「リスキリングとジョブマッチング」「ドローンとAIを活用した林業の課題解決」をテーマにした共創プロジェクトの全貌とは?――――3期目を迎えた東北電力グループの共創プログラムの成果報告会に密着!
東北電力グループは、東北6県と新潟県に電力を安定供給するなど、70年以上にわたって地域に根ざした事業を展開している。また、同グループは電力事業を主軸としながらも、新たな事業の創出にも力を入れてきた。その活動の一つとして2021年度より実施しているのが、外部企業との共創プログラム「TOHOKU EPCO OPEN INNOVATION PROGRAM 2023」だ。
地域に住む人々が一つひとつのサービスを意識することなく、快適・安全・安心な生活空間を手にできる「スマート社会」 の実現に向け、2021年度より開始された本プログラムは、2023年度で3回目の開催となった。これまでのプログラムでは、計7社を採択し,パートナー企業との共創を通じて、業務提携やサービス提供など多方面で成果を上げつつある。
2023年度のプログラムついては以下3つのテーマで共創企業の募集を行い、多くの企業からエントリーが集まった。
【共創テーマ①】 リスキリングとジョブマッチングを通じた人生の豊かさを育むサービスの提供
【共創テーマ②】 地域の森林資源を最大限に活用したサービスの実現
【共創テーマ③】 空き物件を活用した地域経済活性化の実現
その後、東北電力グループによる企業採択が実施され、2023年8月から2024年2月下旬にかけて各共創プロジェクトのインキュベーションおよびPoCが進められた。TOMORUBAでは、去る2024年2月28日に東北電力フロンティア本社・東北電力本店で行われたプログラム報告会の模様をレポートする。
今回のプログラム報告会では、テーマ①の実現を目指す「アイデミー×東北電力フロンティア」によるリスキリングに関する共創プロジェクトの報告、テーマ②の実現を目指す「DeepForest Technologies×茨城県南木造住宅センター×東北電力」によるドローンとAI技術を活用した林業の課題解決に関する共創プロジェクトについての報告が行われた。
また、プログラム報告会には東北電力フロンティアおよび東北電力の経営層、プログラムの支援を手掛ける株式会社eiicon 代表・中村亜由子氏がアドバイザーとして出席し、共創の前進に向けた助⾔・提言などを行った。
【アイデミー×東北電力フロンティア】 リスキングとジョブマッチングを通じた人生の豊かさを育むサービスの創出に挑戦
●ビジネスビジョンは「多様な働き方を通じた自分らしいキャリアの実現」
東北電力フロンティアと株式会社アイデミーは、東北・新潟の人々の「多様な働き方を通じた自分らしいキャリアの実現」をビジネスビジョンに掲げ、リスキリングと働き方に関する新しいサービスの創出を目指した。
生産年齢の人口減少は全国規模で進んでいるが、東北・新潟では全国平均と比べて15年ほど早いペースで進行中だ。また、同地域は高齢化率が3割を超えており、こちらも全国平均と比べて高い水準で推移している。そのため東北・新潟の各企業では人材確保に苦戦しており、既存社員の再教育も含めた人材の育成・確保が最優先課題となっているという。また、昨今では人生100年時代の到来により、個人の働き方に関しても大きな変革期が訪れている。
両社のプロジェクトチームは、このような社会情勢の変化や東北・新潟における喫緊の課題を解決するために、リスキリングとジョブマッチング、働き方に関するサービスを企画し、約半年間にわたって実証実験を進めてきた。
●共創パートナー・アイデミーの事業内容と強み
今回、東北電力フロンティアの共創パートナーとなったアイデミーは、「先端技術を、経済実装する。」というミッションを掲げ、AI/DX、GXを軸に、企業や個人に求められる学習コンテンツの提供、専門知識や知見獲得などの支援に関する様々なサービスを提供している。
個人向けに展開する「Aidemy Premium」では、AI/DX分野を中心に様々な学習プログラムを提供しているほか、同社にはキャリアコンサルタントの有資格者も在籍しており、キャリア形成のためのコーチングから求人紹介、転職支援まで、一人ひとりの要望に応じた幅広いサポートを行っている。
●リスキリングに課題感を持つ「迷走スキルアップ型」をターゲットに設定
本共創プロジェクトが参入を見据えるサービスの市場性や具体的なターゲットに関しても説明された。プロジェクトチームは調査会社のレポートを踏まえ、リスキリングがこれからの社会に求められる重要なキーワードになりつつある状況を解説。政府が「教育訓練給付金制度」を整備している現状など、今後も堅調に推移していくマーケットであることが語られた。
参入市場としては、東北電力グループの強みを活かすことができるtoC市場にフォーカス。アンケート調査の結果を分析し、、リスキリングとキャリアの観点からターゲットとなる顧客層を分類。その中から、もっともキャリアに対する課題感を抱えリスキリングのサポートが必要と考えられる顧客層を「迷走スキルアップ型」と定義し、今回のサービスのメインターゲットに据えたという。
「今の職場・仕事に一定満足しているものの、将来に対する漠然とした不安を抱えている。その不安の解消のためにアクションを起こそうとするものの、大きな目標やキャリアビジョンをイメージできていないため、小手先だけのアクションに留まりがちであり、リスキリングにおける学習の継続が難しい」――そんな課題を抱えている人々が「迷走スキルアップ型」のペルソナ像だ。今回の共創では、このようなターゲットの抱えている課題解決を見据え、ソリューションの設計が進められた。
●「キャリアコーチング」「リスキリング」「アウトプット」を一気通貫で提供
両社は迷走スキルアップ型ユーザーの課題解決に向け、「キャリアコーチング」「リスキリング」「アウトプット」を一気通貫型のソリューションとして提供することを目指している。
リスキリングの前段階となるキャリアコーチングでは、将来のキャリアビジョンや学習目的の明確化によって学習に対する動機づけを行うとともに、なりたい姿と現状のギャップを埋めるためのマイルストーン的なカリキュラムを設定することにより、学習に挫折しにくい仕組みを構築する。リスキリングについては、Aidemy Premiumのコンテンツを中心とする多様なラインナップを揃え、ユーザーに適切な形でフィットさせていくことを検討。アウトプットに関しては、リスキリングで学んだスキルの定着化も含めて転職や副業のマッチング、業務委託の紹介なども視野に入れているという。また、構想段階ではあるものの「リスキリング人材をプールしておけるような仕組みも検討している」と説明された。
●実証実験の概要・成果・今後の展望について
両社は今年1月までにキャリアコーチングに関するPoCを実施した。具体的にはユーザー参加型の「キャリアとリスキリングに関するWebセミナー」を開催することで、ユーザーのキャリアに関する悩みごとや学習のハードルとなる要素を確認するとともに、キャリアコーチングの需要性に関する検証を行ったという。
東北・新潟在住の20〜50代をターゲットに設定しWebセミナーとキャリアコーチングの募集を実施したが、想定を大きく下回る結果となった。
想定よりも少なかった理由について、プロジェクトメンバーは「セグメントごとに訴求方法を分けず、全方位的に訴求を行ってしまった」「一口に迷走スキルアップ型といっても、世代や立場によって置かれている状況や抱えている課題が異なるので、訴求パターンを増やすべきだった」と分析し、今後の取り組みに活かしていきたいと語った。
その一方、「今回のPoCを通じて新たなターゲット像が見えてきた」とも説明した。今回のセミナー参加者は20代後半から30代前半のユーザーが多く、これからライフステージが切り替わるタイミングの人たちが多かったという。プロジェクトチームは、「今後はターゲットの解像度をさらに高めていくとともに、キャリアコーチングの需要性を引き続き検証していくことで、ソリューションをブラッシュアップしていかなければならない」と意気込みを語った。
プロジェクトチームは、ターゲットへのさらなる仮説検証を行うためのPoCを継続し、顧客インサイトの深掘りを実施するとともに、ビジネスモデルの検討を進めていく。その後、2024年度の下期を目処に「キャリアコーチングとリスキリングに関するサービス公開を目指す」と発表し、共創プロジェクトの報告を締め括った。
<アドバイザーからのコメント>
「迷走スキルアップ型というターゲットが広すぎたのかもしれない」「キャリア構築やキャリアコーチングという言葉自体が難しく、ユーザーの求めているものとの間に距離が生まれている可能性がある」「東北・新潟の人を対象にリスキリングやキャリア構築を支援すると、結局首都圏に人が流れていってしまうのではないか」といった意見が出された。
その一方で、「キャリアコーチングからリスキリング、アウトプットまでを一気通貫でサポートしているサービスは画期的であり、大きな可能性を秘めている」「今回のPoCはファクトとして重要だが、上手くいかなかったと諦める必要はない。このような取り組みを繰り返しながらサービスを磨いてほしい」「実際の成功事例などをベースにプロモーションを組み立てることで、キャリア構築に興味のない人たちでもイメージが沸きやすくなる」など、今回の共創プロジェクトに対するエールや今後に向けての様々なアドバイスが寄せられた。
【DeepForest Technologies×茨城県南木造住宅センター×東北電力】 ドローンとAI技術を活用した林業の課題解決にチャレンジ
●「土地境界の推定」と「材積の推定」という2つのテーマで課題解決を目指す
東北電力とDeepForest Technologies株式会社、株式会社茨城県南木造住宅センターの3社は、ドローンとAI技術を活用した林業の課題解決を目指して共創を進めている。
事前に林業における人手不足、後継者不足、現地業務の割合が多いことにより発生する属人的な業務内容などを仮説課題として設定し、実際に林業関係者にヒアリングを行ったところ、もっとも課題感が大きかったものは「森林の土地境界を決めること」と「伐採したときに得られる木材量(材積)の推定」であることが判明したため、「この2つの課題の解決を目指す新規事業創出に取り組むことを決めた」と説明した。
現在、森林の土地境界は公図と呼ばれる図面をベースに決められている。しかし、公図自体に不正確なものが多いため、山林所有者自身も現地における正確な境界を把握していないケースが多く、地権者間での交渉が難航することで木材を切り出す際の施業範囲が狭まってしまい、結局は地権者自身の不利益となってしまう現状がある。そこで今回の共創プロジェクトでは、DeepForest Technologiesの有する技術や茨城県南木造住宅センターの持つノウハウを活かすことで、データを活用して客観的に境界を決められるサービスを創出し、林業における施業範囲の増加や地権者の納得感向上を目指したという。
もう一方の材積の推定については、現在は人力による調査が一般的である。そのため相当な人的コストが掛かっている上に、調査者によって評価にばらつきがでることも珍しくないという。こちらについてもドローンの活用などをベースに効率的な材積調査を行うとともに、材積をデータベース化することで人件費削減や労働負荷軽減、客観的な山林評価を実現するための共創が進められた。
●共創パートナー・DeepForest Technologiesの事業内容と強み
創業2年目の京都大学発ベンチャーであるDeepForest Technologiesは、京都大学の研究室で進められてきたドローンとAIを用いた樹種識別の技術・研究成果を、林業や生物多様性保全の分野で活用するために設立された。
森林解析のソフトウェア開発、それに伴う森林の調査をメイン事業に据えており、現在までにドローンデータから森林情報を解析する「DF Scanner」「DF LAT」という2種のソフトウェアをリリースしている。
同社の強みは、高精度かつ自動で樹種識別を行える世界初のAI技術を保有していること。さらには京都大学と連携し、基礎研究から技術開発・ソフトウェア開発までを自社内で一貫して取り組める体制も大きな優位性となっており、今回の取り組みに限らず、J-クレジットの創出や森林調査の分野において様々な企業・自治体との協業実績を有している。
●共創パートナー・茨城県南木造住宅センターの事業内容と強み
茨城県南木造住宅センターは、茨城県の主導によって1977年に木材・設計事務所・工務店を取りまとめる協同組合として設立された経緯を持ち、2008年に株式会社化されている。
現在では森林利用計画から販売・施工までのサプライチェーンの最適化、森林価値の最大化、さらには木材製品開発のコンサルタント事業など、木材に関わる幅広い事業を推進している。
同社は、山主・素材生産事業者・製材所・設計事務所・デベロッパー・市場・木材小売・木育団体が加盟する茨城県産材普及促進協議会の会長・事務局を務めており、林業の川上から川下までのあらゆる事業者特性を踏まえたコーディネート力に強みを持っている。また、同社は林野庁関東森林管理局委員として、1都10県の国有林森林計画の検討経験を持つなど、省庁や自治体との豊富な連携ノウハウも有している。
●土地境界の推定に関する実証実験報告
3社はインキュベーション期間を活用し、土地境界推定と材積推定に関する2つの実証実験を行った。土地境界推定の実証実験については、天然林で多様な広葉樹が広がる秋田県羽後町で実施された。
土地境界推定の実証実験では、ドローンで山林を計測し、樹種や樹高などの解析データを作成。これに公図・林班図・航空写真などを重ね合わせることで、土地境界と考えられる箇所の推定が可能か否かを検証したという。境界の推定については、「公図と解析データが整合するかどうかが重要なポイントとなる」と説明された。
実験の詳細については、DeepForest Technologiesの担当者が説明した。今回の実験ではレーザーを搭載したドローンを飛行させ、AIモデルを活用して撮影データから樹種マップや微地形が読み取れる陰影図等のデータを作成した。,
入手した公図には縮尺等の記載がなく、方角についても不正確な可能性があったため、「公図による位置合わせが困難であるとの結論に至った」と説明した。その一方、「樹種マップや陰影図を作成したことにより、客観的な資料として境界線の推定に活用できる可能性がある」と語った。
共創プロジェクトチームが、今回の土地境界推定の実証実験結果を踏まえて林業関係者へのヒアリングを実施したところ、「参考情報としては活用できるものの、今後も地権者の立ち会いや合意を得るステップを踏む必要がある」という評価をいただいたと説明した。
●材積の推定に関する実証実験報告
材積の推定に関する実証実験は、樹種の大半がスギの人口林である秋田県湯沢市の国有林で実施された。ドローン、地上レーザー、人力という3種類の方法によって材積を算出・比較することにより、ドローン計測の精度を検証した。
DeepForest Technologiesの担当者によると、調査エリア内において人力が85本、地上レーザーが80本の樹木を検出したのに対し、ドローンは66本の検出に留まったという。ドローンでは低木の検出ができないケースがあること、さらには2本の木を1本と認識してしまうケースがあることも原因の一つだと説明した。また、樹高についてはドローンが人力や地上レーザー以上の高い精度になっている可能性を示唆したが、ドローンは胸高直径に関して直接計測することができずに推定値となってしまうため、今回の調査では、材積をやや過大に計測してしまう結果になったという。
今回の結果を受け、DeepForest Technologiesでは胸高直径の測定を左右する樹冠分離に関するアルゴリズムの見直しを進めていくほか、胸高直径の推定モデルについてもアップグレードを予定しているため、今後はさらなる精度の向上が見込めると説明した。
最後に共創プロジェクトチームは、「計測精度に関しては今後も向上させていく必要があるものの、計測時間に関しては実験前の想定通り人力の100分の1の時間で行うことができた。また、コストに関する課題もあるが、ユーザー側でドローンを保有するなど、様々な形でコストダウンの余地が残されている。、今後の発展性を見据えつつ、意見交換を継続していく」と語り、報告を締め括った。
<アドバイザーからのコメント>
プロジェクトチームからの報告を受けたアドバイザーからは、「今後、不正確な公図を置き換えていくようなニーズは、かなり高い可能性で発生すると思う。その際に今回の取り組みで得た経験から新しいチャンスを生み出せるかもしれない」「自治体によって手厚く予算を持っている部門・分野が異なるので、アプローチ先を増やすことで可能性は広がる」「今すぐのマネタイズが難しいとしても、この取り組みを継続する意義は大きい」などの声が聞かれた。
また、他地域での林業課題の状況や自治体ごとの取り組み姿勢の違い、J-クレジットや物流、サプライチェーンとの組み合わせによって生まれる可能性、海外展開なども含めたマネタイズに関する議論、AIの精度向上に関する学習データの話題など、幅広い領域についての活発な意見交換が行われた。
取材後記
今回のプログラム報告会では、2つの共創プロジェクトに関するインキュベーションの進捗状況や実証実験結果についての報告が行われた。いずれのプロジェクトもターゲット設定や技術的な課題、マネタイズなど、様々な領域でクリアしなければならないハードルを抱えている。すべてが順調に進捗しているとは言えない状況だが、それもまたオープンイノベーションのリアルである。もちろん、いずれの共創プロジェクトも大きなイノベーションに発展するポテンシャルを秘めていることは間違いない。たゆまぬPoCの繰り返しや、今回のような報告会をきっかけとする事業のピボットなどを通じて、2つのプロジェクトはどのような進化を遂げていくのだろうか。今後も引き続き注目していきたい。
(編集:眞田幸剛、文:佐藤直己、撮影:齊木恵太)