「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㉗~フリー戦略
前回の【「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く】第26弾で「フリーミアムモデル」を取り上げましたが、「無料」を活用したビジネス戦略はそれだけではありません。TVや無料キャンペーンなど、無料をうまく使って成功したビジネスは数多く存在します。
シリーズ第27弾となる今回は「フリー戦略」を取り上げ、無料を駆使したビジネス戦略を紹介します。なぜ無料には大きなインパクトがあるのか、心理効果の側面から解説しているので参考にしてください。
フリー戦略とは
フリー戦略とは「無料」を活用したマーケティング戦略で、2009年に「WIRED」の当時の編集長が出版した『フリー〈無料〉からお金を生みだす新戦略』で有名になりました。
とは言え、フリーをコンセプトにしたマーケティング手法は以前から存在しています。身近な例を上げるならスーパーマーケットの試食や、街角で配られるティッシュもそう。インターネットの世界なら、無料で利用できるGoogleの各種サービスも含まれます。
フリー戦略を裏打ちする心理効果
ビジネスにおいて「無料」が大きなインパクトを持っていることは、心理学の面からでも証明されています。人は無料を提示された時、どのような心理効果が働いているのか見てみましょう。
返報性の原理
返報性の原理とは、なにか施しを受けた時に「お返しをしなければ」と思うこと。相手に見返りを求められていなくても、何かの形で返して納得したいと思った経験は誰にでもあるでしょう。デパートで「買わないのに試食するのは悪いな」と思うのも、この返報性の原理が働いているからであり、逆に言えば「試食したのだから何か買おう」という気持ちになります。
この原理が働いているのが化粧品のサンプル。例えば再春館製薬が販売する「ドモホルンリンクル」の無料お試しセットは、普通に買えば3,000円ほどはする商品です。立派なサンプルを無料でもらったことで「注文しないと悪いかな」という気持ちが、本注文への気持ちを後押しします。商品に満足することが前提ですが、迷っている人の背中を押す十分な効果があるといえるでしょう。
一貫性の原理
人には自分の態度や言動に、一貫性を持たせたいという性質があります。時に非合理的でありながらも、同じ行動を取り続けるのもそのためです。ずっと読み続けているマンガを、最初ほど面白いと思ってないのに新刊が出ると買ってしまうのもその一例。
この性質をうまく利用しているのが漫画サイトの無料試し読み。途中まで無料で読み進めてしまうと、その勢いで課金してでもその先を読んでしまいます。最初から有料だったら読まなかった作品も、最初のハードルを下げることで最後まで読み進めてしまうのです。
ザイアンス効果(単純接触効果)
ザイアンス効果とは、人は何度も目にしたものに好意を抱くという心理的効果です。第一印象がプラスであることが前提ですが、特に自分に利益があったわけではなくても、目にする回数が多いだけで好感度が高まっていきます。
買い物をしている際に、何度もCMで目にした商品をなんとなく買ってしまったことはないでしょうか。CMを見ただけでは自分に利益はないのに、何度も目にしている間にいつのまにか高感度が高くなっていたのです。
この効果をうまく利用しているのが、通販会社が定期的に送る無料カタログ。もちろんカタログによって購入のチャンスを増やす意味もありますが、何度も目にしてもらうことで自社に対する好感度を高めているのです。
無料の持つインパクト
無料で商品を提供するというのは、会社にとって大きな決断です。無料でなくても、低価格ならいいのではないか、と考える人もいるかもしれません。しかし、どんなに低価格であっても「有料」と「無料」の間には大きな壁があることを行動経済学者ダン・アリエリーが証明しました。
彼が行った実験は、学生たちに2種類のチョコレートのいずれかを買ってもらうというもの。選択肢は次のとおりです。
・一粒15セントの高級チョコ
・一粒1セントの普通のチョコ
その結果、73%もの学生が高級チョコを選び、普通のチョコを選んだのはわずか27%。「安さ」よりも「品質」を重視して選ぶ学生が多いことがわかりました。
今度はそれぞれのチョコを1セント値下げして、同じ実験を行います。高級チョコは14セント、普通のチョコは無料です。
その結果、高級チョコを選んだ学生は31%に減り、普通のチョコは選んだ学生は69%にまで増えました。1セントの値下げという条件は同じでも、学生たちは魔法がかかったように普通のチョコを選んだのです。
無料には、割引とは比べ物にならないほどの大きなインパクトがあることが分かると思います。
4つのフリー戦略
無料を活用するフリー戦略は大きく4つに分類されます。それぞれのモデルを理解することで、フリー戦略をより深く活用できるでしょう。
①直接的内部相互補助
直接的内部相互補助とは特定の商品・サービスを販売するために、他の商品・サービスを無料にするモデルです。身近な例を挙げると「ピザを1枚買えば、2枚目は無料」というキャンペーンです。日本ではピザ以外であまり見かけませんが、海外では様々な商品で「Buy one Get one Free(1つ買ったら1つ無料)」という広告を見ます。
また、ハンバーガーチェーンのマクドナルドが行う「コーヒーの無料キャンペーン」もこれに当たります。コーヒーだけを注文されたら赤字ですが、ついでにハンバーガーやポテトなどを買うお客さんが多いためキャンペーンを黒字化できるのです。
②三者間市場
三者間市場とは利用者と提供者とは別の第三者が費用を負担するフリー戦略モデル。いわゆる「広告モデル」です。私たちがテレビを無料で見られるのは、スポンサー企業が広告費を出しているため。CMを流すことで視聴者が商品を購入すれば、企業は広告費以上の利益を得られるのです。
インターネットの世界では、「三者間市場モデル」は最もポピュラーなビジネスモデルとなっています。GoogleやYouTube、Facebookなどのメディアの売上のほとんどは広告収入。今や一般人でもYouTubeで多くのアクセスを集められれば、広告収入を得られる時代です。
また、変則的な三者間市場モデルには「相席居酒屋」があります。一般的な居酒屋は「店ー客」と2者の関係ですが、相席居酒屋では「店ー男性客ー女性客」という三者での関係が成立しているのです。女性客が無料でお酒や食事を注文できるのは、男性客が食事代の他に「出会い」にもお金を払っているから。ユーザーをうまくセグメントすれば、法人を相手にせずとも三者間市場を成立させられる好例です。
③フリーミアム
フリーミアムとは、商品やサービスを無料で提供し、その一部の客が有料サービスを利用することで利益を挙げるモデルのこと。スーパーやデパ地下の試食は、多くの人が無料で食べ、その一部の人が商品を買うことで利益を上げています。化粧品や飲料品などのサンプルも同じです。
意外なフリーミアムを挙げると本屋の立ち読みも該当します。無料で立ち読みさせることで、「家でじっくり読みたい」という一部の人が購入する仕組みです。これはECや電子書籍にも活用され、最初の数ページが読める「無料試し読み」として受け継がれています。
また、フリーミアムと相性が良いのがネットサービスです。食品にしても化粧品にしても、無料で提供すればするほどコストがかかりますが、デジタル製品は開発コストはかかっても、利用されるコストはほとんど掛からないからです。一般的には5%のユーザーが課金すれば収益を上げられると言われており、「5%ルール」と呼ばれています。(詳しくは、前回記事『「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く㉖〜フリーミアムモデル』をご覧ください)
④非貨幣市場
非貨幣市場とは、社会貢献や世間からの注目・評判を得るために行われる価値提供です。つまり、そのサービス単体での収益化を目指していないことになります。例えば寄付で成り立っているWikipediaがその代表です。
また、ブランディングのためにオウンドメディアで有益な情報発信をするケースもこれに該当します。メディア自体では収益化を狙っていないものの、メディアを見ることで企業へのロイヤリティを挙げることで、間接的なメリットを目的にしているのです。
編集後記
一口に「無料」の商品・サービスといっても、その儲け方には様々な種類があると分かってもらえたと思います。重要なのは「どこでマネタイズするか」をしっかり設計すること。そこが甘いとコストばかりがかさんで、利益を圧迫してしまうでしょう。
とは言え「無料」は大きなインパクトのある武器。活用するにはリスクも大きいですが、ブレークスルーを考えるなら、ぜひ視野に入れてみてはいかがでしょうか。
(TOMORUBA編集部 鈴木光平)
■連載一覧
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く①〜ポーターの『5フォース分析』
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く②〜ランチェスター戦略
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く③〜アンゾフの成長マトリクス
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く④〜チャンドラーの「組織は戦略に従う」
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑤〜孫子の兵法
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑥〜VRIO分析
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑦〜学習する組織
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑧〜SWOT分析
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑨〜アドバンテージ・マトリクス
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑩〜ビジネスモデルキャンバス(BMC)
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑪〜PEST分析
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑫〜PMF(プロダクト・マーケット・フィット)
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑬〜ブルーオーシャン戦略
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑭〜組織の7S
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑮〜バリューチェーン
「勝つための学び直し」ビジネス戦略論を読み解く⑯〜ゲーム理論
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