オープンイノベーション”ごっこ”と揶揄されないためには?トップランナーたちが実践方法を語る―「ONE JAPAN CONFERENCE 2020」 セッションレポート
大企業の若手・中堅社員を中心に、約50もの企業内有志団体が集う実践コミュニティ「ONE JAPAN」――。「挑戦の文化をつくる」をミッションに掲げ、大企業内部からイノベーションが湧きおこる状態を目指して活動している。内閣府主催の第1回「日本オープンイノベーション大賞」では、栄えある「日本経済団体連合会会長賞」にも輝いた。
存在感を高めつつある「ONE JAPAN」だが、同団体が毎年総力を挙げて開催しているのが「ONE JAPAN CONFERENCE」だ。今年度は新型コロナの影響もあり、去る10/11(日)に初の完全オンラインで敢行された。約80名の豪華登壇者による19ものセッションが画面越しに繰り広げられ、2000名以上の視聴者が聞き入った。――本記事では、その中のひとつ「オープンイノベーション - Next stage -」と題したセッションについて紹介する。
登壇者は、オープンイノベーションを大企業の立場から牽引する、JR東日本スタートアップ株式会社・柴田裕氏、KDDI株式会社・中馬和彦氏。加えて、オープンイノベーションを支援する立場から、デロイトトーマツベンチャーサポート株式会社・斎藤祐馬氏、eiicon company 中村亜由子が登壇。モデレーターは、東急株式会社・福井崇博氏が務めた。以下で、セッションの内容をレポートする。
<登壇者>
■JR東日本スタートアップ株式会社 代表取締役社長 柴田裕氏
1991年、東日本旅客鉄道株式会社へ入社。駅での勤務から財務・IRなどの企画業務、小売業などに従事。2018年、JR東日本スタートアップ株式会社代表取締役社長に就任。「JR東日本スタートアッププログラム」の開催などを通じ、「ベンチャー企業×JR東日本」による、イノベーションの社会実装に尽力している。
■KDDI株式会社 経営戦略本部ビジネスインキュベーション推進部 部長 中馬和彦氏
同社の経営戦略本部ビジネスインキュベーション推進部長として、ベンチャー支援プログラムやベンチャー投資ファンドKDDI Open Innovation Fundを統括。「KDDI∞Labo長」「経済産業省 J-Startup推薦委員」「始動Next Innovatorメンター」「ILS アドバイザリーボード」「クラスター株式会社 社外取締役」など幅広く活躍する。
■デロイトトーマツベンチャーサポート株式会社 代表取締役社長 斎藤祐馬氏
2010年、社内起業によりデロイトトーマツベンチャーサポート株式会社を立ち上げ、世界7ヶ国150名体制へと拡大。スタートアップ支援、大企業イノベーション支援、イノベーション政策立案実行などを手掛ける。主な著書は『一生を賭ける仕事の見つけ方』(ダイヤモンド社)。「2017年 日経ビジネス 次代を創る100人」に選出。
■eiicon company 代表 中村亜由子
2008年株式会社インテリジェンス(現パーソルキャリア株式会社)入社。 2015年、オープンイノベーションプラットフォーム事業を起案・推進。現在は全国各地の15,000社を超える様々な法人が登録し、日本最大級の企業検索・マッチングプラットフォームとなった「AUBA」を運営するeiicon company の代表を務める。
■東急株式会社 フューチャー・デザイン・ラボ 課長補佐 福井崇博氏 (モデレーター)
2010年、日本郵便株式会社へ入社し、物販商品の企画や営業推進等に携わった後、株式会社ローソンへの出向などを経験。出向後は地方創生プロジェクトのリーダー等を務め、2017年にはスタートアップ連携の推進にも尽力。2018年、東急株式会社に入社し、東急アクセラレートプログラム(TAP)やShibuya Open Innovation Lab(SOIL)の運営担当として、スタートアップとの連携促進に取り組む。2020年からはスタートアップ投資チームとしても活動。
KDDIとJR東日本に聞く、オープンイノベーションの原点
最初のトークテーマは、「オープンイノベーションの意義や目的は?取り組んだ原点は?」だ。この問いに対してKDDI・中馬氏は、オープンイノベーションという枠組みを使い始めたのは2011年からだが、土壌は2000年頃から育まれてきたと話す。当時、モバイルインターネットの時代において、通信会社がアプリの配信も担っていたが、NTTドコモが圧倒的なシェア・ボリュームで、太刀打ちできなかったという。そこで、始めたのがパートナリングだ。
コンテンツプロバイダーとパートナーシップを結び、対等な関係性の中でサービスを共同開発。そこから、グリーやコロプラ、ナビタイムジャパンといった企業が成長し、同時にKDDIも栄えていったと経緯を説明した。「一言でいうと、強かったドコモに対する“弱者の戦略”。新しいことをやっている人とパートナーを組んで、新しいことを起こしていく。スピード感を出すために、パートナリングという選択をした」と、同社の原点について共有した。
これに対し、モデレーター・福井氏が20年以上にわたり継続できた理由を聞くと、中馬氏はKDDIの本業が電話→インターネット→携帯→スマホと短期間で4回変わっていることに触れながら、「新しいことを仕掛けないといけないという脅迫観念がベースにある」と説明。加えて、「スピード感で勝つために、対等なパートナリングという戦略をとってきた」と返答した。これが一貫した同社のポリシーとしてあるため、継続できたのだという。
同じ質問に対して、JR東日本スタートアップ・柴田氏は、「KDDIさんのように本業は変わっていないが、本業の鉄道ですら今後5年後・10年後を見据えたときに、人口減少・働き方改革などで立ち行かなくなる危機感は強くあった」と話す。2018年に中期経営ビジョン「変革2027」を打ち出したが、そこでは車両の中が閑散としている絵が描かれている。今、2018年に予測していたことが、コロナの影響で前倒しされてきた状況だという。「コロナ以前から危機感はあり、変革に込めた思いがオープンイノベーション。危機感に後押しされて、未知の存在であるベンチャー企業と一緒に、新規事業を創出する取り組みを始めた」と語った。
加えて外部との連携は、2000年頃に「ステーションルネッサンス」という概念を提唱した時期から、緩やかにスタートしていたという。「もともと、駅のど真ん中には駅長室があった。それを移転し、顧客視点に立って商業施設をつくった。当然、大変な反対もあったが、外部の商業施設を入れることで、お客様が”通過する駅”から”集う駅”へと変えていった」と、外部連携の歴史について共有した。
福井氏は、「『ecute物語』(鎌田 由美子/著)を何度か読み返しているが、いつも勇気づけられる」とコメント。柴田氏は当時を振り返りながら、本業の鉄道事業に対して付随的な扱いだった生活サービス事業が新たな柱として打ち出され、若いメンバーがその事業の中心になったと説明。JR東日本スタートアップのメンバーである隈本伸一氏や阿久津智紀氏も、その頃に入社したメンバーだと伝えた。
中馬氏は柴田氏の話について、「JR東日本スタートアップのメンバーは、道標のない中で非鉄道事業をイチから立ち上げてきた新規事業屋さん。その経験があるからこそ、(スタートアップとの連携においても)わずか数年で、ここまで有名になった。奇しくも、それぞれ20年の蓄積がある」とコメントした。
柴田氏も「非鉄道という意味では、KDDIさんと同じく弱者からのスタート。圧倒的なプロが周囲にいる中で、それに打ち勝つためにどうすべきかを考え取り組んできた。ゼロイチのマインドが必要だったし、若い人が活躍できるフィールドもあった。チャレンジが許容される土壌もあった。そういう経験を持つメンバーに今、支えられている」と話した。
支援者側から見た、オープンイノベーションが注目される理由
「支援者側から見て、なぜ大企業はオープンイノベーションに力を入れ始めたと思うか?」という質問に対し、デロイトトーマツベンチャーサポート・斎藤氏は、スマートシティの話に触れながら「社会の課題が1社だけでは解決しない時代になっている」と話す。業種を超えて連携していく必要があるし、スピードや得意領域を考えると、会社の大小も超えていく必要があると主張。そのうえで、「大事なことは事業に育てていくことだ」と、考えを示した。
さらに、MonotaRO(モノタロウ)が住友商事から生まれて時価総額が1兆円を超えていること、エムスリーがソニーから出て時価総額4兆円に達していることを例に挙げ、「こういった企業が増えてくると、世界は変わる」と熱意を込めた。
一方、eiicon company・中村は、斎藤氏に同調しながら、大企業がオープンイノベーションに注目する理由は2つあると話す。1つ目は、「時代が第四次産業革命の真っ只中にある。1社でデジタル化やIT化することが難しい業種もあるため、必然的にコラボせざるを得ない」と指摘。また2つ目として、ビッグバン・イノベーションのように、一夜にして業界の絵柄が塗りかえられる様子を目の当たりにする中で、「そのスピードについていくには、共創しかないと考える企業が増えている」と、見解を示した。
オープンイノベーションの課題は? なぜ「ごっこ」と揶揄されるのか?
次のトークテーマは、「オープンイノベーションの真の定着に向けての課題は?なぜ“ごっこ”と揶揄されるのか?」だ。この問いに対して中馬氏は、「目的が明確であれば、“ごっこ”にはならない。本来の目的は、収益を上げることや顧客の満足度を上げることなど、何かあるはずだ。そこに直結することをやるべき」と主張。さらに、オープンイノベーションに取り組まなくても成功しているアップルを例に挙げながら、「会社にとって、本当に必要なメソッドならばやればいいし、必要ないのであればやらなくていい」と話した。
柴田氏も、「オープンイノベーションは手段。何をやりたいか、どういう社会をつくりたいかが大事だ」とし、「自分の会社がどういう価値を持っていて、どこを目指すのかを徹底的に考えたうえで、足りない部分をオープンイノベーションに求めるべきだ」と伝えた。
一方、中村は大企業が抱えるオープンイノベーションの課題を2つ挙げる。1つ目は、最近の潮流として、M&Aや大きな投資額ではない小規模から始めるオープンイノベーションが増えているが、「小規模の取り組みで、どのような成果を目指すのか。どの程度の投資対効果を得ようとしているのか。これについて、社内で共通認識がないことが大きな課題」と指摘する。2つ目は、「小規模の社外連携に対して、裁量を渡さないのは問題」だと述べ、分社化して社長を任せるなど権限移譲していくべきだと話した。
これについて中馬氏は、「0→1」や「1→10」といったフェーズに分け、それぞれに適した権限移譲やKPI設定を行うべきだとコメント。すべてのフェーズで同じ権限移譲を行うと、うまく機能しないため、事業の成長度合いに応じて、段階的に分けるべきだと付け加えた。KDDIの場合は、何年もかけて作り上げてきたストラクチャーがあり、さらにそれを毎年、改善しているのだという。
仕掛ける人になるために、個人はどう行動を変えるべき?
最後に、視聴者に既存事業や現場部門で働く人も多いことから、「既存事業にイノベーションの要素を取り込むためには、個人はどのように行動や考えを変えるべきか?」という質問が提示された。
これに対し柴田氏は、社内の会議を通すことばかりを考えず、「会社以外の時代の潮流に好奇心を持ち、新しいものを楽しいと思うことが大事だ」とアドバイス。加えて、管理者の立場なら、「そういう若者に権限を与えて、”ジャマおじ”にならないことが大切だ」と伝えた。中馬氏も、就職する時は自分の価値観で会社を選んだはずだとし、「軸を自分からブラさずに、価値観を会社の外に置く。就職活動時の目線に立ち返って、外の常識で物事を判断するといい」と伝えた。
中村は、「仕事でやりたいことが実現できる世の中になっている。今の会社で、自分が実現したい世界は何かを考えてほしい。もっと幸せに、いい世の中にと考えたときに、できることはたくさんあるはずだ」とエールを送った。斎藤氏は、ビジョンを共有したときにオープンイノベーションは唯一うまくいくとしたうえで、「皆さんの人生のビジョンや生きている意味を徹底的に問い詰めて、それをもとに周りを着火できればうまくいくはずだ」と伝えた。
福井氏は、自身を振り返りながら「目の前の仕事・課題に夢中になる部分もあったが、話を聞いて、自分起点・社会起点で考えてチャレンジしていきたいと思った。視聴者の中でも、オーナーシップをもって頑張ろうという人が増えてほしい」と述べ、セッションを締めくくった。
取材後記
イノベーションリーダーズサミット(ILS)実行委員会と経済産業省が毎年調査する、有望スタートアップ企業が選ぶ「イノベーティブ大企業ランキングTOP30」において、KDDIは3年連続で首位。JR東日本は前年の7位から4位へと躍進した。トップランナーたちの視点は、オープンイノベーションに取り組む大企業にとって、参考になる部分も多いのではないだろうか。セッションの最後には、個人へのアドバイスもあった。これらをもとに行動を変えれば、いつもと少し違った明日が見えてくるかもしれない。
(編集:眞田幸剛、取材・文:林和歌子)