
【Startup Culture Lab. 2025年度 #3レポート】「採用から活躍まで 〜成長企業に求められる採用戦略とは〜」——採用とオンボーディングのリアル
イノベーションを起こし急成長するスタートアップならではの、人材・組織開発に関する学びと知見を広くシェアする研究プロジェクト「Startup Culture Lab.」。2025年度で3期目を迎える本プログラムは、スタートアップ企業が急成長の過程で直面する“組織課題”に向き合い、解決策を共に探っていくことを目的としている。
7月9日に開催された第3回のテーマは「採用から活躍まで 〜成長企業に求められる採用戦略とは〜」。人材獲得競争が激化するなかで、優秀な人材をどう迎え入れ、いかに早期に活躍へと導くかは、すべての成長企業に共通する重要課題だ。
今回のセッションでは、現場と経営の両面から採用・オンボーディングに深く関わる実践者たちが登壇。候補者との初期接点づくりから入社後の立ち上がり~社内のカルチャー浸透の工夫まで、各社が直面したリアルな課題と取り組みを語った。

<登壇者>
・大槻 祐依 氏 / 株式会社FinT 代表取締役
・幸松 大喜 氏 / キャディ株式会社 部門執行役員 Japan CHRO
・鈴木 歩 氏 / 株式会社ココナラ 代表取締役社長CEO
・藤岡 清高 氏 / 株式会社スタートアップクラス 代表取締役社長(当日モデレーター)
各登壇者の自己紹介
セッション冒頭では、この日のモデレーターをつとめたスタートアップクラス代表・藤岡氏より「急成長する組織において、採用とオンボーディングは最も重要な経営課題」との言葉があり、登壇者によるトークセッションがスタートした。
はじめに株式会社FinTの大槻氏が自己紹介を行った。大槻氏は早稲田大学在学中の3年次に起業し、現在では平均年齢26歳、社員100名の規模に成長。「みんなの強みを活かし、日本を世界を前向きに」をパーパスとして掲げ、企業のSNSマーケティング支援、女性向けメディアの運営、海外(ベトナム、タイ、フィリピン)でのマーケティング支援の事業を行っている。
▲大槻 祐依 氏 / 株式会社FinT 代表取締役
続いてキャディ株式会社の幸松氏は、キャディの代表である加藤氏と前職のマッキンゼー時代の同期であり、創業当初からのメンバーとして事業立ち上げを牽引。現在はグローバル700名超の組織でCHROを務める。当初は人事担当ではなかったものの、昨年、2024年に大規模な事業統合を機にCHROに就任したことを語り、組織文化や人材の融合に苦労したという。
▲幸松 大喜 氏 / キャディ株式会社 部門執行役員 Japan CHRO
株式会社ココナラの鈴木氏はリクルートで10年間勤務した後、当時、社員15名・創業4年目のココナラに参画。2020年から社長を務めた後、翌年に上場を果たしている。ココナラはスキル・知識・経験のマーケットプレイスとしてスタートし、現在は9つの事業を展開。あらゆる人に機会を提供したいというビジョンを掲げ、スキルや知識経験を可視化してマッチングする事業を行っている。
▲鈴木 歩 氏 / 株式会社ココナラ 代表取締役社長CEO
スタートアップ転職の“今”──志望理由は「社会課題への貢献」
モデレーターを務めたのは、スタートアップ専門の採用プラットフォーム「スタクラ」を運営する株式会社スタートアップクラスの藤岡氏。自ら起業家支援に乗り出した経緯や、スタクラ立ち上げの背景が語られた。スタクラは現在、スタートアップ志望者約3.3万人と、厳選された800社以上の企業が登録。「スタートアップの採用相談は、投資先に必ずといっていいほど起こる悩みだった。『資金を投資してもらったけど、人が採用できずグロースできない』と。だからこそ、採用こそが起業家支援のボトルネックを解消する鍵になると思った」と藤岡氏は語る。
採用とオンボーディングに関する前提知識の理解を深めるために解説が行われた。まず、参加者に「スタートアップ転職の理由」を問いかけた藤岡氏。会場からは成長意欲や刺激への期待などの声が挙がる中、スタクラ登録者への調査結果を紹介し、「最も多かったのは『社会課題の解決に貢献したい』。次に『裁量権を持ちたい』『市場価値を上げたい』が続く。年収を重視する人は少数派だった」と語った。この傾向から、採用活動で重要なのは「仕事がお金になるか」ではなく、「社会をどう変えるか」というビジョンを語ることだという。
また、スタートアップ求人は10年で約7倍に増加し、40代転職も大幅に伸長。「35歳限界説は過去のもの」と指摘した。オンボーディングについては、「即戦力化」ではなく「航海の目的地とルールの共有」が本質であるとし、初日ランチや定期面談など、カルチャー浸透を目的とした施策が重要と語られた。また、最近ではAIの導入でスカウト数は増える一方、返信率は低下しているといい、「最後は“思い”をどう届けるか」が勝負を分けるとまとめた。
▲藤岡 清高 氏 / 株式会社スタートアップクラス 代表取締役社長(当日モデレーター)
30人〜100人フェーズの"採用の壁"──創業初期の試行錯誤と価値観の擦り合わせ
続いて、自社の実例を交えながら採用とオンボーディングの実態を4者が語った。まず、最初のトークテーマは「組織規模別の‟採用の壁”」。冒頭で藤岡氏から話を振られて、キャディの幸松氏が口火を切ったのは「創業1年目・30人フェーズ」での採用課題だ。キャディは最初の1年を"ステルスモード"で走り、社名も公開せず仮説検証に集中した。その中でリファラルや求人媒体に細々と出していたが、知名度がないため採用は困難だった。加えて、採用基準も曖昧で「いいお父さんキャラになりそう」といった主観的な理由での採用もあったという。結果としてミッション・バリューと合致しないメンバーが増え、組織の足並みが揃わず離職も発生。そこから「採用基準の明確化」と「バリューとのフィット重視」が急務と認識された。
「人として好きかどうかと、会社にフィットするかは別。信じたい気持ちと割り切りの間で悩みながら、採用基準の整備とミッション・バリューへのフィットを重視するようになったのはこの時期です」と幸松氏は語った。
続いてココナラの鈴木氏は、社員15人時点での自身の入社体験と、同社が採用で重視した“スタンスの一致”について紹介。入社時には社員15人ほど。出会った初日に4時間に及ぶ飲みの場で、“幼少期から大学までの半生”をココナラの社員たちと語り合った後にいきなりオファーを受けたというエピソードも披露された。
また、ココナラでは社員100人を超えるまで創業メンバー3人による“会食選考”を行っていたという。これは面接ではなく、3人が「友達として飲みに行きたいと思えるか」を基準に満場一致でなければ採用しないというルールだ。一方で人数が増え、完全一致でなく2/3の賛成で採用した人材は、後にミスマッチとなるケースも発生した。
「このやり方が通用するのは初期だけかもしれませんが、スタンスのミスマッチは確実に減るんです。ただ人数が足りない時に“2人賛成なら採用”と妥協すると、途端に失敗が増える」と鈴木氏は語る。さらに上場後はビジョンや戦略を語っても「完成されていて自分が入る余地がない」と見なされ、ハイクラス人材の採用に苦戦する時期もあった。しかし、事業が複雑化し構想はあれど"実現方法が定まっていない状態"に変化したことで、「私がやらなければ」という共感を生み、採用が加速しているという。
株式会社FinTの大槻氏は、社員数が100名に満たないスタートアップの採用課題を語った。
若手人材を中心に採用を進めており、「未経験でもマーケに挑戦できる」というメッセージで応募を集めていたが「教えてもらえる前提」で入社する受け身な人材が増え、面接の歩留まりが悪化したという。魅力的な訴求が意図せぬ期待を生み、エージェント経由でも誤解が拡散されていた。結果的に受け身な姿勢の候補者が増え、採用時の見極めや訴求軸の見直しが必要に。若手中心の組織でスキルの見極めが難しい中、SPIなどを活用し定量的なスクリーニングも行うようになったという。
300人〜500人規模の"オンボーディングの壁"──"配属のズレ"が引き起こす離職
トークテーマは次に、「組織規模別の‟オンボーディングの壁”」に移る。採用後のオンボーディングにおける苦労も各社で共通していた。
キャディの幸松氏曰く300〜400人規模で急拡大した際のオンボーディングの最大の課題は、配属のミスマッチだったという。事業部都合を優先し配属先を決めることが多く、その結果、入社者のモチベーション低下や早期離職が発生した。改めて「オンボーディングで最も重要なのは“配属の納得感”」だと語る。現在は採用の初期段階から事業部が関与し、求める人物像をすり合わせ、オファー段階で具体的な配属ストーリーまで設計。候補者に「自分がなぜ必要とされているのか」を明確に伝えることで、入社後の活躍と定着につなげている。
また、ココナラのハイクラス採用戦略も興味深い。ハイクラス人材に対しては、情報の非対称性を埋めるために、事業方針や組織の課題まで詳細に共有し、早期に活躍できるようにするオンボーディングを実施。一方、メンバークラスには、当初は座学中心の研修を行っていたが受け身になりやすかったため、最近は実務の機会を提供し、自ら課題を見つけ、考える形に切り替えていると述べた。
「構想はあるが、具体的な実現方法はまだ固まり切っていない。だからこそ、自ら課題を設定し、道筋を描きながら推進できる人材が必要だし、“自分がやらねば”と思ってもらえる」と鈴木氏。実際、直近3ヶ月で45名が入社し、その中には時価総額300億円企業の元社長も含まれ、人材獲得に大きく寄与している。
一方、キャディのハイクラス採用は、ハードワークな印象があるのを逆手に取り、働きやすさは語らず、高い目標と課題を明示し、「だからこそ力を貸してほしい」と訴えることで、ハイクラス人材の心を動かすと幸松氏は述べた。
全社を巻き込むオンボーディング──「バリューを体現する仕組み」と「共感の接点」
オンボーディングを単なる入社時の手続きで終わらせず、組織全体で“カルチャーを体現する仕組み”として定着させるには、どうすればよいのか。セッションの終盤では、登壇者らが取り組む具体的な施策が共有された。
キャディの幸松氏は「バリュー(行動指針)を“現場で使える言葉”にすることが大事」と指摘する。
「たとえばキャディでは4つのバリューを、それぞれに事例をつけて社内に展開している。Slackでは、メンバーの行動をバリューに照らして称賛する投稿が自然に行われており、それが日常の中での浸透を助けている。」
また、オンボーディングは“人事部門だけの仕事”ではなく「全社員が関与する文化として定着させるべきと続ける。「バリューを伝える説明会は、メンバーが順番に担当する。自分の言葉で語ることで理解も深まるし、“自分たちの文化”という当事者意識が芽生える」という。
ココナラの鈴木氏も、「オンボーディングの本質は“仲間づくり”であり、既存社員の巻き込みが不可欠」と語る。「たとえば社内で“カルチャーに合う人は誰?”と聞いたときに、メンバーが迷わず名前を挙げられる状態が理想。そのために日々の1on1やフィードバックを通じて、行動を見守り続けることが重要」だと言う。また、「新しく入社する社員に完璧を求めるのではなく、“共に形づくっていく”というスタンスも忘れてはいけない」と語る。
キャディの幸松氏は、自社で導入しているオファーレター生成ツール「RekMA (リクマ)」の活用事例を紹介。テンプレートでは伝わらない思いを、経営層自らの言葉で、時にパーソナルな体験を交えながら綴っているという。「テンプレだと候補者には伝わらない。むしろ“AIが書いたのでは?”と感じ取られてしまう。それよりも、自分の経験や想いと重ねて、“なぜあなたを迎えたいのか”を伝える。そこにこそ熱量が宿る」と語る。
ココナラの鈴木氏は、「ビジョンや理念の共有だけでなく、相手の“原体験”に耳を傾けることが大事」と語る。「学生時代の経験などを掘り下げて聞き、どんな時に喜びや悔しさを感じる人なのかを理解する。そして、その人の価値観と会社の挑戦を結びつける形で、“あなたがこの組織で活躍する姿がイメージできる”というメッセージを伝えるようにしている」という。
FinTの大槻氏も、「経営層として、会社の“リアル”を伝えることが大切」と話す。「できていないことや、まだ整っていない部分も率直に話すようにしている。“こういう課題がある、でもあなたと一緒に乗り越えたい”という誠実な対話が、信頼関係の第一歩になる」と語った。
セッション終盤では、会場からの質問も飛んだ。「採用しない基準は?」に対し、キャディの幸松氏は「挑戦を前向きに楽しめるか」「社会に価値を出す姿勢があるか」の2点を重視。「どんなに優秀でも、この2点が欠けていれば採用しない」と断言した。
「CEOは何人規模まで関与したか?」には、FinTの大槻氏が「70〜80人規模までは自ら最終面接を担当」と回答。キャディの幸松氏は「700人超の今も、CEOが全員の面接動画を確認している」と述べ、会場から驚きの声が上がった。ココナラの鈴木氏は「任せる範囲を明確にしつつも責任は現場が持つ文化」と語り、さらに、「候補者との会食では、3名の取締役が自然に会話を交わし、そこに割って入れるかを見る」など、独自のジャッジ手法も共有された。最後は登壇者への拍手でセッションが締めくくられた。
取材後記
成長する組織には、明確なバリューや制度が必要だ。だが、制度だけでは人は動かない。そこに“人の思い”が乗って初めて、行動が変わり、文化が形づくられていく。採用やオンボーディングも、「評価されるためのプロセス」ではなく、「仲間になるためのプロセス」である。その本質を忘れず、個人の経験や想いを言葉にして届ける――。そんな“熱量のある組織”こそが、変化の時代において選ばれ、成長していくのだろう。次回以降のテーマにも注目していきたい。
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(編集・文・撮影:入福愛子)