“顔認証”で全プロセスを通過。世界初の「完全ペーパーレス空港」がアブダビで開設予定。テクノロジーで旅はどう変わる?
アブダビのザイード国際空港は、2025年までに空港内の全てのセキュリティチェックポイントに顔認証の導入を目指すプロジェクト「スマートトラベル」を開発中だ。
すでに、同国のエティハド航空では顔認証によるチェックインや搭乗を実施しており、特定の路線に限定されていたサービスを5つの航空会社に広げ、利用者の動線全体に顔認証技術を広げるとしている。
世界のスタートアップが取り組むイノベーションの"タネ"を紹介する連載企画【Global Innovation Seeds】第58弾では、「世界の旅行事情」に着目する。ザイード国際空港の取り組みを中心に、テクノロジーの導入による変化を伝えたい。
※サムネイル写真:UnsplashのErik Odiinによる写真
アブダビの空港が開発する「完全ペーパーレス空港」とは
アブダビのザイード国際空港が開発している「スマートトラベル」は、2025 年までに完全ペーパーレスの実現を目指す野心的なプロジェクトだ。
チェックインから出入国審査、免税店のレジ、航空会社のラウンジ、搭乗ゲートに至るまで空港内の本人確認を要する9つのチェックポイント全てに生体認証センサーを導入する予定で、実現すれば世界初の事例になるという。
新技術の導入により、搭乗するまでの過程で身分証明書や紙・スマートフォン内のチケットなどを提示することなく、顔認識や虹彩(こうさい)認識によって、本人確認が可能となる。
ザイード国際空港では、すでにエティハド航空のフライトなど特定のセクションで顔認証が導入されている。同航空の飛行機に搭乗する際は搭乗券が必要なく、居住者でも旅行者でもアラブ首長国連邦(UAE)に初めて到着した人の生体情報が空港のデータベースに保存される。本人確認において、このデータベースが活用されるという。
Euronewsの報道によれば、新技術の導入によってチケットと渡航書類の確認プロセス全体にかかる時間は、通常のキオスク(無人搭乗券発券機)を使った場合の25秒から約7秒に短縮される。
利用者は空港内を移動すると自動で顔が認識されるため、全体的なプロセスが大幅にスピードアップする。CNNの報道によれば、ターミナルの外から小売りエリアやゲートまで15分未満で移動可能とのこと。加えて、身分証明書の不正や偽造を効果的に検出することで、航空会社のパフォーマンスを向上させることも期待されている。
イタリアの空港でも試験導入、EUでは生体認証データの収集へ
その他の国でもテクノロジーを駆使したセキュリティチェックの取り組みが進んでいる。例えば、イタリアのミラノ・リナーテ空港とカターニア空港では「FaceBoarding」と呼ばれる生体認証システムを開発し、ペーパーレスで飛行機に搭乗できるようにする取り組みを試験的に導入している。
ザイード国際空港同様に顔認識技術を使用して、旅行者がパスポートと搭乗券を提示せずにセキュリティチェックや搭乗ゲートを通過できるようにするものだ。この技術を活用する場合、乗客は空港内のキオスクで書類を提出して顔をスキャンする、または専用アプリで事前登録する必要がある。利用対象は18歳以上の全ての乗客だという。
Rudy and Peter Skitterians from Pixabay
この新しいシステムは、フランスのIT企業・Thalesが設計した生体認証ソフトウェアと、スイスの企業・Dormakabaのセキュリティゲートを採用している。Dormakabaは日本法人(ドルマカバジャパン)があり、日本でも高性能のセキュリティ商品を展開している。
空港管理会社のCEOによると、この取り組みにより処理時間が短縮され、効率性も向上し、乗客のプライバシーとデータの保護が保証されるという。
また、EUではまもなく入退国システム(EES)が全土で導入予定だ(秋の開始予定とされているが10月16日時点で未実施)。これは、短期滞在で旅行する非EU国民が、システムを使用してヨーロッパ諸国(対象国は公式ホームページを参照)の外部国境を越えるたびに登録するための自動化された ITシステムを指す。
同システムでは、氏名などの個人情報、入退出の日付と場所、顔画像と指紋、入国を拒否されたかどうかが記録される。生体認証データの提供を拒否した場合、EESを使用しているヨーロッパ諸国への入国は拒否される。旅行者の体験向上、不法滞在者の特定や個人情報の不正利用の防止といったセキュリティ強化などのメリットがあるという。
「滑走路での滞在時間」をAIや量子コンピュータで短縮するDXも
また、世界の航空会社は、航空機の地上走行時間を短縮しようとする取り組みも開始している。空港におけるゲートの割り当ては、想像をはるかに超えるほど複雑な作業なのだという。各フライトに最適なゲートを迅速に割り当てられると、混雑の緩和や旅行者の待ち時間の削減だけでなく、航空機の燃料やCO2の排出量削減にもつながるそうだ。
Tobias Rehbein from Pixabay
航空機のゲートの割り当てが複雑になるのは、さまざまな要素を考慮しなければならないためだ。例えば、航空機の進入方向、航空機の種類、予想される滑走路の割り当て、ゲートの空き状況、空港の人員配置、乗客や手荷物の接続、運営費(主要ターミナルに近いと駐機料金が高くなるそうだ)、乗客の乗り継ぎ時間の最適化など。
さらに、直前の変更などによりゲートの再割り当てを余儀なくされることもあり、フライト遅延の要因となっている。これだけ複雑にもかかわらず、実はあまりDXが進んでいない分野なのだとか。
空港運営システムを提供するイギリスのAeroCloud社の調査によれば、回答した空港幹部のうち40%が、「ゲート管理を含む空港運営に関連する情報の保存と管理にExcel、及び Wordを使用している」という。
こうした滑走路における課題に対し、2023年、アメリカン航空はダラス・フォートワース国際空港にスマート・ゲーティングを導入した。これは、機械学習を使用して最短の地上走行時間で利用可能な最寄りのゲートに割り当てるシステムだ。選択には、リアルタイムのフライト情報やその他の関連データが使用される。
スマート・ゲーティングの導入以前は、旧式のコンピュータシステムを使用してゲートを手動で割り当てており、プロセスが完了するまでに約4時間を要していた。新システムでは同プロセスが10分で完了するため、航空機の地上走行時間が20%短縮され、毎年約140万ガロン(約5300キロリットル)の燃料が節約されるという。
また、ドイツの航空会社ルフトハンザの子会社であるルフトハンザ インダストリー ソリューションズでは、量子コンピュータを利用して、航空機の地上走行時間を短縮する計画を立てている。
▲量子コンピュータのイメージ(フィンランド発・IQMのプレスリリースより)
量子コンピュータには、特定の種類の問題を従来のコンピューターよりもはるかに高速に解決する優位性がある。ゲートの割り当ては、従来のコンピューターやアルゴリズムでは迅速な実行が困難であるため、量子コンピュータを活用して問題を解決しようと試みているのだ。
現在、ルフトハンザ インダストリー ソリューションズでは、さまざまな量子コンピュータの中から自社のプロジェクトに最適な製品を調査している段階で、効果検証を実施している。2024年10月の報道では、「最初の実験では乗客の平均移動時間を通常よりも約50%短縮できた」と伝えられている。
コロナ禍明けの航空会社職員の人手不足や旅行需要の急増、さらに世界情勢やシステム障害などにより世界各地の空港や航空会社で多くの混乱が見られているが、高性能テクノロジーの導入により旅行体験が著しく向上するかもしれない。
編集後記
日本の空港でも「顔認証ゲート」がすでに導入されており、JALやANAが顔認証による搭乗手続きを開始している。小売店やマンションなどでも同技術が導入され始め、社会へ徐々に浸透している印象だ。アブダビのザイード国際空港をはじめ、世界中の空港のDXに期待したい。
(取材・文:小林香織)