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医学×流体力学を極めた鬼才・板谷医師が生み出した「血流解析」は医療の未来をどう変えるか?

医学×流体力学を極めた鬼才・板谷医師が生み出した「血流解析」は医療の未来をどう変えるか?

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近年、大きな注目を集めている「Deeptechスタートアップ」。国内のスタートアップを牽引していたウェブサービスやアプリなどをはじめとするIT系のビジネスとは違い、革新的な技術や発明を武器に急成長を遂げるケースが増えている。起業家の特色を見ても、大学教授や医師など、これまではあまり見られなかったバックグラウンドが目立つ。

しかし、今後の活躍が期待されている一方で「とっつきにくさ」を感じている方もいるのではないだろうか。「技術を見ても、どうすごいのか判断できない」「どの領域が盛り上がっているのかわからない」と思っている方もいるだろう。そんな方に向けて、Deeptech業界の有識者や起業家たちの話を届けるのがシリーズ企画「Deeptech Baton」だ。

第六弾で紹介するのは、血流を解析・可視化できるソフトウェア・アプリケーションを提供している株式会社Cardio Flow Design。これまでの医療を覆す「血流解析」を可能にする同社のサービスは、既に国内の多くの大学の病院で導入されている。医療機器として承認される前のサービスが、これほど多くの大学病院に受け入れられているのは異例の事態だ。

今回話を聞いたのは、現在も医師として働く創業者の二人。一人は自身の医院と同時に同社を経営する代表の西野 輝泰医師。そしてもう一人は、流体力学を医学に応用させて「血流解析」という分野を産み出した板谷 慶一医師。現在は先天性心疾患の外科診療を続けながら同社のTechnical (Executive) Adviserを務めています。

血流解析によって私達の医療がどう変わるのか、今後どのように事業を展開していくのか話を伺った。


▲Founder&CEO 西野輝泰氏


▲Founder&Technical (Executive) Adviser 板谷慶一氏

心臓手術の常識を覆す「血流解析」

ーーまずは血流解析によって、従来の医療がどのように変わるのか教えてください。

板谷氏 : 端的に言えば、術後の血流をシミュレーションをしてから心臓手術ができるようになります。実はこれまでの心臓手術では、どこをどう切れば、血流がどうなるのか分からずに手術をしていました。つまり、医者の勘と経験だけが頼りだったのです。


私達の製品を使って血流解析をすれば、医師の経験のみに頼ることがないため、難易度の高い手術症例であっても、一定の知識と技術さえあれば再現性も持ちながら手術できます。私達が開発しているのは、そんな血流解析をCT画像やMRI画像、エコー画像などから行えるシステムです。そして自分の手術患者さんたちにはそれを実践して行っています。

ーーなぜこれまで血流解析はされてこなかったのでしょうか?

西野氏 : 血流解析という概念自体、板谷先生が大学院生時代に自身で産み出した分野だからです。血流解析は流体力学を人体に応用したもので、物理学と医学の両方に精通している必要があります。

流体力学というのは物理学の中でも最高難度で、物理学を専門としている人でも精通している人は多くありません。そんな流体力学と医学の両方に精通している人というのは、世界を見ても板谷先生を含めて数えるほどしかいないのです。

板谷氏 : 私が知る限り、私以外に流体力学と医学に精通しているのは、MITで理学修士取得後にStanfordのmedical schoolを出てフロリダで医師をしている私の知人だけです。彼も私と同じように先天性心疾患の外科医をしています。

しかし、今は彼と私の2人だけですが、若い方の中にはこの領域に興味を持ってくれる方も増えてきました。最近の医学はどんどんオープンになってきて、他の学問や技術を取り入れていく流れがあるので、今後は私達のような方も増えていくのではないでしょうか。

ーー板谷先生がいなければ、血流解析という概念も存在しなかったのですね。

板谷氏 : 確かにそうですが、そこに医療機器の進化もなければ流体力学の実用としての血流解析は生まれませんでした。血流を解析するには鮮明な画像が必要になるため、今のような高性能な医療機器がなければ、血流解析も理論だけで終わっていたかもしれません。

民間病院にも広げるためFDA承認へ

ーー起業の経緯も聞かせてください。

西野氏 : 私はCardio Flow Designを立ち上げる前から自身で医院を経営していたのですが、そこで働いていた医師から「知り合いに面白い医師がいる」と紹介されたのが板谷先生です。当時、既に今のサービスの原型となるプログラムも自身で作っており、それを見た私は衝撃を受けました。

血流解析はもっと世に広めた方がいいと思った私は、板谷先生に会社を作りたいとお願いしたのです。

板谷氏 : 私はもともとは起業には興味がなかったのですが、私の研究で医療が発展するならと思い西野先生と一緒にCardio Flow Designを立ち上げることにしました。しかし、私は経営の知識は全くありません。


西野先生からは「板谷先生は心臓のことだけ考えていてくれればそれでいい。それだけで会社は成長するから」と言われ、心臓のことだけを考え続けて診療と研究を続けています。なぜ私が研究をするだけで会社が成長するのか今でも分かりませんが、血流解析が広まって医療が発展していくなら嬉しいですね。

ーー現在はどのような形で事業を展開しているのでしょうか。

西野氏 : アプリケーションの販売と、受託サービスの2つで事業を展開しています。私達の技術を使えばMRI画像やエコー画像、CT画像からでもコンピュータ・シミュレーションで血流解析ができますが、CT画像からのシミュレーションとなると、膨大な計算が必要です。それこそスパコンの「富岳」が必要となる計算を要するため、病院では行えません。

そのためCT画像を用いたシミュレーションは受託サービスとなります。一方でMRI画像やエコー画像からの解析は計測に基づくためアプリケーションやソフトウェアで提供しているのです。

ーー現在の事業フェーズについても聞かせてください。

西野氏 : 日本では、心臓手術をしているほとんどの大学病院へ販売しましたが、多くの民間病院へはまだ販売できていません。なぜなら私達の製品がまだ医療機器ではないため、大学病院では研究用の予算で導入できても、民間病院では予算をとれないからです。


今後は民間病院にも販売するため、アメリカのFDA(Food and Drug Administration/アメリカ食品医薬品局)で医療機器の審査を受けているところで、既に最終審査まで進んでいます。アメリカで医療機器の認可が下りれば、日本でも通常より早く医療機器の認可がとれるため、近い将来民間病院にも私達の製品が使われるようになるはずです。

ーーなぜ日本ではなく、アメリカで審査を受けたのでしょうか?

西野氏 : 血流解析を理解するには、医学だけでなく流体力学の知識が必要になるからです。アメリカのFDAには世界最高峰の頭脳が集まっているため、日本で審査を通すよりもスムーズだと判断しました。

FDAの審査を通れば、その実績をもとに日本での審査も通りやすくなるため、結果的に早く日本で医療機器化ができると考えました。

京都大学数学教室と共同で新たな診断法を研究

ーーオープンイノベーション戦略について聞かせてください。

西野氏 : これまでGEやシーメンス、フィリップスといった大手の医療機器メーカーとは一緒に仕事をしてきました。随時、各医療メーカーとも提携を結んでいるので、今後とも可能性のある企業とは組んでいきたいですね。

また、大学の基礎研究室との共同研究も続けています。たとえば現在は京都大学の数学者の坂上 貴之教授と、心臓に流れる血流の渦から、心不全をはじめとする様々な心臓病を見つけるという研究を続けています。例えば、血液が心臓を通る際、心臓の中を血液はUターンすることにより渦が生じるのですが、心不全ではその渦に異常が現れるため、渦を幾何学的に調べることで心不全を診断できるようになるのです。

ーー渦によって心不全と診断できると、どのようなメリットがあるのでしょうか。

西野氏 : これまで心不全というのは、息切れや動悸などの自覚症状が出てから病院に行って、血液検査や心電図、エコー、レントゲンを実施して初めて診断されるものでした。しかし、既存検査のどれよりも、渦が早く心不全の兆候を示すことが分かっているため、心臓の渦から心不全が診断できるようになれば、自覚症状が出る前に早期発見できるため、体へのダメージも少なくて済みますし、無駄な検査を省くことで医療費も削減できます。

特にエコーはMRIやCTと比べてサイズも小さく、どの循環器内科クリニックにも置いてある機器です。もしも健康診断のエコー検査で心不全の兆候が分かるようになれば、投薬や運動指導によって早期に治療できるので、結果的により多くの心不全患者を救えることになるでしょう。

ーー最後に、今後のビジョンを聞かせてください。

西野氏 : まずは、全ての心臓外科医に、私達の製品を使って血流をシミュレーションしてから手術してもらうことです。そしてそれは、心臓系医学会での反応からも、そう遠くない未来に実現できると思っています。心臓外科医なら私達の製品の価値を理解できますし、その証拠にこれまで広告費にほとんど費やすことなく、学術論文の執筆で認知度を拡大してこれました。

一刻も早く医療機器の承認を受け、世界中の心臓外科医へ私達の製品を届けたいと思います。

板谷氏 : 私のビジョンは、私の専門である循環器に関する医療の歴史を50年先に進めることです。従来の医学は経験に依存しており、多くの手術をこなすことばかりが評価されてきました。それはそれで尊いものですが、私が目指しているのは「治療できない疾病を一つでも減らすこと」。そのために、これまで治療を諦めていたような難しい心臓病でも確実に手術ができるように新しい治療法やシステムを開発し続けていきたいと思います。

また、特に私が力を入れたいのが先天性疾患です。この30年で小児の治療技術は飛躍的に向上しています。多くの子どもたちが術後も元気に過ごし、9割以上の患者さんたちが成人式を迎えられるようになりました。

一方で、私たちは単に手術を成功させるだけでなく、患者の20年後、30年後を考えた治療を施さなければなりません。先天性心疾患を持っていても、手術を受けることで、健常者と変わらないような生活を送れるような治療法を確立していきたいと思います。

(取材・文:鈴木光平)


■連載一覧

第1回:地球の未来を握るDeeptechの今

第2回(前編):細胞培養の常識を変える「培地」開発技術

第2回(後編):細胞培養の常識を変える「培地」開発技術

第3回:「iPS細胞の実用化の鍵」を開発ーーときわバイオに迫る

第4回:脳の老化を最小限に抑えるー20年の研究から導かれた脳ドックの新常識

第5回:画像解析AIで医療・創薬を変革 ー東大発ベンチャーの​​成功譚

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