間もなく普及が完了する次世代電力計『スマートメーター』が脱炭素に与える影響と、新たなビジネスチャンスとは
パリ協定で定められた「世界の気温上昇を産業革命前に比べ1.5度までに抑える」を達成するための指標として、先進国では「2050年までにCO2排出量をゼロにする」ことが目標になっています。これがいわゆるカーボンニュートラルですが、日本でも段階的な目標として2030年までにCO2排出量を46％削減することを目指しています。TOMORUBAの連載「カーボンニュートラル達成への道」では、各業界がどのように脱炭素に向けた取り組みをしているのか追いかけていきます。
今回取り上げるテーマは『スマートメーター』です。スマートメーターは電力の使用状況をリアルタイムで把握し、必要な時に必要な分だけエネルギーを使用する技術です。
このスマートメーターが可能にする新しいエネルギー消費のありかたは、私たちの生活が便利になり、環境にも配慮した持続可能な社会を実現する一方で、新たなビジネスチャンスをも生み出しています。本記事では、スマートメーター技術とその可能性、そして社会への影響について詳しく解説します。
スマートメーターは消費者側、供給側が双方向通信して電力を効率的に管理するシステム
スマートメーターとは、エネルギー供給と消費を管理するデジタルデバイスで、旧来式の電力計と比べてはるかに高度な機能を持っています。一般的な電力メーターはエネルギーの使用量を単に記録するだけですが、スマートメーターはその使用状況をリアルタイムでモニタリングし、双方向の通信が可能です。これにより、エネルギー供給者と消費者双方が電力使用状況の詳細な情報を得ることができます。
消費者側のメリットとして、エネルギーの使用状況を詳細に把握することで、エネルギーの消費を最適化し、節約につなげることが可能です。また、供給者側のメリットとして電力供給をより効率的に管理し、ピーク時の電力供給をスムーズにすることができます。
出典：Looopでんき
さらに、スマートメーターはスマートグリッドと連携することで、エネルギー供給と消費の最適化を一層進めることができます。スマートグリッドとは、電力供給網全体を監視し、電力供給と需要を最適化するシステムです。スマートメーターから得られる詳細な電力使用情報を基に、スマートグリッドは電力供給の調整をより精緻に行うことができます。
参照記事：次世代送電網『スマートグリッド』は再エネの弱点を補う？カーボンニュートラルの観点から解説
また、スマートメーターはエネルギーの消費を最適化できるという性質から、効率よく、なおかつ安定的に再生可能エネルギーの導入を促進できるため、カーボンニュートラルの達成に寄与します。
スマートメーターは2027年までに市場規模200億ドルを突破する見込み
スマートメーターはカーボンニュートラル社会の実現に向けた重要なステップとして注目を浴びており、その普及は急速に進んでいます。
調査会社のREPORTOCEANが2021年に発表したレポートによると、世界のスマート電力メーター市場は、2020年から2027年にかけて年率8.8%で成長し、2027年には202.3億ドルに達する見込みとなっています。
出典：スマート電力メーターの世界市場は2027年までCAGR8.8%で成長する見込み
市場が急拡大している背景には、効率的なデータモニタリングシステムへのニーズの高まり、スマートメーターのコスト削減メリット、スマートメーターの導入に有利な政府政策などがあるとされています。
政府の政策によってスマートメーターの普及が進んでいる理由はいくつかありますが、ひとつは、気候変動への対策としてのカーボンニュートラルの実現が急務となっていることが挙げられます。更に、電力供給の安定化という観点からもスマートメーターの重要性は増しています。自然災害などによる大規模な停電といったリスクに対して、スマートメーターはその予防や対策に役立ちます。
これらの背景から、スマートメーターはエネルギー効率の側面だけでなく、社会の持続可能性の面からも、存在感を増しているのです。
国内ではスマートメーターが2024年度末までに全国の全世帯・全事業所に導入される予定となっており、スマートメーターを活用した事業が台頭しはじめています。
参照ページ：次世代スマートメーターの 仕様の検討状況について
例えば、富士通はスマートメーターを活用したソリューション『FUJITSU Intelligent Society Solution』を展開しています。富士通と関西電力はこのソリューションを活用して、スマートメーターのデータをもとに個人の生活パターンを捉え、電気の利用状況が通常と異なる場合、遠隔地の家族にそれを知らせる『生活リズムお知らせサービス』を構想し、提供を開始しています。
参照ページ：関西電力株式会社 様 事例 : 富士通
他にも、日本テクノは電力の使用状況を可視化する環境指向型多機能モニター付デマンド警報器『SMARTMETER ERIA（スマートメーターエリア）』を提供しています。日本テクノは沖縄県のハンバーガーチェーン『A&W』を展開するエイアンドダブリュ沖縄へソリューションを提供し、電力使用状況をモニタした結果「時間帯に応じてフライヤーの稼動数を調整」「冷蔵冷凍庫は、深夜電源を切る」「食品の保管場所を集約」といった施策を実施するに至り、電力使用量13.4%の削減に成功しています。
参照ページ：成功事例は全店で実行!情報共有がさらなる成果に【エイアンドダブリュ沖縄株式会社さま】
【編集後記】近い将来、スマートメーターが標準搭載に
本文中でも触れましたが、スマートメーターは2024年度末には普及が完了する見込みです。スマートメーターの本来の役割は電力の効率化とそれに伴う再エネ比率の拡大、また災害時のレジリエンスです。さらに興味深いのは、富士通と関電の事例でも紹介したような、副次的なソリューションがあることです。全世帯、全事業所の電力の消費と供給が見える化することで、新たなビジネスチャンスが広がりそうです。
（TOMORUBA編集部 久野太一）
■連載一覧
第1回：地球の持続可能性を占うカーボンニュートラル達成への道。各国の目標や関連分野などの基礎知識
第2回：カーボンニュートラルに「全力チャレンジ」する自動車業界のマイルストーンとイノベーションの種
第3回：もう改善余地がない？カーボンニュートラル達成のために産業部門に課された高いハードルとは
第4回：カーボンニュートラル実現のために、家庭や業務はどう変わる？キーワードは省エネ・エネルギー転換・データ駆動型社会
第5回：圧倒的なCO2排出量かつ電力構成比トップの火力発電。カーボンニュートラルに向けた戦略とは
第6回：カーボンニュートラルに向けた原子力をめぐる政策と、日本独自の事情を加味した落とし所とは
第7回：カーボンニュートラルに欠かせない再生可能エネルギー。国内で主軸になる二つの発電方法
第8回：必ずCO2を排出してしまうコンクリート・セメントを代替する「カーボンネガティブコンクリート」とは？
第9回：ポテンシャルの高い洋上風力発電がヨーロッパで主流でも日本で出遅れている理由は？
第10回：成長スピードが課題。太陽光・風力発電の効果を最大化する「蓄電池」の現状とは
第11回：ロシアのエネルギー資源と経済制裁はカーボンニュートラルにどのような影響を与えるか？
第12回：水素燃料電池車（FCV）は“失敗”ではなく急成長中！水素バス・水素電車はどのように社会実装が進んでいる？
第13回：国内CO2排出量の14％を占める鉄鋼業。カーボンニュートラル実現に向けた課題と期待の新技術「COURSE50」とは
第14回：プラスチックのリサイクルで出遅れる日本。知られていない国内基準と国際基準の違いとは
第15回：カーボンニュートラルを実現したらガス業界はどうなる？ガス業界が描く3つのシナリオとは
第16回：実は世界3位の地熱発電資源を保有する日本！優秀なベースロード電源としてのポテンシャルとは
第17回：牛の“げっぷ”が畜産で最大の課題。CO2の28倍の温室効果を持つメタン削減の道筋は？
第18回：回収したCO2を資源にする「メタネーション」が火力発電やガス業界に与える影響は？
第19回：カーボンニュートラル達成に向け、なぜ「政策」が重要なのか？米・独・英の特徴的な政策とは【各国の政策：前編】
第20回：カーボンニュートラル達成に向け、なぜ「政策」が重要なのか？仏・中・ポーランドの特徴的な政策とは【各国の政策：後編】
第21回：海水をCO2回収タンクにする「海のカーボンニュートラル」の新技術とは？
第22回：ビル・ゲイツ氏が提唱する「グリーンプレミアム」とは？カーボンニュートラルを理解するための重要な指標
第23回：内閣府が初公表し注目される、環境対策を考慮した「グリーンGDP」はGDPに代わる指標となるか？
第24回：カーボンニュートラルの「知財」はなぜ重要か？日本が知財競争力1位となった4分野とは
第25回：再エネ資源の宝庫であるアフリカ。カーボンニュートラルの現状とポテンシャルは？
第26回：「ゼロ・エミッション火力プラント」の巨大なインパクト。圧倒的なCO2排出を占める火力発電をどうやって“ゼロ”にするのか？
第27回：消費者の行動変容を促す「カーボンフットプリント」は、なぜカーボンニュートラル達成のために重要なのか
第28回：脱炭素ドミノを目指す「地域脱炭素ロードマップ」と「脱炭素先行地域」の戦略とは？
第29回：次世代原発の『小型原子炉』はなぜ低コストで非常時の安全性が高いのか？
第30回：『SAF』なら燃焼しても実質CO2排出ゼロ？廃食油をリサイクルして製造する次世代型航空燃料とは
第31回：日本は「海洋エネルギー」のポテンシャルが世界トップクラス。再エネの宝庫である海のパワーとは
第32回：80年代から途上国に輸出される『福岡方式』とは？温暖化防止にもつながる再現性の高いゴミ問題の解決策
第33回：カーボンニュートラル必達を掲げ『GI基金』に2兆円を造成。支援する分野や採択されたプロジェクトとは
