細胞培養の常識を変える「培地」開発技術【後編】
Deeptech業界の有識者や起業家たちの話を届けるのが新シリーズ「Deeptech Baton」。昨日掲載した記事に続き、革新的な細胞培養ソリューションを提供している京都大学発スタートアップ、マイオリッジを紹介する。
アルバイトをしていた研究室で、突如起業家となったCEOの牧田氏。右も左もわからない中で経営を続けてきた中で気づいたのは、会社を成長させるのは人材だということ。これまでどのように優秀な人材、とりわけビジネススキルを持った人材を採用してきたのだろうか。
今回はCMOの鈴木氏の話も踏まえて、Deeptechスタートアップがビジネス人材を採用するためのポイントを掘り下げていく。また、大企業との提携を成功させる秘訣についても語ってもらった。
人材こそ会社の要。スキル以上に重視している採用基準とは
ーーこれまで経営してきて、事業を成長させるために大切だと思ったことを教えてください。
牧田氏:事業成長に欠かせないのは人材です。私は創業当時はビジネスの経験もありませんでしたし、研究の専門知識があったわけでもありません。研究もビジネスもバックオフィスも、そのノウハウやスキルを持つ人達がいなければ、ここまで会社が成長することはありませんでした。
特に創業当初はビジネス人材がいなくて苦労したので、創業した翌年からビジネス人材の採用にも力を入れてきました。
ーービジネス人材を採用する際に注意していることはありますか?
牧田氏:一番大切にしていることは、会社のミッションを「自分ごと」として捉えられるかどうかです。
フルタイムの正社員はもちろんのこと、アドバイザーなどで入ってもらう人も一緒です。自分ごととして捉えていただいている方のアドバイスはとても力になります。今は私たちのミッションを自分ごととして捉えられる方を採用しており、CMOの鈴木もその一人です。
ーー鈴木さんの経歴についても聞かせてください。
鈴木氏:私は千葉大学の薬学部出身で、大学院では抗がん剤の研究などをしていました。研究を社会実装することに興味があったため、外資の製薬会社に入社して治験の仕事、つまり患者さんのデータをとる仕事からキャリアをスタートしました。
その後、再生医療製品のメーカーに転職し、同じように治験の仕事をしていました。2015年頃からは再生医療の受託やコンサルティングといった新規事業を始めることになり、その部門の立ち上げをしました。
立ち上げから3年ほど経った頃は、当時親会社だった富士フイルムのCVC部門でも兼任をするようになっていました。
▲株式会社マイオリッジ 取締役事業本部長CMO 鈴木健夫氏
ーーなぜマイオリッジにジョインしようと思ったのでしょうか。
鈴木氏:当時のCDMO(製造開発受託)のスタイルだけでは再生医療の産業が伸びていかない、もっと基盤技術を会社横断的に展開していく仕組みが必要だ、という課題感を持っていたからです。
とは言え、決して転職活動をしていたわけではありません。前職で仕事を続ける予定ではいたのですが、マイオリッジの技術を聞いた時に「これなら再生医療業界の課題を解決できる」と思ったのです。
実際に入社前の面談の段階で資料を作成し、プレゼンさせてもらったところ、その案を受け入れてもらいました。当時、マイオリッジとしてもピボットを考えていたようで、私の想いに共感してもらえたようです。
「自分たちの事業を理解してもらう」異業界のビジネス人材を採用するための努力
ーー「自分ごととして捉えられるか」を判断するのは難しいと思いますが、どのように見分けているのか教えてください。
鈴木氏:重要なポジションの方には面談時に「次の面談までに、自分で調べて資料を作ってきてください」とお願いをすることがあります。手間と時間をかけて資料を作ってくれた人は、入社後も自分ごととして捉えてくれるだろうと判断しています。
ーー逆に人材集めで苦労したことはあるのでしょうか?
牧田氏:人材を集めるのにはとても苦労しました。私たちのビジネスは一言で伝えるのが難しく、特に異業界の人に理解してもらうために工夫をしています。異業界の方とのご面談も多いので、最初に私たちのビジネスの概要を理解してもらえるよう努めています。
鈴木氏:ビズリーチの南社長の本を読んでから、面接内容も変えました。本には「面接する立場になるのではなく、自分たちの会社を知ってもらうことに集中しなさい」と書かれていて。
それまでも会社の説明はしていましたが、その本を読んでからは面談の冒頭でビジネスモデルを紹介するようにしました。私たちのことを知ってもらった上で、採用フェーズを進めてもらえるようにしています。
ーー鈴木さんのようなビジネス業界出身の方が入社したことによるメリットを教えてください。
牧田氏:最終的な成果物を意識しながら業務にあたる風潮が強くなったと思います。
ビジネス出身の方が増えたお陰で、研究者の方々も「成果物が何で、原価がいくらになるのか」という意識を持つようになりました。そのおかげで事業をドライブする力が強まったと思います。
スタートアップが身につけたい「提案力」
ーー2022年は住友化学や三菱ケミカルホールディングスなど、様々な大企業との提携を発表していますね。提携を成功させる秘訣があれば教えてください。
牧田氏:秘訣というほどではありませんが、両社の役割と強みが明確に分かれている場合は共創がスムーズに進む印象を持っています。私たちの努力というよりも、お互いに強みを発揮しあえる会社と組むのがいいのではないでしょうか。
ーー大企業との提携を進めていく上で、コツなどがあれば教えてください。
鈴木氏:自分たちをアピールするだけでなく、どのような共創が実現可能なのか提案することも重要だと思います。私たちは大企業と顔合わせをする段階で、個社ごとに相手のオープンソースを調べて共創のアイディアを作っています。
その内容が相手のイメージに合致していればそのまま進められますし、仮に合致しなくても「いや、私たちはこういうことをしたいんだよね」と逆に提案を貰えるからです。最初の段階でイメージを具体的にすり合わせてきたことも、大企業との共創をスムーズに始められた秘訣だと思います。
ーー幅広い領域と企業と共創を実現できている理由はありますか?
牧田氏:私たちも最初から幅広い領域の企業と組めたわけではなく、社内の研究の幅を広げた結果として、共創パートナーの幅も広がってきました。ただし、私たちは戦略的に事業領域を広げてきましたが、それが全てのスタートアップにおすすめとは言えません。
よく「スタートアップは一つの事業に集中しろ」と言われますが、それは事業の幅を広げることでリソースも分散してしまうからです。研究も一緒で、同時に様々な研究を進めることで、一つの研究に集中できなくなってしまいます。
しかし、こと細胞培養に関しては、幅広い領域を見ていることが強みにもなるのです。細胞培養は様々な技術の集積なので、培地だけでなく装置や基材、特許など様々なアプローチの知見をもっていなければなりません。同じように様々な業界の課題にチャレンジすることで、多面的に課題を解決する力が養われるのです。
それにより、リソースが分散されるというデメリット以上のメリットを感じています。
「まずは想いを発信してみる」次の起業家に向けたアドバイス
ーーこれからディープテックスタートアップに挑戦しようとしている起業家にアドバイスはありますか?
牧田氏:最近はディープテックに注目している投資家も増えており、対等な関係でスタートアップを育てて行こうとしている方も増えています。もしも起業を考えているなら、まずはそのような方に自分のアイディアや想いを伝えてフィードバックをもらってはいかがでしょうか。
どのようなフィードバックをもらおうとも、自分ひとりで悩んでいるよりも道が拓けると思います。
鈴木氏:投資家などに話しに行く上で、応援したくなる経営者になることも重要だと思います。例えば相手のフィードバックを素直に聞いてみる。自分が予想していた反応とは違っても「客観的にはこう映るんだな」とまずは受け入れてみる。そうすることで、多くの人からフィードバックをもらえると思います。
クイックレスポンスも重要です。一回のコミュニケーションを完璧にしようとするよりも、細かく何度も意思疎通をした方が投資家からも応援されやすくなると思います。
ーー最後にマイオリッジのビジョンを聞かせてください。
牧田氏:私たちが目指しているのは「細胞が最大限力を発揮できる社会」です。我々は細胞をうまく活用することで、様々な社会課題が解決できることを既に知っています。あとは細胞が最大限力を発揮できる環境を整えることが必要です。
私たちのサービスで細胞の力を最大限発揮させ、様々な社会課題解決に貢献したいです。
(取材・文:鈴木光平)
■連載一覧
第2回(前編):細胞培養の常識を変える「培地」開発技術
第2回(後編):細胞培養の常識を変える「培地」開発技術