もう改善余地がない?カーボンニュートラル達成のために産業部門に課された高いハードルとは
パリ協定で定められた「世界の気温上昇を産業革命前に比べ1.5度までに抑える」を達成するための指標として、先進国では「2050年までにCO2排出量をゼロにする」ことが目標になっています。これがいわゆるカーボンニュートラルですが、日本でも段階的な目標として2030年までにCO2排出量を46%削減することを目指しています。TOMORUBAの連載「カーボンニュートラル達成への道」では、各業界がどのように脱炭素に向けた取り組みをしているのか追いかけていきます。
連載の第一回では、そもそもカーボンニュートラルとは何か?を解説し、カテゴリとして電力・非電力・炭素除去の3つの分野があると説明しました。そのうち、非電力分野に関わる業界は民生・産業・運輸の3つに分類されます。
そして第二回では自動車業界(運輸部門の大部分)についての状況を解説しました。ですので今回は産業について解説していきます。非電力分野で二酸化炭素排出量が最も大きい比率となっている産業部門の現状と、カーボンニュートラルを目指した時に必要な施策とはなんなのでしょうか。
日本の産業構造は製造業の比率が高い
そもそも非電力分野における産業部門とは具体的にどんなものを指すのでしょうか。前述の通り、非電力部門は民生、産業、運輸に分類されます。民生とは一般の人々の生活(家庭部門)と事務所やお店といった三次産業(業務部門)のことを指します。運輸は自動車業界をはじめとして航空や船舶を指します。
要するに、産業部門は“民生と運輸以外の全て”と表現して差し支えないでしょう。産業部門のプレイヤーをさらに内訳すると、製造業と非製造業に分けられます。
では、日本の産業構造の特徴はどこにあるのでしょうか。特筆すべきなのは、各国と比較してGDPにおける製造業の占める割合が21%と高いことです。
非製造業についてはありとあらゆる事業者が混在しているので個別にカーボンニュートラルを目指した施策を打つ必要があります。
産業部門におけるカーボンニュートラル実現に向けた課題
産業部門における共通の課題はどこにあるのでしょうか。経済産業省の公開している資料「2050年カーボンニュートラルの実現に向けた検討」には以下のように書かれています。
■初期投資の大きさ
・産業用設備は設備コストが非常に高額であり、企業規模によっては経済性が課題
■製品価格の上昇
・省エネ・脱炭素技術は既存技術と比べて高額
・価格低減が進まない場合は、転換により製品価格が上昇
■設備のロックイン
・産業用の設備は寿命が長く(20~40年程度)、設備切替の機会が限定的
・燃料転換においては、設備に加え、周辺の配管等インフラの転換も必要
■製品・サービスの品質低下リスク
・製造プロセス・燃料を転換により、従来と同水準の製品・サービス品質を維持することが課題
詰まるところ、カーボンニュートラルを目指すためには設備を変更しなくてはならず、そのハードルが高いこと、そして設備を入れ替えたとしても、価格や品質を保つのが容易ではないことが課題となっているのです。
カーボンニュートラル実現の高いハードルをクリアするにはイノベーションが必須
ひとつ良い例を挙げると、カーボンニュートラルを目指す日本の産業部門において、鉄鋼業の省エネ実績は国際的にも最高水準となっています。
鉄鋼業におけるエネルギー効率の国際比較を見てみると、2015年時点の調査では先進国のうち日本がトップであることがわかります。
次に視点を変えて国内の鉄鋼業を見てみます。環境用語として使われるBAT(利用可能な最良の技術)の導入余地がどれくらいあるかを国別に表したのが下図です。
日本はBAT導入余地がほぼないことがわかります。良く捉えれば、今できる最高の施策を打ち尽くしていると言えますが、悪く考えると、これ以上カーボンニュートラルに向けてできることが残っていないとも考えられます。
例に出したのはこの傾向が顕著な鉄鋼業でしたが、鉄鋼業以外にも紙、釜業土石、化学、機会などの分野もBAT導入余地が少なくなっているのが現状です。
これらのファクトからわかることは、産業部門でカーボンニュートラルを実現するにはイノベーションが不可欠なのは明らかです。仮に脱炭素に有効な技術革新があったとしても、経済優位性がなければ企業は導入しにくいのが現実ですから、二重、三重にイノベーションが必要になってくるケースもありえるでしょう。
【編集後記】グリーン化することが競争力につながるように
産業部門について調べていて驚いたのが、(本文中にも書きましたが)鉄鋼業などがすでにBAT導入余地がほどんとないことです。今できるベストは尽くしているものの、カーボンニュートラル実現の目処は立っていません。
となると、次に必要なのはグリーン化するためのイノベーションです。しかし、グリーン化が可能になったとしてもそれが企業の競争力に繋がらなければ社会実装には至らないでしょう。
グリーン化して、なおかつ経済優位性にもつながる技術革新がなければ2050年カーボンニュートラル達成は難しいと言わざるをえません。
(TOMORUBA編集部 久野太一)
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