『脱炭素アプリ』でどうやって企業や自治体のカーボンニュートラルを実現するのか?仕組みと事例を解説
パリ協定で定められた「世界の気温上昇を産業革命前に比べ1.5度までに抑える」を達成するための指標として、先進国では「2050年までにCO2排出量をゼロにする」ことが目標になっています。これがいわゆるカーボンニュートラルですが、日本でも段階的な目標として2030年までにCO2排出量を46%削減することを目指しています。TOMORUBAの連載「カーボンニュートラル達成への道」では、各業界がどのように脱炭素に向けた取り組みをしているのか追いかけていきます。
今回のテーマは『脱炭素アプリ』です。近年では、カーボンニュートラルを実現するためのロードマップを公開する企業や自治体が増えていますが、企業単位・自治体単位であってもこの目標を達成するのは容易ではありません。
達成のためには「CO2削減の見える化」や「ひとりひとりへの周知」などのハードルがありますが、そんな時に脱炭素アプリを駆使する事例が増えています。脱炭素アプリがどのような課題を解決するのか、どのように活用されているのかを解説します。
脱炭素アプリによってCO2の削減を見える化する
脱炭素アプリとは、企業や自治体がカーボンニュートラルを達成するにあたって、主に「CO2削減の見える化」と「ひとりひとりが脱炭素に貢献する行動の促進」を目的に開発されたアプリケーションです。
つまり、企業や自治体は脱炭素アプリを導入することによって、従業員や市民の行動変容を促し、組織として脱炭素に貢献することが可能になります。
また、アプリという媒体を採用することで、スマホユーザーひとりひとりにアプローチできるだけでなく、楽しみながら脱炭素に取り組むことができるようなインセンティブを与えて、より貢献度の高い行動を促すことができるメリットがあります。
脱炭素アプリと近しい取り組みとして、製品のCO2排出量を記載することで消費者がよりCO2排出量の少ない製品を購入するよう促す「カーボンフットプリント」が挙げられます。
参照記事:消費者の行動変容を促す「カーボンフットプリント」は、なぜカーボンニュートラル達成のために重要なのか
カーボンニュートラルの目標を公開する企業が増加し脱炭素アプリの注目度が高まる
カーボンニュートラルを推進することは企業にとっても重要です。企業が脱炭素に取り組むメリットは様々ありますが、一般的には「エネルギーコスト削減」「優位性」「ブランディング強化」「社員のモチベーション向上」「採用強化」などが挙げられます。
そのため、近年では大企業を中心にカーボンニュートラル達成に向けたマイルストーンを公表する企業が増えています。世界的に有名な事例としてはアウトドアブランドのpatagoniaで、2025年にカーボンニュートラルを達成するという戦略を打ち出しています。
参照ページ:2025年までにカーボンニュートラルになる - Patagonia Stories
日本国内でも同様の動きが広がっています。例えば、全日空は2050年カーボンニュートラル達成に向けて、マイルストーンとして2030年までにCO2排出量を26%減少(2019年度比)を掲げています。また、G7広島サミットの開催に合わせて広島空港を発着する全ての便でCO2の排出量を実質ゼロにした燃料で運航することを発表しています。
参照ページ:2050カーボンニュートラル実現に向けたトランジション戦略を策定|プレスリリース
このように、大企業が対外向けにカーボンニュートラルの戦略を打ち出していますが、従業員ひとりひとりに脱炭素への貢献を促すことは容易ではありません。こうした背景からも、脱炭素アプリのようにひとりひとりの行動変容を起こすソリューションに期待が集まっています。
社会実装された脱炭素アプリの事例
脱炭素アプリはすでに社会実装された事例がいくつもあります。ソリューションは企業によってまちまちですが、企業や自治体が導入することで消費者や従業員の脱炭素への貢献を促す、いわゆる「BtoBtoC」の商流がメインとなっています。
【ゼロボード】美容室のメニューごとにCO2排出量を可視化し顧客が積極的にカーボンオフセットを支払う仕組み
温室効果ガス(GHG)のデータを可視化してESG経営を支援するソリューションを提供するゼロボードは、消費者がカーボンオフセットを支払うことができる脱炭素アプリ『zeroboard me』を2022年3月にリリースしています。
美容室チェーン店のNORAはzeroboard meを導入することで、顧客がLINEから施術メニューを選び、支払いまでLINEで完結することができるように実装されています。さらに、支払い時に施術メニューごとに自動でGHGを算出し、カーボンオフセット(GHG排出量に見合った削減活動に投資することで埋め合わせる仕組み)の支払いを「自身で支払う」もしくは「NORAが支払う」を選択することができます。
これによって、消費者は直感的にカーボンニュートラルへの貢献を実感することができるというものです。
参照ページ:ゼロボード、カーボンオフセットアプリ「zeroboard me」を開発し提供開始
【スタジオスポビー】ウォーキングアプリを脱炭素アプリにピボットし自治体への導入を加速
スタジオスポビーは、自社で開発・運営するウォーキングアプリをピボットし、歩行または自転車で移動した際の二酸化炭素排出抑制量を可視化する脱炭素アプリ『SPOBY』として2022年4月にリニューアルしています。
SPOBYでは、アプリが自動で移動方法を検出し、歩行または自転車で移動した際の脱炭素量を独自のアルゴリズムで算出することで、健康管理と脱炭素活動を並行して行えるアプリです。
出典:「SPOBY 脱炭素ウォーク」リリース:2022年4月
SPOBYは2023年に入ってからハイペースで自治体と提携し事例を量産しています。これまで仙台市、入間市、弘前市、雲南市、高砂市、長浜市といった自治体との取り組みをスタートさせています。
例えば、高砂市との取り組みでは、市民がSPOBYを使って貯めた脱炭素ポイントと地域店舗が協賛する得点を交換する仕組みを構築しています。歩行や自転車での移動をモチベートすることで、市民の健康増進と、市の脱炭素への貢献とを実現できるだけでなく、地域の商店を巻き込むことで地域産業の活性化も向上させる狙いがあります。
参照ページ:兵庫県⾼砂市 / ⽇常の⾏動変容による脱炭素量を可視化 / エコライフアプリ「SPOBY」
【編集後記】ひとりひとりの脱炭素の意識を高める
カーボンニュートラルを達成するための戦略は数多く生まれてはいますが、結局はひとりひとりの行動が脱炭素に貢献するものにならないとカーボンニュートラルは達成できません。そういった意味で脱炭素アプリは個人のモチベーションを高めながら脱炭素へ意識を向けることができる貴重なソリューションだと言えます。
(TOMORUBA編集部 久野太一)
■連載一覧
第1回:地球の持続可能性を占うカーボンニュートラル達成への道。各国の目標や関連分野などの基礎知識
第2回:カーボンニュートラルに「全力チャレンジ」する自動車業界のマイルストーンとイノベーションの種
第3回:もう改善余地がない?カーボンニュートラル達成のために産業部門に課された高いハードルとは
第4回:カーボンニュートラル実現のために、家庭や業務はどう変わる?キーワードは省エネ・エネルギー転換・データ駆動型社会
第5回:圧倒的なCO2排出量かつ電力構成比トップの火力発電。カーボンニュートラルに向けた戦略とは
第6回:カーボンニュートラルに向けた原子力をめぐる政策と、日本独自の事情を加味した落とし所とは
第7回:カーボンニュートラルに欠かせない再生可能エネルギー。国内で主軸になる二つの発電方法
第8回:必ずCO2を排出してしまうコンクリート・セメントを代替する「カーボンネガティブコンクリート」とは?
第9回:ポテンシャルの高い洋上風力発電がヨーロッパで主流でも日本で出遅れている理由は?
第10回:成長スピードが課題。太陽光・風力発電の効果を最大化する「蓄電池」の現状とは
第11回:ロシアのエネルギー資源と経済制裁はカーボンニュートラルにどのような影響を与えるか?
第12回:水素燃料電池車(FCV)は“失敗”ではなく急成長中!水素バス・水素電車はどのように社会実装が進んでいる?
第13回:国内CO2排出量の14%を占める鉄鋼業。カーボンニュートラル実現に向けた課題と期待の新技術「COURSE50」とは
第14回:プラスチックのリサイクルで出遅れる日本。知られていない国内基準と国際基準の違いとは
第15回:カーボンニュートラルを実現したらガス業界はどうなる?ガス業界が描く3つのシナリオとは
第16回:実は世界3位の地熱発電資源を保有する日本!優秀なベースロード電源としてのポテンシャルとは
第17回:牛の“げっぷ”が畜産で最大の課題。CO2の28倍の温室効果を持つメタン削減の道筋は?
第18回:回収したCO2を資源にする「メタネーション」が火力発電やガス業界に与える影響は?
第19回:カーボンニュートラル達成に向け、なぜ「政策」が重要なのか?米・独・英の特徴的な政策とは【各国の政策:前編】
第20回:カーボンニュートラル達成に向け、なぜ「政策」が重要なのか?仏・中・ポーランドの特徴的な政策とは【各国の政策:後編】
第21回:海水をCO2回収タンクにする「海のカーボンニュートラル」の新技術とは?
第22回:ビル・ゲイツ氏が提唱する「グリーンプレミアム」とは?カーボンニュートラルを理解するための重要な指標
第23回:内閣府が初公表し注目される、環境対策を考慮した「グリーンGDP」はGDPに代わる指標となるか?
第24回:カーボンニュートラルの「知財」はなぜ重要か?日本が知財競争力1位となった4分野とは
第25回:再エネ資源の宝庫であるアフリカ。カーボンニュートラルの現状とポテンシャルは?
第26回:「ゼロ・エミッション火力プラント」の巨大なインパクト。圧倒的なCO2排出を占める火力発電をどうやって“ゼロ”にするのか?
第27回:消費者の行動変容を促す「カーボンフットプリント」は、なぜカーボンニュートラル達成のために重要なのか
第28回:脱炭素ドミノを目指す「地域脱炭素ロードマップ」と「脱炭素先行地域」の戦略とは?
第29回:次世代原発の『小型原子炉』はなぜ低コストで非常時の安全性が高いのか?
第30回:『SAF』なら燃焼しても実質CO2排出ゼロ?廃食油をリサイクルして製造する次世代型航空燃料とは
第31回:日本は「海洋エネルギー」のポテンシャルが世界トップクラス。再エネの宝庫である海のパワーとは
第32回:80年代から途上国に輸出される『福岡方式』とは?温暖化防止にもつながる再現性の高いゴミ問題の解決策
第33回:カーボンニュートラル必達を掲げ『GI基金』に2兆円を造成。支援する分野や採択されたプロジェクトとは
第34回:排出されるCO2を捕捉して貯蔵する技術『CCS』はカーボンニュートラルの救世主となるか?
第35回:次世代送電網『スマートグリッド』は再エネの弱点を補う?カーボンニュートラルの観点から解説
第36回:間もなく普及が完了する次世代電力計『スマートメーター』が脱炭素に与える影響と、新たなビジネスチャンスとは
第37回:電力送電網とつながらない『オフグリッド』がカーボンニュートラルになぜ貢献するのか?一般家庭や事業者への導入事例を紹介