【Startup Culture Lab. 2024年度 #9レポート】Sansan、I-ne、Notionが登壇!急成長する組織に必要な「権限委譲」──実践のコツとは?
イノベーションを起こし急成長するスタートアップならではの、人材・組織開発に関する学びと知見を広くシェアする研究プロジェクト「Startup Culture Lab.」。2024年度も56社の研究対象スタートアップが決定し、全12回に渡るセッションとワークショップを通じ、急成長するスタートアップの組織支援を進めていく。
去る12月17日に開催された第9回のセッションテーマは、「マネージャー育成と権限委譲」。企業が成長を続けるためには現場のチームが自律的に動ける環境を作り出すことが欠かせない。そのための重要な要素のひとつが、「権限委譲」だ。
権限委譲がもたらすリスクとその対策についても議論しつつ、失敗を恐れず挑戦できる組織文化をどのように作っていくのか。今回のトークセッションレポートでは、先輩スタートアップの経営者や人事・採用の責任者が語った成功事例やベストプラクティスを紹介する。
<登壇者>
・長 幸次郎 氏 / Sansan株式会社 執行役員/採用統括部 部長
・杉元 将二 氏 / 株式会社I-ne HR本部 執行役員CHRO
・原 申 氏 / 株式会社MIMIGURI 執行役員 COO ※モデレーター
・平塚 麻子 氏 / Notion Labs Japan People Partner / 人事
組織づくりのプロたちが語る「権限委譲」の極意
セッションの冒頭では、登壇者の自己紹介が行われた。最初に話し始めたのはSansanの長氏。2011年に入社してから、プロダクト責任者として事業をリードした経験もあるなど、事業と組織の双方に精通したキャリアを歩んできている。
「現在は約2,000人規模に成長したSansanにおいて、採用統括部の責任者として全社の採用戦略を指揮しつつ、新卒総合職の育成プログラムの企画・実行にも取り組んでいます。経営に関する重要な意思決定にも携わり、創業者の視点を踏まえた独自の組織づくりを推進してきました。本日はその中で学んだ気づきをシェアしていきたいと思います」
▲長 幸次郎 氏 / Sansan株式会社 執行役員/採用統括部 部長
続いて自己紹介したのはI-ne(アイエヌイー)の杉元氏だ。ボタニカルライフスタイルブランド『BOTANIST』やナイトケアビューティーブランド『YOLU』、ミニマル美容家電『SALONIA』など、さまざまなプロダクトを展開している同社で、2007年の創業初期に一人目の社員として入社したという。
「最初は営業職として販路拡大に従事していました。その後、販売本部長や取締役を歴任し、I-neの成長に伴って営業組織の育成や権限委譲を推進し、2020年頃からは人事として現場で培った経験を語りながら、組織全体の成長をサポートしています。
現在は、執行役員CHROとして採用や育成戦略を検討しながら、グローバル展開の推進にも取り組んでいます。組織規模は約400名に拡大しましたが、創業メンバーとして“人”を中心に戦略を考えながら組織文化を醸成してきました」
▲杉元 将二 氏 / 株式会社I-ne HR本部 執行役員CHRO
続いて自己紹介したのは Notion Labs Japan社の平塚氏。同社は生産性向上アプリ「Notion」を提供する会社として知られており、日本だけでなくシドニーや韓国のチームとも連携しながら、組織の成長を支えている。
「私のキャリアは法律事務所でのパラリーガルからスタートしました。その後、外資系フィンテック企業の日本法人立ち上げに携わったことをきっかけに人事の世界へ進みました。それ以来、自動車業界やIT、金融など多様な分野で人事制度の設計・導入や組織文化の醸成に携わっています。
スタートアップのゼロからの立ち上げや、事業統合後の組織再編といったスケールアップ段階の経験が多く、特に成長フェーズにおける組織開発を得意としてきました。本日は、スタートアップならではの人事視点で、皆さまと有意義な議論ができればと思っています」
▲平塚 麻子 氏 / Notion Labs Japan People Partner / 人事
最後に自己紹介を行ったのは、モデレーターでありMIMIGURIで執行役員COOを務めている原氏。同社は主に組織コンサルティングを行い、企業の成長を支える組織づくりに取り組んでいる。
「マクロミルにて営業や新規事業開発、人事責任者など多岐にわたる役割を経験し、その後、製造業の受発注プラットフォームを展開するスタートアップCADDiにジョインしました。CADDiでは、わずか2年弱で組織規模を80名から650名へと拡大させ、HRをリードする経験もしています。
現在はMIMIGURIでの活動に加え、組織づくりのノウハウを発信するポッドキャスト『最高の組織づくり』を運営し、スタートアップの皆様に役立つ情報を届けています。本日は、私自身が経験した急成長組織での学びをお話しながら、皆さまの組織づくりに役立つヒントを一緒に探していければと思います。どうぞよろしくお願いいたします」
▲原 申 氏 / 株式会社MIMIGURI 執行役員 COO
「プロダクトとブランドを守る」経営陣が握るべき権限と委譲の限界
最初にモデレーターの原氏が掲げたテーマは「権限委譲を進めるうえでの課題」だ。委譲する権限がある一方で、どのような権限は委譲しないのか。その理由や背景を登壇者に聞いていく。まず答えたのはSansanの長氏だ。
「2007年に創業したSansanは、組織拡大に伴い権限委譲の重要性を常に意識してきました。営業や日常業務といった分野は早期に現場へ権限を委譲し、自律的な意思決定を促すことで組織全体の効率化を図っています。
しかし、プロダクトとブランドに関しては、経営陣が今でも直接関与し続けています。プロダクトは会社の競争力の源泉です。特に新規事業においては、経営陣が密に関わりながら早期の意思決定ができる体制を敷いています。
また、Sansanは創業当初からブランディングを非常に重視しています。事業拡大に伴い、プロダクトも複数になる中、経営陣が戦略から関わることで、一貫したブランディングを構築してきました」
領域を絞りながらも積極的に権限を委譲してきた同社。しかし、その過程では様々な課題にもぶつかってきたと言う。
「正解のない領域においては、判断基準の共有が大きな課題でした。意思決定の基準が人によって異なるため、継続的な調整とコミュニケーションが不可欠で、今も試行錯誤を繰り返しています。特に、Sansanにおいてプロダクトは最も重要なものなので、完全に委譲するというよりは、経営としてハンドリングしながら進めて行くために、適切なレビューや情報交換の場を密に設けるようにしています」
権限の委譲について、今も課題が残っていると語る長氏だが、一定のノウハウを築いてきたと語る。その中で最も重要なのがミッション・ビジョンの浸透だ。
「私たちは非常にミッションドリブンな企業ですが、権限委譲を進めることにおいても、ミッション・ビジョンの浸透は非常に効果的だと感じています。全社員が組織の方向性を共有することで、特に権限委譲を進めた領域においても、一貫した判断軸を保てるからです。今では約1年半ごとにミッション・ビジョンの議論を繰り返し、組織全体の意識を一つにしています。このような権限委譲の考え方は、Sansanが2,000名規模の組織へと成長する上で、重要な役割を果たしてきました」
ハイコンテクストな組織における権限委譲を成功させるには
続いて権限委譲の課題について語ったのはI-neの杉元氏。これまで直面してきた課題として「人材の選定」と「暗黙知への適応」を挙げた。
「I-neでは、組織の拡大に伴い権限委譲を積極的に進めていますが、その過程でいくつかの課題に直面してきました。特に適切な人材を選定することは大きな課題です。権限を委譲する際には、担当者がその責任を担う準備ができていなければなりません。しかし、特に外部から採用した人材の場合、I-neの組織文化や価値観に馴染むまでに時間がかかることが多く、採用段階での適性の見極めがより重要になります。
また、I-neではハイコンテクストな組織文化が根付いており、現場での意思決定は暗黙知や過去の成功体験に基づく判断が多くなります。この暗黙のルールに外部人材が適応することが難しい場合も多く、権限委譲のプロセスを複雑化している要因の一つです」
そのような課題を解決するための取り組みもしていると続ける。
「採用プロセスを工夫しており、たとえば求職者のスキルを“0→1”と“1→10”のどちらに強みがあるのかを明確に見極める仕組みを導入しました。これにより、個々の強みを活かせるポジションに人材を配置し、権限委譲をスムーズに進められるようにしています。
また、組織の配置を工夫することにより、各担当者のスキルや特性に合わせてチーム編成を行い、それぞれの責任範囲を明確化してきました。これにより、担当者一人ひとりが無理なく、かつ最大限に能力を発揮できる環境を整えています。
加えて経営陣全員で定期的に議論を交わしながら、権限委譲が適切に行われているか、現場でどのような課題が発生しているかを共有するのも重要です。定期的に問題を共有することで、早期に解決できるよう取り組んでいます」
グローバル企業における本社と現地チームのバランス問題
長氏、杉元氏に続いて、グローバルスタートアップならではの課題と対策を語ったのはNotionの平塚氏だ。
「Notionが日本市場で事業を拡大するために、権限委譲は重要な戦略の一つとみなされています。なぜなら、グローバルな視点とローカルなニーズのバランスを両立しなければいけないからです。
本社が定めたグローバルな指針を尊重しつつ、日本市場の特性に合わせた柔軟な対応を行う必要があり、この両立が難しいケースも少なくありません。特に、市場の成長が著しい初期フェーズにおいては、様々な領域で迅速な意思決定と実行が求められます。ローカルチームに必要な裁量を与えることで、それがより実現しやすくなります。
一方で、グローバルなブランドイメージの統一や、全社的なカルチャーの維持といった観点からは、本社が主導的な役割を果たさなければなりません。これらの領域においては、ローカルチームの裁量というよりは、本社の方針に従い、それに基づく決定を優先させる必要が出てきます」
権限委譲の課題を解消させるため、Notionでは次のようなポイントを重視していると続けた。
「採用プロセスを重視しており、Notionのプロダクトはもちろん、価値観やカルチャーに共感し、自律的に仕事を進められる人材を採用するように意識しています。それにより、権限委譲が発生した後もスムーズな業務遂行が目指せます。
また、メンターシップ体制の構築も重要な取り組みです。新しいマネージャーが現場で責任ある役割を担えるよう、経験豊富なメンバーがメンターとなり指導を行ったり、さらに、マネージャー同士のネットワークを強化することで、互いに知見を交換し、課題解決に協力し合える環境や体制を整えるように取り組んでいます」
権限委譲を成功させるための組織文化の醸成とフォローアップ
3社のエピソードを聞いたモデレーターの原氏は、議論の内容を次のようにまとめる。
「権限委譲は、事業成長にあわせて組織の成長を加速させるための重要な手段の一つです。どのリーダーも当然、全てのことを自分一人ではできません。しかし、各社の事例からも分かるように、単に業務を分担するという視点だけでなく、組織全体の目的や方向性を共有しながら、バランスの取れた権限委譲を行う姿勢が欠かせません」
権限委譲の重要性を解くとともに、そのための具体的なアクションを次のように整理した。
「権限委譲を成功させるためには、フェーズに応じたコミットメントのバランスと組織文化の醸成が不可欠です。経営陣がハンドルを強く握ってコミットメントするところはどこなのかを見極めることと、ミッション・ビジョンやバリューを通じてハンドルを握り切らない所でも日々の意思決定が大きくブレない状況をつくることが重要です。
また、つい視点として抜けがちですが、権限を委譲した後も、委譲先を適切に、且つ多くの場合は長い時間をかけてサポートする必要があります。
バランスの取れた権限委譲は、事業をスケールさせるための手段です。その成功には、状況に併せて適切な状態を実現する永続的な取り組みが欠かせません。本日のセッションを参考に、組織の状況に合わせた適切な対策を取り入れてください」
取材後記
リソースが乏しいスタートアップが成長するには、適切な権限委譲が欠かせない。しかし一方で権限委譲を成功させるには、様々な工夫が不可欠となる。どこまで経営陣が握り、どこから権限委譲するのか、権限を委譲した人をどのようにフォローアップしていくのか。登壇者の話を聞くだけでも、各社がそれぞれ工夫を施しているのが分かった。今回の議論をもとに、組織づくりに携わる人が自社に合った権限委譲のやり方を見出してほしい。
※関連記事:
・【Startup Culture Lab. #10レポート】スタートアップに多様性は本当に必要?グローバル企業のキーパーソンが戦える人材&組織を作るためにとったアクションとは
・【Startup Culture Lab. #11レポート】「フラットでオープンな組織風土」は本当に必要か?経営者たちが語った成長できる企業カルチャーのつくり方
・【Startup Culture Lab. 2024年度 #1レポート】スタメン・NearMe・RECEPTIONISTの代表が登壇! MVVの策定がスタートアップの経営に与えるインパクトとは?
・【Startup Culture Lab. 2024年度 #2レポート】リンモチ×ログラス×SmartHRーー急成長企業における目標設定の実践ノウハウを紐解く
・【Startup Culture Lab. 2024年度 #3レポート】マネーフォワード、READYFOR、Notionが登壇!インナーコミュニケーション成功の法則とは?
・【Startup Culture Lab. 2024年度 #4レポート】へラルボニー・タイミー・ファストドクターが登壇!急成長を実現したスタートアップ3社の採用活動を紐解く
・【Startup Culture Lab. 2024年度 #5レポート】YOUTRUST 、ゆめみ、ビズリーチが登壇。ティール型か、トップダウン型か?各社のユニークな組織論とケーススタディーとは
・【Startup Culture Lab. 2024年度 #6レポート】ナレッジワーク、ハコベル、SmartHRが登壇!注目のスタートアップが語る「成功するオンボーディングの秘訣」とは?
・【Startup Culture Lab. 2024年度 #7レポート】プライム上場企業・アトラエや経産省の政策担当者が登壇!ーー成長を加速させる評価報酬制度とストックオプション活用法とは?
(編集:眞田幸剛、文:鈴木光平)