水素燃料電池車(FCV)は“失敗”ではなく急成長中!水素バス・水素電車はどのように社会実装が進んでいる?
パリ協定で定められた「世界の気温上昇を産業革命前に比べ1.5度までに抑える」を達成するための指標として、先進国では「2050年までにCO2排出量をゼロにする」ことが目標になっています。これがいわゆるカーボンニュートラルですが、日本でも段階的な目標として2030年までにCO2排出量を46%削減することを目指しています。TOMORUBAの連載「カーボンニュートラル達成への道」では、各業界がどのように脱炭素に向けた取り組みをしているのか追いかけていきます。
今回は、CO2を排出しない技術として長らく注目されている水素燃料電池車の現状を整理します。競合の技術にあたるハイブリッド車などは乗用車向けに普及が進んでいる印象ですが、水素燃料電池車はここ数年では、バスや電車といった公共交通機関への採用が増えてきています。
そこにはどういった理由があり、今後どのようなロードマップを経て社会実装が進められていくのでしょうか。
水素燃料電池車(FCV)の世界市場は2035年度に7.7兆円超え
水素燃料電池車(FCV)は市場としては「燃料電池システム」に含まれます。富士経済が2022年2月に発表したレポートによると、燃料電池システムの市場規模は2021年度見込で3,734億円となっていて、2035年度の予測では12兆円を超える試算となっており、実に2020年度比で46.7倍という急成長が見込まれています。
燃料電池システムの成長を牽引すると期待されているのはFCV分野です。FCVの市場規模だけでも2035年度予測で7.7兆円を超える見込みで、2020年度比では138倍となっています。
棲み分けが進む「EV領域」「HV・PHV領域」「FCV領域」
運輸部門のカーボンニュートラル達成に向けて、特に責任が大きい自動車業界はクリーンなエネルギーを利用した自動車へ速やかに移行することが求められています。
業界団体『日本自動車工業会(JAMA)』は、2050年カーボンニュートラルに向けた課題と取組みと題したレポートでカーボンニュートラルに「全力でチャレンジする」と宣言しています。
大きなマイルストーンとして「2035年に新⾞販売で電動⾞100%を⽬指す」ことを掲げていますが、「EV領域」「HV・PHV領域」「FCV領域」それぞれの技術で活用シーンを棲み分けています。
走行距離が短く、車両サイズが小さいものは電気を燃料にした「EV領域」が担い、走行距離が長く、車両サイズが大きいものは水素を燃料とした「FCV領域」が担う計画です。両者の中間にあたる乗用車は「HV・PHV領域」がカバーします。
水素を燃料とした乗用車はこれまでトヨタ、ホンダ、ヒュンダイ、メルセデス・ベンツなどが販売していますが、水素ステーションの普及や水素のコスト高を理由に普及しませんでした。ただ、FCVの乗用車が失敗したからといって水素燃料電池が技術的に優れていることは変わっていません。用途を路線バスや電車などに絞ることで効率的に活用されることが期待されています。
水素バスは社会実装済み。JR東日本による水素電車は3月から試験運行
FCVが乗用車として普及しなかった原因は前述のとおりですが、反対にFCVのメリットは補給に時間がかからないことや航続距離がEVよりも長いことです。
これらのメリット・デメリットを加味すると、決まったルートを走行する路線バスや電車といった用途はFCVとの相性や良いことがわかります。
すでに、JR東日本ではトヨタと連携してFCVの路線バス「JR竹芝 水素シャトルバス」を2020年10月から都内で稼働させています。
また、同じくJR東日本は2022年2月に水素で走行する電車を公開しました。同年3月下旬から1年以上かけて、神奈川県内を走る鶴見線と南武線の一部区間で乗客を乗せない形で試験的に運行。2030年の実用化を目指しています。
【編集後記】水素エコノミーはベンチャーにとってもチャンス
FCVの研究開発だけにフォーカスすると水素関連ビジネスはベンチャーにとって参入障壁が高そうですが、水素ステーションを軸にした経済圏まで視野を広げるとチャンスは多そうです。
単純な発想ですが、水素ステーションがあればその燃料を利用してビジネスを展開することでCO2を排出しない事業が立ち上げられます。水素の用途が増えれば水素のコストも下がっていくはずです。
(TOMORUBA編集部 久野太一)
■連載一覧
第1回:地球の持続可能性を占うカーボンニュートラル達成への道。各国の目標や関連分野などの基礎知識
第2回:カーボンニュートラルに「全力チャレンジ」する自動車業界のマイルストーンとイノベーションの種
第3回:もう改善余地がない?カーボンニュートラル達成のために産業部門に課された高いハードルとは
第4回:カーボンニュートラル実現のために、家庭や業務はどう変わる?キーワードは省エネ・エネルギー転換・データ駆動型社会
第5回:圧倒的なCO2排出量かつ電力構成比トップの火力発電。カーボンニュートラルに向けた戦略とは
第6回:カーボンニュートラルに向けた原子力をめぐる政策と、日本独自の事情を加味した落とし所とは
第7回:カーボンニュートラルに欠かせない再生可能エネルギー。国内で主軸になる二つの発電方法
第8回:必ずCO2を排出してしまうコンクリート・セメントを代替する「カーボンネガティブコンクリート」とは?
第9回:ポテンシャルの高い洋上風力発電がヨーロッパで主流でも日本で出遅れている理由は?