富士通×EXest | 富士通独自のAIを活用した共創プロジェクト事例――実証実験開始までに乗り越えた壁とは?
富士通グループのアセット・リソースとスタートアップの技術・製品とを組み合わせ、世の中に新たな価値を提供することを目的とした、「富士通アクセラレータプログラム」。現在は、第7期プログラムがスタートしており、ピッチコンテストに向けた出場企業の選定が行われている。その一方で、過去に開催されたプログラムをキッカケに始動した数々の共創プロジェクトで事業化に向けた取り組みが進捗中だ。
今回、eiiconでは、その中の一つであるEXest株式会社と富士通との共創プロジェクトにフォーカス。訪日外国人観光客と日本の観光に関わる様々な出会いをマッチングさせるプラットフォーム「WOW U」(ワオ ユー)を展開するEXestと富士通は、AIで外国人旅行者の潜在ニーズを探り、最適なプランをレコメンドする実証実験を2019年1月末から3月31日まで実施するという。
EXestは、なぜ富士通のAI技術を必要とし、富士通アクセラレータプログラムに参画したのか?そして、富士通からどのような支援を受けながら実証実験まで辿り着き、将来の世界観を描いているのか?
――そこで今回、EXest株式会社 CEO and Founder 中林氏に加え、富士通サイドから富士通株式会社・山影氏、株式会社富士通研究所・中尾氏の2名を招き、共創プロジェクトの全貌についてお話を伺った。
【写真中】富士通株式会社 AIサービス事業本部 第二フロンティア事業部 部長 博士(理学) 山影譲氏
富士通本体にて、研究開発された新技術を製品・サービスに実用化させる業務を担当。富士通アクセラレータプログラムには協業検討責任者として参加。
【写真左】株式会社富士通研究所 人工知能研究所 発見数理技術プロジェクト (兼)マーケティング戦略本部 ビジネス開発統括部 中尾悠里氏
富士通研究所でAIの研究を手がける。糸島市の移住相談を「AIマッチング」で支援するプロジェクトでは、中心メンバーとして参加。
【写真右】EXest株式会社 CEO and Founder 中林幸宏氏
地方テレビ局に入局し、その後コンサル会社を立ち上げる。2016年12月に2社目となるEXest株式会社を設立。外国人観光客と日本の観光に関わる様々な出会いをマッチングさせるサービス「WOW U」のサイトをリリースする。
富士通のAIこそ、WOW Uが求めていた技術。
――まず初めに、中林さんが富士通アクセラレータプログラムに応募しようとしたきっかけをお聞かせください。
EXest・中林氏 : 私はプログラムの5期目に応募したのですが、そこまでの経緯は当社のサービスと深く関係しています。まず、WOW Uというサービス開始の背景からお話しさせていただきます。
もともと私は新卒でテレビ局に就職し、その後独立して最初に設立したのがコンサル会社でした。その頃にシリコンバレーに足を運んだのですが、そこで「いまの中林さんの仕事は、単にシェアの奪い合いだ。新しい市場を作ることに挑戦するべきだ!」と言われたんです。それが心に残っていて、新しいマーケットを自ら作り出そうと決意しました。
それから、テレビ局で働いていた時のコネクションを使って、地方の新聞社や地方テレビ局を引退したシニアの方の労働力を活用しようと計画したんです。英語など語学力が堪能な方が多いため、訪日外国人観光客と繋げることで、彼らしか知らない日本の隠れた魅力を紹介してもらおうと考えました。
――しかし、通訳案内士法という法律があるため、通訳案内士でないと有料で外国人観光客のガイドができないことがわかりました。そこで、通訳案内士と外国人観光客をマッチングさせるビジネスモデルに変更し、WOW Uというプラットフォームを2017年6月にローンチさせました。
――サービスは順調に成長していきましたか?
EXest・中林氏 : 創業から3ヶ月で約100名の通訳案内士の方に登録していただき、日本で体験できるニッチなアクティビティを海外向けに紹介していきました。……しかし、全く使われなかったんです。WOW UのサイトのPV数や滞在時間などは順調に伸びていったのですが、ユーザーはサイト内を回遊するだけ。PVと滞在時間が増えても、購入していただけない日が続きました。
「どうしようか……?」とエンジニアに相談して、サイトに簡易的な問い合わせフォームを設置しました。すると、海外の方からすぐに問い合わせがきたんです(笑)。明後日には来日するものの、決まっているのは泊まるホテルと富士山に登りたいということだけ。明確なニーズがなかったので、とりあえず弊社に登録してあるアクティビティを紹介複数紹介したんです。すると、それを全て購入してくれました。
――それは嬉しいですね。
EXest・中林氏 : どうやらWOW Uで紹介するアクティビティが多すぎて、ユーザーは選ぶことができなかったようなんです(笑)。それなら、問い合わせに対し、その旅行者の希望を聞き、アクティビティをレコメンドすることで、アクティビティを買ってもらえるということが分かりました。そのようにして一つ一つの問い合わせに対応をしていったのですが、まあ大変で……(笑)。
――どれくらい問い合わせがきましたか?
EXest・中林氏 : 週に2、3回ほど英語の問い合わせがきて、それに回答して行きました。しかし、工数がとても掛かります。そこで、AIを使ったAmazonのようなレコメンド機能を探していたら、富士通さんの糸島市の移住相談をAIでマッチングする実証実験(※)のニュースリリースを発見したんです。
この技術を使って、外国人観光客の嗜好性をもとにWOW Uにレコメンド機能を実装できればと思いついたんです。それで、富士通にいる知人に相談したら、「アクセラレータプログラムを受けてみれば」とアドバイスをもらいました。
※糸島市の移住相談を、「AIマッチング」で支援。プロジェクトの詳しい情報はコチラをご確認ください。
――糸島市と富士通のプロジェクトを知って、応募を決めたんですね。プロジェクトに関しては、中尾さんが担当されていたと伺いました。
富士通・中尾氏 : そうです。元々、九州大学と富士通が連携して立ち上げた、富士通ソーシャル数理共同研究部門の中で担当したプロジェクトでした。部門には「数学で社会課題を解決する」というコンセプトがあり、糸島市でのプロジェクトは、市への移住希望者がいてもなかなかマッチングできないという社会課題をAIによるレコメンドで解決するための実証実験でした。
富士通・山影氏 : レコメンドによるマッチングサービスは世の中にたくさんあります。しかし、糸島市のプロジェクトでは、九州大学の数学の教授と協働で実証実験を行いながら、数理的なモデルにして、どんな傾向があるのかを分析。レコメンドするという新しい形を確立しました。マッチングの回数が増えることで、様々な情報を蓄積してAIも成長していきます。
EXest・中林氏 : アクセラレータプログラムのプレゼンテーションでは、糸島市のプロジェクトで使用されたプレスリリースを、WOW Uに文言を置き換えて発表しました(笑)。それに、山影さんが質問していただいたのが、共創プロジェクトの始まりですね。
富士通・中尾氏 : 「WOW Uと富士通の共同のプレスリリースを作りました!」と中林さんがプレゼンされたんですよ(笑)。
富士通・山影氏 : 当社のAI技術をスイートスポットで、「ここの部分でやりたい!」と明確な意思でプレゼンされた方は、アクセラレータプログラム開始以来初めてでしたね(笑)。
共創プロジェクトにおける、予想外の「壁」。
――富士通アクセラレータプログラムで採択されてから、プロジェクトはどのように進行していきましたか。
富士通・山影氏 : 初めは糸島市のプロジェクトに近いと思っていたので、スムーズに進むかと思っていました。しかし、糸島市の場合は移住希望者が物件情報を求めていましたが、外国人観光客がどこに着目して日本の観光地へ行きたいと思っているのか、その嗜好性は全く違うことに気が付いたんです。
糸島市の実証実験の結果をインバウンド用にどう応用していくか、2カ月くらいはプロジェクトメンバーで頭を悩ませる期間が続きました。そんな時期を経て、海外の人にスカイプでインタビューをするなど、行動を起こしながら仮説を少しずつ組み立てていきました。
――なるほど。糸島市の AI技術がそのまま使われたわけではないんですね。
富士通・山影氏 : そこまで大変でないと思っていましたが、実は結構大変だったんです(笑)。
富士通・中尾氏 : 日本の移住希望者と外国人観光客は嗜好も違います。外国人観光客の中でも、国や地域によってさらに考え方が変わってくる。それをどのように類推して、AIに組み込んでいくか。海外の人へのインタビューがなければ、このプロジェクトは進んでいかなかったと思います。
――ターゲットになる人、今回だと外国人観光客と同じような嗜好性を収集しないとプロジェクトが進展しないわけですね。
富士通・中尾氏 : その通りです。来日前に、日本の観光情報をどうやって集めているか?どんなコト・モノに興味があるか?――さまざまなファクターからどこに行きたいかが決まるので、インタビュー内容は精度が高いデータを収集できるようにチームで考えました。
EXest・中林氏 : インタビューはまず3名に実施して、さらに、私の人脈を通じて、サンフランシスコで約50人の外国人にアンケートを行い、データを収集しました。質問内容は検討を重ねましたね。
「日本で何をしたいか」と聞いても、その人が知っていることしか答えないので、その回答に嗜好性が出てきているか分かりません。たとえ、「日本食が食べたい」と答えても、それは日本食を知っているから言っただけかもしれない。“どこで”、“何をしたいのか”、具体的な希望を引き出すにはどんな質問が最適か。かなり議論を重ねました。
――インタビューなどのデータをもとに、実証実験を2019年の3月まで実施すると伺いました。「実証実験まで進める」と確信が持てたのはいつ頃ですか?
EXest・中林氏 : それは、本当に最近ですね(笑)。実際に海外の人へのインタビューを通じて、議論の結果導き出した質問内容でデータがとれることを検証できるまで確信は持てませんでした。
富士通・山影氏 : インタビューのための質問内容の検討から、実際のデータを収集して、仮説を立てるまでの期間が最も時間がかかるんです。データをもとにAIで、人の属性や嗜好性を区分けするのはコストがかかります。だからこそ、インタビューやアンケートでの情報収集が重要になります。ですので、質問内容に十分な仮説を立てなければなりません。インタビューもアンケートも、一人ひとり行うときはどれも一発勝負ですから。
スタートアップの意思が、プログラムを推進させる。
――実証実験に進むに至るまで、中林さんにとって最も苦労した/大変だった部分はどこにありましたか。
EXest・中林氏 : 最初は富士通さんと対等に話せるほどAIを知っているワケではありませんので、まず糸島市のプロジェクトを自分の頭で理解する必要性がありました。そこまでの理解が大変でしたね。どんなデータが必要か、今までのWOW Uのデータで使えるものはあるのか、AI実装に向けて意味のあるデータが収集できているかも自分で考えました。
また、実際にインタビューやアンケートを行う中で、100の質問とかは答えてもらえないので、5〜10の質問に絞りました。そうすると、誰でも考えられるような質問になってしまうのではないか。質問を絞ったことで、100人答えたら100人同じ答えになってしまうのではないかなど、インタビューやアンケートの仮説を立てる議論も大変でしたね。
――富士通側としては、実証実験まで辿り着けた理由はどこにあるとお考えですか。
富士通・山影氏 : 最大の理由は、中林さんですね(笑)。ここまで作り上げようとする強い“WILL”を持って取り組んでくれました。スタートアップとしてはスピード感が命ですので、2カ月もプロジェクトが止まってしまったら「他のサービスも作るので、この辺でやめます」と言っても不思議ではありません。よく辛抱強く取り組んでいただいたと思います(笑)。
富士通としても、糸島市での実証実験を他のサービスで適用させていくという、研究的要素も強くありました。この難易度の高い取り組みを、一緒に走っていただけたと感謝しています。
――中林さんの強い意思は、富士通さんのAI技術がWOW Uに絶対に必要だという思いがあったからですか。
EXest・中林氏 : WOW Uはマッチングと、メディアの立ち上げ、別軸で走り続ける必要があります。さらに、プラットフォームなので、ガイドする通訳案内士も、お客さんとなる外国人観光客も集めなければならない。だからこそ、まずはメディアを立ち上げて人を集めるようにしたんです。
富士通さんとお互いの情報をすり合わせて、必要な要件を決める過程で、それぞれの思いがぶつかることもありました。それでも一緒に議論を重ねることができたのは、AIによるレコメンドによって、ガイドとお客さんのマッチングが最適化されるという確信があったからです。また、資金調達も済んでおり、その資金を活用し、メディア事業をどう進めるかという目の前の課題があったことも良かった。
全てのリソースを全く新しいAI事業につぎ込むのではなく、既存授業を進めならアドオンで進めることができたのはとても大きかったです。それができたのは、富士通さんのご協力、そして何より、中尾さんも山影さんも、親身になって対応してくれたからこそだと思います。
富士通・中尾氏 : こちらとしては、海外のインタビュー先も紹介していただけた。海外の情報収集は難しい中で、それが実現できたのは大変助かりました。
――中林さんにとって、富士通のアクセラレータプログラムの良さはどこにあるとお考えですか。
EXest・中林氏 : 大企業の方と色々と話す機会は多い方なので、「やろう!やろう!」と盛り上がって結局何も進展しない…ということには慣れています(笑)。その中で、富士通のプログラムは、週一のミーティングがあって、一緒に取り組んでいただけたのは非常にありがたいですね。前に進もうという姿勢が、富士通さんからいつも伝わってきました。
もちろん、技術だって凄い。私たちがイチから開発したら、1年以上必要ですよね。しかも、私たちだけでは考えられませんよ。嗜好探索型AIで、レコメンド機能を付けようなんて(笑)。
▲今回の実証実験のイメージ図。インプットした各種データを富士通独自のAI技術で解析し、レコメンドを行う。
AIの可能性は、アイデア一つでさらに広がる。
――実証実験を行なって行く中で、今後実現したい世界観はありますか。
富士通・中尾氏 : 糸島市でやってきたことは、ニッチな情報をつなげていくことで、情報格差をなくすという可能性を秘めていました。そして、この技術を突き詰めて、世界の貧困までなくしていくような世界観を描いています。世界の人々にリーチしていくこれからの実証実験で、世界とコアな日本の魅力をいかにつなげるかを考え、目指すゴールに一歩でも近付きたいですね。
富士通・山影氏 : 実証実験の結果から、どうビジネス化していくかが大切だと考えています。「富士通だけでもできるのでは?」と思われるかもしれませんが、スタートアップと組むことで発想力が飛躍的に向上します。糸島市のAI技術を海外向けインバウンドに使うといったアイデアは、社内にはありませんでしたから。
EXest・中林氏 : ネットで検索できない情報を届けて、人と人を繋げていきたいですね。ネット検索だと、すでに知っているワードでしか探すことができません。そうした人々に対してレコメンドでしっかりと情報を発信して行きます。将来的には「ガイドしてくれたあの人にもう一度会いたい」と、日本だけでなく人にも親しみを覚えてもらえるサービスの世界観を作っていきたいですね。
――その世界観を、より具体的にお聞かせください。
EXest・中林氏 : 私は日本を海外の方々にとって“第五の故郷”にしたいんです。第一が生まれ故郷、第二が育った場所、第三が親元を離れた先、第四がパートナーの故郷。そして、第五が年に一回は帰りたい、行きたいと思える場所。
――そこはキレイな景色やおいしいご飯があるからではなく、“あの人”に会いに行きたいという、人との繋がりがある場所なんです。旅行が終わって「はい、さよなら」ではなく、そこから続いていく人との繋がりですね。
現在は、スポット単体だけのレコメンド機能を検討していますが、そこからガイドなどの人と人をマッチングさせるレコメンドや、旅行そのものがどうすれば最適化するのかエリアとエリアを組み合わせた提案ができるレコメンドも考えています。実証実験の期間は3月までですが、その後も継続していきたいですね。
――最後に、プログラム参加を考えているスタートアップに向けてコメントをお願いします。
富士通・山影氏 : 富士通からは最先端の技術を提供できますので、技術の使い方の幅を広げるようなアイデアをこれからも求めています。切れ味鋭い技術もたくさんあるので、そんな技術でチャレンジしたいと思っているスタートアップにはぜひご応募ください。私自身、研究や実証実験から、製品・サービスに落とし込む部分の大変さを痛感しています。ぜひ、お互い刺激し合いながら、新しい価値を創っていきましょう。
EXest・中林氏 : 富士通さんの凄いところは、技術はもちろんのこと、今回の実証実験の情報発信にしても、私がリーチできないメディアに発信でき、プロモーションも大きな動きが取れます。やりたいこと、ゴールが見えてればスケジュールも詰めていけますし、動かしたいと思う部分はこちらからアプローチできるいいプログラムです。
さまざまなアクセラレータプログラムに参加することも大切ですが、こちら側もリソースを割かなければなりません。それなら、自分たちと世界観を共有できそうなプログラムを見つけて、腰を据えて取り組んでいった方が、今回のようにプロジェクトが前進していくと思います。
取材後記
今回の取材で印象的だったのは、「富士通の糸島市のプロジェクトにあったAIレコメンド機能があれば、うちのサービスがより良くなる」というEXest・中林氏の強い意思だ。それが今回の共創プロジェクトの原動力になり、大企業である富士通を動かした好例と言える。現在、実証実験の真っ只中であるが、どのような成果を導き出せるのか。今後の展開にも目が離せない。
(構成・取材・文:眞田幸剛、撮影:加藤武俊)