消費者の行動変容を促す「カーボンフットプリント」は、なぜカーボンニュートラル達成のために重要なのか
パリ協定で定められた「世界の気温上昇を産業革命前に比べ1.5度までに抑える」を達成するための指標として、先進国では「2050年までにCO2排出量をゼロにする」ことが目標になっています。これがいわゆるカーボンニュートラルですが、日本でも段階的な目標として2030年までにCO2排出量を46%削減することを目指しています。TOMORUBAの連載「カーボンニュートラル達成への道」では、各業界がどのように脱炭素に向けた取り組みをしているのか追いかけていきます。
今回ピックアップする話題は「カーボンフットプリント」です。この取り組みはビジネスサイドだけでなく、一般の消費者の態度変容を促す施策としても期待されています。影響範囲は広く、カーボンフットプリントと全く無関係という人はほとんどいないため、カーボンニュートラル達成のためには多くの人が知っておくべき知識と言えます。
カーボンフットプリントは商品が生涯に排出する温室効果ガスを可視化する仕組み
カーボンフットプリントについて、経済産業省の資料では以下のように定義しています。
要するに、カーボンフットプリントとは商品が生涯に排出する温室効果ガスを可視化する仕組みと言えます。
カーボンフットプリントを推進する目的は、事業者と消費者の間でCO2排出量を「見える化」し、「見える化」した情報を用いて消費者がより低炭素な消費生活へスイッチすることです。
カーボンニュートラル達成に向けたカーボンフットプリントの立ち位置
カーボンフットプリントは前述したように、これまで事業者と消費者の間でCO2排出量などの情報を共有することで消費行動を変容させるための取り組みでしたが、近年では政府がカーボンニュートラル達成のためにカーボンフットプリントは重要な施策であると位置付けています。
経済産業省は「第1回 サプライチェーン全体でのカーボンニュートラルに向けたカーボンフットプリントの算定・検証等に関する検討会」の第1回を2022年9月、第2回を10月にそれぞれ開催しています。開催に至る背景は3つあります。
●カーボンニュートラルを実現するためには、個々の企業の取組のみならず、サプライチェーン全体での温室効果ガスの排出削減を進めていく必要があるが、そのためには、脱炭素・低炭素製品(グリーン製品)が選択されるような市場を創り出していく必要があり、その基盤として製品単位のカーボンフットプリントを⾒える化する仕組みが不可⽋。
●企業が⾦融市場等の様々なステイクホルダーから求められているサプライチェーン全体における排出量の⾒える化に対応するため、製品のカーボンフットプリントを求める動きが広がりつつある。
●炭素国境調整措置(CBAM)、EUバッテリー規制等やFirst Movers Coalition(FMC)のようなグローバル企業によるグリーン製品の調達⾏動など、カーボンフットプリントに着⽬した国際イニシアチブが動き出しており、我が国産業の国際競争⼒の維持・強化のためにも、カーボンフットプリントの⾒える化・削減を促す必要がある。
引用:本検討会の⽬的と進め⽅
要するに、大きくわけて「カーボンフットプリントの基盤を作ること」「ステークホルダー向けの動き」「グローバル基準に足並みを揃えること」が背景にあります。
この背景を踏まえて、検討会では「カーボンフットプリントの算定・検証方法をどうするか」「カーボンフットプリントを活用してグリーン製品が優先的に調達されるための仕組みをどう作るか」が議論されました。
議論の結果アウトプットとして、「CO2可視化フレームワーク」「CFPガイドライン骨子案」「CFPレポート骨子案」がそれぞれ策定されました。
参照ページ:第1回 サプライチェーン全体でのカーボンニュートラルに向けたカーボンフットプリントの算定・検証等に関する検討会
参照ページ:第2回 サプライチェーン全体でのカーボンニュートラルに向けたカーボンフットプリントの算定・検証等に関する検討会
事業者にとってのカーボンフットプリント
政府、事業者、消費者が関わっているカーボンフットプリントですが、この中で最も重要なプレイヤーは実際にカーボンフットプリントを算定・表示する事業者でしょう。下図のように、製品のライフサイクルそれぞれの段階において排出されるCO2を算出する必要があるため、カーボンフットプリントを表示するには相応のハードルがあります。
出典:初心者のためのCFP
日本ハムの定番商品である『森の薫り』シリーズでは2010年からカーボンフットプリント・マークを表示しています。ライフサイクルを「原料調達」「生産」「流通」「使用・維持管理」「廃棄・リサイクル」の5段階に分けて算出しており、事業者におけるカーボンフットプリントの模範的な事例と言えます。
出典:ライフサイクルアセスメントの実施|気候変動|日本ハム株式会社
【編集後記】カーボンフットプリント導入製品が増えてからが本番
事例として紹介した日本ハム『森の薫り』シリーズは長らくカーボンフットプリント・マークを表示していますが、私たちの普段の買い物でこのマークを目にすることはあまりありません。比較対象になる製品がなければ、CO2排出量が表示されていてもそれが多いのか少ないのか判断できないので、より多くの製品がカーボンフットプリントを導入して初めて、この施策の進化が問われるのではないでしょうか。
(TOMORUBA編集部 久野太一)
■連載一覧
第1回:地球の持続可能性を占うカーボンニュートラル達成への道。各国の目標や関連分野などの基礎知識
第2回:カーボンニュートラルに「全力チャレンジ」する自動車業界のマイルストーンとイノベーションの種
第3回:もう改善余地がない?カーボンニュートラル達成のために産業部門に課された高いハードルとは
第4回:カーボンニュートラル実現のために、家庭や業務はどう変わる?キーワードは省エネ・エネルギー転換・データ駆動型社会
第5回:圧倒的なCO2排出量かつ電力構成比トップの火力発電。カーボンニュートラルに向けた戦略とは
第6回:カーボンニュートラルに向けた原子力をめぐる政策と、日本独自の事情を加味した落とし所とは
第7回:カーボンニュートラルに欠かせない再生可能エネルギー。国内で主軸になる二つの発電方法
第8回:必ずCO2を排出してしまうコンクリート・セメントを代替する「カーボンネガティブコンクリート」とは?
第9回:ポテンシャルの高い洋上風力発電がヨーロッパで主流でも日本で出遅れている理由は?
第10回:成長スピードが課題。太陽光・風力発電の効果を最大化する「蓄電池」の現状とは
第11回:ロシアのエネルギー資源と経済制裁はカーボンニュートラルにどのような影響を与えるか?
第12回:水素燃料電池車(FCV)は“失敗”ではなく急成長中!水素バス・水素電車はどのように社会実装が進んでいる?
第13回:国内CO2排出量の14%を占める鉄鋼業。カーボンニュートラル実現に向けた課題と期待の新技術「COURSE50」とは
第14回:プラスチックのリサイクルで出遅れる日本。知られていない国内基準と国際基準の違いとは
第15回:カーボンニュートラルを実現したらガス業界はどうなる?ガス業界が描く3つのシナリオとは
第16回:実は世界3位の地熱発電資源を保有する日本!優秀なベースロード電源としてのポテンシャルとは
第17回:牛の“げっぷ”が畜産で最大の課題。CO2の28倍の温室効果を持つメタン削減の道筋は?
第18回:回収したCO2を資源にする「メタネーション」が火力発電やガス業界に与える影響は?
第19回:カーボンニュートラル達成に向け、なぜ「政策」が重要なのか?米・独・英の特徴的な政策とは【各国の政策:前編】
第20回:カーボンニュートラル達成に向け、なぜ「政策」が重要なのか?仏・中・ポーランドの特徴的な政策とは【各国の政策:後編】
第21回:海水をCO2回収タンクにする「海のカーボンニュートラル」の新技術とは?
第22回:ビル・ゲイツ氏が提唱する「グリーンプレミアム」とは?カーボンニュートラルを理解するための重要な指標
第23回:内閣府が初公表し注目される、環境対策を考慮した「グリーンGDP」はGDPに代わる指標となるか?
第24回:カーボンニュートラルの「知財」はなぜ重要か?日本が知財競争力1位となった4分野とは
第25回:再エネ資源の宝庫であるアフリカ。カーボンニュートラルの現状とポテンシャルは?
第26回:「ゼロ・エミッション火力プラント」の巨大なインパクト。圧倒的なCO2排出を占める火力発電をどうやって“ゼロ”にするのか?