
トイレ界のスターバックスに! 東南アジアに“トイレ革命”を巻き起こす「Mister Loo」とは何者か
「トイレ界のスターバックス」をビジョンに掲げ、東南アジアにおける衛生環境の改善に挑むユニークなスタートアップがある。2015年にスイスで誕生した「Mister Loo(ミスター・ルー)」だ。
世界のスタートアップが取り組むイノベーションの"タネ"を紹介する連載企画【Global Innovation Seeds】第62弾は、東南アジアでトイレサービスを展開するミスター・ルーに着目。創業者、兼CEOのAndreas Wanner(アンドレアス・ワナー)氏に取材した。手入れが行き届いていない施設が少なくないなか、衛生環境を劇的に向上させる同社のビジネスモデルとはーー。
使うたびに清掃。“並外れた清潔さ”の有料トイレ
ミスター・ルーは、スイスのUBS銀行に勤務していたアンドレアス・ワナー氏とDominik Schuler(ドミニク・シューラー)氏の2名によって創業された(現在シューラー氏は職を離れ、ワナー氏が代表を務めている)。
きっかけはワナー氏が東南アジアを旅した際に、衛生環境の良くないトイレに多く遭遇したことだ。便器に足を乗せて座るなどマナーが悪い観光客や市民がいたり、清掃が不十分だったりすることが原因だが、そうしたトイレにもサービス料を支払うのが一般的だった。そこで、衛生的なトイレを提供するというビジネスの可能性に着目したという。

▲人々は「最高レベルの清潔さ」に対してサービス料を払う

▲快適に利用するためのアメニティも取りそろえる
ミスター・ルーは現在、タイ、インドネシア、フィリピン、ベトナムで95の公衆トイレ施設を運営しており、月平均で150万人が利用している。バス、電車、フェリーターミナルといった交通ハブや市場、ショッピングモール、レジャー施設、主要な観光地など、人通りの多い場所に施設を設置している。
同社のトイレは、1回あたりの入場料が約0.30ドル(約45円)の「プレミアム」と同約0.14ドル(約21円)「レギュラー」の2タイプがある。プレミアムは、センサーベースの衛生器具とアプリケーション、エアコン、シャワー、豊富なアメニティ (石鹸、トイレットペーパー、ティッシュ、消毒剤、ルームフレグランス、BGMなど) を備えた最先端のトイレ設備で構成され、レギュラーは基本的なアメニティ(石鹸、トイレットペーパー、ティッシュ、換気システム)で十分な快適さを提供する。

▲清掃員が常駐しており、管理が行き届いた清潔なトイレを提供
両者に共通するのは、施設に清掃員が常駐しており、使用のたびに清掃・メンテナンスされること。常に最高レベルの衛生基準が保たれ、アメニティが不足していることもない。これが無料の公衆トイレにはない独自価値となり、利用動機になっているという。
2015年の創業当初は観光客にターゲットを当てていたが、コロナ禍を通じた衛生観念の向上もあり、地元住民の利用者も多い。現在の主な顧客層は中流階級以上の地元住民だという。「多くの場合、当社の施設は無料の公衆トイレも利用できるエリアにあるが、清潔で利便性の高い施設を利用するために人々は喜んでサービス料を支払う」とワナー氏は話した。
野外でも設置可能、「持続可能性」も追求したビジネスモデル
同社の施設は「固定式」と「プレハブ」の2種類があり、エリアに応じて使い分けている。固定式はショッピングモールや駅構内など、プレハブは野外など周辺環境を選ばない。後者は完成度約75%まで設備をプレハブ化して輸送し、現場で設置、仕上げを行う。

▲周辺環境を選ばない「プレハブ式」の施設
持続可能性を追求し、効率的な排水システムにも注力する。高度な廃水処理システムを持つパートナー企業と連携し、高度な浄化槽技術を使用した分散型廃水システムを活用。公共排水システムに排出される前に汚水と中水の両方を効率的に処理している。「当社のアプローチは、高度なろ過技術と生物学的処理技術を統合してコンプライアンスを確保し、厳しい環境規制を遵守しながら、公衆衛生と持続可能性を促進している」とワナー氏は説明した。
現在はこの排水システムをさらに強化するため、同社の設備にシームレスに統合できる革新的なソリューションを積極的に模索している。同社の場合、大規模な産業処理プラントとは異なり、最小限のインフラストラクチャ要件で高いパフォーマンスを提供するコンパクトで容易に導入できるテクノロジーが必要になるそうだ。
「当社は節水にも取り組んでいます。淡水使用量を2025年までに20%、2026年までに25%削減する取り組みを進めており、スマートな水管理と効率的な衛生技術により資源利用を最適化しています」(ワナー氏)

▲環境規制の遵守や節水など、「持続可能性」への取り組みにも注力する
排水のアップサイクルを行うことも見込んで、さまざまな技術をテストした実績もある。だが、利用可能なソリューションの多くは工場などの大規模な産業用途向けに設計されており、分散型衛生モデルに実装するのが難しいという。「引き続き、公衆トイレ施設に効率的に適応できる最も効果的な水ろ過、およびアップサイクリングソリューションの特定に積極的に取り組んでいる」とワナー氏は現状を話した。
施設の設置にあたっては、2つの協力モデルを設けている。1つめは、貸し出されたエリアの固定レンタル料をミスター・ルーがオーナーに支払う「固定レンタルモデル」、2つめは、エリアを保有するオーナーに利益を分配する「収益分配モデル」だ。後者は、月々の利用者数によって分配額が変動する。
トイレの設計や建設、資金調達、運営は本来ミスター・ルーが担当するが、大規模なネットワーク・パートナーや不動産デベロッパーが施設を建設したり、初期投資を「共同出資」したりすることで、大きな成果にもつなげている。さらに、フランチャイズ展開の展望も。現在は評価を進めている段階で、これが実現すれば成長の加速が見込まれているという。
「TOTO」ともコラボ。公共衛生にイノベーションを起こす
2022年には、日本企業であるTOTOとのコラボレーションも実現。「ミスター・ルー×TOTO」として共同ブランド化したうえで、インドネシアのジャカルタに高級施設を建設した。同コラボにより、従来の清潔な環境に加えて、TOTOの高品質な衛生用品も体験できるようになった。それ以来、両社は協力関係を強化し、タイとフィリピンでもコラボレーションを実施してきたという。

▲ミスター・ルーがTOTOとコラボしたインドネシアの施設
「同施策は、双方に利益をもたらしています。当社の施設には毎日膨大な数のお客さまが来店するため、TOTOはそこで自社製品を展示し、ユーザーに直接体験してもらうことができます。同時に、当社はTOTOの専門知識、高品質で革新的な製品、そして強力なブランド評判の恩恵を受けています。コラボを通じて衛生と健康の分野でイノベーションを起こし、衛生を新たな基準に引き上げようと取り組んでいます」(ワナー氏)
「トイレ界のスターバックス」を掲げ、挑戦を
ミスター・ルーは、2022年第4四半期に株式投資と負債投資を組み合わせた450万ドル(約6億7,000万円)のシリーズA資金調達を行った。現在は積極的な資金調達段階にあるとのこと。拠点の拡大、デジタル化、持続可能性の取り組み、および純粋なトイレ運営を超えたエコシステムの開発をサポートする成長資本の確保に取り組んでいる。
投資家の関心を引くポイントを、ワナー氏は以下のように説明した。
「東南アジアの広い地域で実証済のビジネスモデルであり、人間の基本的なニーズに体系的に大規模に取り組む唯一の企業であること。各トイレ施設は安定した収益を生み出し、迅速な投資回収が可能であること。持続可能性に焦点を当てていること。広告やメディア、関連製品、シャワー、自動販売機など戦略的パートナーにとって『販売ポイント』となり、アップセルとクロスセルにつなげやすいこと。
さらに、将来的に水分補給のモニタリングと健康に関する洞察のためのスマートデバイスを統合するという当社の目標は、トイレが単なる機能的なスペースではなく、ライフスタイルの中心地になることを指します。これらの点に関心が寄せられています」(ワナー氏)
▲将来的にはテクノロジーを活用して、「ライフスタイルと健康のための空間」を目指す
現在は、新市場への進出より既存市場におけるプレゼンスの拡大に重点を置いている。既存市場にも満たされていない需要が多くあることから、大手小売業者やネットワークパートナー、不動産開発業者、政府当局とより緊密な連携を目指しているという。一方で、フランチャイズモデルや強力な戦略的パートナーとの協力が実現すれば、地域を超えた拡大も見込めると、その可能性も示唆した。
同社は、「トイレ界のスターバックスになる」という壮大なビジョンを掲げている。スターバックスがコーヒー体験に革命を起こしたように、ミスター・ルーは革新的な公共衛生と健康のグローバルブランドの確立を目指す。「当社の施設は単なる衛生施設を超えて進化している。トイレをライフスタイルと健康のための空間として再定義したい」とワナー氏は、意気込みを示した。
最後にワナー氏は、日本企業にこう呼びかけた。
「日本は世界でも類を見ないほどの清潔さ、革新性、公共インフラの高水準で知られており、これらは当社が共有する価値観です。日本が持つ世界クラスの衛生基準とその取り組みにインスピレーションを得ています。当社では常に顧客体験を向上させるイノベーションを模索しており、より清潔で効率的な公衆トイレというビジョンを共有する日本企業とのコラボレーションを歓迎します。今後、革新的なアイディアの共有やパートナーシップの取り組みが加速することを楽しみにしています」
東南アジアで存在感を増すミスター・ルー。ライフスタイルの中心地として、どのように進化していくのか要注目だ。
写真提供:ミスター・ルー
編集後記
元銀行マンの起業家が、使命感を持って創業したミスター・ルー。10年にわたり異国で市場を拡大するのは並大抵ではないが、銀行マンとして培った金融のスキルが活きているのかもしれない。世界的にも衛生レベルの高いトイレ施設を持つ日本は、同社のターゲットにはならずとも、パートナーシップの相手としては申し分ない。ワナー氏が言及したとおり、さまざまな日本企業との共創が進むことも期待したい。
(取材・文:小林香織)