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フィンランド発「量子コンピューター」のIQMが欧州で業界最高額を調達。COOに聞く自社優位性と展望

フィンランド発「量子コンピューター」のIQMが欧州で業界最高額を調達。COOに聞く自社優位性と展望

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フィンランドに拠点を置くスタートアップ「IQM Quantum Computers(以下、IQMと表記)」は、超伝導量子コンピューの構築を加速させるため、2022年7月にシリーズA2の資金調達で1億2800万ユーロ(約170億円)を調達した。同社によれば、シリーズA2のクロージングでは、欧州の量子コンピューター企業の資金調達で過去最高額となる。

量子コンピューターは、従来のスーパーコンピューターを飛躍的に超える計算能力で、創薬、金融、輸送などの産業に革命をもたらすとされる。現状、初期段階ではあるものの2024年までに50億ドル、2050年までに8,500億ドルまで市場規模が拡大する予想もされている。

そんな量子コンピューティング市場で、欧州を牽引する企業がIQMだ。世界の企業が取り組むイノベーションの"タネ"を紹介する連載企画【Global Innovation Seeds】第30弾では、IQMのCOO兼共同創業者のJuha Vartiainen氏に取材を実施。IQMの優位性、同社の現状と展望をたずねた。

50年超えの量子技術研究をベースに、専門家4名が創業


▲IQMは、量子コンピューティング領域で50年以上の研究をベースとする

量子コンピューターは、これまでのスーパーコンピューターとはまったく異なる仕組みで動作し、飛躍的に高い計算能力を備える。その実力はすさまじく、従来のスーパーコンピューターで1万年かかる動作を、わずか4分で実行できるほどだという。近年、開発競争が激化しており、グーグルやアマゾンといった大手からIQMのようなスタートアップまで、実用化の主導権を握るべく日夜奮闘しているようだ。

日本では、日本IBMが東京大学とパートナシップを組み、2021年7月に日本初・アジア初となるゲート型商用量子コンピューター「IBM Quantum System One」が、新川崎・創造のもりで稼働を開始した。また、富士通は理化学研究所と共同で、量子コンピューターの実用化に向け、2023年度に企業への提供を始めるとしている。

フィンランドのアールト大学とVTTフィンランド技術研究センターからスピンアウトし、2018年に創業したIQMは、50年以上前から続く量子コンピューティング関連の研究結果をベースとしている。創業者の4人は、いずれも過去20年以上にわたって量子技術の研究をしている量子科学の博士だ。


▲IQMを共同創業した4名。写真右端が、取材に応じてくれたJuha Vartiainen氏

創業の目的は、人類の幸福のために量子技術を活用すること。Vartiainen氏は、量子コンピューターがもたらす可能性について、次のように話した。

「量子コンピューターは、産業界におけるイノベーションのみならず、経済発展や気候変動対策としても役立つ可能性があります。まだ実験段階ですが、金融、医療、化学、輸送、セキュリティなどの分野で、潜在的なユースケースが存在しています。従来のスーパーコンピューターに取って代わるものではありませんが、例えば、計算負荷の高い作業を軽減するためのアクセラレータ高性能コンピューターとして利用できます」(Vartiainen氏)

ボストンコンサルティンググループ(BCG)の予測によれば、量子コンピューティングは、スケールアップして精度と安定性が向上すれば、2050年までに世界規模で最大8500億ドル(約120兆円)の経済価値を創出する可能性があるという。

また、マッキンゼー・アンド・カンパニーが2021年12月に発表した「量子コンピューティングのエコシステムと業界のユースケース」に関する資料でも、同程度の予測が示されている。同資料では、「短期的にもっとも大きな利益を得られると予想される市場では、2035年までに最大で7,000億ドル(約100兆円)近くの経済価値が見込まれる」とある。


▲マッキンゼー・アンド・カンパニーによる「量子コンピューティングのエコシステムと業界のユースケース」に関する資料より

量子コンピューティングの業界、主要産業分野は、「グローバルエネルギー・素材」「医薬品・医療製品」「自動車などの先端産業」「金融」「電気通信・メディア・テクノロジー」「旅行・交通・物流」と予測されている。特に、「化学品」「製薬」「自動車産業」「金融」においては期待値が高く、素材開発や創薬、金融市場のリスク計算などでの活用が想定されている。

クラウドではなくオンプレミス。IQMの優位性

IQMは、フィンランドで初となる54量子ビットの量子コンピューターを構築している。VTTフィンランド技術研究センターと共同で、2024年までの実現を目指しているという。すでに最初のマイルストーンである5量子ビットの量子コンピューターを納入した実績があるそうだ。

この「量子ビット」は、量子コンピューターで扱われる情報の最小単位で、量子ビット数が多いほど計算速度が向上し、エラー耐性が上がる。IQMの54量子ビットは、大手競合と比べると高いとはいえない数値だ。

例えば、IBMは2021年に127量子ビットを実現し、2022年に433量子ビット、2023年に1121量子ビットというロードマップを掲げている。さらにグーグルは、2029年までに100万量子ビットの製品を出すとしている。


▲IQMが開発する量子コンピューターの内部

量子コンピューターを構築するための技術的アプローチは、大きく「量子ゲート方式」と「量子アニーリング方式」に分類される。IQMのアプローチは量子ゲート方式であり、よりくわしく分類すると「超伝導」と呼ばれるアプローチになる。これは、グーグルやIBMの手法と同様だ。「量子ゲート方式」と「量子アニーリング方式」については、野村総合研究所のサイトに掲載された以下の文章を参照してほしい。

「量子コンピュータは問題を解く方法の違いにより、量子ゲート方式と量子アニーリング方式の大きく2つに分類されます。

量子ゲート方式は、量子状態にある素子の振る舞いや組み合わせで計算回路を作り、問題を解いていきます。超電導やイオントラップ、トポロジカルなど様々な実現手法が提案されています。従来型のコンピュータの上位互換として期待が高く、グーグルやIBMなどの大手ITベンダー、またリゲッティ・コンピューティングやIonQなどのスタートアップがハードウェアの開発を進めています。

量子アニーリング方式は、組み合わせ最適化問題を解くことくに特化しています。高温にした金属をゆっくり冷やすと構造が安定する「焼きなまし」の手法を応用して問題の解を求めていきます。商用化で先行するD-Wave Systemsのハードウェア(以下、D-Waveマシン)では、格子状に並べられた素子に相互作用を設定し、横磁場という信号をかけて、素子全体のエネルギーが最も低くなる状態を探し出していきます。日本ではNECが2023年までの実用化を発表しています」

グーグルやIBMと同じ技術的アプローチを採用しており、かつ彼らより量子ビットが少ない。そうなると、IQMの優位性はどこにあるのか。Vartiainen氏は、「オンプレミス型の量子コンピューターであること」だと語る。


▲IQMが開発する量子コンピューターのデザイン

「ヨーロッパのスタートアップをはじめとした多くの企業では、量子コンピューターを自社開発し、クラウドプラットフォームを介して量子コンピューティングサービスを提供する手法を採用しています。一方、当社が提供するオンプレミス型では、ハードウェア、及びソフトウェアへのアクセスが可能です」(Vartiainen氏)

世界トップクラスの量子専門家チームを持つIQMでは、専門知識を駆使して研究機関、高性能計算センター、企業などに量子ハードウェアを提供し、そのハードウェアに完全にアクセスすることで量子的優位性を獲得し、グローバルなソリューションを提供できるという。グーグルやIBMといった大手も現状はクラウド経由でのサービス提供であり、オンプレミス型はIQMならではの優位性といえそうだ。

量子コンピューティングは「気候変動」にも寄与する

IQMは、これまでに総額2億ユーロ(約270億円)以上の資金調達を実施している。直近では、欧州投資銀行による3,500万ユーロ(約50億円)の融資と、シリーズA2ラウンドでの1億2800万ユーロ(約170億円)の資金調達を実施。IQMは、これらの資金をもとに「気候変動対策に役立つ量子プロセッサの開発に注力する」と自社のプレスリリースで意思表明をしている。


Photo by Melissa Bradley on Unsplash

「気温上昇を1.5度に抑えるという目標に対し、世界政府やグローバル企業が努力しているものの、実際に地球に変化をもたらす解決策を見出すために思いきった行動が必要であることは明白になってきています。

量子コンピューターは、現在の計算能力では実現不可能な解決策をモデル化できるため、将来的には気候問題の解決に不可欠な技術になる可能性があります。

マッキンゼー・アンド・カンパニーは、量子コンピューティングにより開発された気候変動テクノロジーにより、2035年までに二酸化炭素の排出量を年間7ギガトン削減できると予測しています。これには、電力や燃料の脱炭素化、産業活動の再構築、食糧や林業の改革などが含まれます。

IQMは、量子プロセスの共同設計に資源を投入し、気候危機に対処するソリューションを提供するとともに、世界中の人々の生活を向上させる持続可能な開発を推進します」(Vartiainen氏)

同社では、すでに大手自動車メーカーと、より良いバッテリーソリューションの開発のために新しいアプローチを模索しているほか、新材料設計のための画期的な手法や気候問題への取り組みに利用できる量子アルゴリズムも開発中だという。

実用化は今後「数年以内」現在の課題はーー

人類の幸福を目指し、未知なる量子コンピューティングの領域で挑戦を重ねるIQM。気になるのは、その実用化だ。Vartiainen氏は、「今後数年以内を想定している」としながらも、実現にはさまざまな業界の専門家が協力して取り組む必要があることにも触れた。製品・技術のロードマップは、今後数ヵ月以内に発表する予定だという。

現在、ドイツ、フランス、スペイン、フィンランドにオフィスを持つIQMでは、37ヵ国からなる190名以上の従業員がいる。まったく新しい量子コンピューティング業界では、人材確保が世界共通の課題だというが、IQMでは幸運にも各国から才能ある人材を集めることができたそうだ。とはいえ、現状のままでは人材不足に陥ることから、学術界や公的指導者は有能な人材育成を促進する政策を作らなければならないとVartiainen氏は語った。

人材確保に加え、現在の環境と資本についても課題と捉えているようだ。

「現在の技術国家主義的な政策もまた、課題といえます。科学的なブレークスルーは本質的に共同作業であり、国や大陸を越えて作業しなければなりません。また、会社をグローバルに拡大する際に、大規模な公的資本や民間資本にアクセスすることも課題と考えています」(Vartiainen氏)


▲IQMとアールト大学によってKQCircuitsチップ(超伝導量子回路の設計を自動化するためのPythonライブラリ)のデザイン

日本との関係をたずねると、「現状は日本でのビジネス関係はないが、日本やアジアの市場を注意深く見極めているところ」だという。

日本政府が2022年4月にまとめた「量子未来社会ビジョン」では、2030年に国内の量子技術の利用者1000万人、量子技術による生産額50兆円規模、量子ユニコーン企業の創出を目指すとしている。

IQMでは、このような発表を好意的に受け止めているとのこと。同社はグローバルでの戦略を打ち立てており、日本を含むアジアにも目を向けているそうだ。Vartiainen氏いわく、フィンランドと日本は、過去20年以上にわたって共同研究を行い、多くの量子ブレークスルーに取り組んできた歴史があるという。

さまざまな障壁が立ちはだかる量子コンピューティング分野だが、実用化された際のインパクトは想像をはるかに超えるはずだ。

「私たちは、人類が直面しているもっとも困難な問題を解決するために、誰もが量子コンピュータの力を利用できるようにしたいと考えています。量子コンピュータが導く可能性から、新しいテクノロジーが生まれることを期待しています」(Vartiainen氏)

写真提供:IQM

編集後記

リサーチの過程では、すぐに理解が追いつかない点もあり苦労したが、国内外のニュース記事を読み漁るなかで、量子コンピューターの可能性に魅了されていった。創薬、金融、交通、気候変動対策と世界が抱える大きな課題に有効的にアプローチできる可能性が高く、なんとも心強い。Vartiainen氏がいう通り、世界が一致団結して量子コンピューティングの実用化に取り組んでほしいと願うばかりだ。

(取材・文:小林香織)  

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