カーボンニュートラルの「知財」はなぜ重要か?日本が知財競争力1位となった4分野とは
パリ協定で定められた「世界の気温上昇を産業革命前に比べ1.5度までに抑える」を達成するための指標として、先進国では「2050年までにCO2排出量をゼロにする」ことが目標になっています。これがいわゆるカーボンニュートラルですが、日本でも段階的な目標として2030年までにCO2排出量を46%削減することを目指しています。TOMORUBAの連載「カーボンニュートラル達成への道」では、各業界がどのように脱炭素に向けた取り組みをしているのか追いかけていきます。
今回はカーボンニュートラルにおける「知財」がテーマです。カーボンニュートラルを達成するための前提として、多くのイノベーションを起こす必要がありますが、イノベーションと知財は表裏一体となっており重要なものです。
知財とはそもそもなんのためにあるのか、また日本国内のカーボンニュートラルにおける知財の現在地はどのようなものか、解説していきます。
知財の持つ役割と、これからの知財戦略
はじめに、知的財産権(知財権)とはどのようなものか簡単におさらいしてみましょう。知財権は知的活動によって生み出された技術的なアイデア(発明)や創作物など、財産的な価値を持つものを総称したものです。特許庁のサイトでは以下のように説明されています。
知的財産権のうち、特許権、実用新案権、意匠権及び商標権の4つを「産業財産権」といい、特許庁が所管しています。
産業財産権制度は、新しい技術、新しいデザイン、ネーミングやロゴマークなどについて独占権を与え、模倣防止のために保護し、研究開発へのインセンティブを付与したり、取引上の信用を維持したりすることによって、産業の発展を図ることを目的にしています。
これらの権利を取得することによって、一定期間、新しい技術などを独占的に実施(使用)することができます。
つまり、仮にイノベーションが生まれたとしても知財権を適切に管理しなければ他社による模倣を防いだり、ライセンスによる利益を得たりすることが難しくなります。
近年では知財権とイノベーションをとりまく環境は複雑さを増しており、クローズドイノベーションであるかオープンイノベーションであるかなどによって知財権の扱いは異なってきます。
これからの知財戦略のスコープは「将来構想」であり、データやノウハウを含む幅広い知財戦略が新事業創造等まで強く影響を及ぼすことが期待されています。
参考記事:「共創の知財戦略」実践のポイントとは?ーー特許庁『新事業創造に資する知財戦略事例集』を紐解く
カーボンニュートラルに向けた「グリーン成長戦略」の14分野
日本政府は2050年カーボンニュートラル達成を目標としており、温暖化対応を成長の機会と捉えて企業の挑戦を後押しする産業政策「グリーン成長戦略」を打ち出しています。グリーン成長戦略は「産業の成長が期待できる」なおかつ「温暖化防止の観点から不可欠」な14の重要分野を設定しています。
出典:カーボンニュートラルに向けた産業政策“グリーン成長戦略”とは?
具体的には以下の14分野となっています。
1.洋上風力産業
2.燃料アンモニア産業
3.水素産業
4.原子力産業
5.自動車・蓄電池産業
6.半導体情報通信産業
7.船舶産業
8.物流・人流・土木インフラ産業
9.食糧・農林水産業
10.航空機産業
11.カーボンリサイクル産業
12.住宅・建築物/次世代型太陽光産業
13.資源循環関連産業
14.ライフスタイル関連産業
つまり、今後カーボンニュートラルに向けてこれらの産業が大きく成長する必要がありますが、そのためには知財を適切に管理しなくてはならないのです。
世界をリードする国内の「カーボンニュートラルにおける知財」
エネルギー庁ではグリーン成長戦略で設定された14分野について、日本の知財競争力がどの程度なのかを主要7カ国・地域(米国、中国、韓国、台湾、英国、ドイツ、フランス)と比較したデータを公開しています。
知財競争力を評価するには知財を持っている数だけでなく「その知財を自社が持っていることで、ほかの企業が類似のモノをつくることを防げたか」などの視点が重要になります。具体的には下記のようなポイントを評価の対象にしています。
・各分野の特許数
・特許への注目度(他社閲覧回数、情報提供回数など)
・特許の排他性(他社拒絶査定引用回数、無効審判請求回数など)
これらを評価し、それぞれの特許の残存年数(あと何年権利が認められるかの年数)をかけあわせて順位づけをしたものが下図になります。
14分野のうち、「水素」「自動車・蓄電池」「半導体・情報通信」「食糧・農林水産」の4分野で日本は1位となっています。日本以外で優秀な結果となったのは、6分野で1位となった中国、3分野で1位となった米国です。
この結果から、日本は主要国の中でもトップクラスの知財競争力を保有していることがわかります。
【編集後記】自動車関連が強い日本
14の分野のうち4分野で日本は知財競争力1位となっていますが、各分野の内訳を見ると面白いです。なかでも「水素」「自動車・蓄電池」の分野では日本は抜きん出た1位となっていますが、水素分野ではトヨタ自動車のトータルパテントアセットが圧倒的な強さを誇っています。また、自動車・蓄電池分野でも特許出願しているのは自動車メーカーが上位を占めており、自動車産業の強い日本の特徴が知財競争力でも顕著にあらわれているという興味深い結果になっています。
(TOMORUBA編集部 久野太一)
■連載一覧
第1回:地球の持続可能性を占うカーボンニュートラル達成への道。各国の目標や関連分野などの基礎知識
第2回:カーボンニュートラルに「全力チャレンジ」する自動車業界のマイルストーンとイノベーションの種
第3回:もう改善余地がない?カーボンニュートラル達成のために産業部門に課された高いハードルとは
第4回:カーボンニュートラル実現のために、家庭や業務はどう変わる?キーワードは省エネ・エネルギー転換・データ駆動型社会
第5回:圧倒的なCO2排出量かつ電力構成比トップの火力発電。カーボンニュートラルに向けた戦略とは
第6回:カーボンニュートラルに向けた原子力をめぐる政策と、日本独自の事情を加味した落とし所とは
第7回:カーボンニュートラルに欠かせない再生可能エネルギー。国内で主軸になる二つの発電方法
第8回:必ずCO2を排出してしまうコンクリート・セメントを代替する「カーボンネガティブコンクリート」とは?
第9回:ポテンシャルの高い洋上風力発電がヨーロッパで主流でも日本で出遅れている理由は?
第10回:成長スピードが課題。太陽光・風力発電の効果を最大化する「蓄電池」の現状とは
第11回:ロシアのエネルギー資源と経済制裁はカーボンニュートラルにどのような影響を与えるか?
第12回:水素燃料電池車(FCV)は“失敗”ではなく急成長中!水素バス・水素電車はどのように社会実装が進んでいる?
第13回:国内CO2排出量の14%を占める鉄鋼業。カーボンニュートラル実現に向けた課題と期待の新技術「COURSE50」とは
第14回:プラスチックのリサイクルで出遅れる日本。知られていない国内基準と国際基準の違いとは
第15回:カーボンニュートラルを実現したらガス業界はどうなる?ガス業界が描く3つのシナリオとは
第16回:実は世界3位の地熱発電資源を保有する日本!優秀なベースロード電源としてのポテンシャルとは
第17回:牛の“げっぷ”が畜産で最大の課題。CO2の28倍の温室効果を持つメタン削減の道筋は?
第18回:回収したCO2を資源にする「メタネーション」が火力発電やガス業界に与える影響は?
第19回:カーボンニュートラル達成に向け、なぜ「政策」が重要なのか?米・独・英の特徴的な政策とは【各国の政策:前編】
第20回:カーボンニュートラル達成に向け、なぜ「政策」が重要なのか?仏・中・ポーランドの特徴的な政策とは【各国の政策:後編】
第21回:海水をCO2回収タンクにする「海のカーボンニュートラル」の新技術とは?