
【Startup Culture Lab. 2024年度 #12レポート】成長するスタートアップの“自律”と“規律”──カルチャー浸透のリアルとその仕組みづくり
イノベーションを起こし急成長するスタートアップならではの、人材・組織開発に関する学びと知見を広くシェアする研究プロジェクト「Startup Culture Lab.」。2024年度も56社の研究対象スタートアップが決定し、全12回に渡るセッションとワークショップを通じ、急成長するスタートアップの組織支援を進めていく。
3月18日にTiB(Tokyo Innovation Base)で開催された12回目(最終回)のセッションテーマは、「成長するスタートアップの自律と規律のバランス」。自律と規律のバランスや、自律と規律がある組織の作り方に焦点を当ててディスカッションが進んだ。スタートアップにとっては特に難しいテーマを、登壇者の組織ではどうマネジメントしたのか?──様々な知見や事例が披露されたセッションの模様をレポートしていく。

<登壇者>
・菊池 烈 氏 / フォースタートアップス株式会社 執行役員コーポレート本部長
・佐藤 有紀 氏 / 創・佐藤法律事務所 代表 弁護士
・藤田 大洋 氏 / 株式会社People Centered 代表取締役社長
・村田 宗一郎 氏 / 株式会社eiicon 常務執行役員 CHRO ※モデレーター
自律しているスタートアップに必要なのは、「ミッション・ビジョン・バリュー」
今回のセッションの登壇者は4名。一人目はスタートアップの人材支援事業を中核とするフォースタートアップスで、執行役員コーポレート本部長を務める菊池烈氏。同氏は入社時、非上場だったフォースタートアップスにて、上場を経験している。
▲菊池 烈 氏 / フォースタートアップス株式会社 執行役員コーポレート本部長
二人目は創・佐藤法律事務所にて代表を務める佐藤有紀氏。スタートアップの上場を支援している同社は、M&Aやファンドのセットアップを得意としている。佐藤氏は「今回のテーマにおいては、スタートアップのブレーキ役としての意見が求められそうですが、アクセルの役割を担うこともあります」と述べた。
▲佐藤 有紀 氏 / 創・佐藤法律事務所 代表 弁護士
次に自己紹介をしたのは、経営や組織づくりの支援をしているPeople Centeredの藤田大洋氏。同氏は昨年までツクルバにてCHROを務めた経験もある。藤田氏は「従業員が30人から300人に増えたことや上場の経験、コロナ禍をどう切り抜けたかなど、経験をもとに話をしたいです」と意気込みを語った。
▲藤田 大洋 氏 / 株式会社People Centered 代表取締役社長
なお、本セッションのモデレーターはeiiconのCHRO・村田宗一郎氏が担当した。
▲村田 宗一郎 氏 / 株式会社eiicon 常務執行役員 CHRO
最初のセッションテーマは、「自律と規律のバランス」。村田氏は率直に「自律している組織とはどのようなものか?」と質問を投げかける。
藤田氏はスタートアップという変化の多い環境であることを前提に考えると、「すごく統制のとれた組織で変化の大きい環境に対応するのは難しいのでは」と答えた。その上で、従業員が自律して動くためには規律を細かくするよりも「ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)を軸にしてフェアウェイを定め、自律的に動いてもらうイメージです」と述べた。
続いて村田氏は「自律といえばフォースタートアップスという印象」と前置きしながら、菊池氏に同様の問いかけをした。菊池氏は「人材業なのでKPIという形では規律はあります。ただ、数十名規模のときには、メンバーの得意な領域で活路を見出していく自律性がありました」と振り返る。
従業員数が多くなっていくことに関しては「人数が増えたからといってマイクロマネジメントすることはありませんでした。ただ自律してもらうためには長期的視野で仕事に取り組んでもらいたいです。そのためにMVVは細やかにしています」と語った。
様々なスタートアップの支援をしている佐藤氏も「指示されずとも各人が考えて動いている組織が自律的な組織だと思います」と他の登壇者と近い意見を述べた。さらに「MVVをよく理解していると、性善説で組織が動いてくれる印象です。もっとここをこうするべきだ、という建設的な意見が出てきます」と経験を語った。
規律を考え始めるのは50名規模から?それとも最初から?
自律について、奇しくも登壇者3名から「ミッション・ビジョン・バリュー」という言葉が出るセッションの冒頭となった。
続いて村田氏は「では、スタートアップにおいて規律が生まれるのはどの時点なのか」と話題が移った。藤田氏は数十名規模の会社と関わることが多い経験から「30名まではリファラル中心の“仲間”ですが、50名を超えるあたりから感覚が変わってきます。100名規模を見据えた施策を推進しているフェーズなので、事業として機能する規律を考えるようになります」と、具体的な肌感覚を共有した。
菊池氏は人数の規模ではなく、上場準備におけるフェーズによって規律が生まれ始めたという。具体的には上場直前のN-1の時期だと言うが、その当時の従業員数は50名ほどだったという。
一方、佐藤氏は次のような見解を示した。
「べき論で言えば最初から規律はあるべきだと思います。とはいえ、実際はN-2くらいから規律が出てき始めるという感覚です」
そもそも自律と規律のある組織をどう作るか
ここまで自律と規律について話してきたが、トークテーマは「そもそも自律と規律のある組織をどうやって作るのか」に話は及んだ。藤田氏は「一般的に言われることですが、50名規模になったあたりから、社長と直接仕事をしていたメンバーの間にミドルマネージャーの役割が入ってきます。そうすると、それまでMVVで走ってきたところに人事制度を取り入れるなどといった施策が有効になると思います」と述べた。
菊池氏はスタートアップの初期は「社長が評価する、以上」で成り立つフェーズであり、次のフェーズにステップアップする際には、社員同士の共通言語を時間をかけて醸成していく施策を実施したと話す。具体的には、合宿を実施し、数十人で同じ目線で同じテーマで議論することで、共通言語を会社の血液のように機能させることができると語った。
佐藤氏は「社長と現場のメンバーの間に理念を理解する人を置くことができるかに尽きる」と一言で表現する。佐藤氏は菊池氏が自律と規律のある組織づくりに「時間をかけた」と表現したことに対して「何に時間をかけたのか」と質問した。
菊池氏は「はじめは共通言語を作るための合宿が四半期に一度くらい実施していました。その頃は人数も少ないので会話の量も多かったです。ただ、組織が大きくなると共に小ロットにして合宿を開催しました。それを1年や2年積み重ねると、多くの社員に浸透していくようになります」とノウハウを明かした。
それを聞いた佐藤氏は「上場を見据えてハイスペック人材を揃える会社が、波に乗れるか乗れないかは、カルチャーの浸透に左右されるかもしれませんね」と納得した様子だった。
ここで村田氏は会場の質問から「採用が激戦化していますが、どこまで妥協できますか?」というものをピックアップした。これに対して菊池氏は「MVVへの共感とカルチャーマッチだけはブラさずに採用しています。これが8割です。あとは実践でカバーできるので」と返答し、採用の際の優先度を説明した。
同様に藤田氏は採用のポイントについて「例えば、マネージャーポジションに応募してきたものの、マネージャーを任せるのは厳しい人がいたとします。そういう場合に備えて組織側が柔軟に受け入れられる準備をしておくことが大事になります。今は外部の人材でも企画職にコミットしてくれるケースもありますし、候補者が二重丸じゃなかったとしてもやりようによっては受け入れることができます」と語り、フレキシブルな採用体制の重要性を説いた。
自律と規律は相反する概念?むしろ規律が自律的な仕事を促進するケースもある
セッションも大詰めとなり、テーマの本丸である「自律と規律のバランスをどうとるか」に議論は移った。
藤田氏は「規律を作ることが目的ではないが」と前置きしながら「トップひとりがマネジメントできる50人から100人規模の段階で権限委譲が重要になりますが、どんな権限を誰に以上するのかという一定のルールづくりは必要だと思います」と切り出した。
さらに「スタートアップだとマネジメント経験がない人がマネージャーをするケースもあるので、権限委譲のルールが浸透すれば経営会議のアジェンダが変わってきたりします。これは部長会で決裁できるね、といったように」と、権限委譲のルールを作るメリットを説明した。
自律と規律は相反する概念だとも捉えられる場合もあるが、藤田氏の解説によると規律を作ることにより「この議論はこの人が決裁できる」といった要領で、むしろ自律的な仕事を促すケースもあるとのことだ。
村田氏は藤田氏の意見に納得しながらも「実際にルールとして自律と規律のバランスを落とし込むのには一定の難易度がある」と実現性に言及した。バランスをとるための実現性について、佐藤氏は社外の立場としてできることがあるという。
「IPOを目指すスタートアップの場合、社内の規律に対して主幹事候補の証券会社や監査法人からあれこれコメントされることがありますが、納得できるものとできないものがあります。私が手伝うときには、セカンドオピニオン的に、それってやり方を変えれば実現できるのでは?といったようにコミュニケーションしています。ときには現場の方の意見を押し返すこともあります」
さらに村田氏から「規律を作ろうとするときに、現場から経営層の理解を得るのは難しいのでは」との質問に対して、藤田氏は「トップの特性にもよりますが、基本的には説明して理解してもらう必要があります」と経験を述べた。
セッションの最後に、コメントを求められた藤田氏は以下のようにまとめて締めくくった。
「自律と規律のバランスは組織のフェーズによってアップデートされていくものです。また繰り返しになりますが、自律と規律は対立するものより、相互に相乗効果を生み出すのが理想だと思います。ルールは事業の成長に活かせます。自律についても同じで、成長し続ける組織には主体性は切り離せませんから、粘り強く作り続けていかなければと改めて思いました」
取材後記
「自律」と「規律」は、時に相反する概念として語られがちだ。しかし本セッションを通じて印象的だったのは、規律があるからこそ自律が機能し、自律が根付くことで組織が持続的に成長していくという視点だ。登壇者たちが語ったのは、制度設計やルール整備が目的化することのリスクではなく、それを「道具」としてどう活かすかというリアルな知見であった。企業フェーズごとに変化するバランスの取り方をどう設計するか。その難題に挑む姿勢からは、スタートアップが持つ柔軟性と粘り強さの両面が感じられた。
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(編集:眞田幸剛、文:久野太一)