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【Startup Culture Lab. 2025年度 #5レポート】「評価報酬制度の設計と運用」——スタートアップのCHROや役員などの登壇者の実務経験から読み解く

【Startup Culture Lab. 2025年度 #5レポート】「評価報酬制度の設計と運用」——スタートアップのCHROや役員などの登壇者の実務経験から読み解く

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イノベーションを起こし急成長するスタートアップならではの、人材・組織開発に関する学びと知見を広くシェアする研究プロジェクト「Startup Culture Lab.」。2025年度で3期目を迎える本プログラムは、スタートアップ企業が急成長の過程で直面する“組織課題”に向き合い、解決策を共に探っていくことを目的としている。

9月10日に開催された第5回のテーマは「評価報酬制度に、何を込めるか?」。スタートアップが成長する過程で、避けて通れないのが「評価報酬制度」の設計と運用だ。人材獲得競争の激化、組織の急拡大、そして経営課題の複雑化により、評価報酬設計は単なる給与体系にとどまらず、企業文化や人材戦略を左右するテーマとなっている。

今回のセッションでは、スタートアップが成長する過程で直面する“組織課題”に焦点を当て、制度をどう設計し運用するかや評価報酬制度の変遷と課題、そして未来像を語った。

<登壇者>

・秋山 瞬 氏 / 株式会社ネットプロテクションズ 取締役

・阿部 歩未 氏 / Hilti Japan Ltd. Head of HR, Japan

・石原 千亜希 氏 / 株式会社マネーフォワード  取締役執行役員グループCHO

・金田 宏之 氏 / 株式会社インプリメンティクス コンサルタント(当日モデレーター)

各登壇者の自己紹介

この日のモデレーターを務めたのは、インプリメンティクスの金田氏。人事系コンサルティング会社での経験を経て、現在はスタートアップ向けに人事制度設計を支援するほか、『スタートアップのための人事制度の作り方』という書籍を執筆するなど、専門的な知見を提供している。

▲金田 宏之 氏 / 株式会社インプリメンティクス コンサルタント(当日モデレーター)

そのあとそれぞれの登壇者の紹介に移った。ネットプロテクションズの秋山氏は、大学卒業後設立2年目のスタートアップに新卒として参画。わずか4人の組織から60人規模へ成長する過程を経験。2009年にネットプロテクションズに入社し、人事責任者として30人規模の組織から現在の約350人までの組織づくりに関わる。後払い決済サービスという事業領域において、組織成長と人事制度の両面から貢献してきた。

▲秋山 瞬 氏 / 株式会社ネットプロテクションズ 取締役

ヒルティグループ日本法人で人事本部長を務める阿部氏は、建設用具メーカーとして世界展開する同社において、人事制度設計と運用をリードしている。数社に渡る人事のキャリアにおいて、特にトランスフォーメーション、人材育成、タレントマネジメントに注力してきた。日本とドイツを行き来しながら国際的な人事経験を積んだ。

▲阿部 歩未 氏 / Hilti Japan Ltd. Head of HR, Japan

マネーフォワードの石原氏は公認会計士としてキャリアをスタートし、同社ではIPO準備やIR業務を経験。その後人事部門に異動し、組織拡大に伴う人事制度の再設計を主導してきた。3000人弱まで成長した同社で、透明性と厳格性を両立させる評価制度づくりに取り組んでいる。

▲石原 千亜希 氏 / 株式会社マネーフォワード  取締役執行役員グループCHO

評価制度の背景と課題 成長に応じて制度はどう変わるか

最初のトークテーマは「企業成長に応じて評価報酬制度はどう変化するか」。マネーフォワードの石原氏は、入社当初の制度をこう振り返る。「入社時点で200名弱の社員が在籍しており、グレードや給与レンジは存在したものの、社員にはほとんど見えていなかった。上がり方や昇給の条件が不透明であり、スタートアップ特有の給与の「波」があった。具体的には、創業期に入社した社員はストックオプション(SO)が多めに設定されていた一方で、レイターステージの入社者は基本給が高いため、報酬構造に不均衡が生じていた。」という。また、グレード制度が不透明であるという歪みを是正するため、2021年に給与レンジの透明化を断行。エンジニア、デザイナー、ビジネス職ごとにレンジを公開し、評価結果に応じて昇給幅を明示した。特に、大幅に期待値・目標に届かないパフォーマンスの方に対しては降給を伴わせたりと、急成長期におけるメリハリの重要性を示したという。

ネットプロテクションズの秋山氏は、自社の評価制度を設計する際の哲学として「そもそも評価制度は、報酬の適正配分のためだけにあるわけではありません。求める人材の成長支援や成果・成長・幸福の三位一体を両立させるためにどう設計するかが重要です。」と語った。同社では、マネージャー職を廃止し、ティール組織の考え方に近いピア型組織を採用している。これは、単に階層をなくすという意味ではなく、制度が組織文化や働き方と一体化しているため、社員が自律的に成長できる仕組みを整えることを目的としているという。「評価制度を変えることで組織が変わるというのもありますが、逆に組織文化がある程度成熟してから評価制度を変えることで、ハレーションや混乱を最小化できる。」と秋山氏は強調した。実際に、給与レンジや評価の透明化によって一部で問題が生じたものの、むしろそれをオープンに議論することで、組織全体の納得感や健全性が高まったという。

一方、ヒルティの阿部氏は「外資系企業では360度評価など、多角的な評価方法を採用している例があり、本人の納得感を高める努力が見られる」と語る。多くの外資系企業、特に欧米系では、Pay-for-Performanceといい、成果に応じて報酬を支払う考え方が共通している。度合いは企業によって異なるが、高いパフォーマンスを出す人材に対して報酬を厚くするという理念は変わらない。さらに、評価制度は単なる社内ルールではなく、採用戦略や市場競争力とも連動している点を強調した。

それを受けて、インプリメンティクスの金田氏から「実際のところ、外資系企業はどうやって報酬を決定しているのですか。」と質問が投げかけられた。阿部氏は「報酬決定の運用方法については、会社によってだいぶ違うかなと思います。あらかじめ評価に応じたパーセンテージが決まっていて、金額確定において個人の意思が介入しない場合もあれば、直属の上司に大きく裁量がある場合もあり、会社としてどう運用したいかによって大きく変わってくると考えています。」と語った。

金田氏が評価制度の運用ノウハウについて尋ねると、阿部氏は次のように語った。「評価の仕組みや運用は、会社のカルチャーや国によって大きく異なります。たとえばドイツでは、労働組合と合意したスキームの範囲内という前提ですが、雇用契約の段階で給料やベネフィットが個別に決まることが多く、同じ職でも条件は個人ごとに変わるのです。そのため、社長や上司などの意思決定者が裁量で評価を決めることも一定程度受け入れられる」と阿部氏は説明する。一方で、日本では「フェアに評価してほしい」「同じ物差しで判断してほしい」といったメンタリティが強く、そのような仕組みを作り運用することが重要になるという。文化や慣習の違いが、評価のあり方や運用に大きく影響を与えるのだ。

報酬設計の実務的課題 報酬インセンティブと採用競争

次に議論は「報酬インセンティブ」へ。金田氏からは「SOやインセンティブの付与は、どのような目的で行っているのか」という質問が投げかけられた。秋山氏は、これまでの経験をもとに、スタートアップでのSO付与の主な目的はリテンション(優秀な人材の確保・定着)と当事者意識の醸成にあると説明した。「一般的に、会社として残ってほしい人に対してSOを付与することが多いですが、当社の場合は当事者意識の醸成を目的として一定時期までは薄く全社員にSOを付与していました。」と述べた。

一方、石原氏はマネーフォワードでの事例を紹介。上場前は、キャッシュ報酬に加えSOを幅広く付与し、株価意識や会社への関与を促す仕組みだった。上場後はRS(リストリクテッド・ストック)制度(*1)を導入し、特に長期的に働いてほしい社員に対して付与。譲渡制限期間を3~5年とし、評価に応じて付与額が変動する形を取った。これにより、リテンションとモチベーション向上を狙ったという。さらに石原氏は賞与制度についても触れ、「半期ごとの評価でS評価を得た社員に賞与を支給している。将来的には対象層を拡大し、会社の黒字化に合わせて柔軟に対応していきたい」と述べた。役員向けには業績連動の優遇オプションを設定し、経営陣には会社成長に直結するインセンティブを付与しているという。

秋山氏は、「RSやPSU(パフォーマンス・シェア・ユニット)(*2)は上場後から導入を開始し、現状は役員のみを対象としている」と補足。また、評価と報酬の連動設計については固定給は等級=コンピテンシー評価で決め、短期成果は賞与で還元する形を取る。固定給を短期パフォーマンスに紐づけないのは、「評価のためだけの仕事」への偏りを避け、持続的な成長を促すための方針だという。

ヒルティの阿部氏は自身の経験を踏まえ、スタートアップとは異なる長期的な会社運営におけるSO付与の特徴について解説した。「大きく株価が跳ねるような期待はあまりなく、主にリテンション目的で付与するケースが多い」と述べた。その際、付与対象は会社として残ってほしいタレントを優先する場合も多く、優秀人材に対して戦略的にSOを付与している印象が強いという。一方で、全社員に対して支給されるインセンティブも別に設計される場合がある。これらは個人のパフォーマンスや会社全体のパフォーマンス、あるいは地域ごとの会社業績に応じて決定され、チームの連帯感や会社の方針に応じて柔軟に反映される仕組みとなっている。

セッション終盤では、参加者から「評価と報酬を結びつけると、評価されるために働くケースが出てくると思います。そのバランスや線引きをどのように定義していますか?」との質問が寄せられた。マネーフォワードの石原氏はこれに対し、目標設定のあり方が重要だと説明した。「以前のMBO(目標管理制度)では、『100%達成すればこの評価』といった形でした。しかし、この評価方法だと目標達成で満足してしまい、それ以上の挑戦が生まれにくい。そこで、OKR的なストレッチゴールを設定し、達成率120%や150%を目指すようにしました。もちろん、達成できなくても評価がただちにマイナスになるわけではありません。」と語る。この仕組みにより、意欲の高い社員は「さらに高い目標を目指そう」というモチベーションを持ち、評価されたいという欲求を建設的に活かせるという。ヒルティの阿部氏は、この議論に関連して「評価と報酬を結びつける場合と結びつけない場合、それぞれの前提を考えることが重要」と補足。スタートアップのように成長段階にある組織では、報酬だけで動機づけるのではなく、社員の長期的な成長を意識した評価設計が求められると指摘した。目標の設定方法や報酬制度の切り分け方は、社員のモチベーションや組織文化に直結する重要なテーマであることが改めて示され、セッションは拍手のなか、幕を閉じた。

(*1)譲渡制限付株式報酬(Restricted Stock[リストリクテッド・ストック]、RS)とは、一定期間の譲渡制限が付けられた株式が、報酬として企業の従業員・役員に付与できる制度。主な目的は、役職員が中長期的に企業価値の向上に貢献するインセンティブを与え、優秀な人材の引き留めを促すこと。
(*2)業績連動型株式報酬ユニット(Performance Share Unit[パフォーマンス・シェア・ユニット]、PSU)とは、あらかじめ定めた業績目標の達成度に応じて、報酬として企業の従業員・役員に株式(または株式相当額)を受け取る権利を与える制度。目標指標(例:売上高、営業利益/EBITDA、TSR、戦略KPIなど)の達成度に応じて付与数が0〜上限の範囲で変動するのが特徴。主な目的は、中長期の企業価値向上と株主との利害一致を促し、成果創出へのインセンティブとリテンションを強化すること。

取材後記

今回のセッションから得られる学びは、単なる「評価報酬制度の作り方」に留まらない。スタートアップや成長企業において、評価制度は組織文化や理念と密接に結びつき、成長支援、報酬配分、公平性、採用競争力といった複数の要素を統合するものであることが理解できる。さらに、透明性と納得感のバランス、段階的な導入、活躍人材への重点配分といった実務上の工夫が、制度の成功には不可欠である。制度は単なる「ルールブック」ではなく、組織を形作り、社員の成長を支えるツールである。登壇者の実務経験から見えてくるのは、制度設計は企業の成長段階、文化、経営理念と一体で考えるべきものであり、その運用には戦略的かつ丁寧なコミュニケーションが求められるということだ。次回以降のテーマにも注目していきたい。

※過去の「Startup Culture Lab.」の関連記事をシリーズとしてまとめています。こちらからご覧ください。

(編集・文・撮影:入福愛子)

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