【Startup Culture Lab. 2024年度 #8レポート】ispace、ミツモア、PeopleX、NOT A HOTELが登壇!スタートアップの組織成長を支える抜擢人事と人材育成の極意とは?
イノベーションを起こし急成長するスタートアップならではの、人材・組織開発に関する学びと知見を広くシェアする研究プロジェクト「Startup Culture Lab.」。2024年度も56社の研究対象スタートアップが決定し、全12回に渡るセッションとワークショップを通じ、急成長するスタートアップの組織支援を進めていく。
第8回となるセッションのテーマは、「挑戦と抜擢により育成するスタートアップのタレントマネジメント」。人材育成とタレントマネジメントが、企業の持続的な成長と競争力を支えるために重要となってきた昨今。従業員一人ひとりに育成の機会や挑戦の場を提供し、適切なタイミングでの抜擢を行うことで、組織全体の成長を促進させることが重要になってきた。
今回は、育成の仕組みとしてのメンター制度やコーチングの導入、異業種へのジョブローテーションの意義など、多様な育成手法について議論が行われた。また、タレントマネジメントにおけるキャリアパスの設計や、優秀な人材を適切なタイミングで重要なポジションに配置する「抜擢の文化」についても焦点を当てたセッションの模様をレポートする。
<登壇者>
・今村 健一 氏 / 株式会社ispace Chief People Officer
・塩田 ゆり子 氏 / 株式会社ミツモア 人事本部長 兼 管理本部長 代理 ※モデレーター
・橘 大地 氏 / 株式会社PeopleX 代表取締役CEO
・富吉 夏樹 氏 / NOT A HOTEL株式会社 Owner Relations 執行役員
人事のプロからスタートアップ経営者まで!異色の経歴を持つ登壇者が語る「抜擢人事」
セッションの冒頭では、登壇者からそれぞれ自己紹介が行われた。最初に話し始めたのはispaceの今村氏だ。同社は宇宙開発事業を展開する社員300名ほどのスタートアップで、今村氏は人事の責任者を務めている。
「私はリクルートやZホールディングスで経験を積んできました。今回のテーマである抜擢人事については、これまでの経験を踏まえ、お話できればと思います。また、ispaceで直面している生の悩みも、スタートアップの皆様と共有できれば幸いです」
▲今村 健一 氏 / 株式会社ispace Chief People Officer
続いて自己紹介したのは今回のモデレーターを務めるミツモアの塩田氏。以前はコンサルティングファームで人材育成、人事制度設計などを経験しており、現在はミツモアで人事責任者を担っていると話した。
▲塩田 ゆり子 氏 / 株式会社ミツモア 人事本部長 兼 管理本部長 代理
次に自己紹介を行ったのはPeopleX 代表の橘氏だ。弁護士からキャリアをスタートし、前職のクラウドサインでは、10年ほど電子契約サービスの社会浸透に従事してきたと語る。
「2024年4月にエンプロイーサクセス事業を推進するPeopleX という会社を立ち上げました。私はこれまでずっと事業の担当役員でしたが、人事素人の目線で『HRサービスの領域には、まだまだ余白がある』と思っていたんです。経理やセールス領域のサービスは大きな市場に成長しているのに、HR領域はそこから見劣りするように感じます。
私が参入することで、HR市場の競争を激化していきたいと思って起業しました。素人目線でHRを語っていこうと思うので、今日はよろしくお願いします」
▲橘 大地 氏 / 株式会社PeopleX 代表取締役CEO
最後に自己紹介したのは NOT A HOTELの富吉氏。別荘をみんなでシェアして所有するビジネスを展開しており、創業4年目にして社員数は200名を超えるスタートアップだ。富吉氏は執行役員を務めている。
「私は新卒で野村不動産に就職して、セールスとしてキャリアをスタートしました。そこからNOT A HOTELが10名のころに飛び込んで、2〜3年働いた後に実家の花屋の経営を継ぐことにしたのです。
NOT A HOTELに戻ってきたのは、2024年7月に代表の濵渦から執行役員として戻ってこないかと打診されたからです。本日は”抜擢人事をされた側”のポジションとして、お話できればと思います」
▲富吉 夏樹 氏 / NOT A HOTEL株式会社 Owner Relations 執行役員
スタートアップに抜擢人事がもたらす変化
1つ目のテーマとして、モデレーターの塩田氏から挙げられたのが「組織が拡大する中での人材戦略のあり方」だ。事業が急成長するスタートアップでは、ビジネスが多角化していき、求められる人材の要件が変わることも珍しくない。
そのような組織において、抜擢人事をどのように活用すべきなのか。まず意見を求められたのはispaceの今村氏だ。
「組織化とは何かを考えた時に、答えのひとつは”中間管理職を作ること”だと思うんです。みなさんに聞きたいのですが、普段仕事をしている中で、どれくらいの人の数の顔と名前を一致させて覚えていられますか?
私は100人ほどが限度だと思うのですが、スタートアップが100人の組織になってから人事を採用するようでは遅いですよね。その前から社長と一緒に人事戦略を考えられる人事や経営陣が2~3人いたほうが心強い。
そのために組織が50人くらいの時から、組織化をはじめ将来社長の右腕や左腕になる人間を育てなければいけません。そのためには、抜擢人事が有効な手段になると思います」
続いて意見を求められたのは、抜擢人事をされた側のNOT A HOTEL・富吉氏だ。どのようにスカウトされ、どんな気持ちだったのか。
「当時、私は実家の花屋の経営に携わっていました。代表の濵渦と会食する機会があり、そこで今回の人事の件を切り出されたんです。まったく予期していない役員のオファーにびっくりしたのが、率直な感想でした。
花屋として頑張っていこうと盛り上がっていましたが、同時に次の成長を見据えた時の力不足を感じていたタイミングでもあった。一度覚悟を決めて退職したこともあり、チャレンジングなオファーに数日寝れないほど悩みました。結局は今のタイミングでチャレンジする機会としてNOT A HOTELの業務がより面白そうと、オファーを受けることにしました」
最後に、抜擢人事の必要性と注意点について語ったのはPeopleXの橘氏だ。
「多くの企業が人材登用について陥る間違いが”ミドルマネージャーにふさわしい人材がいないから、外部から採用する”という考え方です。”パラシュート人事”とも呼ばれる発想ですが、基本的には人材は会社が育てていかなければなりません。そのためにも、定期的な抜擢人事が欠かせないと思っています。
自分たちで人を育てていくからこそ、再現性を持って組織を拡大していけるのです。私も起業する時に、社内で人を育てていくことを決めていたので、定期的に抜擢人事を行っています」
パラシュート人事の光と影ーー成功と失敗を分ける要因を探る
パラシュート人事に対して言及した橘氏に対し、塩田氏はそのリスクについて深掘りした。
「パラシュート人事をする会社では、採用したマネージャーが早期離職して、その部下も一緒に辞めてしまうケースをよく見かけますね。シリーズBくらいで成長が鈍化しはじめると、みんな不安になってしまうのだと思います」
塩田氏の発言に対して、橘氏は海外企業を例に社内で人を育てることの重要性を次のように語る。
「海外に目を向けると、成功している企業はたまたま居合わせた人たちが幹部社員になっていくケースがたくさんあります。社内で成長してきた社員は覚悟もありますし、ストックオプションもあるため、当事者意識をもってマネジメントをしてくれます」
塩田氏は、今村氏にもパラシュート人事について意見を求める。
「私も過去にパラシュート人事をした経験があります。しかし、橘さんが仰るように失敗が多いですね。採用された人はもちろん、受け入れる側も心の準備とストレス耐性がなければうまくいきません。社長にも採用した人に向き合い続ける覚悟が求められます。
全てのマネージャーを社内で登用するのは難しいかもしれませんが、100人を超える組織では、パラシュート人事は1割程度に収めるのが理想だと思います。そのために必要な準備を、このあとのセッションで深めていければと思います」
今村氏の発言に対して、塩田氏は自身の経験をもとに次のような感想を述べた。
「パラシュート人事を成功させるには、経営者の方たちも採用した人にしっかり向き合ってコミュニケーションする覚悟が必要なんですね。私自身も、社長とは密にコミュニケーションをとってきた自負があります。そのおかげで私の視座も上がりましたし、会社の方向性もより深く理解できたと思います。パラシュート人事には、求職者と企業どちらの覚悟も必要だということがわかりました」
「HRテック=人事向けサービスじゃない」。日本のHRテックをアップデートするには
続いてテーマは、PeopleXのサービス(エンプロイーサクセスHRプラットフォーム)に関連する「中途採用人材の育成」に移る。橘氏がPeopleXを起業した背景には、日本の人材育成の課題があったようだ。
「多くの企業では、新卒社員は人事が研修して育成しますが、中途採用は各事業部が育てるのが一般的です。ここで大事になるのがオンボーディングですが、日本ではオンボーディングに特化したHRテックがありません。海外ではHRサービスの中で、オンボーディングサービスが一番成長しているのと見比べると大きなギャップを感じます。
どうしても日本では”HRテック=人事向けサービス”という印象が強いので、事業部側に寄り添ったHRサービスを作ろうと思ったのが、起業した背景にあります」
橘氏の発言に、塩田氏は「日本はOJTが主流ですが、いかに再現性を持ってオンボーディングをさせるかが大事なんですね」と相槌を打つ。その後も二人でアメリカと日本のオンボーディングについて議論が交わされた。橘氏は次のように話す。
「アメリカは人材の流動性が高い。そのため、どんな人が入ってきても、すぐに戦力として働けるようにオンボーディングが欠かせません。そのため、HRテックの中でも、オンボーディングのニーズが高くなります。一方で日本はOJTに加えてメンター制度が主流なので、育てる人によって育成方針がバラバラになりがちです」
これに対し、塩田氏は次のように見解を語る。「日本のメンバーシップ型かアメリカのジョブ型かの違いに繋がっていそうですね。欧米から見れば、日本のこのような育成方針は特殊に映るかもしれませんが、昭和の日本の経済成長はそれによって支えられてきました。しかし、今は時代が変わったため、日本の育成方針は変えていかなければなりません。リクルートは、そのような後進のリーダー育成をテーマに長年研究してきた会社ですよね」
日本のHR産業を牽引してきたリクルート出身の今村氏にマイクが渡される。
「先ほど出た『現場で人を育てる』というテーマを、長年に渡ってHRの仕組みとしてサポートしてきたのがリクルートだと思っています。本日のテーマである抜擢人事も、リクルートでは日常茶飯事ですし、私も人事の立場として何度も実施してきました。
しかし、リクルートでの抜擢人事にはサプライズはありません。その人がそのポジションに就くというのは、同じ部署の人はもちろん隣の部署の担当役員も理解していました。抜擢人事のための土壌が整っているとも言えるかもしれません。
やっていることはとてもシンプルで、それぞれのメンバーの強み弱みをしっかり把握して、将来どのポジションにつけるのがいいのか考える。その仕組みをしつこくやり続けてきたのに尽きると思います」
今村氏の話を受けて、塩田氏は次のような感想を述べた。
「人材育成という仕組みに対して『なぜこんなに時間をかけなきゃいけないんだ』と思う企業も少なくありません。一人ひとりに対して1on1をしてフィードバックするとなると、多大なリソースが割かれるので、そう思うのは無理ないでしょう。
しかし、真のリーダーの役割は後任を育てること。そのために人材育成に時間をかけるのは避けられません。リクルートは、それを実直に続けてきた会社なんだという印象を受けました」
続いて塩田氏は、大企業とスタートアップの両方を経験している富吉氏に、人事と事業部の壁について話を聞く。
「まだ200名弱という全員の顔と名前が一致する組織規模だからかもしれませんが、NOT A HOTELは、HRと事業部の距離がとても近いと思います。現場のことをしっかり把握して、チャレンジングな評価制度などを実施してくれているので、人事との間に壁を感じることはありません。
一方で前職の大企業では2,000人規模の大組織だったので、人事と事業部の間には大きな壁があったように感じます。私も多少は人事をかじっていましたが、それぞれのチームのリーダーは把握できても、一人ひとりを把握することはできませんでした。部長クラスの方とコミュニケーションはできても、メンバーの活躍や成長を見ることは難しかったですね」
そのような日本の大企業の人材育成における問題を解決しようとしているのが橘氏だ。既に国内でもタレントマネジメントシステムは多数あるが、そこにはどのような課題があるのか塩田氏が聞いた。
「たしかに日本にもタレントマネジメントはありますが、さきほども述べた通り、それらは人事業務を効率化するソリューションに留まっている印象があります。前職の会社でタレントマネジメントを導入していましたが、事業部側が利用しているのをほとんど見たことがありません。現場の社員一人ひとりが日々使用し、自分のポテンシャルを発揮して活躍することを支援するサービスが求められていると言えます。
海外のHRテックは進化のスピードがすさまじく、近年では生成AIも活用して『HRテック3.0』とでも言うべき時代が来ているのに比べて、日本は1.0のサービスがようやく普及したレベル。私は生成AIを取り入れたサービスを広め、日本のHRテックを世界標準に引き上げるチャレンジをしていきたいと思ってます」
「パフォーマンスとバリューへの共感が鍵」抜擢人事候補の選び方
テーマは参加者から寄せられた質問へと移る。最初に取り上げられた質問は「抜擢人事をする候補をどのように選ぶか」だ。マイクを渡されたのは、過去にも抜擢人事をしてきた今村氏だ。
「最も基本的な条件はパフォーマンスです。周囲が納得するような結果を出しているのは絶対条件。たとえば年に2回もエクストリームな評価を取った人たちは、役員や人事が注目しており抜擢人事の準備を始めていました。
その上で重要になるのが、バリューへの共感度です。抜擢人事をするとなると、責任ある意思決定をしてもらうので、経営方針に沿った意思決定をしてもらわなければなりません。どんなにパフォーマンスを出していても、会社のバリューにそぐわないようであれば、抜擢人事の対象から外す必要があります」
今村氏の意見を聞き、橘氏は抜擢人事について「社内に候補がいると信じて育成することが大事」だと言う。
「『シリコンバレーのCXOがどのように生まれたのか』というテーマの研究があるのですが、CXOの多くはその辺の若者でした。彼らも最初から飛び抜けて優秀だったわけではなく、最初は一般的なスキルの持ち主が、成長してグローバルで何十万人という組織をマネジメントできるようになるのです。
日本の企業では『抜擢人事するような人材がいない』と諦めて中途採用する企業も多いですが、最初から諦めてては育成できません。社内に将来の幹部がいると信じて、それを育てていくのが何より大切です」
橘氏の意見に対して、塩田氏から「どのように幹部人材を育てていくのか」という質問が飛んだ。
「大事なのは社長が二人三脚で育てていくこと。私も2024年6月に入社した社員を1ヶ月後に事業責任者にして、私に帯同させながら育てています。彼に限らず、私の会社では入社して1ヶ月で抜擢人事するのは珍しくありません。
そもそも抜擢人事してもいいような、信頼している人だけを採用しているので、彼らと一緒に事業を作っていけば結果的に成長してくれます」
セッションの最後に、モデレーターの塩田氏から次のようなまとめの言葉で締めくくられた。
塩田「本日はタレントマネジメントというテーマで、抜擢人事や降格というキーワードが出てきました。人事の仕事は、それらを通して会社を健康な状態に整えることだと思います。会社というのも生き物なので、新陳代謝が必要で、体内の古い細胞の代わりに、新しい細胞に入れ替えていかなければなりません。
その手段が抜擢人事や降格ということになると思いますし、常に組織全体が高いパフォーマンスを出せるよう定期的に健康診断してくことが必要です。今日の議論が、来場した人事の方の参考になれば嬉しいと思います」
取材後記
8回目となる「Startup Culture Lab.」では、スタートアップの急成長を支える「タレントマネジメント」をテーマに議論が行われた。登壇者は、ispaceの今村氏、ミツモアの塩田氏、PeopleXの橘氏、NOT A HOTELの富吉氏。組織拡大に伴う「抜擢人事」の重要性や、社内育成の必要性が強調され、パラシュート人事のリスクやオンボーディングの課題についても言及した。また、抜擢候補は「パフォーマンス」と「バリューへの共感」が鍵であり、成長する組織において適切な育成・配置が企業競争力を高めることが語られた。
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(編集:眞田幸剛、文:鈴木光平)