「ゼロ・エミッション火力プラント」の巨大なインパクト。圧倒的なCO2排出を占める火力発電をどうやって“ゼロ”にするのか?
パリ協定で定められた「世界の気温上昇を産業革命前に比べ1.5度までに抑える」を達成するための指標として、先進国では「2050年までにCO2排出量をゼロにする」ことが目標になっています。これがいわゆるカーボンニュートラルですが、日本でも段階的な目標として2030年までにCO2排出量を46%削減することを目指しています。TOMORUBAの連載「カーボンニュートラル達成への道」では、各業界がどのように脱炭素に向けた取り組みをしているのか追いかけていきます。
今回注目するのは「ゼロ・エミッション火力プラント」です。ゼロ・エミッションは直訳すると「排出ゼロ」となりますが、何かしらの燃料を燃やすことが前提である火力発電において排出ゼロは可能なのでしょうか。その技術と今後の展望に迫ります。
電力構成の7割を占める火力発電がカーボンニュートラル達成への最大の課題
ゼロ・エミッション火力プラントの説明をする前に、火力発電をとりまく課題を振り返ってみましょう。環境省のホームページによると、2019年度の日本国内の発電量の電源別の構成はLNG37.1%、石炭31.8%、石油等6.8%、新エネ等10.3%、水力7.8%、原子力6.2%となっています。
このうちLNG、石炭、石油等は火力発電の燃料ですから、火力発電は発電量の7割超を担っていることがわかります。
国内において、発電によるCO2排出量は全体の4割を占めています。さらに、発電によるCO2排出量を電源別に見てみると、下図のとおり火力による排出が圧倒的に多いことが見て取れます。
「S+3E」を維持しながら、エネルギーを移行していくためにゼロ・エミッション火力プラントが重要
発電はCO2排出が少なければ良いとは一概に言えません。一般的に、電源には「S+3E(安全性+エネルギーの安定供給、経済効率性、環境への適合)をバランスよく維持することが良いとされています。
そういった意味では、火力発電はCO2排出が多い一方、天候や時間に左右されずに安定して安価な電力を供給できる大きなメリットがあります。ですから、2050年のカーボンニュートラル達成までに求められるのは、S+3Eを追求しながらエネルギーの移行(トランジション)をバランスよく進めることなのです。
この場合、トランジションとはCO2排出の多い火力発電をクリーンな発電方法に移行することを指します。
本記事の本題となっている「ゼロ・エミッション火力プラント」とは、いくつかの新技術を活用した燃料によって、CO2排出がグロスでゼロとなる火力発電のことです。要するに、ゼロ・エミッション火力プラントは既存の火力発電の機能はそのままに燃料をクリーンな素材に変えることで、トランジションの選択肢のひとつとなり得るのです。
ゼロ・エミッション火力プラントを実現する燃料・技術
ゼロ・エミッション火力プラントを実現するためにはクリーンな燃料が必要になります。現時点で、有力な燃料や技術がいくつかあります。
水素
自動車にも利用できるクリーンな燃料としてすでに実用化されている水素は、ゼロ・エミッション火力プラントの新しい燃料としても期待されています。水素は水を電子分解することで調達できることや、天然ガスと混ぜ合わせて燃料とすることも可能なため、ゼロ・エミッション火力プラントを実現する有力な手段となり得ます。
燃料アンモニア
これまでそのほとんどが肥料用途だったアンモニアは、発電の燃料としてゼロ・エミッション火力プラントに貢献することが期待されています。アンモニアは燃焼してもCO2を排出しない特徴があり、アンモニア単体を燃料にする研究が進んでいます。また、アンモニアを石炭火力発電に混ぜることでCO2排出を大幅に減らすことが可能です。アンモニアは生産・運搬・保存の方法が確立されていることや、国内で消費されるアンモニアの8割が国産であることなど、さまざまな側面からも利点の多い燃料と言えます。
CCS・CCUS
CCSは火力発電所で発生するCO2を分離、回収して貯留することでCO2を削減する方法、そしてCCUSは分離・回収したCO2を、工業製品やプラスチックなどの原料として利用する方法です。CCS・CCUSは火力発電で発生するCO2を削減する技術として注目されています。特にCCUSは回収したCO2を原料にして燃料となるメタンを生成できるため、技術面、コスト面が整備されればCO2そのものを燃料として再利用することが可能になります。
【編集後記】国内最大の発電会社もゼロ・エミッション火力プラントをロードマップに盛り込む
本文でも述べたとおり、発電分野の最大の課題である火力発電のCO2排出はゼロ・エミッション火力プラントをソリューションのひとつとしています。
東京電力と中部電力の出資で設立された国内最大の火力発電ジョイントベンチャーであるJERAは「JERA2050年ゼロエミッション実現に向けて」と題したロードマップを作成しており、ここにはアンモニアや水素を燃料とした計画が盛り込まれています。
それほどゼロ・エミッション火力プラントはイノベーティブな新技術だと言えます。コスト面など課題もまだまだ多いですが、今後も注目していきたい分野です。
(TOMORUBA編集部 久野太一)
■連載一覧
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第2回:カーボンニュートラルに「全力チャレンジ」する自動車業界のマイルストーンとイノベーションの種
第3回:もう改善余地がない?カーボンニュートラル達成のために産業部門に課された高いハードルとは
第4回:カーボンニュートラル実現のために、家庭や業務はどう変わる?キーワードは省エネ・エネルギー転換・データ駆動型社会
第5回:圧倒的なCO2排出量かつ電力構成比トップの火力発電。カーボンニュートラルに向けた戦略とは
第6回:カーボンニュートラルに向けた原子力をめぐる政策と、日本独自の事情を加味した落とし所とは
第7回:カーボンニュートラルに欠かせない再生可能エネルギー。国内で主軸になる二つの発電方法
第8回:必ずCO2を排出してしまうコンクリート・セメントを代替する「カーボンネガティブコンクリート」とは?
第9回:ポテンシャルの高い洋上風力発電がヨーロッパで主流でも日本で出遅れている理由は?
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