AIスタートアップ・Poeticsが手掛けるセールステック。商談解析ツールの常識を変える「音声・言語解析AI」とは?
コロナ禍で、日本国内でも浸透し始めた「オンライン営業」。最近では、商談の様子を解析することで、成約率の向上を目指すツールも登場しました。AIエンジンを開発している株式会社Poeticsも、そのような「セールステック」を提供しているスタートアップ。同社が開発・提供する商談解析ツール「JamRoll」はすでに大企業からスタートアップまで数百社に導入されています。また、Poeticsは、Google for Launchpad Acceleratorに採択。日本では経済産業省認定のJ-Startup として選抜されるなど、大きな注目を集めています。
AIで商談を解析することで営業はどのように変わるのか、また「JamRoll」は他のセールステック・スタートアップとは何が違うのか。さらに、これからどのようなビジョンを描いていくのか。今回、代表の山崎はずむ氏に話を聞きました。
▲株式会社Poetics 代表取締役 山崎 はずむ 氏
商談解析AI「JamRoll」を提供するPoeticsのCEO。バックグラウンドは文学と哲学研究。
Pitch Your Startup 2018(ルクセンブルク)でアジア企業として初めて優勝するなど、これまで国際的なピッチ・コンテストで多くの優勝経験を持つ。その功績からSlush Tokyo 2019ならびに経済産業省が支援するJ-Startupプログラムやイノベーター養成プログラム「始動」にて英語でのピッチ・コーチを担当。またAIと倫理に関する問題点に関してIFA Next 2019 (ベルリン)やICT Spring 2019(ルクセンブルク)などの国際的なテクノロジー・カンファレンスで数多くキー・ノート・スピーカーをつとめる。
AIスタートアップがセールステック市場に参入した理由とは
ーーまずはPoeticsを立ち上げた経緯を聞かせてください。
山崎氏 : 実は、Poeticsは私が立ち上げた会社ではありません。前身であるEmpathという会社が、2023年に一部の事業を売却し、Poeticsに社名変更するのと同時に私が代表になりました。
Empathにジョインしたのは2017年のことで、新宿で飲んでいたときに友達に誘われたからです。それまでは大学の博士課程で哲学の研究をしており、民間企業で働く気はなかったのですが、Empathの「感情を解析するAIを作る」というプロジェクトは私の研究にも通じるため、ジョインしました。当時はちょうどEmpathがカーブアウトするタイミングで、役員として迎え入れてくれたのです。
ーー研究の世界からビジネスの世界に足を踏み入れることになったのですね。抵抗感はなかったのでしょうか。
山崎氏 : 抵抗はありませんでした。大事なのは「誰の、どんな課題を解決するか」であって、その手段が論文からビジネスに変わっただけです。ただし、自分たちの取り組みが実社会でどんな変化をもたらすのか、シビアに考えなければいけなくなったのは大きな変化だと思っています。
ーー現在、Poeticsは商談解析AI「JamRoll」(ジャムロール)を提供しています。セールステックの市場に参入した理由も教えてください。
山崎氏 : セールス領域でサービスを展開し始めたのは、私たち自体がセールスに課題を感じたからです。創業当初はAIエンジンを企業に提案しており、営業効率を上げるためにも、誰がどのようにお客さまに提案しているか把握したいと思ったのです。
また、当時はコロナ禍で、オンラインでのコミュニケーションが注目を集めている時でした。AIの研究のためにも、大量のコミュニケーションデータを獲得する必要があり、そのためにもセールステックが都合がよかったのです。
ーーセールス領域に参入するに当たって、どのように戦略を練っていったのでしょうか?
山崎氏 : 私たちが注目したのは、既にオンラインセールスが普及していたアメリカです。アメリカは日本よりも国土が広いため、コロナとは関係なしにオンラインでのセールスが普及していました。日本でオンラインセールスが普及し始めても、国産のツールがそこまで伸びなかったのは「ZoomやGoogle Meetで十分」と思った企業が多いからではないでしょうか。
そこで私たちが考えたのは、Zoomのようなツールを自分たちで作るのではなく、オンラインセールスのデータを解析するツールを作ること。Zoomなどの競合になるのではなく、協業関係になる立ち位置を目指して戦略を練ってきました。今ではZoomや Google Meet、Microsoft Teamsを含め多様なツールに対応しており、その数は国内最多を誇っています。
「話す内容×話し方」で成約確度を判定できる感情解析
ーー「JamRoll」の特徴を教えてください。
山崎氏 : まずは営業の様子を動画で残すことで、スキルを可視化できること。エンジニアやデザイナーと違い、営業はこれまで自分のスキルを可視化できませんでしたが、営業スキルを可視化することでキャリアを築きやすくなります。
また、映像を用いることで効率的に教育できるのも大きな特徴です。スポーツや音楽、料理など幅広い分野で動画を使った教育がなされていますよね。これまでテキストだけでは伝えづらかったノウハウも、動画なら効果的に伝えられます。それはセールスでも同じです。
▲商談の録画とAI解析で成約率向上が見込めるという「JamRoll」。誰がどこで何をしているのかを自動で切り分けることができるため、商談中のお客様の反応や、営業担当者のパフォーマンスをスピーディーに見ることが可能だ。(画像出典:「JamRoll」HP)
ーー動画を残すだけでなく、解析することでどのような利点があるのでしょうか。
山崎氏 : いくら営業活動の動画が残っていても、30~60分もあるような映像を見るのは負担が大きい。AIを使って解析をすれば、営業活動の重要な部分だけを切り取って見ることができるので、視聴時間を大きく短縮できます。
特に日本では、教育専任のポジションを置いている企業は少なく、上司は自分の仕事をしながら部下も育てなければいけません。商談解析を用いれば、短時間で部下の映像を見てフィードバックができるので、教育効率も上げられるのです。
ーー御社が開発している音声・言語解析AIについても教えてください。
山崎氏 : Poeticsでは人が話している音声言語を文字に変換する「音声認識」技術と、文字化した言語を要約したり解析する「自然言語処理」、特に最近で口語の解析に重点を置いた「大規模言語モデル」を開発しています。
さらに、音声解析と言語解析を組み合わせた感情解析機能も開発しています。具体的には「話す内容」と「話し方」の組み合わせでポジティブ/ネガティブを判定する技術です。私たちは話している言葉からだけではなく、相手がどのように話しているかを聞くことで「怒っている」「喜んでいる」などの感情を推論していますよね。
営業の中でも、たとえば「便利」という言葉をポジティブに話していたら「成約に繋がりやすい」などの判定ができるようになります。どんなタイミングで、どんな言葉を、どんな風に話している営業が成約しやすいのか研究することで、営業効率を向上できるのです。
ーー実際にサービスを活用した企業の事例があれば聞かせてください。
山崎氏 : 多くのクライアントから聞くのは「新しく入ったメンバーのキャッチアップが早くなった」というお声です。たとえば、これまでは新人が一人で受注するまでに3~6ヶ月かかっていたのが、初月で4件も受注したという事例もあります。
「音声認識の精度では負けない」AIスタートアップならではの競合優位性
ーー現在は様々な企業から営業活動を解析するツールがリリースされていますが、競合と「JamRoll」の差別化ポイントを教えてください。
山崎氏 : 最大のポイントは、私たちがAIエンジンを自社で開発している「人工知能の会社」であること。その技術をセールス領域で展開しているだけで、私たちは自分たちのことを「セールステックの会社」とは思っていません。
AIを自ら開発しているからこそ可能な差別化が「音声認識の精度」であり、それはセールステックの質を左右していると言っても過言ではありません。なぜなら、AIがしっかり日本語を聞き取って判別できなければ、文字起こしや要約、顧客管理ツールへの自動入力などといった機能が満足に働かないからです。
ーー逆にAIスタートアップが今後、セールステックに参入してくるのは脅威になりませんか。
山崎氏 : それは脅威に感じていません。たしかに私たちと同じようなAIスタートアップが、セールステックに参入してくる可能性はあると思います。しかし、ソフトウェアはスピード勝負で、同じ立ち位置なら先にサービスをローンチした私たちに分があります。
それよりも、既にサービスを出している競合に対し、どのように戦っていくかが今後の課題です。そのために、メガベンチャー出身の方やシリーズB、シリーズCまで成長させてきた経験のある方にジョインしてもらいました。今後も組織の拡充を図ることで、市場での立ち位置を確立していきたいと思います。
ーー現在の事業フェーズと、今後の展開についても聞かせてください。
山崎氏 : 「JamRoll」のリリースから1年強が経ち、エンタープライズからスタートアップまで数百社に導入いただいています。引き続きサービスの作り込みが大切ですが、今後は新たなプロダクトの展開にも力を入れていきたいと思っています。
新たにリリースするのが、音声認識機能だけをAPI化して切り出したプロダクトです。そうすることで、営業以外でも様々な領域で私たちのAIを活用していただけます。たとえば、コールセンターでは既にAIが活用されていますが、そのような領域にも参入していきたいと思っています。
また、コミュニケーションロボットやIoTデバイスには、Googleなど海外の音声認識エンジンが搭載されているものが多いのですが、そのリプレイスも狙っています。日本語の音声認識であれば海外の企業に負けない自負があるため、国内の市場をしっかりと固めていきたいですね。この他にも、「JamRoll」をオンラインだけでなく、オフラインでも利用できるよう開発を進めています。
ーーオフラインでは、どのような利用シーンを想定しているのでしょうか。
山崎氏 : たとえば、業界によってはオンラインでの営業が難しい商材もあります。家や車といった高額商品は、実際に自分の目で確かめてから購入したいと思うので、どうしてもオフラインでの営業になってしまいます。そのようなリアル空間でも、しっかり音声を拾って分析できるサービスも展開していきたいと思っています。
現在も幅広い業界の企業が私たちのサービスを導入してくださっていますが、どうしてもオンラインで営業ができる業態に偏りがあります。オフラインでも商談分析を可能にすることで、オンラインでの営業が難しい業態に対してもしっかりアプローチしていきたいですね。
様々な領域で「日本語AI」のサービスを展開していきたい
ーー今後のオープンイノベーション戦略についてもお聞かせてください。
山崎氏 : セールス領域に限らず、AIを活用したいと思っている企業と組んでいきたいと思っています。AIを使って何ができるのか、具体的に理解していなくても「技術に興味がある」程度でも良いので、お声をいただければ一緒にサービスを作っていきたいです。
私たちは自社開発のAIエンジンを使い、セールス領域でサービスを作りました。他の領域でもサービスを展開したいと思いますが、それぞれの領域でどんな課題があるかは、その領域の企業の方が熟知しているでしょう。私たちの技術を使って、他の企業が抱えている課題を一緒に解決していければと思っています。
ーー現在は法人向けに事業を展開していますが、個人向けのサービスも視野に入れているのでしょうか。
山崎氏 : 法人か個人にはこだわっておらず、大事なのは課題をクリアに見つけられるか、それを解決できるだけのデータを取得できるかです。私たちのようなスタートアップが海外のAI企業に勝つためには、ローカル言語にこだわるしかありません。
国内で、様々な領域のサービスを展開していきたいと思っているので、個人向けサービスの企業とも積極的に組んでいきたいと考えています。
ーー最後に、今後のビジョンも聞かせてください。
山崎氏 : AIの民間研究所を作りたいと思っています。これまでのAIはコンピューターサイエンスの学問に限られていたため、周辺領域を吸収してきませんでした。しかし、本来のAIの構想は哲学をベースにしています。
たとえば現在は感情分析や言語処理の技術が発達してきましたが、その根源である「感情とは何か?」「言語とは何か?」という問いに対しては、あまり触れられていません。AIの最適なモデルを作るには、人間とは何なのか、世界がどのように動いているのかという問いを探求することにあると思っています。
音声認識でいえば、今は人間の聴覚構造をベースにしていますが、たとえばコウモリの聴覚構造をベースにして音声認識をしてもいいわけですよね。しかし、そのような研究はコンピュータサイエンスだけではできません。周辺領域の研究とも連携しながら、より深くAIの研究を進めていきたいと思います。
(編集:眞田幸剛、取材・文:鈴木光平、撮影:古林洋平)