ビル・ゲイツ氏が提唱する「グリーンプレミアム」とは?カーボンニュートラルを理解するための重要な指標
パリ協定で定められた「世界の気温上昇を産業革命前に比べ1.5度までに抑える」を達成するための指標として、先進国では「2050年までにCO2排出量をゼロにする」ことが目標になっています。これがいわゆるカーボンニュートラルですが、日本でも段階的な目標として2030年までにCO2排出量を46%削減することを目指しています。TOMORUBAの連載「カーボンニュートラル達成への道」では、各業界がどのように脱炭素に向けた取り組みをしているのか追いかけていきます。
今回はカーボンニュートラルを考える上で重要になる新しい概念「グリーンプレミアム」について解説します。グリーンプレミアムを理解することで、太陽光発電や風力発電などの再生エネルギーが環境に良いことはわかっていても、急激に広まらない理由が見えてくるはずです。
グリーンプレミアムとは、クリーンな技術を選択するのに必要な「追加費用」
グリーンプレミアムとは、マイクロソフトの創業者でかつクリーンエネルギーの商業化を目指すブレークスルー・エナジーの創業者でもあるビル・ゲイツ氏が提唱している概念です。グリーンプレミアムはより多くの温室効果ガスを排出する技術よりも、クリーンな技術を選択するために必要な「追加費用」です。
例えば、牛ひき肉が100グラム100円だとして、植物由来のプラントひき肉が100グラム150円だとします。この50円の価格差には、食用の牛を育成する際に生じるメタンガスやCO2といった経済的・環境的なコストが換算されていません。
グリーンプレミアムの考え方は食品だけでなく様々な分野に利用できます。例えばセメントは日本のCO2排出の4%を占めるほどCO2排出の大きい素材として知られています。セメントの製造工程からCO2排出を完全になくす技術はまだありませんが、推定で既存のセメント1トンにかかるコストに追加して75〜175%のグリーンプレミアムが必要になると試算されています。
参照記事:必ずCO2を排出してしまうコンクリート・セメントを代替する「カーボンネガティブコンクリート」とは?
グリーンプレミアムが低ければ、すぐに導入するモチベーションにつながる
なぜ、グリーンプレミアムという指標が重要なのでしょうか。ブレークスルー・エナジーのホームページでは以下のように説明されています。
要するに、エネルギーにまつわるあらゆる商材にグリーンプレミアムを用いることで、「今すぐに使うべき新技術」が可視化されるメリットがあります。
発電を例にしてみましょう。これまでもっともコストパフォーマンスの良い発電方法は化石燃料による火力発電でしたが、技術の進歩によって再生エネルギーによる発電のコストは下がってきいます。
電源ごとの発電コストの指標として、安定した電力を送電するための系統接続や系統安定費用を含めた「総合コストの一部を考慮した発電コスト(LCOE)」がありますが、LCOEで比較をすると、火力や原子力のコストに太陽光や洋上風力のコストが近づいていることがわかります。
出典:電気の仕組み 電源別発電コスト|コラム|ニュース|株式会社コクホーシステム
このように、太陽光や洋上風力のグリーンプレミアムは低くなっているので、カーボンニュートラル達成のために積極的に活用していくべき技術であることが定量的に判断できます。
グリーンプレミアムの低下に期待がかかる新技術
グリーンプレミアムが低下して社会実装されることに期待がかかっている技術はいくつかあります。
ひとつは国内の産業のCO2排出の40%を占める鉄鋼業でのイノベーションの種として期待される、水素を用いた低炭素の鉄鋼技術「COURSE50」です。鉄鋼の工程において最もCO2排出が多いのは「高炉における鉄鉱石の還元工程」であり、全体の80%のCO2がこの工程で排出されます。「COURSE50」は高炉を電炉に置き換え、水素を用いることでCO2を排出する副産物を削減することができます。
参照記事:国内CO2排出量の14%を占める鉄鋼業。カーボンニュートラル実現に向けた課題と期待の新技術「COURSE50」とは
また、前述したとおり生成に大量のCO2を排出するセメントにもいくつかの新技術があります。
・セメントの製造工程で化学反応によって生まれる副産物の「高炉スラグ」にCO2を固定化して再利用する技術
・セメント工場内で排出されるCO2を分離・回収する設備
・副産物の高炉スラグを材料にして、実質CO2排出量をマイナスにする「カーボンネガティグコンクリート」
これらの新技術は実証段階ですが、グリーンプレミアムが低下すれば一気に社会実装に進むポテンシャルを秘めています。
【編集後記】いずれにしてもイノベーションが必須
グリーンプレミアムという指標はあくまでもカーボンニュートラル関連の新技術を社会実装するための指標です。そういった概念を提唱するビル・ゲイツ氏は現実主義者なのだと思います。新技術を開発するだけでなく、広く使われるようにならなければイノベーションとは呼べません。イノベーションの種はたくさんありますが、このうちどれだけがグリーンプレミアムを下げ、世の中に普及するのでしょうか。
(TOMORUBA編集部 久野太一)
■連載一覧
第1回:地球の持続可能性を占うカーボンニュートラル達成への道。各国の目標や関連分野などの基礎知識
第2回:カーボンニュートラルに「全力チャレンジ」する自動車業界のマイルストーンとイノベーションの種
第3回:もう改善余地がない?カーボンニュートラル達成のために産業部門に課された高いハードルとは
第4回:カーボンニュートラル実現のために、家庭や業務はどう変わる?キーワードは省エネ・エネルギー転換・データ駆動型社会
第5回:圧倒的なCO2排出量かつ電力構成比トップの火力発電。カーボンニュートラルに向けた戦略とは
第6回:カーボンニュートラルに向けた原子力をめぐる政策と、日本独自の事情を加味した落とし所とは
第7回:カーボンニュートラルに欠かせない再生可能エネルギー。国内で主軸になる二つの発電方法
第8回:必ずCO2を排出してしまうコンクリート・セメントを代替する「カーボンネガティブコンクリート」とは?
第9回:ポテンシャルの高い洋上風力発電がヨーロッパで主流でも日本で出遅れている理由は?
第10回:成長スピードが課題。太陽光・風力発電の効果を最大化する「蓄電池」の現状とは
第11回:ロシアのエネルギー資源と経済制裁はカーボンニュートラルにどのような影響を与えるか?
第12回:水素燃料電池車(FCV)は“失敗”ではなく急成長中!水素バス・水素電車はどのように社会実装が進んでいる?
第13回:国内CO2排出量の14%を占める鉄鋼業。カーボンニュートラル実現に向けた課題と期待の新技術「COURSE50」とは
第14回:プラスチックのリサイクルで出遅れる日本。知られていない国内基準と国際基準の違いとは
第15回:カーボンニュートラルを実現したらガス業界はどうなる?ガス業界が描く3つのシナリオとは
第16回:実は世界3位の地熱発電資源を保有する日本!優秀なベースロード電源としてのポテンシャルとは
第17回:牛の“げっぷ”が畜産で最大の課題。CO2の28倍の温室効果を持つメタン削減の道筋は?
第18回:回収したCO2を資源にする「メタネーション」が火力発電やガス業界に与える影響は?
第19回:カーボンニュートラル達成に向け、なぜ「政策」が重要なのか?米・独・英の特徴的な政策とは【各国の政策:前編】
第20回:カーボンニュートラル達成に向け、なぜ「政策」が重要なのか?仏・中・ポーランドの特徴的な政策とは【各国の政策:後編】