日本。知られていない国内基準と国際基準の違いとは
第15回:カーボンニュートラルを実現したらガス業界はどうなる?ガス業界が描く3つのシナリオとは
第16回:実は世界3位の地熱発電資源を保有する日本!優秀なベースロード電源としてのポテンシャルとは
第17回:牛の“げっぷ”が畜産で最大の課題。CO2の28倍の温室効果を持つメタン削減の道筋は?
第18回:回収したCO2を資源にする「メタネーション」が火力発電やガス業界に与える影響は?
第19回:カーボンニュートラル達成に向け、なぜ「政策」が重要なのか?米・独・英の特徴的な政策とは【各国の政策:前編】
第20回:カーボンニュートラル達成に向け、なぜ「政策」が重要なのか?仏・中・ポーランドの特徴的な政策とは【各国の政策:後編】
第21回:海水をCO2回収タンクにする「海のカーボンニュートラル」の新技術とは?
第22回:ビル・ゲイツ氏が提唱する「グリーンプレミアム」とは?カーボンニュートラルを理解するための重要な指標
第23回:内閣府が初公表し注目される、環境対策を考慮した「グリーンGDP」はGDPに代わる指標となるか?
第24回:カーボンニュートラルの「知財」はなぜ重要か?日本が知財競争力1位となった4分野とは
第25回:再エネ資源の宝庫であるアフリカ。カーボンニュートラルの現状とポテンシャルは?
第26回:「ゼロ・エミッション火力プラント」の巨大なインパクト。圧倒的なCO2排出を占める火力発電をどうやって“ゼロ”にするのか?
第27回:消費者の行動変容を促す「カーボンフットプリント」は、なぜカーボンニュートラル達成のために重要なのか
第28回:脱炭素ドミノを目指す「地域脱炭素ロードマップ」と「脱炭素先行地域」の戦略とは?
第29回:次世代原発の『小型原子炉』はなぜ低コストで非常時の安全性が高いのか?
第30回:『SAF』なら燃焼しても実質CO2排出ゼロ?廃食油をリサイクルして製造する次世代型航空燃料とは
第31回:日本は「海洋エネルギー」のポテンシャルが世界トップクラス。再エネの宝庫である海のパワーとは
第32回:80年代から途上国に輸出される『福岡方式』とは?温暖化防止にもつながる再現性の高いゴミ問題の解決策
第33回:カーボンニュートラル必達を掲げ『GI基金』に2兆円を造成。支援する分野や採択されたプロジェクトとは
第34回:排出されるCO2を捕捉して貯蔵する技術『CCS』はカーボンニュートラルの救世主となるか?
第35回:次世代送電網『スマートグリッド』は再エネの弱点を補う?カーボンニュートラルの観点から解説
第36回:間もなく普及が完了する次世代電力計『スマートメーター』が脱炭素に与える影響と、新たなビジネスチャンスとは
第37回:電力送電網とつながらない『オフグリッド』がカーボンニュートラルになぜ貢献するのか?一般家庭や事業者への導入事例を紹介
第38回:「GX基本方針」で示されたふたつの目標とは。「GX推進法」「GX推進戦略」との違いなど解説
第39回:「電力貯蔵技術」がなぜ脱化石燃料と再エネ活用の促進になるのか?脱炭素達成にはマストの重要な技術を解説
第40回:『脱炭素アプリ』でどうやって企業や自治体のカーボンニュートラルを実現するのか?仕組みと事例を解説
第41回:「米国インフレ抑制法(IRA)」がなぜカーボンニュートラルに貢献するのか?バイデン政権が3910億ドル投じる肝入りの政策を解説