【エフィシエント×ジェイック】BAK発の共創で生まれた面接練習アプリ「steach」が1万DLを達成!社会実装までの道のりとは?
神奈川県が主催するオープンイノベーションプログラム「ビジネスアクセラレーターかながわ(BAK・バク)」。ベンチャー企業と大企業による共創を支援するプログラムで、サービスのローンチに至った共創プロジェクトが複数生まれている。
今回はその中から、2021年度のプログラムから誕生した共創プロジェクトを紹介する。IoTやAIを融合したソフトウェア開発を得意とする株式会社エフィシエントと、企業向けの教育研修事業と若年層向けの就職支援事業を展開する株式会社ジェイックの共創による、就活のための面接練習アプリ「steach」(スティーチ)だ。BAKを通して出会った両社は2022年5月に「steach」をリリース。その後、着実にユーザー数を増やし、2023年4月にはアプリダウンロード1万件を突破した。
TOMORUBAでは、両社の共創の取り組みについて、株式会社エフィシエント 代表取締役社長 脇坂健一郎 氏と、株式会社ジェイック 執行役員 柳井田彰 氏にインタビューを行った。また、エフィシエントは同時期にBAKで川崎フロンターレと開発した「サイン入りグッズ転売抑止AIシステム」についても話を聞いた。
求職者の面接に関わる課題を解決すべく、面接練習アプリを開発
――まず、両社の出会いからお聞かせください。どのような経緯でBAKでの共創が実現したのでしょうか。
脇坂氏 : 実は、神奈川県が実施している育成期のベンチャー支援プログラム「KSAP」(かながわ・スタートアップ・アクセラレーション・プログラム)がきっかけでした。当社はそのプログラムに参加して、AIで話し方を定量的に解析するアプリ「Steach」を開発しました。そこに、ジェイックさんのマーケティング担当の方からお問い合わせをいただいたのです。「困っている就活生を何とかして助けたい」というジェイックさんの想いに大変共感して、BAKに参加してみないかとお声掛けしました。
▲株式会社エフィシエント 代表取締役社長 脇坂健一郎 氏
柳井田氏 : 当社は就職支援や社員研修・教育支援事業を行っており、「Steach」に興味を持ってご連絡しました。そこでBAKの大企業枠を紹介いただき、エフィシエントさんを含め様々なベンチャー企業との出会いの機会になると思い参画しました。
BAKでは複数社からご提案をいただきましたが、やはりエフィシエントさんの技術と目指す方向性が最も当社にマッチしていることから、採択に至りました。音声認識や画像認識の技術でソリューションを展開しているベンチャー企業はたくさんありますが、動画の解析技術はエフィシエントさんが一番だと感じました。
▲株式会社ジェイック 執行役員 柳井田彰 氏
――BAKでの共創により、2022年5月に就活生向け面接練習アプリ「steach」がリリースされましたが、なぜこうしたアプリを開発することになったのですか?
脇坂氏 : コロナ禍により、面接もオンラインが主流になりました。しかしオンラインは便利である反面、対面での面接と比較して伝え方が難しく、練習が必要です。
当時、ジェイックさんは既にオンライン面接の指導を行っていらっしゃいました。それを、当社の技術を活用してアプリで手軽に練習できるようにすれば、より多くの人にサービスを届けられるだろうということで、就活生をターゲットとした面接練習アプリを開発することになったのです。
――就活生向けサービスを提供する中で、ジェイックさんにもそういったユーザーの課題感が寄せられていたのですか?
柳井田氏 : そうですね。ジェイックはこれまで3万3,000人以上の就職支援(※)を行ってきたことから、求職者の方からのニーズが多く寄せられています。中でも特に当社がご支援する方は、就活に対して独りで迷っている方が多いです。
たとえば、フリーターの方で就活情報が得られない、大学などのキャリアセンターには頼れない、周囲に相談する相手がいない、といった方々です。そのような環境にいる方々に自信を持ってもらうような仕組みを作れないかと模索する中で、「ひとりで気軽に面接の練習ができて、客観的評価がもらえる」アプリの着想を得ました。
※2005/5/1~2023/4/30のジェイック主催の面接会参加人数
▲2023年4月には、アプリのダウンロード数が1万を突破。「steach」は注目度の高いサービスに成長している。(画像出典:プレスリリース)
限られた時間の中で、スピードにこだわりながらサービスを形に
――「steach」の開発は、いつ頃から動き出したのですか?
脇坂氏 : 2021年の10月頃からです。そこから2022年2月末までの約5カ月間で面接練習アプリ「steach」を開発しました。年度末までの共創プログラムであることから、かなり駆け足での開発でしたね。そして同年5月に成果発表会があるため、そこに合わせてリリースしました。
――かなりスピーディーな開発だったのですね。どのような体制で行っていたのですか?
脇坂氏 : 当社の開発チームはベトナムとのオフショアや外注デザイナーを活用しながら進めました。そしてジェイックさんにも4名ほど入っていただき、アプリのデザインを固めていただきました。
柳井田氏 : 就活生向けアプリということで、ターゲットに近い感覚を持つ若手社員や内定者に協力してもらいました。両社で齟齬が生じないよう、とにかく密にコミュニケーションを取って進めていましたね。サービス名からデザイン、機能の取捨選択など、急ピッチに進めていきました。
脇坂氏 : タイトなスケジュールでプロダクトを生み出すためには、毎週打ち合わせをして、とにかく短いサイクルでPDCAを回していくことが必要です。2社間、社内、そして外部と連携しながら乗り越えていくことは大変でしたが、期間が決まっているからこそ成果を出すことができると感じました。
――アプリ開発では、どのような機能にこだわりましたか?
脇坂氏 : 自然言語処理エンジンによる文字起こし機能ですね。ユーザーが作った自己紹介や志望動機などを、面接のときにちゃんと自分の言葉として話せているのか、動画をただ見るだけではなかなかつかみにくいです。そこで話した内容を文字に起こして、それをブラッシュアップできるようにしたらいいなと考えました。
そのためには、自然言語処理エンジンが最適です。そこでジェイックさんに協力いただき、3,000人ほどのデータから教師データを作成するためのアノテーションを行いました。それをもとに当社でエンジンを開発し、2022年12月に実装しました。
柳井田氏 : アノテーションには、国家資格のキャリアコンサルタントを保持する社員が協力し、しっかりとしたエビデンスを元に行いました。
――新規事業でこれだけリソースを割くことに、ジェイックさんは社内調整に苦労しませんでしたか?
柳井田氏 : もともとAIを活用したアプリ開発には社長も前向きだったため、共創パートナーの選定も打ち合わせから参加してもらいました。そのため、リソースを割くことにはそれほど大きな苦労はありませんでしたね。
アプリを活用して、内定を勝ち取ったユーザーも!今後はターゲット拡大も検討
――リリース後、「steach」はどのようにスケールしてきたのでしょうか。
脇坂氏 : 先ほど自然言語エンジンのお話しをしましたが、リリース後も毎月ジェイックさんと定例で打ち合わせをしてかなりの頻度で機能追加をしています。現在も、次のエンジンを開発している最中です。この4月にはアプリダウンロード数1万件を突破しました。着実にサービスが浸透していると感じています。
柳井田氏 : 2023年1月から3月まで、横浜市内の大学や専門学校で実証実験を行いました。学生さんたちは面接に不安を感じていますが、学校のキャリアセンターも人的リソースが限られているため、面接の練習に時間を割くことが難しいです。
こうした、キャリアセンターの負荷軽減に「steach」を役立てられないかと考え、実証実験を行うことにしました。「steach」を学校に導入することにより、学生さんにはアプリで面接の練習を行うことができます。そして学校側には管理画面を作成して、学生さんたちの利用状況を把握しやすいようにしました。この実証実験から、新たな課題も見えてきており、今後の開発に生かしていきます。
――リリースから1年あまり経ちましたが、その成果をどう感じていますか?
柳井田氏 : 当初設定した課題解決の一助になっていると感じています。実際に、「『steach』でたくさん面接の練習をして自信をつけたことから、内定を勝ち取ることができました」という学生さんからの嬉しい声も寄せられています。
普段の生活では、なかなか自分が話す姿を客観的に見る機会はありませんから、それがアプリでできてフィードバックを得られることで成長につながりますし、文字起こし機能が役立っているという声もいただきました。
――「steach」の今後の展望もぜひお聞かせください。
脇坂氏 : ジェイックさんの研修に「steach」を導入することにより、就活生だけではなく社会人のコミュニケーションスキルの向上にもつなげられるのではないかと考えています。また、日本の労働人口が減少する中で、外国人労働者の増加が見込まれています。そこで、日本語でのコミュニケーションに不安を抱える海外ユーザーにもターゲットを広げていくことも検討しています。
柳井田氏 : 営業研修やプレゼンテーション研修などは、受講の効果を定量把握しにくいという課題があります。「steach」を活用することで、研修前後の成長を確認できるはずです。他にも、派遣会社さんでは、スタッフさんの面談に工数が掛かっているため、その負荷軽減にも役立てられると思います。
川崎フロンターレとの転売防止システムの開発も同時に進行
――少し話は変わりますが、エフィシエントさんはBAKで川崎フロンターレさんとも共創をしていらっしゃいますね。その経緯もお聞かせください。
脇坂氏 : 川崎フロンターレさんは、以前から選手のサイン入りグッズの転売を抑止したいと考えていらっしゃいました。これは多くのスポーツチームが抱えている課題です。その解決のためにBAKを通して情報をやり取りし、当社が提案したのが「ユニフォーム転売抑止AIシステム」です。
――ユニフォーム転売防止AIシステムは、どのような仕組みなのですか?
脇坂氏 : 取り込んだ画像からサイン部分を識別・判定し、配布前に撮影した画像データベースと照らし合わせて検出を行うものです。これにより、転売仲介サイトやフリマサイトなどで転売されているサイン入りグッズを特定することができます。たとえば、サイン入りユニフォームではエンブレムやスポンサーロゴを除いたサインの部分だけを抽出します。なぜかというとユニフォーム全体を認識するとなると特徴量のばらつきが出るためです。
▲川崎フロンターレの選手のサインが入ったユニフォーム。
――共創の成果をお聞かせください。
脇坂氏 : 実際に効果を発揮していると聞いています。今後も精度を高めていく予定です。転売は社会問題になっているため、これを他にも展開できればいいですね。また、この技術は、当社と川崎フロンターレさんと共同で特許を取得しました。特許出願に必要な費用は、BAKからの支援金を利用しました。
「神奈川県が支援するプログラム」という信頼感が、リリース後に効いてくる
――「steach」の共創プロジェクトに話を戻しますが、開発からリリースまでの段階でBAKのどのような支援が役立ちましたか?
脇坂氏 : 開発・実証支援金は助かりましたね。外注費用などに充てました。また、プロジェクトは期間が決まっており、そこに向けてある程度カタチにする必要があります。期限が決まっていないと途中で停滞してそのままになったりする危険性がありますから、タイトなスケジュールでしたが“納期”があることは良かったと思います。
柳井田氏 : 神奈川県が全面バックアップしているプロジェクトという信頼度の高さも魅力ですね。実証実験を行う際は大学や専門学校に協力いただいたのですが、自治体が支援するプロジェクトということで、安心して取り入れていただきやすいと感じました。
――BAKのプログラム全体を通しての感想をお願いします。
脇坂氏 : ベンチャー企業と大企業の共創によりアウトプットがしっかりと出せるプログラムであることが魅力です。ただ、ベンチャー企業サイドとしては単年度で終わってしまうとメリットがあまりないので、BAKで得た大企業との関係性をいかに継続できるかが大事だと思います。ジェイックさんともそうですが、川崎フロンターレさんとも何かあればご相談いただける関係性を構築できたのはよかったです。
柳井田氏 : 大企業側も共創相手を探索しているものの、ベンチャー企業とのマッチングはなかなか難しいです。BAKの場合は、神奈川県が選定したベンチャー企業という安心感がありますね。信頼度が高いので、社内の稟議も通りやすいと思います。
――BAKへの参加を検討している方へのメッセージをお願いします。
脇坂氏 : BAKはプロダクトやサービスがある程度確立しているベンチャー企業に向いているプログラムだと思います。なぜかというと、時間の制約があるため、構想だけのレベルでは間に合わない危険性が高いからです。プロダクトのβ版があり、そこに大企業の力が加わるとスケールするイメージのあるベンチャー企業には、ぜひお勧めしたいですね。
柳井田氏 : 大企業は、人材も部署も充実しているように見えますが、特に新規事業の場合は足りないピースが出てきます。ベンチャー企業の力を借りて、新規事業を加速させたいところは、ぜひ検討してみてください。ただ、脇坂さんがおっしゃる通り、「継続性」は意識した方がいいと思います。単発で終わるのではなく、継続してプロダクトやサービスを発展させていけるようなロードマップを描ける相手と、いい共創ができるよう願っています。
取材後記
神奈川県のアクセラレータープログラムをきっかけに始まった「steach」プロジェクトは、BAKのフィールドをうまく活用しながら発展している好事例だと感じた。ひとつサービスをリリースして終わりではなく、BAKの支援終了後も共創パートナー同士が持続した関係性を築き、サービスを成長させている。これは企業同士の意識やマッチング度合いももちろんだが、神奈川県のこれまでの取り組みの中で、オープンイノベーションが生まれやすい場となっているからだろう。
今回紹介したアプリのさらなる成長はもちろん、BAKから生まれる新たな共創からも目が離せない。
※「BAK2023」は、<大企業提示テーマ型>(早期締切:2023年6月30日)と<ベンチャー発自由提案型>(応募締切:2023年7月28日)の2つの方法で募集を行っています。詳細は以下リンクをご覧ください。
https://bak.eiicon.net/incubationprogram2023
(編集:眞田幸剛、取材・文:佐藤瑞恵、撮影:古林洋平)