低コスト・低環境負荷で油を処理するフレンドマイクローブ。伝えたい「微生物の可能性」とは
近年、大きな注目を集めている「Deeptechスタートアップ」。国内のスタートアップを牽引していたウェブサービスやアプリなどをはじめとするIT系のビジネスとは違い、革新的な技術や発明を武器に急成長を遂げるケースが増えている。起業家の特色を見ても、大学教授や医師など、これまではあまり見られなかったバックグラウンドが目立つ。
しかし、今後の活躍が期待されている一方で「とっつきにくさ」を感じている方もいるのではないだろうか。「技術を見ても、どうすごいのか判断できない」「どの領域が盛り上がっているのかわからない」と思っている方もいるだろう。そんな方に向けて、Deeptech業界の有識者や起業家たちの話を届けるのがシリーズ企画「Deeptech Baton」だ。
第8弾で紹介するのは、微生物の力で油を分解するサービスを提供する「フレンドマイクローブ」。飲食店や食品工場などで排出された「再利用性の低い油」は焼却して処理されるが、環境に悪い上に悪臭が発生するといった課題がある。そのような課題を解決するのが、同社が提案する微生物による処理法。
今回は2代目代表の蟹江純一氏にインタビューを実施し、事業の可能性や今後の展望について話を聞いた。
▲株式会社フレンドマイクローブ 代表取締役社長 蟹江純一氏
レジェンド経営者から経営を引き継ぐも苦難の日々
ーー まずは会社の成り立ちについて聞かせてください。
蟹江氏 : 弊社は現会長である名古屋大学大学院工学研究科の堀克敏教授が立ち上げた会社です。堀教授のもとには、起業前から多くの企業が廃棄物処理などの相談にきており、共同研究などを繰り返していました。その研究成果を、事業としてシームレスに社会実装する為に設立したのがフレンドマイクローブです。
日本のバイオベンチャーの草分け的存在である(株)医学生物学研究所を上場させた西田 克彦を代表に迎え、2017年に創業されました。しかし、西田からは「手伝えても2~3年」と言われており、後継者を探しながらのスタートだったようです。
ーー 蟹江さんはどのような経緯でジョインしたのでしょうか。
蟹江氏 : 私はもともと掘教授の研究室で微生物の研究をしていました。フレンドマイクローブを立ち上げたのも知っていたのですが、当時は自分が関わることになるとは思っておらず、就職活動もして内々定ももらっていて。
しかし、卒業が近づいたある時、堀教授から「次期代表として育てるから、入社しないか」と言われたのです。私もいつかは自分で起業しようと思っていたため、チャンスだと感じ2019年に社員1号として入社しました。
▲株式会社フレンドマイクローブ 取締役会長・名古屋大学教授 堀克敏 氏
ーー 次期代表として入社し、どのような仕事をしてきたのか教えてください。
蟹江氏 : 当時は、私ともう一人しか社員がいなかったため、経理以外の仕事はほとんど全て経験させてもらいました。特に営業を経験できたのはよかったのはよかったですね。研究は以前から行っていましたが、営業は初めての経験で学ぶことも多かったです。
また、同時に経営者としての知識やノウハウも学んでいきました。西田が教えてくれたのはマインドセットがほとんどで、事業計画の作り方などのスキルはほとんど独学でしたね。アクセラレーターに採択されてからは、メンターに師事しながら経営について学んできました。
ーー 経営を引き継いで苦労したことはありますか?
蟹江氏 : 常に苦労の連続ですね(笑)。ジョインした当時から常に「◯ヶ月後には資金がショートする」という状態で。私が経営を引き継いだときも事業が安定していたわけではないため、会社を存続させるために奔走する日々でした。
代表になって半年が経った頃、アクセラレーターに採択されるようになり、2023年には資金の獲得にも成功し、ようやく事業が軌道にのってきたのを感じています。
低コストで環境にも優しい画期的な油の処理サービス
ーー 事業内容について教えてください。
蟹江氏 : 私たちは微生物を使って産業用の油を分解するサービスを展開しています。現在、工場などで排出された油のうち、再利用性の低いものは焼却して処理されています。当然ながら、処理場まで油を運ぶコストもかかりますし、焼却するためのコストもかかります。
微生物で処理すれば、それらのコストを減らせる上に、環境にも負荷をかけず、油を保管・分離する際に生じる悪臭も発生しません。また、従来の油の処理方法は専門的な知識やノウハウが必要で、その後継者がいないのも大きな課題でした。微生物を使えば、そのような後継者問題も同時に解決できます。
ーー どのような形で企業に導入されているのでしょうか?
蟹江氏 : 導入する際に、私たちが開発した微生物を増やす装置を購入していただきます。装置には微生物を保管する槽があり、その日使う分の微生物を装置で増幅してから使用してもらう仕組みです。微生物は使えば減っていくため、月に一度微生物を買ってもらい補充してもらうビジネスモデルとなっています。
ただし、会社によって排出される油の量や質は違うため、微生物の適用方法をクライアントごとに調整しなければなりません。導入前にヒアリングをしながら、会社ごとに適した適用方法で提供する必要があるのです。
ーー 一社一社対応するとなると大変ですね。
蟹江氏 : 私たちだけで全ての顧客に対応できないので、廃水処理業者などに代理店になってもらっています。廃水処理業者は専門的な知識も持ち合わせているため、代理店にヒアリングをしてもらいながら、その内容をもとに私たちが適切な適用方法を提案しています。
廃水処理業者の他にも、機械メーカーなど工場との繋がりをもっている会社に代理店になってもらって事業を進めているところです。代理店になってもらうことで、廃水処理業者さんにとっても新しい価値を届けられると喜ばれています。
実績を積み上げ「微生物は胡散臭い」というレッテルを覆していく
ーー 事業の課題があれば教えてください。
蟹江氏 : 一つは、業界内で「微生物による油の分解」が信用されていないこと。微生物を使った油の分解サービスを提供しているのは私たちだけではありません。しかし、これまでの類似サービスは効果が出ないことも多く、業界内での信用が著しく低いのです。「微生物を使っても効果がない」というレッテルが貼られており、過去に他社の微生物を試して効果のなかった企業には、話を聞いてもらえないこともあります。
それでも信用を勝ち取るには、データで効果を実証するしかありません。たとえば大手の食品会社さんでは、まずは5リットルの排水で試してデータを示し、次に数十リットルでの試験、最後に半年間の試験導入を経て本格導入してもらいました。結果的に、ファーストコンタクトから正式導入するまでに3年もかかりました。
ーー なぜ貴社の微生物では成果がでるのでしょうか。
蟹江氏 : 理由の一つは、扱っている微生物が違うからです。私たちは自然界からもいい微生物を探していますが、それらの遺伝子をデータに基づいて解析し、組み合わせてシナジーを生み出しています。そのため、これまでの微生物とは効果が全く異なるのです。
もう一つは、微生物を活かすための方法論を確立していること。いい微生物を持っているからといって、それだけで効果を出せるわけではありません。私たちは微生物を活用するための方法論の特許までとっており、最適な環境で微生物を活用しているのです。
それができるのは、堀教授が研究畑だけでなく一般企業でのキャリアもあるからだと思います。通常、すごい微生物を見つけたら、論文を書いてそれだけでも実績になります。しかし、企業から相談を受けていた堀教授は、しっかり成果を出す方法論まで確立してきました。その2つが、これまでの微生物分解とは違う点だと思います。
ーー 具体的に、他社の微生物分解に比べてどれくらいすごいのでしょうか。
蟹江氏 : 私たちの場合は、300 mg/Lほどの濃度の油であれば24時間で分解できます。これは他社の約10倍。24時間という時間がとても重要で、毎日稼働している工場では、24時間で分解できなければ未処理の油が残ってしまいます。
つまり、24時間以内に分解できることが、工場で利用できる最低基準だと思っています。
ーー 他にも事業の課題があれば教えてください。
蟹江氏 : 信用を勝ち取るのに時間がかかる背景もあって「売上になるまでが長い」のも課題の一つです。特に大企業は年度予算があるため、導入までに半年~2年ほどかかることも珍しくありません。
スタートアップにとって、それだけの期間がかかるのは大きな痛手ですね。
ーー どのようにその課題を解決していくのでしょうか。
蟹江氏 : もっと短期的に売れる商品を開発しているところです。たとえば飲食店向けのグリストラップの油を分解する装置。工場などに提供する装置に比べて安価で提供でき、新たに予算を組まずとも導入できるので早ければ数ヶ月で売上に繋がります。
他にも生ゴミの油を分解する装置も開発しています。生ゴミを堆肥にする業者は多いですが、実は油を分解できずに邪魔になっています。私たちの装置で油を分解することで、よりスムーズに生ゴミを堆肥にできるようになるでしょう。
売上までの時間軸の違う事業を展開することで、安定的に事業を展開できればと思っています。
「微生物の可能性を伝えていきたい」事業の発展とともに掲げるミッション
ーー 他にも考えている事業展開があれば聞かせてください。
蟹江氏 : 一つは機械油を分解すること。現在、私たちが分解できるのは動植物油だけなので、導入できるのは食品工場などに限られます。しかし、機械油の方が課題は大きく、かつ分解するのが難しいのです。機械油を分解できる仕組みを確立することで市場を拡大すると共に、大きな課題解決にも繋げていきたいですね。
また、海外展開も大きな目標です。出資してくれた住友商事さんと共に、海外にも積極的に事業を展開していきたいと思います。世界にも微生物で油を処理できる企業はいないので、早めに世界の市場をとりにいきたいですね。
※参考プレスリリース:「微生物で SDGs 達成に貢献する名古屋大学発ベンチャー株式会社フレンドマイクローブ第三者割当増資にて総額 2 億 3000 万円の資金調達を実施」(2023年5月31日配信)
ーー 事業を展開していく上で、どのようなパートナーを求めていますか?
蟹江氏 : 微生物の研究は膨大なデータを扱うため、AIやビッグデータの企業とも組めれば面白いと思っています。微生物単体を見てもものすごい情報量がありますし、その組み合わせとなると、その量は計り知れません。新しい技術を使って研究できれば、これまでになかった発見もできることでしょう。
ーー 海外展開にあたってロードマップがあれば聞かせてください。
蟹江氏 : 詳しいロードマップはこれから作っていきますが、まずは東南アジアを中心に広げていきたいと思っています。東南アジアは産業廃棄物処理のルールが整備されておらず、今でも油が漏れているケースも少なくありません。
また、ルールがあっても、その監視体制が甘いために意味をなしていないケースもあります。それだけ多くの課題が残っているので、私たちの技術で少しでも課題を解消していきたいですね。
ーー 最後に読者の方にメッセージをお願いします。
蟹江氏 : 事業を広げるのも重要ですが、私にはもう一つ「微生物の面白さを伝える」というミッションがあります。生物は細胞分裂の際に進化を遂げるチャンスがあるのですが、微生物が細胞分裂するのは20分に一度。それだけ進化するチャンスが多いということです。
ペットボトルを分解できる微生物が発見されたのもその一例です。自然界に存在しないペットボトルは、かつては微生物では分解できないものでした。微生物はものすごいスピードで進化しており、これまでの常識を大きく覆す可能性を持っているのです。
微生物と聞くと病原菌のようなものをイメージする方もいるかもしれませんが、私たちの体内には100兆もの微生物がいます。人の細胞が60兆個なので、私たちの細胞より微生物の方が多いんですね。つまり、微生物にとっていい環境は人間にとってもいい環境なのです。そんな微生物の面白さや可能性を感じ取ってくれた方と、ぜひ一緒に仕事をしていきたいですね。
(取材・文:鈴木光平)
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第2回(後編):細胞培養の常識を変える「培地」開発技術
第3回:「iPS細胞の実用化の鍵」を開発ーーときわバイオに迫る
第4回:脳の老化を最小限に抑えるー20年の研究から導かれた脳ドックの新常識
第5回:画像解析AIで医療・創薬を変革 ー東大発ベンチャーの成功譚