『Scrum Connect』イベントレポート | トークセッションで語られた大企業3社によるオープンイノベーションの現状とは?
米国・サンフランシスコと日本に拠点を置き、アーリステージの投資を得意とするベンチャーキャピタル・Scrum Venturesは、同社が日本で開催する最も大きなイベントである『Scrum Connect』を開催した。2018年11月に東京アメリカンクラブ(東京・港区)で実施された同イベントでは、プレスセッションのほか、「大企業のオープンイノベーション」をメインテーマに、日本の大企業に加えて米国の投資先StartupのCEOを招いたトークセッションなどが行われた。
今回、eiiconでは、プレスセッションの模様に加え、三井住友銀行・パナソニック・日本経済新聞社の3社が登壇した「大企業のオープンイノベーションの現状と展望」というトークセッションを取材。その模様をレポートしていく。
オープンイノベーション支援事業にも着手するScrum Ventures
プレスセッションでは、Scrum Venturesの代表である宮田拓弥氏と、パートナーである外村仁氏がメディア向けにスピーチを行った。代表・宮田氏は日本および米国でソフトウェア、モバイルなどのスタートアップを複数起業。2009年にミクシィのアライアンス担当役員に就任し、その後はmixi AmericaCEOを務め、現在に至る。また、外村氏は、アップル社で市場開発やマーケティング本部長職を歴任したのちにシリコンバレーにてスタートアップを起業、その後にEvernote Japan 会長に就任した経歴を持つ。
2013年に設立されたScrum Venturesの特徴は、アーリーステージへの投資だ。年間5,000件を超えるスタートアップをスクリーニングしながら、投資をしていると宮田氏は話す。さらに、車や家、店舗といったハードウェアに注目した「スマート社会」に向けた投資も特徴の一つだという。その代表例として、以下のような日米のスタートアップへの投資を手がけている。
■Miles社(米)…移動するとマイルが貯まるサービスを展開
■Spire社(米)…Spire Health Tagという睡眠管理ができるデバイスを開発
■VACAN社(日)…レストランの空席状況がリアルタイムでわかるサービスを展開
■TOP FLIGHT社(日)…空飛ぶ車を開発
■realtime robotics社(米)…人間を判断し、「避ける」作業の判断も実施する技術を持つ
なお、Scrum Venturesが日本のスタートアップへの投資を積極化させたのは、2018年から。日本のスタートアップは海外進出に不得手なケースが多く、ScrumVenturesはその点をバックアップしていきたいということだ。
一方、Scrum Venturesでは日本の大企業のオープンイノベーションを支援するサービスも、2018年から新事業としてスタート。すでに、日本を代表するような大企業3社(パナソニック・任天堂・電通)に支援を行なっている。
トークセッション:「大企業のオープンイノベーションの現状と展望」
次に、「大企業のオープンイノベーションの現状と展望」というテーマのトークセッションの模様をお伝えしていきたい。本セッションは、Scrum Venturesのパートナーである春田真氏がモデレーターを務め、オープンイノベーションに取り組む大企業3社(パナソニック・三井住友銀行・日本経済新聞社)の担当役員がパネリストとして登壇し、取り組み事例などを語った。
■パナソニック株式会社 専務執行役員/アプライアンス社 社長 本間哲朗氏 (写真左)
パナソニック社内にてオープンイノベーションによる事業化の加速を推進。2018年3月、Scrum Venturesと組み、新規事業の創出を目的とした「Bee Edge」設立。
■株式会社三井住友銀行 常務執行役員 工藤禎子氏 (写真右)
社内のオープンイノベーションプロジェクト「トリプルアイ」などを牽引。2018年3月には、トヨタの社外取締役に就任し、同社初の女性取締役となる。
■株式会社日本経済新聞社 常務取締役 渡辺洋之氏 (写真中央)
2009年から日本経済新聞社の電子版開発のプロジェクト運営を責任者の一人として担当し、電子版の創刊後は電子版事業運営とデジタル新事業開発を担当。
■Scrum Ventures Partner 春田真氏
DeNA取締役CFOに就任、横浜DeNAベイスターズのオーナーも兼任したのち、さまざまな業界へのスタートアップへの投資を実施し、Scrum Venturesにジョインする。
大企業3社のオープンイノベーションを成功を導くポイントとは?
トークセッションの冒頭では登壇者のバックボーンが語られ、そして各社がこれまでの経験から実感した「オープンイノベーションを成功に導くポイント」についても話が及んだ。
●SDカード事業成功の裏には「オープン」な戦略がある
パナソニック・本間氏は、海外事業部などで活躍していたが、2000年頃から新規事業であるSDカード事業を一任された。当時はさまざまなフラッシュメモリーなどがあり、パナソニックは後発。リソースや知見もない中で取り組む中で考え出したのが、「オープンなフォーマットにする」という戦略だった。前途多難な道ではあったが、その戦略が功を奏し、国内外の多くの企業が味方となり、SDカードはグローバルスタンダードな製品へと成長していった。これが本間氏にとって、オープンイノベーションの原体験になったという。
現在、Scrum Venturesと組み、新規事業の創出を目的とした「Bee Edge」の代表も務める本間氏。これまでの経験から、自社内のリソースのみで事業創出に挑むのではなく、その道の専門家であるパートナーと組んで事業を創っていく方がスピーディーだと実感。パナソニック社内のアイデアを事業化するための一つの出口として機能すべく、「Bee Edge」を立ち上げたという。
●オープンイノベーションを成功させるためにマインドを変革する
続いて登壇した三井住友銀行・工藤氏は、金融機関としてイノベーションが必要性を感じ、大企業とスタートアップを結びつけることに着手。2001年から専門部隊を組成し、スタートアップ支援に注力してきた。そして2015年には、「未来創生ファンド」を立ち上げ、2016年には「トリプルアイ」という社内のオープンイノベーションプロジェクトにも取り組んでいる。さらに、日本最大級のピッチコンテストである「未来」も展開しており、単なるイベントで終わるのでなく、実証実験まで行うことをコミット。今後は、「未来」を通してスマートシティの実現に挑戦していくという。
「トリプルアイ」を通じて、さまざまな課題に直面という工藤氏。特に大企業には「決定のプロセスが遅い」といった問題があり、スタート当初はなかなかビジネスに繋がらなかった。こうした反省から、「大企業の経営に近いセクションの人間が参加してコミットすること」や「スタートアップのマインドを理解すること」、「社内イントレプレナーを育成すること」に注力し、オープンイノベーションを推進していると話した。
●新聞を「読む」から「使う」メディアへ
最後に登壇した日本経済新聞社・渡辺氏は、2010年4月に正式スタートした日経・電子版の事業を牽引している。電子版事業は、紙の市場が右肩下がりになっているという危機感から始動したが、周囲からは「失敗する」という声が強かった。しかし現在は軌道に乗り、61万部にまで成長を続けている。この要因の一つが、「内製化」だと渡辺氏は話す。電子版に携わる社内エンジニア数は約40名おり、スマホ用のアプリも自社開発だ。内製化に舵を切ったのは、「最初からいいものを生み出すのは難しいため、自社内にエンジニアを置くことで改善のスピードを高めるため」だという。また、外に目を向けることにも積極的でアイデアソンの開催や海外との連携も手がけながら、その知見を電子版の開発に活かしているという。
一方、「note」などのサービスを展開するスタートアップ・ピースオブケイクに出資するなど、出資を伴った形での提携も積極的も進めている。この背景には、「読む」から「使う」といった新聞の新しい価値提供があると渡辺氏は話す。
取材後記
『Scrum Connect』には、大企業からスタートアップまで国内外のさまざまなイノベーターが多数集結。注目を集めるイベントとなった。今回取材を行った「大企業のオープンイノベーションの現状と展望」においては、大企業3社がいかにしてオープンイノベーションや新規事業に取り組んだのか、リアルな体験の中からその成功の一端を垣間見ることができた。今後も3社がスタートアップを巻き込みながら手がける新事業に注目していきたい。