カーボンニュートラルに向けた原子力をめぐる政策と、日本独自の事情を加味した落とし所とは
パリ協定で定められた「世界の気温上昇を産業革命前に比べ1.5度までに抑える」を達成するための指標として、先進国では「2050年までにCO2排出量をゼロにする」ことが目標になっています。これがいわゆるカーボンニュートラルですが、日本でも段階的な目標として2030年までにCO2排出量を46%削減することを目指しています。
TOMORUBAの連載「カーボンニュートラル達成への道」では、各業界がどのように脱炭素に向けた取り組みをしているのか追いかけていきます。
連載の第一回では、そもそもカーボンニュートラルとは何か?を解説し、プレイヤーのカテゴリとして電力・非電力・炭素除去の3つの分野があると説明しました。第二回~第四回では非電力分野がどのようにカーボンニュートラルを実現しようとしているかを解説しました。
第五回からは電力分野についてフォーカスしています。現在の電力を構成しているのは大まかにわけて、火力、原子力、再生可能エネルギーです。第六回となる今回は、原子力発電におけるカーボンニュートラルの計画を深堀りしていきます。
2035年の削減目標が26%→46%になっても原子力の構成比率は変わらず
第五回でも触れましたが、日本は2050年カーボンニュートラル達成に向けたマイルストーンとして、2035年時点の中間目標を26%削減から46%削減へと大幅に引き上げました。目標修正の前後の電力構成比率は下図の通りです。図を見るとわかるように、目標修正したあとも原子力の構成比率は22〜24%と変わりません。
原子力に関する政策の変遷
東日本大震災の影響から今日まで、政府は原子力の政策を模索してきた経緯があります。
・2012年:2030年代に原発稼働ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する
・2014年:原発依存度については、省エネルギー・再生可能エネルギーの導入や火力発電所の効率化などにより、可能な限り低減させる
・2015年: 原子力発電比率 = 20~22%程度
・2018年:2050年シナリオに伴う不確実性、先行する主要国情勢から得られる教訓、我が国固有のエネルギー環境から判断し、再生可能エネルギーや水素・CCS、原子力など、あらゆる選択肢を追求する。
これらの政策の変遷を経て、前述したように2035年に原子力の電力構成比を22〜24%にすると方針を打ち出しています。
目標達成に向けた原子力発電の立ち位置
震災後には原子力をゼロにする方針でしたが、近年では2050年カーボンニュートラルを見据えて原子力を一定活用する方針となっています。安全性への懸念や原発再稼働の議論などがなされている中で、なぜ当面は原子力に頼る方針となったのでしょうか。
極端な話をすると、全てのエネルギー源を再生エネルギーに置き換えれば、電力分野におけるカーボンニュートラル達成は手中になるでしょう。しかしそうならない理由がいくつかあります。
最も大きい理由のひとつは、そもそも日本が再エネ発電に適した土地が少ないということです。日本の国土は約7割が山地であり、平野には人口が密集しています。このような環境だとソーラーパネルや地熱、風車などの施設を建設する場所が足りません。
さらに、CO2排出の激しい火力発電が発電量の76%(2019年時点)を占めており、電力におけるカーボンニュートラル達成のためには火力依存から抜け出すことが大きな課題となっています。
これらの事情を加味すると、カーボンニュートラル達成の観点からは「原発ゼロ」という選択肢は現実味が薄いことになります。
世界各国でも同様の課題に直面しており、例えばフランスでは原発を新設する計画も出ています。一方で日本では原発の安全性への懸念が払拭されていないため、政府は長らく「原発の新増設やリプレースは想定していない」というスタンスをとっているのです。
要するに、日本に適した再エネは現時点で少なく、火力依存は減らさねばならず、なおかつ原発の新設・リプレースはしない方針なので、既存の原発に頼らざるを得ないのが現状というわけです。
安全性が確保されるなら、原子力は優秀な電力
最後に、電力としての原子力の特性を振り返ります。結論から言うと、安全性が確保されているという前提があれば、原子力は安定供給、経済効率性、環境適合の観点から見て優秀な電力です。
安定供給という意味では、国内の原子力発電所は国産化率が高く、サプライチェーンを国内に持つ強みがあります。
加えて、原発は災害時のレジリエンス向上にも貢献しています。首都圏や近畿で直下型の地震が発生したとしても、発電所が分散しているため電力供給不足を回避できる設計になっています。
経済効率性についても原子力は優秀です。初期投資が高額なものの、稼働年数は40〜60年と長く、発電量は再エネと比較すると圧倒的な差があるのが図からもわかります。
そして、原子力はカーボンニュートラルを達成するために重要な環境適合にも貢献します。原子力は運転時にCO2を排出せず、電源ごとのライフサイクルCO2排出量でも地熱、水力についで低い水準となっています。
これらの特性を見ると、原子力はカーボンニュートラルに適した電力に思えますが、やはり日本国内では安全性の確保が重視されています。前述したフランスのように世界では「原発返り」を計画する国もありますが、日本には日本の事情があることを理解しておきたいところです。
【編集後記】安全性とカーボンニュートラルの板挟みで難しい調整
今回は日本における原子力の現状と、原子力をめぐるカーボンニュートラルの方針について解説しました。東日本大震災と原発事故を経験した日本ならではの現状を理解してもらえたと思います。賛否の分かれるトピックだけに、政府は難しい調整を迫られていると感じます。丁寧な説明を尽くして、少しでも国民の理解を得る努力をしながらカーボンニュートラル達成を実現してほしいものです。
(TOMORUBA編集部 久野太一)
■連載一覧
第1回:地球の持続可能性を占うカーボンニュートラル達成への道。各国の目標や関連分野などの基礎知識
第2回:カーボンニュートラルに「全力チャレンジ」する自動車業界のマイルストーンとイノベーションの種
第3回:もう改善余地がない?カーボンニュートラル達成のために産業部門に課された高いハードルとは