【ディープテック基礎知識⑫】持続可能なエネルギー源として注目を集める「水素エネルギー」の可能性
地球規模で喫緊の問題として取り上げられる「エネルギー問題」。人口増加によって今よりも多くのエネルギーが必要となる一方で、環境への配慮も欠かせません。そんなエネルギー問題の解決策として注目を集めているのが「水素エネルギー」です。
新規事業やオープンイノベーションに関わるビジネスパーソンなら知っておきたい【ディープテック基礎知識】の第12弾では、この水素エネルギーについて取り上げます。世界ではどのようなプロジェクトが進められているのか、日本でどのような企業が参入しているのか紹介するので参考にしてください
水素エネルギーとは
水素エネルギーとは、水素をエネルギー源として利用することを指します。水素は地球上で最も豊富に存在する元素であり、適切に利用すればクリーンなエネルギー源となるのです。
燃料電池車や発電所など、さまざまな用途で利用されており、燃料電池車は、水素と酸素の化学反応を利用して電力を生成し、その電力で車を動かします。二酸化炭素(CO2)を排出しないため、気候変動対策に貢献すると注目されているのです。
ただし、水素エネルギーにはいくつかの課題もあります。これらの課題を克服するための研究開発が世界中で行われており、水素エネルギーは今後のエネルギー供給の重要な選択肢となると考えられています。
水素エネルギーのメリット
次世代のエネルギーとして注目されてい水素エネルギーについて、その特徴と利点を紹介します。
多様な資源から生成可能
水素は、電気を使って水から取り出すことができるだけでなく、石油や天然ガスなどの化石燃料、メタノールやエタノール、下水汚泥、廃プラスチックなど、さまざまな資源から生成することができます。
多様な資源からエネルギー源を生成できるため、資源が枯渇する心配がないのも大きなメリットです。これにより、エネルギーコストを抑制しつつ、エネルギーおよびエネルギー調達先の多角化につなげることができます。
CO2排出がない
水素は、酸素と結びつけることで発電したり、燃焼させて熱エネルギーとして利用することができます。その際に、CO2を排出しないため、地球温暖化の心配がありません。そのため、クリーンなエネルギーとして注目されています。
技術開発の進展
水素エネルギーに関連する高い技術を持っている国や地域は、水素社会の実現を進めることで、産業競争力の強化にも役立つとされています。多様な資源からエネルギー化できるため、様々な国で研究されているのも大きな特徴だと言えるでしょう。
水素エネルギーの課題と解決策
次世代エネルギーとして注目を集める水素エネルギーですが、社会に実装されるにはいくつかの課題を克服しなければなりません。どのような課題があるのか見ていきましょう。
製造コスト
水素は地球上に自然に存在するわけではなく、他の物質から生成する必要があります。現在、大量に低コストで製造するためには化石燃料が必要です。水素エネルギーがクリーンなエネルギーであっても、その製造プロセスで化石燃料に頼っていては本末転倒です。
いかにクリーンな製造プロセスで、コストを下げるかが今後の課題になっていきます。
貯蔵と運搬
水素は気体のままでは体積が大きすぎて大量に貯蔵・運搬ができません。そのため、水素を液体にしたり、高圧で圧縮したりする必要がありますが、これには大きなコストがかかります。
低コストで水素を貯蔵・運搬するための研究が求められるでしょう
安全性
水素は爆発のリスクがあり、生成・貯蔵・運搬・使用のいずれかの段階で制御を誤ると重大な爆発火災事故を引き起こす可能性があります。安全性を確保できなければ、社会に実装するのは難しいため、爆発のリスクをいかに減らすかが重要になるでしょう。
これらの課題を解決するためには、さまざまな技術開発が必要となります。例えば、化石燃料を使わずに水素を製造する技術、効率的な貯蔵・運搬方法、安全性の向上などが求められています。
海外の水素エネルギースタートアップ
海外の水素エネルギーに関連するスタートアップ企業として以下の2社があります。
LAVO
LAVOは、2020年に設立されたオーストラリアのスタートアップ企業です。ニューサウスウェールズ大学(UNSW)のスピンオフ企業で、独自の水素貯蔵技術(グリーン水素)を提供しています。
温度や圧力によって水素を吸収・放出する性質を持つ金属の水素吸蔵合金を使って、安全かつ長期間にわたり水素を貯蔵する技術を持っています。さらに、この技術を活用して統合型のHESS(水素エネルギー貯蔵システム)を開発しました。
世界初の家庭用水素貯蔵システムとなる、家庭用定置型のHESSユニットも現地で既に販売しています。また、南アフリカ共和国やドイツで現地の通信企業と連携し、通信塔で消費される電力をディーゼルからHESSを使った水素による電力供給に置き換える実証事業を実施しました。
Electric Hydrogen
Electric Hydrogen(エレクトリック・ハイドロジェン)は、アメリカのスタートアップで、低コストで高効率の化石燃料を使用しない水素システムの新技術を開発する深層脱炭素化企業です。2023年10月にシリーズCの資金調達で3億8千万ドルを調達し、初の10億ドルのグリーン水素スタートアップとなりました。
また、三菱重工業が同社が開発している技術を活用して、エナジートランジション事業における将来の革新的代替技術の一つとして水素エネルギーの可能性を追求し、水素バリューチェーンの強化・多様化につなげていくと発表しています。
Joi Scientific
Joi Scientificは高価なインフラを必要とせず、オンデマンドで海水から水素を製造するテクノロジーを持つスタートアップ企業です。従来、水素製造では、製造される水素の8倍の温室効果ガスが排出されていましたが、同社の製造プロセスでは二酸化炭素を排出せずに水素を製造可能です。
豊富な資源である海水が原料であり、手頃な価格で水素を製造できます。フロリダ州のケネディ宇宙センターに本社を置いており、2019年には北米で最も革新的なスタートアップ企業に送られるRed Herring 2019 Top 100 North Americaに選ばれました。
Ergosup
Ergosupはオンサイトで機械式コンプレッサーなしで高圧水素を製造する技術を持つスタートアップ企業です。従来、水素の供給はボンベなどで行われており、空になると交換されてきましたが、ボンベなどは重さがあり安全性にも懸念がありました。
同社の技術では、デバイスに水を供給するとオンサイトで高圧水素が製造できるため、管理が簡単になり、より安価で安全です。日本においても水素ステーションを積極的に設置しているフランスの産業ガス企業エア・リキードなどから出資を受けています。
国内の水素エネルギー関連企業
国内で水素エネルギーに関する取り組みをしている企業を紹介します。
アトミス
アトミスは京都大学から生まれたスタートアップで、約25年前に発表されたノーベル賞候補の素材に目を付けて事業化に動いています。その材料はナノ(ナノは10億分の1)メートルサイズで規則正しく並んだジャングルジムのような構造で、気体を閉じ込めたり、取り出したりできます。
この材料は「金属有機構造体(MOF)」と呼ばれ、二酸化炭素(CO2)の吸収などへの活用が期待されています。素材の構造によって扱う気体を変えられるため、2023年にメタンガス、2028年に水素への応用を目指しています。
西部ガス
西部ガスは、水素と二酸化炭素(CO2)から都市ガスの主成分となるメタンを合成するメタネーションの実証事業を、ひびきLNG基地(北九州市)で始めました。原料にCO2を使うe―メタンは燃焼時に出るCO2を相殺できると見なせるため、都市ガスの脱炭素の切り札とされています。
今回の実証では、CO2は当面、近隣の工場から排出される分をタンクローリー輸送で調達し、水素については、市場から調達した再生可能エネルギー由来の電力を使い、水を電気分解して製造して確保する予定です。30年度にも商用化を目指す予定でプロジェクトを進めています。
(TOMORUBA編集部 鈴木光平)
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