正しく理解しておきたい『インクルーシブデザイン』の世界。“7原則”や世界的な事例を紹介
新規事業やオープンイノベーションのプレイヤーやそれらを実践・検討する企業の経営者はTOMORUBAの主な読者層ですが、こうした人々は常に最新トレンドをキャッチしておかなければなりません。そんなビジネスパーソンが知っておきたいトレンドキーワードをサクッと理解できる連載が「5分で知るビジネストレンド」です。キーワードを「雑学」としてではなく、今日から使える「知識」としてお届けしていきます。
今回取り上げる『インクルーシブデザイン』は、すべてのユーザーに対して均等なアクセスと体験を提供することを目的としたデザインアプローチです。インクルーシブデザインを採用することで、リーチできる顧客、そして市場シェアを拡大するチャンスにつながる可能性があります。この記事では、インクルーシブデザインの概要とビジネスにおける重要性について詳しく説明します。
インクルーシブデザインは全てのユーザーがアクセス可能なデザインアプローチ
インクルーシブデザイン(Inclusive Design)は、すべてのユーザーに対して、物理的、文化的、認知的な障害を乗り越えてアクセスでき、体験を提供することを目的としたデザインアプローチです。
これまでのデザインプロセスでは排除されてきた人々を包括的に巻き込んで、だれでもアクセス可能な製品やサービスを開発することを意味します。インクルーシブデザイン研究センターの定義では以下のような表現がされています。
インクルーシブデザインが語られる時「障害の有無に関わらずアクセスできるデザイン」という文脈で説明されることがありますが、正しくは引用のとおり「人間の多様性を全て考慮したデザイン」という表現が正しいです。
インクルーシブデザイン、アクセシビリティ、ユニバーサルデザインの違い
インクルーシブデザインと似た言葉として『アクセシビリティ』や『ユニバーサルデザイン』があります。
アクセシビリティは全てのユーザーがさまざまな状況下で「アクセスできる」度合いを表したものです。インクルーシブデザインはデザインアプローチであるのに対して、アクセシビリティは性質を表す言葉なので、インクルーシブデザインにはアクセシビリティが含まれていると考えられます。
ユニバーサルデザインはだれでも使いやすいという意味ではインクルーシブデザインと同じですが、アプローチが違います。まず、両者は「デザインを作る人」が異なります。ユニバーサルデザインはデザイナーが作りますが、ユニバーサルデザインはデザイナーと共に利用者となる人を巻き込んで作るのが一般的です。また、アプローチも異なります。最初からだれでも使いやすく作るのがユニバーサルデザインであり、すでにあるプロダクトの課題を解決するアプローチがインクルーシブデザインとなります。
インクルーシブデザインの7原則
インクルーシブデザインにはWebサイトやアプリケーションの設計・開発に携わる人に向けて推奨されている『インクルーシブデザインの原則』と呼ばれる7つの原則があります。
1.同等の体験を提供する
2.状況を考慮する
3.一貫性を保つ
4.利用者に制御させる
5.選択肢を提供する
6.コンテンツの優先順位を付ける
7.価値を付加する
引用:インクルーシブデザインの原則(「Inclusive Design Principles」日本語訳)
出典:Inclusive Design Principles
これらのインクルーシブデザインをビジネスに導入することで得られるメリットはいくつかあります。
まず、より大きいマーケットにリーチすることが可能になります。たとえば障害を持つユーザーグループなど、従来までのデザインでは排除されてきたターゲットユーザーに対してサービスを提供することができるのです。
また、多様性があり、包括的であるというイメージを形成することで、ブランドイメージの向上も期待できます。さらに、アクセシビリティの高いウェブサイトは検索結果のスコアに良い影響を与えるためSEOにも貢献します。
インクルーシブデザインの事例
インクルーシブデザインを実践している企業をいくつか紹介します。
米国のジョンソン・アンド・ジョンソンは2020年、バンドエイドから新たに5色のカラーバリエーションを発表しています。これにより、自分の肌の色にあわせたバンドエイドを選択することができました。これまで、人間の肌の色はさまざまであるにも関わらず、バンドエイドは定番のカラーが圧倒的に流通していましたが、この対応によって多くの人にとって使いやすいバンドエイドとなりました。
また、iPhoneのVoiceOverは画面が見えなくてもジェスチャーに基づいてデバイスを操作できるインクルーシブデザインを実践する機能です。ユーザーは画面をドラッグすると、デバイスが指の下にあるアイコンやテキストを読み上げてくれたり、他の項目に移動したい場合は対応したジェスチャーをすることで操作が可能になります。
参照ページ:「差別と戦う黒人と連帯」肌の色に合うバンドエイド…対応遅いと非難も
参照ページ:iPhoneでVoiceOverをオンにして練習する - Apple サポート (日本)
【編集後記】AIやVRがインクルーシブデザインの主役に
インクルーシブデザインの未来を考えた時に、やはり主役となるテクノロジーはAIやAR・VRでしょう。例えばARグラスが耳の聞こえない人をテロップでサポートするなど、これらの技術は人々が「アクセスできないこと」を補助することに長けています。メガネの登場によって弱視が障害ではなくなったように、ビジネスシーンでも爆発的なポテンシャルを秘めているのは間違いない領域です。
(TOMORUBA編集部 久野太一)
■連載一覧
第1回:なぜ価格が高騰し話題となったのか?5分でわかる「NFT」
第2回:話題の「ノーコード」はなぜ、スタートアップや新規事業担当者にとって有力な手段となるのか?
第3回:世界的なトレンドとなっている「ESG投資」が、スタートアップにとってチャンスである理由
第4回:課題山積のマイクロプラスチック。成功事例から読みとくスタートアップの勝ち筋は
第5回:電力自由化でいまだに新規参入が増えるのはなぜ?スタートアップにとってのチャンスとは
第6回:「46%削減」修正で話題の脱炭素。46%という目標が生まれた経緯と、潜むビジネスチャンスとは
第7回:小売大手がこぞって舵を切る店舗決済の省人化。「無人レジ」の社会実装はいつ来るか?
第8回:実は歴史の深い「地域通貨」が、挑戦と反省を経て花ひらこうとしているワケ
第9回:音声配信ビジネスが日本でもブレイクする予兆。世界の動向から見える耳の争奪戦
第10回:FIREブームはなぜ始まった?「利回り4%」「生活費の25倍の元本」など、出回るノウハウと実現可能性は
第11回:若年層は先進層と無関心層が二極化!エシカル消費・サステナブル消費のリアルとは
第12回:「ワーケーション」は全ての在宅勤務社員がターゲットに!5年で5倍に成長する急成長市場の実態
第13回:なぜいま「Z世代」が流行語に?Z世代の基礎知識とブレイクしたきっかけを分析
第14回:量子コンピュータの用途は?「スパコン超え報道」の読み解き方はなど基礎知識を解説
第15回:市場規模1兆ドルも射程の『メタバース』で何が起こる?すでに始まっている仮想空間での経済活動とは
第16回:『TikTok売れ』はなぜ起こった?ビジネスパーソンが知っておきたい国内のTikTok事情
第17回:パンデミックが追い風に。マルチハビテーションが新しいライフスタイルと地方の課題解決を実現できる理由
第18回:Web3(Web3.0)とは何なのか?Web1.0とWeb2.0の振り返り&話題が爆発したきっかけを解説
第19回:フェムテックで先行する欧米と追従する日本。市場が活気づいている背景とは?
第20回:withコロナに「リベンジ消費」は訪れるか?消費者の“意向”と実際の“動向”からわかること
第21回:子供が家族の介護をサポートする「ヤングケアラー」の実態と、その問題とは?
第22回:半導体不足はなぜ起きた?米中貿易摩擦、巣ごもり需要、台湾への依存などを解説
第23回:【ビジネストレンドまとめ】注目を集めた5つの事業ドメインとは?
第24回:長引くコロナ禍で顕著になる“K字経済”とは?格差が拡大する「ヒト」と「企業」
第25回:「パーパス」とはなぜ注目されるのか?誰のためのものか?5分でわかる基礎知識
第26回:NFT・メタバース・Web3はどう違う?注目を集める「新しいエコシステム」5選
第27回:サステナブルのさらに先いく「リジェネラティブ」とは?実践企業や背景を解説
第28回:16年で2倍に膨れ上がった『電子ゴミ』は何が問題なのか。唯一の解決策とは?
第29回:サウナビジネスはグローバルで健全な成長も、国内ではサウナユーザーは激減。サウナビジネスの最新事情
第30回:【ビジネストレンドまとめ】話題となった「社会課題」トレンド6選
第31回:Play to Earn(P2E)はなぜ注目を集めているのか?ビジネストレンドとしての基礎知識
第32回:脅威の市場ポテンシャルが期待されるクラウドゲーム。GAFAMやソニー、任天堂が参入するポイントを解説
第33回:FIRE、マルチハビテーションなど注目を集めるライフスタイルに関連するビジネストレンド4選
第34回:「ロボアドバイザー」はミレニアル・Z世代になぜ人気?コロナ禍で加速する新しい資産運用の形
第35回:加速する人への投資。岸田首相「5年で1兆円」の方針表明で注目集めるリスキリングとは?
第36回:画像生成AIはなぜ「世界を変える」のか?ビッグテックが拒む「一般公開」と「オープンソース」がもたらす影響力とは
第37回:クリエイターの6割が収益化!国内で広がる「クリエイターエコノミー」の実態と事例