「電力貯蔵技術」がなぜ脱化石燃料と再エネ活用の促進になるのか?脱炭素達成にはマストの重要な技術を解説
パリ協定で定められた「世界の気温上昇を産業革命前に比べ1.5度までに抑える」を達成するための指標として、先進国では「2050年までにCO2排出量をゼロにする」ことが目標になっています。これがいわゆるカーボンニュートラルですが、日本でも段階的な目標として2030年までにCO2排出量を46%削減することを目指しています。TOMORUBAの連載「カーボンニュートラル達成への道」では、各業界がどのように脱炭素に向けた取り組みをしているのか追いかけていきます。
今回のテーマは「電力貯蔵技術」です。カーボンニュートラル達成のために再生エネルギーのシェアを拡大させることが大きなマイルストーンの一つになっていますが、それを実現するためには、電力の需要と供給のバランスを取ることが課題になっています。
需給バランスを取るために、電力貯蔵技術の台頭は避けては通れないといってもいいほど重要な要素です。この記事では電力貯蔵技術の現状、その市場動向、活用事例、そして将来の展望について解説していきます。
電力貯蔵技術は化石燃料削減、再エネ促進の観点から欠かせない技術
電力貯蔵技術はその名の通り、電力を一時的に保存し、必要な時に再び使用できるようにする技術です。この技術が台頭することで、例えば発電した電力を貯蔵し、必要に応じて貯蔵した電力を使うことができるようになります。つまり、風力や太陽光など天候や時間帯に左右される供給が不安定な電力を貯蔵しておくことで、風のない日や太陽の出ていない夜などにも再エネを活用することができるメリットがあるのです。
要するに電力貯蔵技術が発達すれば、化石燃料を利用する火力発電の使用を控えることができます。同様に、自動車分野でもガソリン車から電気自動車への移行が進めば化石燃料への依存が低減されてCO2排出削減にも貢献できます。このような背景から、カーボンニュートラルの文脈からも電力貯蔵技術の進歩は重要度が高いのです。
電力貯蔵技術にはさまざまな種類があります。代表格は蓄電池ですが、そのほかにも電気二重層キャパシタ、フライホイール、超電動電力貯蔵(SMES)、揚水発電などそれぞれ研究開発が進んでいます。
また、内閣府では自動車分野、再エネ分野との連携の二軸で電力貯蔵技術をカーボンニュートラルに生かすためのロードマップを引いています。
出典:高性能電力貯蔵
ロードマップに組み込まれている電力貯蔵技術はリチウムイオン電池などの蓄電池のほかに、電気二重層キャパシタがあります。多くの電力貯蔵技術でネックとなっているコストについては、2030年には自動車用では4分の1(2020年対比)に、定置用では3分の1に(2010年対比)なる見込みです。
電力貯蔵技術の市場規模は2026年までに2110億ドルに。年平均4.8%成長ペース
発展途上国全体で電力需要が増加している影響から、電力貯蔵技術も市場規模が堅調に成長しています。調査会社のFortune Business Insightsが2019年に公開したレポートによると、世界の先進エネルギー貯蔵システムの市場規模は、2018年に累計で約1,450億ドルと評価され、2026年までに2,110米ドルに達すると予測されています。年平均成長率(CAGR) は 4.82%となる見込みです。
出典:先進エネルギー貯蔵市場規模、成長、シェア |予測レポート【2030年】
また、富士経済が2019年に公開したレポート『自動車分野向け、電力貯蔵分野向け大型二次電池の市場調査』では、大型二次電池の世界規模は2030年には自動車分野向けが14兆9,610億円、電力貯蔵分野向けでは1兆8,819億円となる見込みです。
ふたつのレポートを単純に比較することはできませんが、電力貯蔵技術のシェアの大部分を二次電池(蓄電池)関連が占めていることが予想できます。
出典:電力貯蔵分野向け大型二次電池の市場調査を実施 | プレスリリース | 富士経済グループ
社会実装が進む電力貯蔵技術
近年、優れた電力貯蔵技術を持つ企業がいくつも台頭しており、社会実装が進むフェーズに入っています。
例えば大阪ガスグループは、ヨーロッパでEVを活用した需給調整技術を行うスタートアップJEDLIXに出資しています。JEDLIXは欧州を中心に展開しているアグリゲータであり、自社開発システムによりEVのバッテリーを遠隔制御することで需給調整する技術を持っています。電力の調達先には再エネも含まれており、どこから電力を調達するかもコントロールできることから、再エネの利用拡大につながるソリューションとして期待されています。
参照記事:大阪ガス | ヨーロッパでEVを活用した需給調整事業を行うスタートアップ「JEDLIX」に出資
また、大成建設では同社の技術センター『人と空間のラボ』において、再エネの貯蔵・利用が可能な電力供給システムを構築しています。この取り組みでは、太陽光発電で得られる余剰電力を蓄電池と水素変換設備に貯蔵することで、太陽光のない時間帯にも再エネを有効活用することができます。このシステムを用いて、同社では2023年5月から、建物運用時のカーボンニュートラル化を実現する汎用的な技術の開発に向けた実証を開始しています。
参照ページ:再生可能エネルギー貯蔵・利用システムの開発・実証に着手 | 大成建設株式会社
【編集後記】成立するビジネスモデルを作れるか
電力貯蔵技術は脱化石燃料と再エネ活用の促進に直接的に貢献できる技術です。本文でも事例で取り上げたように社会実装も進んできてはいますが、既存の電力インフラと取って代わるかと言われるとそこまでには達していません。結局、電力を使う側にとっては価格がネックになるので、そこをクリアして優れたビジネスモデルを構築しない限り電力貯蔵技術が主力になることは難しいでしょう。
(TOMORUBA編集部 久野太一)
■連載一覧
第1回:地球の持続可能性を占うカーボンニュートラル達成への道。各国の目標や関連分野などの基礎知識
第2回:カーボンニュートラルに「全力チャレンジ」する自動車業界のマイルストーンとイノベーションの種
第3回:もう改善余地がない?カーボンニュートラル達成のために産業部門に課された高いハードルとは
第4回:カーボンニュートラル実現のために、家庭や業務はどう変わる?キーワードは省エネ・エネルギー転換・データ駆動型社会
第5回:圧倒的なCO2排出量かつ電力構成比トップの火力発電。カーボンニュートラルに向けた戦略とは
第6回:カーボンニュートラルに向けた原子力をめぐる政策と、日本独自の事情を加味した落とし所とは
第7回:カーボンニュートラルに欠かせない再生可能エネルギー。国内で主軸になる二つの発電方法
第8回:必ずCO2を排出してしまうコンクリート・セメントを代替する「カーボンネガティブコンクリート」とは?
第9回:ポテンシャルの高い洋上風力発電がヨーロッパで主流でも日本で出遅れている理由は?
第10回:成長スピードが課題。太陽光・風力発電の効果を最大化する「蓄電池」の現状とは
第11回:ロシアのエネルギー資源と経済制裁はカーボンニュートラルにどのような影響を与えるか?
第12回:水素燃料電池車(FCV)は“失敗”ではなく急成長中!水素バス・水素電車はどのように社会実装が進んでいる?
第13回:国内CO2排出量の14%を占める鉄鋼業。カーボンニュートラル実現に向けた課題と期待の新技術「COURSE50」とは
第14回:プラスチックのリサイクルで出遅れる日本。知られていない国内基準と国際基準の違いとは
第15回:カーボンニュートラルを実現したらガス業界はどうなる?ガス業界が描く3つのシナリオとは
第16回:実は世界3位の地熱発電資源を保有する日本!優秀なベースロード電源としてのポテンシャルとは
第17回:牛の“げっぷ”が畜産で最大の課題。CO2の28倍の温室効果を持つメタン削減の道筋は?
第18回:回収したCO2を資源にする「メタネーション」が火力発電やガス業界に与える影響は?
第19回:カーボンニュートラル達成に向け、なぜ「政策」が重要なのか?米・独・英の特徴的な政策とは【各国の政策:前編】
第20回:カーボンニュートラル達成に向け、なぜ「政策」が重要なのか?仏・中・ポーランドの特徴的な政策とは【各国の政策:後編】
第21回:海水をCO2回収タンクにする「海のカーボンニュートラル」の新技術とは?
第22回:ビル・ゲイツ氏が提唱する「グリーンプレミアム」とは?カーボンニュートラルを理解するための重要な指標
第23回:内閣府が初公表し注目される、環境対策を考慮した「グリーンGDP」はGDPに代わる指標となるか?
第24回:カーボンニュートラルの「知財」はなぜ重要か?日本が知財競争力1位となった4分野とは
第25回:再エネ資源の宝庫であるアフリカ。カーボンニュートラルの現状とポテンシャルは?
第26回:「ゼロ・エミッション火力プラント」の巨大なインパクト。圧倒的なCO2排出を占める火力発電をどうやって“ゼロ”にするのか?
第27回:消費者の行動変容を促す「カーボンフットプリント」は、なぜカーボンニュートラル達成のために重要なのか
第28回:脱炭素ドミノを目指す「地域脱炭素ロードマップ」と「脱炭素先行地域」の戦略とは?
第29回:次世代原発の『小型原子炉』はなぜ低コストで非常時の安全性が高いのか?
第30回:『SAF』なら燃焼しても実質CO2排出ゼロ?廃食油をリサイクルして製造する次世代型航空燃料とは
第31回:日本は「海洋エネルギー」のポテンシャルが世界トップクラス。再エネの宝庫である海のパワーとは
第32回:80年代から途上国に輸出される『福岡方式』とは?温暖化防止にもつながる再現性の高いゴミ問題の解決策
第33回:カーボンニュートラル必達を掲げ『GI基金』に2兆円を造成。支援する分野や採択されたプロジェクトとは
第34回:排出されるCO2を捕捉して貯蔵する技術『CCS』はカーボンニュートラルの救世主となるか?
第35回:次世代送電網『スマートグリッド』は再エネの弱点を補う?カーボンニュートラルの観点から解説
第36回:間もなく普及が完了する次世代電力計『スマートメーター』が脱炭素に与える影響と、新たなビジネスチャンスとは
第37回:電力送電網とつながらない『オフグリッド』がカーボンニュートラルになぜ貢献するのか?一般家庭や事業者への導入事例を紹介