【BAK成果発表会レポート 第3弾】介護離職の抑制、腎臓病患者向けサービス、腸内細菌を軸としたヘルスケア、タクシー乗務員の孤独解消――神奈川県をフィールドにデジタル・DX/ヘルスケア領域で共創に取り組む4チームが登場!
神奈川県では、ベンチャー・スタートアップと大企業などのマッチングを通じて、新規事業創出や新商品・サービスの開発を支援する『ビジネスアクセラレーターかながわ(BAK)』を積極的に推進している。去る2月21日と22日に、今年度の活動の成果を発表するイベント『KANAGAWA INNOVATION DAYS Meetup Fes 2024』が、リアルとオンラインのハイブリッド形式で盛大に開催された。
TOMORUBAでは、本イベントを取材。この記事では、『BAK INCUBATION PROGRAM 2023』から生まれた15の共創プロジェクトに焦点を当て、全4回にわたって詳しくレポートする。
第1弾・第2弾の記事では、イベントの1日目に登壇した合計8つの共創プロジェクトを紹介した。第3弾となるこの記事では、イベント2日目の「デジタル・DX/ヘルスケア」をテーマとした4つの共創プロジェクトについてレポートする。介護離職の抑制からタクシードライバーの孤独解消まで、多様なテーマが目白押しとなった今年度『BAK』の活動成果に、ぜひ注目してほしい。
なお、2日目の成果発表会には、次の2名がコメンテーターとして参加し、有意義なアドバイスを提供した。
【写真左】 廣川 克也氏 / 慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス インキュベーション マネージャー 一般財団法人 SFC フォーラム 事務局長 SFC フォーラムファンド ファンドマネージャー
【写真右】 中村 亜由子氏 / 株式会社eiicon 代表取締役社長
【09 きゃりこん.com × ニチイケアパレス】 オンラインケア面談の導入で、離職率を抑制し、従業員に投資できる介護現場の土台づくりに貢献
■発表タイトル『介護業界の従業員の不調を未然に防ぐ「オンラインケア面談」の活用による人材定着と経営改善の実現』
従業員の不調を未然に防ぐ『オンラインケア面談』を開発・展開するきゃりこん.comは、介護施設を運営するニチイケアパレスとともに、従業員の働きやすさ向上に焦点をあて、人材の定着率を高めるプロジェクトの成果を発表した。
両社が着目する課題は、介護現場で働く従業員の精神疾患者率の高さだ。医療・介護業界は、全産業のなかで群を抜いて精神疾患者率がトップだという。だが、日本で義務づけられている従業員ケアは、不調発生後の産業医面談だけ。しかし、高齢者の人命が最優先となる介護現場では、日頃の従業員ケアは企業努力に委ねられている。ニチイケアパレスでも、社内で様々な取り組みを行ったが、離職率の抜本的な改善には至っていないと話す。
そこでニチイケアパレスでは、KSAP(※)とBAKの2つのプログラムを通じて、きゃりこん.comとともに、同社の『オンラインケア面談』サービスを試験的に導入することにした。KSAPプログラム期間中(2023年1月開始)は、とくに離職者数の多い1施設に対し、年間2回のオンラインケア面談を導入。その結果、年間の離職者数を9人(2022年)から1人(2023年)まで抑制することができた。
続いて、2023年9月から開始した本プログラム(BAK)では、導入先を神奈川県内5施設(全209人)へと拡大。施設単位での離職対策効果の検証を目指した。また、中途入職者(83人)に対しても本サービスを導入し、3カ月以内の早期離職対策効果も検証することにした。
検証を5カ月間続けた結果、サービス導入前と後を比較して、5施設合計で離職者数を33人から3人まで減らすことができた。また、3カ月以内の早期離職率も、サービス導入前と後の同期間を比較して、13%から2%にまで下げることに成功した。
面談後アンケートでは、「この面談で何かを得られた」と感じた人は95%(201人中191人)にも達した。「自身を客観視できた」「自分を見つめ直すことができた」などのコメントが上位を占め、”自分に矢印が向いた”ことが離職率の改善に効果があったと考えられる。
きゃりこん.comは、今回のニチイケアパレスでの検証結果が評価され、シードラウンドの資金調達も完了。本取り組みが新聞に取り上げられるなど、認知度を高めることもできたという。今後も引き続き、介護従事者の働きやすさ向上を目指し、介護現場の人的資本経営の実現に向けて、両社で連携していく考えだという。
※KSAPとは、神奈川県が主催する社会課題解決型のアクセラレーションプログラムのこと。
【10 トーチス × ウェルネスダイニング】 健康管理アプリと宅配食のコラボレーションで、腎臓病患者の食事の悩みを解決
■発表タイトル『腎臓病の方向けアプリおよび宅配食による食事療法サポートプロジェクト』
腎臓病患者やご家族を対象とした2つのアプリを開発・展開するトーチスは、食事制限専門の宅配食通販事業を展開するウェルネスダイニングとともに、両社のプロダクトを連携させたサービスを開発。その取組について発表した。
両社が解決したい課題は、腎臓病患者の食事に関する悩みだ。トーチスの代表を務める松岡氏も、腎臓病の家族をもつ1人だという。松岡氏によると、腎臓病が悪化すると、週3日・1日7時間の人工透析が必要となる。また、食事療法も不可欠だ。塩分やカリウム、たんぱくの摂取を制限するなど制限の多い食事療法は、本人だけではなく家族の負担も大きい。こうした人たちをサポートするためトーチスは、栄養計算アプリ『栄養ビジョン』と血液検査記録アプリ『じんぞうグラフ』の2つのアプリを開発し、展開しているという。
一方、ウェルネスダイニングは、腎臓病や糖尿病といった食事制限が必要な人たちを対象に、冷凍の宅配食を提供している。社員の約4割が管理栄養士の資格を持っており、専門的な知見に基づいた電話サポートも実施していることが特徴だ。
今回のBAKでは、両社のサービスをより多くの人々に提供するため、3つのアプローチで進めることにしたという。まず1つ目は、トーチスのアプリ内でウェルネスダイニングの宅配食を購入できる機能を実装すること。自炊から宅配食に切り替えた人のインタビュー動画掲載や、宅配食の料理写真と感想を投稿できる機能も追加し、購入のハードルを下げる工夫も行った。
さらに2つ目として、『じんぞうグラフ』の検査記録データ、『栄養ビジョン』の栄養計算データ、および宅配食の購入データを連携し、匿名化して分析を行った。この分析データを今後、宅配食のメニュー開発にも活かしていく考えだ。また、データ分析から食事と検査結果の関係性を解明できる可能性にも言及した。最後に3つ目として、サービスの認知度を高めるため、プロモーションにも尽力したという。その結果、アプリユーザーは徐々に増加し、アプリを通じた宅配食の購入も確認されていると話す。
トーチス・松岡氏は、これからも「疾患を持つ人の食事の悩みをこの世から無くす」ことをビジョンに本事業に取り組んでいく考えだ。早期の海外進出も視野に入れており、アプリの英語版もリリース。渡米してアメリカの病院とも議論を開始しているという。最後に松岡氏は、2021年、HATSU鎌倉(※)チャレンジャー中に創業し、KSAPでアプリを開発、さらにBAKで共創を実現できたとし、神奈川県の支援に対して感謝の意を示した。
※HATSU鎌倉とは、神奈川県が運営する起業支援拠点で、鎌倉市に位置している。
【11 bacterico × 小田急百貨店】 百貨店の外商顧客に、腸内環境をよくするヘルスケアサービスを提案
■発表タイトル『腸内細菌の個別最適化により、お客さま一人ひとりの豊かさを共創』
腸内フローラ検査と管理栄養士によるパーソナル栄養指導サービスを提供するbactericoは、小田急百貨店とともに新たなヘルスケアサービスを開発。外商顧客に対するテストマーケティングから得られた成果や手応え、今後の展望を発表した。
bactericoは、「腸内細菌の個別最適化により、世界のヒトを健康に幸せにする」をビジョンに掲げ、腸内フローラ検査や管理栄養士によるパーソナル栄養指導を提供している。一方、小田急百貨店は、小田急電鉄沿線に3店舗(新宿・町田・藤沢)を構え、地域のコミュニティ形成の役割も担っている。
そんな両社が着目したテーマは、健康寿命の延伸である。平均寿命は80歳以上だが、そのうち健康に過ごせない期間が約8~12年も存在することが分かっている。この期間を短縮し、健康寿命を延ばすためには、現状では様々な方法を手あたり次第、試してみるしか方法はない。これは、健康状態や体質が人それぞれで異なるためだという。
そこで考案したのが、腸内細菌データに基づく個別最適化された健康サポートサービスだ。ではなぜ、個別最適化が可能なのか。bactericoの説明によると、腸内細菌は人それぞれで異なる。例えば、遺伝子が同じ双子が同様の食事をしても、腸内細菌が異なれば健康への効果も異なるのだという。こうした考えのもと、bactericoでは腸内細菌の調査と、その後のオーダーメイド栄養指導をセットで提供していると話す。
本プログラムでは、bactericoの提供サービスと小田急百貨店の顧客基盤などをかけあわせ、腸内細菌検査から栄養指導、日常の商品購買までの流れの構築を目指して取り組んだ。bactericoによる腸内細菌検査や栄養指導が終わった後に、検査結果に基づいて百貨店から商品提案を行うという。初期ターゲットを、健康・美容のケアに悩む40~60代の富裕層女性に設定した。
トライアル期間中、外商員を通じてモニター参加者を募集。その結果、33名が参加してくれたという。モニターの内訳は、女性が82%と高い割合を示し、年齢層も40~60代が大半を占めた。健康・美容意識が高い女性に利用されている傾向が確認できたという。モニター参加者のアンケートからは「海外在住のため、現地の食品で指導してもらえて助かった」「会食が多く栄養管理が難しいなかでも、できる管理方法を聞くことができた」などの好意的な声が寄せられた。
また、本取組に協力してもらった外商員にもヒアリングを行い、運用面での改善ポイントも洗い出したそうだ。これらをもとに今後、ビジネスモデルやサービスを改善し、事業のブラッシュアップを図っていきたい考え。加えて、食材定期便やヘルスケアツーリズム、妊婦向けサービスなど、腸活を軸とした新たな顧客体験も創出していきたいと語った。
【12 Lively × 国際自動車】 アクティブリスニングを通じて、タクシードライバーの孤独解消とスキルアップを図る
■発表タイトル『タクシー等の乗務社員のメンタルヘルスケアやホスピタリティ・ドライビングで孤独の減少を目指す「アクティブリスニング」』
オンライン会話プラットフォーム『LivelyTalk』を提供するLivelyは、タクシー・ハイヤー業界大手の国際自動車とともに、ドライバーの孤独解消とアクティブリスニングスキル向上に向けた取組を発表した。
Livelyが捉える課題は「孤独」だ。内閣官房の調査によると、5人に2人以上が孤独を感じているという。孤独は幸福感だけではなく健康も奪うことが、様々な研究から明らかになっている。しかし、孤独は病気ではなく「未病」に分類されるため、医療サポートが介入しづらい。欧米ではカウンセリングが普及しているのに対し、日本では利用経験者が6%と一般化していないことも問題だ。
こうした孤独という課題を、話を聴くことで解決しようとするのがLivelyだ。同社の代表を務める岡氏は、精神科の作業療法士として働いてきた経験を持つ。その際に、薬の治療ではなく話を聴くことの重要性を痛感。そこで退職後、オンラインで話を聴く仕事を個人で始めた。その後、2020年にLivelyを創業し、オンラインで話を聴く『LivelyTalk』というサービスをスタートさせ、今では約150人の聴き上手(ホスト)が『LivelyTalk』で活動をしている。
このLivelyの活動に興味を持ったのが、タクシードライバーの孤独とメンタルケアに課題感を持っていた国際自動車である。ドライバーがいてはじめて売上が立つタクシー業界にとって、人手不足は企業の存続に関わる。東京・神奈川で約4500人のドライバーが働く国際自動車では、せっかく入社しても、タクシーの仕事に慣れる前に辞めてしまうケースも多い。カスハラも退職の一因となっており、カウンセリング窓口を設けているが、利用状況はよくないと打ち明ける。
そこで今回、国際自動車は社内にアクティブリスニングサービス『LivelyTalk』を導入。ドライバーが『LivelyTalk』をいつでも気軽に受けられるようにした。また、並行して管理・監督者(課長・班長)を対象に、Livelyが社内向けに行っている『アクティブリスニング研修』も実施した。社内向けの研修を、外部の法人向けに展開するのは、今回が初めてだとLivelyはいう。
『アクティブリスニング研修』の受講者からは様々な声が寄せられたが、なかでも興味を引いたのが「CS(顧客満足度)も高められそう」という声だった。この声から、ドライバーが乗客の幸福を高める『ホスピタリティ・ドライビング』というコンセプトが生まれたという。
早速、横浜を強化拠点にしながら約110人のドライバーに『アクティブリスニング研修』を受講してもらったそうだ。今後、東京にも研修対象を拡大し、聴き上手なドライバーを増やしていく考え。一方、Livelyは今回の取組を皮切りに、個人向けだけではなく、法人向けにも研修やEAPサービスとして拡大していく方針だという。
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次回の第4弾記事では、引き続き「デジタル・DX/ヘルスケア」をテーマにした3つの共創プロジェクトやクロージングの模様を紹介する。
(編集:眞田幸剛、文:林和歌子、撮影:齊木恵太)