次世代原発の『小型原子炉』はなぜ低コストで非常時の安全性が高いのか?
パリ協定で定められた「世界の気温上昇を産業革命前に比べ1.5度までに抑える」を達成するための指標として、先進国では「2050年までにCO2排出量をゼロにする」ことが目標になっています。これがいわゆるカーボンニュートラルですが、日本でも段階的な目標として2030年までにCO2排出量を46%削減することを目指しています。TOMORUBAの連載「カーボンニュートラル達成への道」では、各業界がどのように脱炭素に向けた取り組みをしているのか追いかけていきます。
今回取り上げるのは「小型原子炉」です。昨今、物価高騰や戦争の影響によるエネルギー問題に端を発して、日本を含めた世界各国で原子力発電の稼働の是非が議論されています。新しい技術である小型原子炉にはどのようなメリットがあり、なぜカーボンニュートラル達成に向けた取り組みとして注目を集めているのか、解説していきます。
低コストで安全性に優れている小型原子炉
小型原子炉(Small Modular Reactor)とは出力が小さい原子炉のことで、IAEAの基準では出力が30万キロワット以下と定義されています。通常の原子炉の出力が100万キロワット超ですから、小型原子炉は従来型と比較して3分の1から4分の1の出力となります。
小型原子炉の特徴は大きく3つあります。ひとつは小型であるため冷却しやすいことです。東日本大震災での福島第一原発の事故は、津波によって非常時に原子炉を冷やすための装置の機能が失われてしまったためメルトダウンを引き起こしてしまいましたが、小型原子炉は非常時に電源や追加の冷却水が必要ない設計で、安全性が高いとされています。
ふたつめの特徴はコスト面です。小型原子炉はモジュール建築という方式で建設されています。モジュール建築とは、プレハブのように部材を工場で組み合わせてユニットを作り、現地でユニットを設置していくことで建設する手法です。これによって高い品質、短い工期、低いコストを実現しています。
そして3つめの特徴は核不拡散です。小型原子炉はモジュール型であるが故に持ち運びが可能ですが、そのため原子炉が役割を終えたら解体して別の現場に移動させることができます。つまり、原子炉を解体して核兵器を開発することを防ぐことができ、核不拡散に貢献できます。
脱炭素に向け原子力の電源構成比率を上げるため、小型原子炉を活用するか
原子力発電はカーボンニュートラルの観点から考えると優秀な電源と言えます。原発は石炭、石油、ガスなどの化石燃料を原料とする火力発電とは異なり、運転時にCO2を排出しません。さらに、風力や太陽光のように天候や時刻に左右されない安定性を確保できるベースロード電源としても原発は有用性があります。
電力分野でカーボンニュートラルを実現するためのマイルストーンとして、政府は2035年時点の中間目標で2013年度比でCO2排出量を46%削減するとしています。原子力の構成比は2021年時点で7%程度ですが、経産省の目標では2030年時点で20〜22%に引き上げる計画です。
現在この目標を達成するため、経済産業省が提案した原発の運転期間延長と建て替え推進の方針が了承され話題となっています。提案の中では原発を建て替えする場合、次世代型原発にするとされているので、ここに小型原子炉が食い込む可能性があります。
小型原子炉のマーケットを取りにいく国内外の企業
調査会社グローバルインフォメーションのレポートによると、小型原子炉の市場規模は2022年に推定57億米ドルに到達すると考えられており、2030年には70億米ドルまで成長する見込みです。年平均成長率は2.7%で、堅調な成長が期待されています。
出典:市場調査レポート: 小型モジュール炉(SMR)の世界市場
国内外にはすでに有力な小型原子炉のプレイヤーが存在しています。米国のスタートアップであるニュースケールパワーは最も商用化に近いと言われており、出力7.7万キロワットの小型原子炉を2027年に稼働開始を目指しています。
国内では、三菱重工業が開発する1基あたり500キロワットほどの「マイクロ炉」の開発を進めています。マイクロ炉はトラックで運搬することが可能で、離島やへき地、災害時の電源として活用することを想定しています。稼働開始は2040年とまだ先ですが、離島やへき地が多く、災害大国である日本では貴重な電源となる期待が集まります。
【編集後記】安全性とコスト面の理解を広める必要がある
本文では小型原子炉は安全性とコスト面で優れていると紹介しましたが、専門家によっては安全性を考慮するとコスト面で採算が合わなくなると考えている場合があります。日本は原発事故を経験していますから、小型原子炉を建設する場合は利用者への説明を尽くし、理解を広めていく努力を続ける必要があるでしょう。
(TOMORUBA編集部 久野太一)
■連載一覧
第1回:地球の持続可能性を占うカーボンニュートラル達成への道。各国の目標や関連分野などの基礎知識
第2回:カーボンニュートラルに「全力チャレンジ」する自動車業界のマイルストーンとイノベーションの種
第3回:もう改善余地がない?カーボンニュートラル達成のために産業部門に課された高いハードルとは
第4回:カーボンニュートラル実現のために、家庭や業務はどう変わる?キーワードは省エネ・エネルギー転換・データ駆動型社会
第5回:圧倒的なCO2排出量かつ電力構成比トップの火力発電。カーボンニュートラルに向けた戦略とは
第6回:カーボンニュートラルに向けた原子力をめぐる政策と、日本独自の事情を加味した落とし所とは
第7回:カーボンニュートラルに欠かせない再生可能エネルギー。国内で主軸になる二つの発電方法
第8回:必ずCO2を排出してしまうコンクリート・セメントを代替する「カーボンネガティブコンクリート」とは?
第9回:ポテンシャルの高い洋上風力発電がヨーロッパで主流でも日本で出遅れている理由は?
第10回:成長スピードが課題。太陽光・風力発電の効果を最大化する「蓄電池」の現状とは
第11回:ロシアのエネルギー資源と経済制裁はカーボンニュートラルにどのような影響を与えるか?
第12回:水素燃料電池車(FCV)は“失敗”ではなく急成長中!水素バス・水素電車はどのように社会実装が進んでいる?
第13回:国内CO2排出量の14%を占める鉄鋼業。カーボンニュートラル実現に向けた課題と期待の新技術「COURSE50」とは
第14回:プラスチックのリサイクルで出遅れる日本。知られていない国内基準と国際基準の違いとは
第15回:カーボンニュートラルを実現したらガス業界はどうなる?ガス業界が描く3つのシナリオとは
第16回:実は世界3位の地熱発電資源を保有する日本!優秀なベースロード電源としてのポテンシャルとは
第17回:牛の“げっぷ”が畜産で最大の課題。CO2の28倍の温室効果を持つメタン削減の道筋は?
第18回:回収したCO2を資源にする「メタネーション」が火力発電やガス業界に与える影響は?
第19回:カーボンニュートラル達成に向け、なぜ「政策」が重要なのか?米・独・英の特徴的な政策とは【各国の政策:前編】
第20回:カーボンニュートラル達成に向け、なぜ「政策」が重要なのか?仏・中・ポーランドの特徴的な政策とは【各国の政策:後編】
第21回:海水をCO2回収タンクにする「海のカーボンニュートラル」の新技術とは?
第22回:ビル・ゲイツ氏が提唱する「グリーンプレミアム」とは?カーボンニュートラルを理解するための重要な指標
第23回:内閣府が初公表し注目される、環境対策を考慮した「グリーンGDP」はGDPに代わる指標となるか?
第24回:カーボンニュートラルの「知財」はなぜ重要か?日本が知財競争力1位となった4分野とは
第25回:再エネ資源の宝庫であるアフリカ。カーボンニュートラルの現状とポテンシャルは?
第26回:「ゼロ・エミッション火力プラント」の巨大なインパクト。圧倒的なCO2排出を占める火力発電をどうやって“ゼロ”にするのか?