「共創の知財戦略」実践のポイントとは?ーー特許庁『新事業創造に資する知財戦略事例集』を紐解く
2020年6月、オープンイノベーションに特化した契約書の雛形「モデル契約書Ver1.0」(※)を公開した特許庁。――スタートアップや中小企業、大企業、さらには大学など、オープンイノベーションに関わる多様なプレイヤーにまたがる課題に対して、積極的に情報発信を続けてきた同庁は、2021年4月に『新事業創造に資する知財戦略事例集 〜「共創の知財戦略」実践に向けた取り組みと課題〜』を公開した。
従来、知財戦略とは、既存事業の枠組の中において、自社の知財権による参入障壁の構築や、他社知財のクリアランス調査など「競争の知財戦略」が求められてきた。しかし近年では、新事業創造のために、アイデア創出、事業構想の段階での知財戦略の実践など、「競争」だけではなく「共創(Co-creation)の知財戦略」が求められている。
このような背景の中、本事例集は、知財戦略の転換期に経営層・新事業開発・知財それぞれの立場が直面した「悩みや課題」、各社担当者が実際に取り組む中での気づきやその内容、改めてわかった知財部員の強み、想定どおりとはならなかった失敗事例などを解説。
特に、大企業の新事業創出に資する知財戦略について調査を行い、国内外12社以上の事例がまとめられている。今回、TOMORUBAでは本事例集を抜粋しながら、「共創の知財戦略」に関するポイントを紹介していきたい。
※関連記事:
【OIモデル契約書 VOL.1】仕掛け人に聞く 特許庁インタビュー
【OIモデル契約書 VOL.2】活用のポイントと解説<前編:秘密保持契約書とPoC契約書>
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これからの知財戦略のスコープは「将来構想」
事例集の前段として紹介されているのが、知財戦略に対する経営の期待だ。従来、主流とされてきた知財戦略は既存の事業活動(既存事業高度化)に留まっており、知財権による参入障壁の構築や知財クリアランスがメインだった。
一方、これからの知財戦略のスコープは「将来構想」であり、データやノウハウを含む幅広い知財戦略が新事業創造等まで強く影響を及ぼすことが期待されている。
このような期待に反して、多くの企業において、特許や商標の出願・権利化や知財係争リスクの最小化といった、既存事業を高度化するための知財活動の比重が高い状況が続いている。
オープン&クローズの推進や戦略企画機能の充実、データの利活用といった新事業創造等の活動につながる知財活動は、実施度・重要度ともに低いのが現状だという。そうした状況をふまえ、事例集では、新事業創造に資する知財活動のために参考となる先進企業の事例も多数収録されている。
新事業創造における知財戦略の実戦への「アプローチ」・「環境整備」の事例
多くの企業において新事業創造における知財戦略は、新事業部門・知財部門の従来の役割を超えた越境的取り組みにより実践されている。具体的には、以下【A】〜【D】の「4つのアプローチ」に加え、企業風土・ビジョン/組織体制・ガバナンス/人材育成・確保などの「環境整備」により、実践されている。以下、どのような企業による事例が掲載されているか簡単に紹介していく。
<新事業部門主導型>
【A】新事業部門内での知財戦略の実行
新事業部門が、知財戦略を実践する機能を有する。知財部門は新事業部門内に所属したり、専門的な事項等について新事業部門と連携して共創の知財戦略の実践をサポート。
・機械メーカーA社事例:「必要な機能を傘下に集約したマーケティン本部による新事業創造」
・化学メーカーB社事例:「社会課題解決を強く意識する研究開発部門主導でのオープン&クローズ戦略の実践」
【B】新事業部門に知財部門の人材が参画し実行
知財部門の人材が、兼務や異動などを経て新事業部門にて知財戦略を実践。強い個の活動を中心として展開される。
・電機/ITメーカーC社事例:「新事業開発部門を兼任する知財部員による新事業創造の主導」
・大手電気機器メーカーD社事例:「知財部門経験を有する新事業開発部員による新事業創造の主導」
<知財部門主導型>
【C】知財部門がインテリジェンスと支援
知財部門は、新事業部門に対して知財分析の提供等、インテリジェンスとして機能。それを踏まえて新事業部門が共創の知財戦略の実践を担う。
・大手機械メーカーE社事例:「事業部門に密着する知財部員がインテリジェンスとして知財戦略の実践を支援」
【D】知財部門自らが新事業創造活動を実践
知財部門が新事業の事業開発において、主体的にプロジェクトマネジメント的な機能を発揮し、自ら事業開発機能(共創の知財戦略の策定から実践)を担う。
・通信事業者F社事例:「知財部員がスタートアップとの新事業共創を主導」
新事業創造に資する知財戦略の実践の事例
事例集では、知財戦略の実践上の課題を、【Ⅰ】「構想」段階、【Ⅱ】「設計」段階、【Ⅲ】「具体化」段階という3つのステップにカテゴライズ(以下図参照)。それぞれの段階における具体的な事例を解説している。
なお、事例集では、成功事例だけではなく、失敗事例も含めて解説している点が特徴的だ。以下、3つのステップにおいてどのような事例が解説されているのか簡単に紹介していく。
【Ⅰ】「構想」段階における課題・事例
・通信事業者F社事例:「異業種のスタートアップとの積極的連携を仕掛ける」
・大手製造業G社事例:「バリューチェーンを俯瞰し、自社サービス仮説を描くことにより新事業を構想」
・大手電気機器メーカーD社事例:「将来の社会像を徹底して妄想し、具体的な近未来を描く」
・大手機械メーカーE社事例:「知財分析を起点とした、破壊的イノベーションに対する仮説の提示」
・通信業界失敗事例:「既存の競合のみを意識し、業界外の企業の参入に対する備えが不足」
・機械メーカーP社失敗事例:「コア技術を考慮しなかったため「失敗から得るもの」すらわずかに」
・総合化学メーカーH社事例:「技術領域ごとのスペシャリストによる集中的な事業アイデア創発」
【Ⅱ】「設計」段階における課題・事例
・通信事業者F社事例:「知財分析等を活用したスタートアップに対する将来構想の策定支援」
・化学メーカーB社事例:「社会課題解決のため「競合他社」を巻き込んだソリューションを構想」
・化学メーカーB社事例:「オープン/クローズの基本方針を設定し、検討・合意形成を高度化」
・米国大手電機/ITメーカーI社事例:「事業の効率化・技術の効率化のそれぞれの視点でのアライアンスの実施」
・海外電気機器メーカーQ社失敗事例:「技術の効率化を目的とした連携相手と事業で競合し、連携が破綻」
・欧州ヘルスケア領域の電気機器メーカーJ社事例:「フレームワークの導入にっより、アライアンス戦略の構築を容易・迅速化」
・電機/ITメーカーK社事例:「CPS事業における知財部門の新たな役割等を模索」
・大手電気機器メーカーD社事例:「技術・知財・事業の観点での仮設設定・検証を短いサイクルで繰り返し実施」
【Ⅲ】「具体化」段階における課題・事例
・通信事業者F社事例:「連携したスタートアップに対する知財活動の支援」
・通信事業者F社事例:「連携したスタートアップに対する販路の支援」
・IT企業R社失敗事例:「スタートアップに方針を押し付けたことによりスタートアップが形骸化」
・大手製造業G社事例:「「ありたい姿」をビジュアル化し、意識レベルを広い部門間で共通化」
・食品メーカーL社事例:「イノベーションマネジメントシステムの導入による社内の目線合わせ」
・大手機械メーカーE社事例:「新規事業領域において自社の「魅力」を高める知財権の取得」
編集後記
本事例集の末尾には、参考資料として、オープンイノベーションに際してよく聞かれる悩みを分類した事例のインデックスや、これまで特許庁から発行された事例集も紹介されている。さらに、知財部門に関わらず、経営層や新事業部門の管理職や現場の”悩み”も網羅。オープンイノベーションを推進していく上で、大きな壁やハードルに直面した際に参考になるだろう。本記事で紹介した各社事例とあわせて、参照していただきたい。
※関連リンク:特許庁『新事業創造に資する知財戦略事例集 〜「共創の知財戦略」実践に向けた取り組みと課題〜』
(TOMORUBA編集部)