
【Startup Culture Lab. 2024年度 #10レポート】心理的安全性を浸透させるには?──ZENTech・さくらインターネット・コミューンの実践から学ぶ
イノベーションを起こし急成長するスタートアップならではの、人材・組織開発に関する学びと知見を広くシェアする研究プロジェクト「Startup Culture Lab.」。2024年度は56社の研究対象スタートアップが決定し、全12回にわたるセッションとワークショップを通じ、急成長するスタートアップの組織支援を進めていく。
1月21日に開催された第10回のテーマは、「多様性の価値を引き出す、心理的安全性の力」。多様性の価値を最大化するには、心理的安全性が高く、異なる背景・考え方を持つ相手に対しても安心して意見を言い合える組織であることが欠かせない。このセッションでは、多様性と心理的安全性がどのように関係し、それをどのように組織に根付かせるか、そのポイントや実践例について議論された。
登壇者それぞれが経験してきたリアルな取り組みを通じて、多様性と心理的安全性がチームや組織にもたらす良い変化に焦点を当てたセッションの模様をレポートする。

<登壇者>
・石井 遼介 氏 / 株式会社ZENTech 代表取締役
・橋本 翔太 氏 / コミューン株式会社 共同創業者 / 執行役員
・矢部 真理子 氏 / さくらインターネット株式会社 執行役員
3名のリーダーが議論する心理的安全性
セッションの冒頭では、 登壇者からそれぞれ自己紹介が行われた。最初に話し始めたのは株式会社ZENTech 代表の石井遼介氏だ。心理的安全性の分野で第一線を走る石井氏は、東京大学工学部を卒業後、シンガポール国立大学でMBAを取得。研究者・データサイエンティスト・プロジェクトマネジャーとしての経験を持つ。
「心理的安全性は、組織の成長を加速させる土台となるものです。その本質を理解し、実践していくことが、企業の競争力につながります。今回のセッションでは、心理的安全性がもたらす具体的な効果や、それを企業文化として根付かせる方法についてお話したいと思います」

▲石井 遼介 氏 / 株式会社ZENTech 代表取締役
続いて自己紹介したのは、コミューン株式会社 共同創業者の橋本翔太氏だ。同氏は東京大学経済学部を卒業後、Google Japanに入社し、2017年からはGoogle米国本社でプロダクトマーケティングに従事。その後、2018年にコミューン株式会社を共同創業し、創業当初からCPO(Chief Product Officer)としてプロダクト開発を統括してきた。
「組織の成長には、心理的安全性が欠かせません。どれだけ優れた人材が集まっても、意見を言い合えない環境ではイノベーションは生まれません」と橋本氏は語った。

▲橋本 翔太 氏 / コミューン株式会社 共同創業者 / 執行役員
最後はさくらインターネット株式会社の執行役員、矢部真理子氏が自己紹介を行った。メーカーでの営業や社長秘書、人事支援会社での採用・教育支援を経て、2012年にさくらインターネットに入社。以来、一貫して人事部門を率い、採用戦略の強化、人事ポリシーの策定、ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョンの推進などに携わってきた。
「人材の多様性を活かすには、単に受け入れるだけでなく、それぞれの価値観を尊重しながら共に働ける環境づくりが不可欠です」と語る矢部氏。現在は、人的資本経営の推進を含め、人事業務全般を統括しながら、社員が自らの能力を最大限発揮できる組織づくりに取り組んでいる。

▲矢部 真理子 氏 / さくらインターネット株式会社 執行役員
組織のパフォーマンスを最大化する心理的安全性の重要性
続いてZENTechの石井氏から、『ダイバーシティを成果につなぐ心理的安全性の基礎知識』と題し、「心理的安全性」とはどのようなものか解説された。

「心理的安全性とは、地位や経験に関わらず、率直に意見交換ができる環境を指します。この概念は1965年に研究が始まり、現在ではチームの学習促進やパフォーマンス向上に欠かせない要素として注目されてきました。
心理的安全性が高い職場では、エンゲージメントが向上し、離職率が低下するというデータもあり、不正の抑止やインシデント防止にもつながることも確認されています」と述べ、心理的安全性が単なる理論ではなく、経営上重要な課題であると強調した。
さらに、心理的安全性が欠如している組織の課題についても具体例を交えながら説明する。
「上下関係が厳しすぎると、部下が意見を出しにくくなることに加え、組織内の分断や問題の放置が発生しやすくなります。組織の心理的安全性を確保することが、メンバーの自発性を引き出し、組織全体のパフォーマンスを底上げするカギといっても過言ではないでしょう」
加えて、多様性を活用するためには、単に個々の違いを受け入れるだけでなく、インクルージョン(包摂性)が重要だと強調する。石井氏によると、多様性は「アカデミックな定義としては、シンプルに様々な属性の「分散・ばらつき」を指す(Roberson, 2006)概念です」。この属性には、「表層的な違い(性別や年齢、人種など)」だけでなく、「深層的な違い(価値観、思考方法、スキルなど)」にも注目する必要があると言う。
また「インクルージョンという言葉も、よく聞かれる言葉ですが、その実際のところはあまり理解されているとは言えません。インクルージョンとは、スライド図表の右下のように、メンバー全員が帰属意識を持ちながら、自分らしさを発揮できる環境を整えることです。特に、多様性を活かすためには、所属感があるだけではなく、独自性に高い価値を認め・伝えていくことが重要です。

「近年の研究では、単に多様性のみが向上しても、 適切なマネジメント・処遇を欠いたり、組織や職務の条件を踏まえないものであったりすると、組織成果や個々人の活躍には負の影響がありうる (Ding. F, et al. 2023)ことがわかっています」と述べ「多様な人々をインクルージョン(包摂)するための組織の土壌が、今回のテーマである心理的安全性である、という言い方もできるでしょう」と結んだ。
「肯定から始める」を合言葉に。さくらインターネットが実践する心理的安全性の醸成
石井氏の発言を受けて、さくらインターネットの矢部氏は、『さくらインターネットの実例に学ぶカルチャーづくり』をテーマに自社で実施しているユニークな活動を紹介した。矢部氏は、「心理的安全性を醸成するために、組織全体に共通するバリューを浸透させることが重要だ」と強調する。
「当社は2019年以降に役員会の雰囲気を改善する目的で、『肯定ファースト』など3つのバリューを設定しました。それを社員全体に浸透させるために、具体的な施策を実施しています。
たとえばワークショップ形式のイベントや評価項目への組み込みを行い、社員が日常的に意識する仕組みを構築してきました。同時に、Slackでのスタンプ機能を活用するなど、デジタルツールを使った柔軟なアプローチも採用し、社員同士がバリューを自然に共有できる環境の整備にも注力しています」
さらに矢部氏は、社員向けのワークショップの中で、おすすめの取り組みを語る。
「たとえば肯定ファーストで話を聞いた場合と、斜に構えて話を聞いた場合で、どれくらい話をしやすいか実感してもらいました。社員にペアになってもらい、1分のあいだ一人に斜に構えて話を聞いてもらうんです。
そうすると、話をしている人は言葉に詰まったり、シーンとしたまま1分間がすぎてしまうんです。逆に肯定ファーストで話を聞いてもらうと、とても話しやすいんですよね。こうすることで、いかに話を聞く態度で相手の話しやすさが変わるか実感してもらいました。すぐにできるので、ぜひ試してみてください」

「必要な離職」と「避けたい離職」を分ける。コミューンが実践する離職対応策
続いて離職率と心理的安全性について語ったのはコミューンの橋本翔太氏。離職を完全に防ぐのではなく「必要な離職」と「避けたい離職」を区別することの重要性を強調した。
「全ての離職が悪いわけではありません。組織が成長し、役割が変わる中で、新たなステージを求めていく社員がいるのは自然なことです。ただし、心理的安全性が欠けていることが原因での離職、つまり環境が原因で社員が力を発揮できない場合の離職は防がなければいけません」
コミューンでは、社員が心理的安全性を感じながらキャリアを築ける環境作りのために、離職者を単に送り出すのではなく、応援する仕組みを構築している。具体的に重視しているのが、離職前の社員との対話だ。
「社員が退職を検討する際、その背景や理由を丁寧にヒアリングし、一人ひとりの意向を尊重した対応を心がけています。このプロセスを通して、社員が次に目指すキャリアステップを具体的に描けるよう、積極的に支援してきました。
たとえば、社員のスキルや希望に応じた外部研修を案内したり、新しい職場環境に向けたアドバイスを行ったり。こうした取り組みを通じて、社員が前向きな形で退職後のキャリアをスタートしてもらうのと同時に離職後のネットワークを維持することで、企業と社員の関係を良好に保っています」
さらに橋本氏は、離職率改善に向けた「心理的安全性プログラム」についても紹介した。
「プログラムでは、社員が職場で抱える問題や不安を早期に解消するための仕組みを整備しています。社員が悩みを抱えた際、気軽に相談できる窓口を設置し、いつでも支援が受けられるようにしてきました。
普通なら、飲み会の3次会でするような話を1時間で聞けるようなフォーマットを作り、社員が大事にしている価値観を深掘りしています。その結果、やむを得ずに離職する場合は、前向きに捉えられるようにしてきました」
橋本氏は「心理的安全性の向上は、短期間で効果が出るものではありません。日々の継続的な取り組みが重要です」と話を続ける。社員が安心して働ける環境を築くためには、経営陣の長期的な視点と努力が必要不可欠であると強調し、このプログラムが、単に離職を減らすだけでなく、社員一人ひとりのエンゲージメント向上にも寄与していると語った。

社員の声をカタチに!情報共有とキャリア支援で離職を防ぐ
橋本氏に続けて、矢部氏もまた離職防止の取り組みについて説明した。「情報不足が離職の一因になることがあるため、情報をオープンにする仕組みを設けています」と語り、社員が会社の方向性やビジョンを理解することの重要性を強調する。
「具体的な取り組みとして、さくらインターネットでは毎月社員向けにアンケートを実施し、社員一人ひとりの声を積極的に吸い上げています。このアンケートでは、職場環境や業務に関する満足度、キャリアに対する不安や希望といった幅広い質問を含め、社員が自由に意見を述べられるよう工夫を重ねてきました。
また、アンケートの結果を基に個別のキャリア相談の機会を提供している点も大きな特徴です。活躍している社員が離職する理由として『仕事がつまらないから』という意見があったので、新しい業務にチャレンジできるような機会を作れるようにしてきました」
また、さくらインターネットでは、社長が週に1回ラジオ形式で情報を発信する取り組みも行ってるという。
「このラジオでは、誰が参加してもいいことになっており、これまで150人ほどの社員が参加してきました。特に若手で活躍している社員が多く参加していて、会社の状況についてわかるような取り組みになっています」
矢部氏の発言を受けて、石井氏は社内でのカジュアルな情報発信の重要性について語る。
「心理的安全性の高い企業では、組織づくり・チームづくりのための施策をしっかりと行っています。その一つが、いわゆる社内ラジオです。人事や役職者など、ラジオで話す人は様々ですが、共通点はカジュアルな情報発信であること。大企業の事務連絡のようなものでなく、楽しくて聞きたくなるようなラジオは、社内の心理的安全性を高めるために有効だと思います」
心理的安全性を高める第一歩。組織変革を成功させるための3つのヒント
心理的安全性を向上させるためには、どのように組織変革を始めればよいのだろうか。橋本氏と石井氏は、それぞれの実践経験をもとに「最初の一歩」の重要性について語る。
橋本氏は、心理的安全性向上の第一歩として上げたのが「組織内での期待値を明確化すること」。
「チーム内で『何を求めているのか』『どのような行動を期待しているのか』を全員が共有できていないと、お互いに不満が生まれやすくなります。内容によっては社内で公開しながら、改善していく場合もありました。改善していく模様をSlackチャンネルで見れるようにして、全社から意見をもらいながら改善していくんです」
橋本氏は、「最初に期待値を共有しておけば、後から発生する不安や誤解を大幅に減らすことができる」と述べ、こうした取り組みがチームの安心感を高めると続けた。

一方で石井氏は、心理的安全性向上の取り組みは「孤独に進めるものではない」と語った。
「一人で組織全体を変えようとしても、時間もかかりますし、そのうち倒れてしまいます。まずは『心理的安全性のある会社にしたいんだ』と話して、一人でもいいので仲間を作ることからスタートしてください。
小さな成功体験ができれば、そこからまた仲間も増えていくはずです。そのような成功体験を積み重ねながら、徐々に組織の心理的安全性を高めていってもらえればと思います」
また、石井氏は、心理的安全性向上を目指す取り組みを広げる際に、経営層の協力を得ることも重要だと述べる。「経営トップや組織長が率先して行動を示し、心理的安全性の必要性・重要性を全員に伝えることが、最初のハードルを超えるための鍵となります」と語り、セッションを締めくくった。

取材後記
今回のセッションを通じて、心理的安全性が単なる理論ではなく、実際に組織に変革をもたらす強力なファクターであることが改めて実感させられた。メンバーが安心して意見を交わせる環境を整えることは、どの企業においても不可欠な課題だろう。登壇者たちが共有した実践例は具体的で、多くの参加者にとって大きなヒントになったのではないだろうか。心理的安全性を育むには、即効性のある解決策はない。しかし、社員との対話を重ね、小さな成功体験を積み重ねることで、組織全体を変える第一歩を踏み出せるはずだ。
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(編集:入福愛子・眞田幸剛、文:鈴木光平)