国内CO2排出量の14%を占める鉄鋼業。カーボンニュートラル実現に向けた課題と期待の新技術「COURSE50」とは
パリ協定で定められた「世界の気温上昇を産業革命前に比べ1.5度までに抑える」を達成するための指標として、先進国では「2050年までにCO2排出量をゼロにする」ことが目標になっています。これがいわゆるカーボンニュートラルですが、日本でも段階的な目標として2030年までにCO2排出量を46%削減することを目指しています。TOMORUBAの連載「カーボンニュートラル達成への道」では、各業界がどのように脱炭素に向けた取り組みをしているのか追いかけていきます。
今回は鋼鉄の製造におけるCO2排出の課題について取り上げます。製造業のなかでも特にCO2排出が多いのがプラスチック、コンクリート、そして鋼鉄ですが、当然カーボンニュートラルを目指す上でこれらの脱炭素化はネックになります。
生活する上で欠かせない鋼鉄をどのようにクリーン化させていくのか、現時点でのロードマップと、新たな技術について解説していきます。
鋼鉄の製造では3つの工程でCO2が生まれる
鋼鉄は自動車やインフラを中心に、さまざまなシーンで活用される素材です。鋼鉄の特徴は建設やインフラで鉄筋コンクリートが用いられることからもわかるように、強度の高さです。鉄だと強度が不十分でも、鉄に炭素を加えることで鋼鉄となり強度が増します。
ただし、鋼鉄を製造する際には大量のCO2を排出する問題点があります。一般的に、1トンの鋼鉄を製造するのに1.8トンものCO2が発生するのですが、主に3つの工程でCO2が発生します。
ひとつは工場を稼働させる際に利用する電気を化石燃料に頼っている場合にCO2が発生します。ふたつめは製造工程で加熱が必要な際、化石燃料で加熱することで発生するCO2です。鋼鉄を作るには鉄鉱石を加熱して酸素を分離させ、コークスから炭素を取り出しますが、その際に非常に高温(1700度程度)に加熱する必要があります。
みっつめは、実際に鋼鉄を作る際の化学反応で発生するCO2です。前述のように炭素と鉄を結びつけることで鋼鉄は生まれますが、その際に残った炭素は酸素と結びついて副産物としてCO2が排出されます。
鉄鋼業は産業部門のCO2排出の40%を占め、日本の粗鋼生産量は世界3位
日本の鉄鋼業がどのくらいのインパクトを持っているのかいくつかデータを紹介します。鉄鋼業のCO2排出量は2019年度で約1.55億トンあり、これは産業部門の40%であり、日本全体の14%を占めています。
出典:「トランジションファイナンス」に関する 鉄鋼分野における技術ロードマップ
世界全体で見ると、日本は中国、インドに次いで3番目の粗鋼生産量となっています。ただ、今後の見通しとしては2050年に28億トンになる予定(2019年は18.7億トン)で、生産量は増えていきます。世界的には生産量が増加傾向ですが、米国と日本は粗鋼生産量は横ばいの見込みとなっているので、中国に加えてインドやその他の発展途上国が鉄鋼業のメインのプレイヤーとなっていくでしょう。
出典:「トランジションファイナンス」に関する 鉄鋼分野における技術ロードマップ
ネックとなる高炉での工程。“水素”を用いて低炭素化する新技術「COURSE50」
ここで鉄鋼を製造する際にCO2が発生してしまう3つの工程をおさらいします。
1.工場で使う電力
2.材料を高温にして加工する際に燃やす化石燃料
3.鉄鋼を製造する際の化学反応の副産物
鉄鋼製造工程のうち、CO2排出量が多いのは「高炉における鉄鉱石の還元工程」で、全体の80%を占めています。上記の工程の2と3で高炉を利用します。
出典:「トランジションファイナンス」に関する 鉄鋼分野における技術ロードマップ
これらの3つを脱炭素・低炭素化する方法は様々ありますが、ざっくり大別すると以下のようになります。
1.工場で使う電力をクリーンなものにする
2.高炉を電炉に置き換える
3.水素を使った新技術「COURSE50」を活用する
1と2は脱化石燃料&電化なのでわかりやすいと思いますが、興味深いのは3です。
通常、鉄鉱石を加熱することで酸素を取り除き(還元)ます。加熱するために石炭を蒸し焼きにするのですが、その際にコークスという炭素が発生します。鉄鉱石から取り除かれた酸素と、コークスの炭素が結びつくことで、求められない副産物であるCO2が発生してしまうのです。
通常、高炉で発生する化学反応(出典:水素を使った革新的技術で鉄鋼業の低炭素化に挑戦)
水素を使った新技術「COURSE50」では、コークスの役割の一部を水素で代替させます。そうすることで、鉄鉱石から取り出された酸素は水素と結合するため副産物として水(H2O)が発生します。
コークスの役割を一部代替する水素(出典:水素を使った革新的技術で鉄鋼業の低炭素化に挑戦)
COURSE50が実用化すればCO2排出量を30%削減できるようになります。COURSE50は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託研究開発プロジェクト「環境調和型製鉄プロセス技術開発」として、2030年頃までに技術を確立し、2050年までの実用化・普及を目指すとのことです。
参照ページ:水素を使った革新的技術で鉄鋼業の低炭素化に挑戦
参照ページ:テクノロジー | COURSE50 | 一般社団法人 日本鉄鋼連盟
【編集後記】高品質な高炉開発技術を持つ日本はチャンス
日本は高品質な高炉を開発する技術で世界をリードしています。本文でも述べたように鉄鋼業は巨大産業であると同時に急成長分野ですので、COURSE50などの新技術を先んじて開発できれば輸出で成功できるチャンスになりそうです。
日本は原子力発電所の建設技術でも輸出のポテンシャルを秘めているので、円安が続いて輸入産業が悲鳴をあげているなか、技術の輸出に注目が集まるかもしれません。
(TOMORUBA編集部 久野太一)
■連載一覧
第1回:地球の持続可能性を占うカーボンニュートラル達成への道。各国の目標や関連分野などの基礎知識
第2回:カーボンニュートラルに「全力チャレンジ」する自動車業界のマイルストーンとイノベーションの種
第3回:もう改善余地がない?カーボンニュートラル達成のために産業部門に課された高いハードルとは
第4回:カーボンニュートラル実現のために、家庭や業務はどう変わる?キーワードは省エネ・エネルギー転換・データ駆動型社会
第5回:圧倒的なCO2排出量かつ電力構成比トップの火力発電。カーボンニュートラルに向けた戦略とは
第6回:カーボンニュートラルに向けた原子力をめぐる政策と、日本独自の事情を加味した落とし所とは
第7回:カーボンニュートラルに欠かせない再生可能エネルギー。国内で主軸になる二つの発電方法
第8回:必ずCO2を排出してしまうコンクリート・セメントを代替する「カーボンネガティブコンクリート」とは?
第9回:ポテンシャルの高い洋上風力発電がヨーロッパで主流でも日本で出遅れている理由は?
第10回:成長スピードが課題。太陽光・風力発電の効果を最大化する「蓄電池」の現状とは