TOMORUBA

事業を活性化させる情報を共有する
コミュニティに参加しませんか?

AUBA
  1. Tomorubaトップ
  2. ニュース
  3. 「米国インフレ抑制法(IRA)」がなぜカーボンニュートラルに貢献するのか?バイデン政権が3910億ドル投じる肝入りの政策を解説
「米国インフレ抑制法(IRA)」がなぜカーボンニュートラルに貢献するのか?バイデン政権が3910億ドル投じる肝入りの政策を解説

「米国インフレ抑制法(IRA)」がなぜカーボンニュートラルに貢献するのか?バイデン政権が3910億ドル投じる肝入りの政策を解説

  • 11215
  • 11190
  • 11183
9人がチェック!

パリ協定で定められた「世界の気温上昇を産業革命前に比べ1.5度までに抑える」を達成するための指標として、先進国では「2050年までにCO2排出量をゼロにする」ことが目標になっています。これがいわゆるカーボンニュートラルですが、日本でも段階的な目標として2030年までにCO2排出量を46%削減することを目指しています。TOMORUBAの連載「カーボンニュートラル達成への道」では、各業界がどのように脱炭素に向けた取り組みをしているのか追いかけていきます。

今回のテーマは「米国インフレ抑制法(IRA)」です。米国では、2022年8月にこの法案が成立しています。IRAは、過度のインフレを抑制すると同時に、エネルギー安全保障と気候変動対策を強化することを目的とした法律です。一見すると、インフレ抑制、エネルギー安全保障、気候変動対策がどうつながるのかわかりにくいですが、順を追って解説していきます。

米国インフレ抑制法(IRA)で約3,910億ドルの気候変動対策予算が充てられる

米国インフレ抑制法(IRA)は米国で2022年8月に成立した法案で、過度なインフレを抑制すると同時にエネルギー安全保障と気候変動対策を強力に推進することを目的にしています。IRAには気候変動対策として約3,910億ドル(約57兆円)の予算が充てられていることからも、気候変動を重視するバイデン政権の肝いりの政策であることがわかります。

IRAが成立した背景としていくつかの要因が挙げられます。

・2022年の米国のインフレ率は前年比8.5%と、40年ぶりの高水準に達している

・インフレの原因として、COVID-19のパンデミックによる供給制約や、ロシアによるウクライナ侵攻によるエネルギー価格の上昇などがある

・インフレにより消費者の生活費が押し上げられ、企業のコストが上昇し経済成長が鈍化する

要するに、インフレとエネルギー価格は密接な関係にあるため、エネルギー価格を安定させることでインフレを抑え込み、経済を再び成長軌道に乗せたいという狙いがあります。そしてインフレが抑制されれば政府の財政も健全化して、クリーンエネルギー関連の施策も実施しやすくなる、という理屈です。

米国インフレ抑制法(IRA)に係る予算と分野

米国インフレ抑制法(IRA)は全体の歳出は4990億ドルとなっており、そのうち気候変動対策の予算に充てられている約3,910億ドルとなっています。一方で歳入はG7で合意された15%の最低法人税率の導入など、新たな課税を軸にしています。

米国インフレ抑制法(IRA)の歳出(単位:億ドル)

・気候変動対策:3,910

・医療保険制度改革など:1,080

・総計:4,990

米国インフレ抑制法(IRA)の歳入(単位:億ドル)

・15%の最低法人税率の導入:2,220

・処方箋薬価の交渉権付与など :2,810

・内国歳入庁(IRS)の体制強化:1,010

・自社株買いに対する1%の課税:740

・超過事業損失制限の延長など :600

・総計:7,380

参照ページ:インフレ削減法は、気候変動対策に軸足(米国) | 地域・分析レポート - 海外ビジネス情報 - ジェトロ

この計画によって、米国は国際公約として示した目標である「2030年までに温室効果ガスを2005年比で50~52%削減」をベースにした、気候変動対策を加速させたい狙いがあります。米国エネルギー省は、IRAの気候変動対策によって、2030年までに温室効果ガス排出量を40%削減できると試算しているようです。

では、気候変動対策として確保されている3,910億ドルの予算は具体的にどういった分野に充てられるのでしょうか。基本的にこの予算は各分野におけるクリーンエネルギー導入にともなう税額控除に充てられます。

・クリーン生産設備:太陽光パネル、風力タービン、バッテリーなどを製造するための設備投資や、化学、鉄鋼、セメントの工場などで大気汚染を削減するための設備の導入

・二酸化炭素回収・貯留(CCS)、直接空気回収(DAC)、石油増産回収(EOR)など:2032年までに建設を開始したCCS関連施設を対象に、既存の税額控除額の拡充。DAC(大気からの直接炭素回収)やEOR(原油回収促進)の施設

・家庭での太陽光発電設備の設置に対する税額控除の延長:太陽光発電設備など(購入額の30%まで)

・省エネ機器の購入:省エネ機器を購入する場合、1世帯あたり最大1万4,000ドル還付

・原子力発電、持続可能な航空燃料(SAF)、クリーン水素などの燃料エネルギー製造

・電気自動車(EV)の購入に伴う税額控除

引用:米国インフレ抑制法(Inflation Reduction Act, IRA) – アメリカ穀物協会 | U.S. Grains Council

米国インフレ抑制法(IRA)の懸念点

多岐にわたる分野に巨額の補助金措置を充てるIRAですが、その影響の大きさから懸念や批判も出ています。例えば、電気自動車の領域では多くの問題を抱えており、日本のEVがIRAの規則に適合するためにはサプライチェーンを根本的に作り直すためのコストが必要であることや、バッテリー確保の競争が激化してバッテリーの価格が高騰してしまう懸念があります。

また、補助金を目当てにした世界のクリーンエネルギー開発企業が米国に集中することで、公正な競争が阻害されているとして、仏と独の経済担当大臣がワシントンを訪れ懸念を表明しています。

企業としては税額控除を受けられるので米国に進出することは合理的な判断ですが、あまりの控除の巨額さから、自由貿易が歪められてしまうのではという懸念がEUなどから出ているのが現状です。

【編集後記】カーボンニュートラルが経済成長の中心に

米国政府が掲げるIRAの本気度からも、カーボンニュートラルが経済成長の中心になりつつあることがわかりました。エネルギー価格が先行き不透明で安定しない中で、大胆にクリーンエネルギーへの投資をすることで経済が上向くことが証明できれば、世界各国がこの動きに追随していくはずです。依然としてカーボンニュートラル達成のハードルは高いですが、こうした政策が成功すれば脱炭素と経済成長の好循環が生まれるでしょう。

(TOMORUBA編集部 久野太一)

■連載一覧

第1回:地球の持続可能性を占うカーボンニュートラル達成への道。各国の目標や関連分野などの基礎知識

第2回:カーボンニュートラルに「全力チャレンジ」する自動車業界のマイルストーンとイノベーションの種

第3回:もう改善余地がない?カーボンニュートラル達成のために産業部門に課された高いハードルとは

第4回:カーボンニュートラル実現のために、家庭や業務はどう変わる?キーワードは省エネ・エネルギー転換・データ駆動型社会

第5回:圧倒的なCO2排出量かつ電力構成比トップの火力発電。カーボンニュートラルに向けた戦略とは

第6回:カーボンニュートラルに向けた原子力をめぐる政策と、日本独自の事情を加味した落とし所とは

第7回:カーボンニュートラルに欠かせない再生可能エネルギー。国内で主軸になる二つの発電方法

第8回:必ずCO2を排出してしまうコンクリート・セメントを代替する「カーボンネガティブコンクリート」とは?

第9回:ポテンシャルの高い洋上風力発電がヨーロッパで主流でも日本で出遅れている理由は?

第10回:成長スピードが課題。太陽光・風力発電の効果を最大化する「蓄電池」の現状とは

第11回:ロシアのエネルギー資源と経済制裁はカーボンニュートラルにどのような影響を与えるか?

第12回:水素燃料電池車(FCV)は“失敗”ではなく急成長中!水素バス・水素電車はどのように社会実装が進んでいる?

第13回:国内CO2排出量の14%を占める鉄鋼業。カーボンニュートラル実現に向けた課題と期待の新技術「COURSE50」とは

第14回:プラスチックのリサイクルで出遅れる日本。知られていない国内基準と国際基準の違いとは

第15回:カーボンニュートラルを実現したらガス業界はどうなる?ガス業界が描く3つのシナリオとは

第16回:実は世界3位の地熱発電資源を保有する日本!優秀なベースロード電源としてのポテンシャルとは

第17回:牛の“げっぷ”が畜産で最大の課題。CO2の28倍の温室効果を持つメタン削減の道筋は?

第18回:回収したCO2を資源にする「メタネーション」が火力発電やガス業界に与える影響は?

第19回:カーボンニュートラル達成に向け、なぜ「政策」が重要なのか?米・独・英の特徴的な政策とは【各国の政策:前編】

第20回:カーボンニュートラル達成に向け、なぜ「政策」が重要なのか?仏・中・ポーランドの特徴的な政策とは【各国の政策:後編】

第21回:海水をCO2回収タンクにする「海のカーボンニュートラル」の新技術とは?

第22回:ビル・ゲイツ氏が提唱する「グリーンプレミアム」とは?カーボンニュートラルを理解するための重要な指標

第23回:内閣府が初公表し注目される、環境対策を考慮した「グリーンGDP」はGDPに代わる指標となるか?

第24回:カーボンニュートラルの「知財」はなぜ重要か?日本が知財競争力1位となった4分野とは

第25回:再エネ資源の宝庫であるアフリカ。カーボンニュートラルの現状とポテンシャルは?

第26回:「ゼロ・エミッション火力プラント」の巨大なインパクト。圧倒的なCO2排出を占める火力発電をどうやって“ゼロ”にするのか?

第27回:消費者の行動変容を促す「カーボンフットプリント」は、なぜカーボンニュートラル達成のために重要なのか

第28回:脱炭素ドミノを目指す「地域脱炭素ロードマップ」と「脱炭素先行地域」の戦略とは?

第29回:次世代原発の『小型原子炉』はなぜ低コストで非常時の安全性が高いのか?

第30回:『SAF』なら燃焼しても実質CO2排出ゼロ?廃食油をリサイクルして製造する次世代型航空燃料とは

第31回:日本は「海洋エネルギー」のポテンシャルが世界トップクラス。再エネの宝庫である海のパワーとは

第32回:80年代から途上国に輸出される『福岡方式』とは?温暖化防止にもつながる再現性の高いゴミ問題の解決策

第33回:カーボンニュートラル必達を掲げ『GI基金』に2兆円を造成。支援する分野や採択されたプロジェクトとは

第34回:排出されるCO2を捕捉して貯蔵する技術『CCS』はカーボンニュートラルの救世主となるか?

第35回:次世代送電網『スマートグリッド』は再エネの弱点を補う?カーボンニュートラルの観点から解説

第36回:間もなく普及が完了する次世代電力計『スマートメーター』が脱炭素に与える影響と、新たなビジネスチャンスとは

第37回:電力送電網とつながらない『オフグリッド』がカーボンニュートラルになぜ貢献するのか?一般家庭や事業者への導入事例を紹介

第38回:「GX基本方針」で示されたふたつの目標とは。「GX推進法」「GX推進戦略」との違いなど解説

第39回:「電力貯蔵技術」がなぜ脱化石燃料と再エネ活用の促進になるのか?脱炭素達成にはマストの重要な技術を解説

第40回:『脱炭素アプリ』でどうやって企業や自治体のカーボンニュートラルを実現するのか?仕組みと事例を解説